「あれ?フランキーは?」
サウザンド・サニーのダイニングフロア。
台所から続きになっているこの石床のフロアは、アパートの住人たちの食堂になっている。
古くから置かれているマホガニのテーブルの、それぞれが好きな場所に陣取って、
それぞれが好き勝手な夕食をとっていた。
だが、独り者のブルックや、高校生のルフィや、可愛いナミさんが、
カップラーメンや菓子パンなどを食べている姿がガマンできない、
調理師学校2年生のサンジは、毎晩決まった時間にここで夕食を作り、彼等に振舞っている。
かなり食費はかさむのだが、そこはしっかり者のサンジで、
ナミとロビン以外の連中からは一食500円をしっかり徴収しているのだ。
それでもサンジ食堂は、500円でかなりの満足を得られるので人気なのである。
(ちなみにルフィは3倍額の1500円、サンジはその兄からボッタクっていた。)
今朝も、その『夕飯お願いします』ボードに、フランキーの名前があったし、
代金をいれるコーヒーの空瓶にお金もちゃんと入っていたので、用意したのに姿がない。
「ああ。そういや、遅いよな?」
ウソップが答えた。
今日の夕食はハヤシライス・オムレツ添え。
「オムレツ焼いちまったよ。ま、いっか。冷めても自己責任、と。」
サンジは、ちら、ともうひとつの空席を見た。
ゾロも、まだ帰ってこない。
チョッパーが言う。
「ゾロも遅いね。」
サンジは、口に咥えた煙草を上下に揺すりながら
「…ほっとけ。どうせその内…。」
言った瞬間に、サンジの携帯が鳴った。
と、ルフィが嬉しそうに
「ゾロだ!」
と、口いっぱいに頬張ったオムライスを飛ばしながら叫んだ。
サンジは仏頂面で携帯をポケットから取り出す。
携帯を開く。
画面を見て、あからさまな嫌な顔。奇妙な眉毛がさらに歪む。
「…はい、こちらクソレストラン。
本日の営業は終了いたしました。またのご来店を心よりお待ちしております。」
『ざけんな、てめェ。』
「…ふざけてんのはそっちだろうが?…またかよ!?いい加減にしろ!!」
『今、駅だ。』
「てめェで帰って来い。」
『メシ、あんだろな?』
「聞けよ!人の話!!」
ぶつっと、ゾロからの電話は切れた。
「ったく!!あのクソバカ天然記念物!!」
「はいはい、お気の毒様。」
ナミが笑った時、ロビンがダイニングに姿を見せた。
「大変ね。外、結構寒そうよ?上着を忘れないで。」
「おれは行かねェよ、ロビンちゃん。」
「え〜?行ってあげなさいよ。」
ナミの言葉に、サンジはフクザツな顔をした。
すると、ロビンが
「…じゃあ、今日は私が行きましょうか?」
「…え!?」
「アパートの店子さんが帰れないでいるのに、放っておく訳にもいかないもの。」
「…あ、ロビンちゃん…!」
スタスタと、歩いて行くロビンを追いかけるサンジ。
残された住人たちは、みな顔を見合わせると、一斉に肩をすくめて見せた。
「素直に行けばいいのにな、サンジのヤツ。」
ルフィが言うと、ナミが答える。
「ルフィ?それが男の子なのよ?わかる?」
「んにゃ、全然?」
「まだまだね〜、高校生。」
「ヨホホホ!ハヤシライス美味いですねー!とてもグラム78円のすじ肉とは思えません!
