「……間違いねェな…やっぱありゃ…小川三知の作だ。」
芸術的なコトはよく知らねェが。
翌日、フランキーは都内の某所にいた。
文京区音羽。
『鳩山会館』と呼ばれる施設だ。
日本の政治史を紐解けば、必ず名前の出てくる政治家「鳩山一郎元総理大臣」の邸宅だ。
「鳩山」という名の政治家は、今でも時々テレビに出てくる。
今のフランキーには、あまり興味のないことなのでそれはどうでもいい。
ちなみに、その政治家二人は、鳩山一郎の孫だ。
鳩山会館は、『音羽御殿』と呼ばれている。
御殿というからには、その名に相応しい建築と装飾に溢れている。
フランキーがここへ来るのは初めてではない。
建築の勉強に、訪れたのは一度や二度ではなかった。
だから、サウザンド・サニーのステンドグラスを見た時、「似ている」と、直感した。
この、音羽御殿のステンドグラスに。
「つくづくとんでもねェ屋敷だな、ありゃ。それがなんで、あんなに荒れるに任せる様になっちまったんだ?
…天井だけでどんだけの価値だったんだよ?…玄関ドアの方だけでも残ったのは奇跡か…。」
サニーの建物自体は明治の建築だが、ステンドグラスは大正時代に作られたと判断できる。
小川三知というのは、当時活躍したステンドグラス工芸家だ。
日本のステンドグラス作家の先がけと言える人物だ。
元総理の邸宅を手がけたというだけで、その技量と才能のほどが伺える。
その高名な作家の作があるアパートって。
「…あいつ等に、家をもっと労われと言ってやるべきかな…?」
言った所で無駄なような気もするが。
それにその価値を話したら、とんでもない騒ぎになりそうな気がする。
特にあの…え〜っと、なんだっけ?
腐女子? のナミに。
それはともかく
「…似たようなガラスを作れるような工房…あんのか…?」
ここで、少しステンドグラス作家小川三知について語っておきたい。
小難しい話や経歴は抜きとして、この人物が、日本独特のステンドグラスを生み出した偉人と言ってしかるべきだろう。
彼は元々日本画家で、彼の作るステンドグラスは西洋のそれと違い、正に一幅の日本画のような芸術品だった。
フランキーは建築家だ。
当然、建築物の装飾などの芸術分野のこともひと通り学んでいる。
そんな訳で
あの玄関と天井のステンドグラスが、とんでもないシロモノだということに気がついてしまった。
しかも片方は、原型も残らないくらい粉々になって、欠片も残っていない。
素直に思う。
「もったいねぇ。」
そして、気づいた。
ロビンは、あのガラス天井の図柄を知っていた。
しかしナミの話によると、ロビンがあのアパートに来たのはゾロやサンジが入居した後だと言う。
あの天井にあてがわれたベニヤ板は、少なくとも7、8年以上前にあそこに打ち付けられたものだ。
ベニヤの変色や反り具合でわかる。
ステンドグラスを打ち砕いたのは、おそらく屋根を破損した、レンガの煙突だろう。
それを考慮に入れても、ロビンがあの天井を見たのはそれ以前ということになる。
そして、あのアパートのコトを
『大切な宝物ですもの。』
と、言った。
「………。」
地下鉄で1本なのだ。
大した寄り道ではない。
フランキーは、アイスバーグの社屋を訪れた。
訪ねる前に電話をいれた。
電話の向こうから
「仕事の件か?」
と尋ねてきたので。
「例のアパートの、ステンドグラス天井だ。聞きたい事がある。」
と言うと、すぐに来いと言った。
まるで、待ち構えていたかのような即答だった。
あの野郎。
何か知っていやがる。
アイスバーグの社を訪ねて、おれが待たされることは、まず無い。
それが結構特別扱いなのだということは、つい先日ヤツの部下のひとりから聞いた。
おれにして見れば、同じ師についた兄弟子でしかないが、この世界の連中にして見ればもはや雲の上の存在なのだ。
そのアイスバーグが、ここイチバンという時にいつも呼び出すおれの事を、
煙たい存在と見ている事は充分にわかっている。
腰をすえて落ち着けと、奴からも何度も言われた。
だが、いろんな誓約に縛られる仕事も嫌だ。
おれは自由に、おれのやりたい仕事がしたい。
それを言うと、いつもアイスバーグは困った顔をして笑い、どこか馬鹿にした様に言うのだ。
「お前はいつまで経っても、修行時代とかわらねェな。変わらなさすぎだ。」
そしてこう言う。
「プロ意識を持て。」
「待たせたな。」
大して待ってはいない。
テーブルの上のコーヒーに、まだ湯気が昇っている。
そして
「あの天井を、ロビンの方から直して欲しいと言ったのか?」
アイスバーグの言葉に、フランキーは目を見開いた。
フランキーは、何故か憮然として
「…いや、おれが直してやると言ったんだ。塞ぐのか?と聞かれたから、
元の様にはいかねェが、ガラス天井にしてやると約束した。」
「…そうか。」
アイスバーグは、かすかにうなずいた。
「フランキー。」
「…なんだ?」
「…金はおれが出す。あの天井、出来る限り元通りに復元してやってくれ。工房も紹介する。」
「はぁあ?」
「頼む…。」
フランキーは、胡散臭げにアイスバーグを見ると
「…おい、バカバーグ。一度聞きてェと思ってたんだが、お前、ロビンとどういう関係だ?」
「………。」
「…お前、何であの天井の事を詳しく知ってる?…それと、あの女はどうしてあの家にいる?」
「………。」
「あんなに若くて美人の女が、あんなオンボロアパートの日も射さねェホールで、
ひとりで汚ェ床を拭いてる姿、想像できるか?
「フランキー。」
「………。」
「あの屋敷の持ち主はおれだ。」
「……やっぱりな。そうじゃねェかと思った。で?」
「ロビンは…彼女が高校生の頃、おれの弟が家庭教師をしていた。」
「…え…?」
「そしてあの家は、元々ロビンの生まれた家だったんだ。」
「!!?」
ロビンの家。
彼女はあの家で、生まれて育った。
「………。」
家の隅々まで、綺麗に清め続ける彼女の手は、限りない愛情があった。
長い話になりそうだ。
アイスバーグが社長室のソファに腰掛けたのを見て、、フランキーもその反対側に腰を下ろす。
「バカ弟が、ロビンが大学生になって外国へ留学している間に、彼女の両親を詐欺にかけた。
そのせいで、ロビンの家は破産した。
会社も、あの家も、何もかも、彼女の一家は全てを失った。そしてロビンは両親まで失った。
…疲れきった父親が自殺し、母親もすぐに病気で亡くなったんだ。」
「………。」
「幸い彼女は、まだ祖父が健在だった。その祖父としばらく一緒に暮らしていたが、その祖父もやがて世を去り、
その財産を整理すると……祖父の遺産も、父親が被った破産の影響で、ほとんど残っていなかったらしい。
結局全てを整理してしまったロビンは、その体ひとつしか残っていなかったという訳だ。」
「……そのロビンに、せめてもの罪滅ぼしに、管理人になれと言ったのか?」
「…いけないか?」
「…他人の物になったかつての自分の屋敷に、その持ち主に雇われて住み込むなんざ、面白ェワケがねェな。」
「その通りだ。……あの屋敷が人手に渡った後、丁度バブルがはじけた頃でな。
転々と債権が転がって、おれの元に辿り着いたのは奇跡だった。
その時にはもう、酷い傷み様だった。そしてすでに、前の持ち主がアパートに改造していた。」
「………。」
「…おれがサニーを手に入れたと知った時も、ロビンは表情を変えなかった。…さぞ口惜しかっただろうがな。
憎い男の兄貴が、その弟が騙し取った家を手に入れたんだ。」
「その頃ロビンはどうしてたんだ?」
「…小さなアパートで一人で暮らしていたよ…。夜の…商売をしていた。」
「………。」
「あの器量なら、銀座の高級クラブでも似合いそうなものだったが。」
「…ふざけんな。」
フランキーの低い声に、アイスバーグは小さく笑った。
「生きる気力を失くしていたよ。」
「………。」
「放って置く事も出来なかった。あまりに、申し訳がなくてなァ…。」
「お人好しなこった…。しかし、アンタに弟がいるなんて話は初めて聞いたな。」
「……母親の連れ子だ…血の繋がりはねェ…両親が再婚して間もなくに、突然母親が倒れて逝った。
…邪険にしたつもりはなかったんだが、本人はおれに相当コンプレックスを持っていたらしい。
そのせいで、拗くれ曲がった性格に育っちまった…挙句に詐欺の片棒担いで捕まった。
5年くらって、出てきてはいるはずだが音信不通だ……。
騙し取った金も、すっかり無くなっていた。こんな話、聞かせられねェよ。」
「………。」
「おれが、サニーの管理人をしてくれと言ったら、ロビンは意外にも素直にうなずいたよ。」
「………。」
「だが、おれがサニーの修繕をしたいと言ったら、それは嫌だと言った。」
「……え?」
「朽ちて行くままにしたいと言った……。その条件を、おれに飲めと言った。
彼女の、初めての要求だった。だから聞き入れた。」
「だが、おれを呼んだ?何故だ?」
「…サニーに住んでいる高校生…なんと言ったか…。」
「ルフィか?」
「そうだ、そのルフィという高校生の祖父とかいうじいさんが、せめてキケンのない様にしてくれと訴えてきた。」
「…勘当中じゃねェのかよ、あのガキ。」
「はははは…そういえばそんなことを言ってたな。孫には内密にしてくれと言っていた。
…まぁ、それでやむなく、ロビンもようやく折れた訳だ、そしておれは彼女に言った。
ある大工を向わせる。気に入らなかったら追い返していい、とな。」
「はぁあ!?」
なんですと?
アイスバーグは、さらに目を丸くしたフランキーに苦笑いしながら
「悪いな。……だが、お前なら大丈夫だと思った。何より、サニーを他のヤツの手に任せたくなかったからな。
…思った通り、お前はあのアパートの住人になって、修理を進めてくれている…感謝してるよ、フランキー。」
「…おれはてめェに、はめられたのか?」
「人聞きの悪い事を言うな。……あの家の修理、結構楽しんでるんだろう?」
「う……。」
「商売だと割り切って、頑張ってくれよ。ああ、費用は当然全部おれが出す。心配せず、思いっきりやってくれ。」
「いいのかァ?あの天井だけで、家一軒、建っちまうかもしれねぇぞ?」
「かまわんよ。但し、ロビンには内密にな?
…彼女は、おれの援助は受けたくないだろう。管理費だけで賄うと言って聞かない。」
「…わかった…じゃあ、そういうことで、おれは遠慮なくやらせてもらうぜ。…なんか、腹立ってきた。」
「あァ?」
「お前のしたり顔もだが、不幸の星全部背負っちまって、人生全て終わりだと思ってるようなアイツにもな。」
「………。」
「ジャマしたな、帰るぜ。」
「おい、工房の件はいいのか?」
「…少し思う所がある。そっちは自分でナントカする。」
言い捨てて、フランキーは社長室を出ていった。
荒っぽい足音が遠ざかり、アイスバーグはふーっと大きな溜め息をついた。
「……それでいい、フランキー。」
と、微笑んでつぶやいた。
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(2008/11/1)
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