私もこの位の筋が欲しいです!ヨッホッホホホホ!」
「…ブルック、あんた、今日N響のオーディションじゃなかったの?」
ナミの問いに、途端にブルックはどよ〜んと激しく落ち込んだ。
「……がんばったのです……。」
「あ〜〜〜〜、ごめんごめん。…残念だったね…。」
「…2次試験で落ちました…。」
「でも、2次まで行ったんだ?」
ウソップが言うと
「ハイ、手応えはあったと思ったのですが。残念です。
でも、次回頑張りまーす!!あ!おかわりしてよろしいですか!?サンジさん!?」
「サンジならいないよ、ロビンと一緒に行っちゃった。」
「あらま。ではナミさん、今日のパンツ見せてもらってよろしいですか?」
「なんでそーなるのよ!?」
「…法学生じゃねェか?」
その声に、自動販売機により掛かってうつらうつらしていたゾロは目を開いた。
見ると、両手にたくさんの包みを抱えたフランキーが立っていた。
その顔に、あからさまな落胆があった。
「…どっか行ってたのか?」
ゾロの問いに、フランキーは
「ああ、サニーの修理の事でな。ちょっと図書館回ってた。」
「図書館?お前ェが?」
「ああ、調べものがあってよ。……なんだ?眉毛を待ってるのか?」
その瞬間、ゾロの顔が真っ赤になった。
あれ?
と、フランキーは一瞬怯む。
「…ばっ!誰が…!!」
「こんなトコで転寝なんかしてたら死ぬぞ?いくら11月でもよ。」
「ちょっと…考え事してただけだ。」
「…じゃ、帰ればいいだろ?ホラ、行くぞ。」
「………。」
しぶしぶ
という様子で、ゾロはフランキーについて歩き始めた。
2,3分歩いた頃
「ゾロ、フランキー。」
その声に、顔を上げると
「ああ、マユゲ。…ロビン、一緒か?珍しいな。」
ロビンは笑って
「サンジが、ゾロを迎えに行くのをイヤだって言うから。」
「ロ、ロビンちゃん!」
フランキーは、ちら、とゾロを見た。
うわー
凶悪
仏頂面も、ここまで来ると犯罪だな。
って
あれ?
ゾロは、サンジとロビンの間を割る様にして、先に立って歩き出した。
だが、サンジが
「おい、待て!お前が先に歩くな!」
「………。」
あっけに取られ、フランキーは二人を見送った。
すると
「少し持つわ。」
と、左手に抱えていた包みをロビンが取った。
「ああ、いい。本だ、重てェぞ。」
「まあ、本?こんなに?」
ロビンは、包みの中を覗き込んだ。
そして、はっとして、またフランキーを見た。
「全部ズテンドグラス関係の本だ。おれはガラスの方は素人だからな。」
「…まさか…あなた…あのステンドグラスを自分で作るつもりなの?」
「ああ。」
けろっと、フランキーは答えた。
ロビンは、半ば呆れたように、だがどこか悲しそうに、つぶやく様に言う。
「ムリよ。」
「だろうな。」
「!!」
「だが作る。どこまで、小川三知に近づけるかどうかわからねェが、やれるとこまでやってやる。」
「できっこないわ。」
「決め付けてくれるな?」
「…あの人の所に行ったのね?」
「……ああ。依頼主だからな。」
「…全部聞いたのね…?」
「ああ、聞いた。」
ロビンは、思わず立ち止まり、スタスタと歩いて行くフランキーの背中を見つめ
「同情…?」
「同情?誰に?」
「とぼけないで。」
「………。」
「じゃあ、憐れみ?…信じていた相手に騙されて、何もかも失った女を憐れんでる?」
「………。」
フランキーの足が止まった。
振り返り、ロビンを見る。
泣けばいいのに。
フランキーはそう思った。
この誇り高くて純粋な女は、自分の境遇に泣く事も出来ない。
「…ニコ・ロビン。」
「………。」
「これだけ聞いておく。お前、何であのアパートを朽ちていくままにしろなどと言った?」
「………。」
「そりゃ、辛いだろう?苦しいだろう?だが、サニーには何の罪もねェ。」
「………。」
「お前も、あの家を獲られるまでは、あの家で幸せだったんだろう?
なのに、そのお前が、朽ちていっていいなんて言うのか?
サニーだって、このまま倒れたんじゃ浮かばれねェよ。」
「…でも…あの家に心があるのなら…きっと…こんな愚かな私を許しはしないわ…。」
「………。」
「…好きだったのよ…私…父を陥れた男の事を…。」
「ガキだったんだろう?」
「ええ、そうよ…でも…私はずっと信じてた…
母が、あの人を疑い始めた頃にも、私は信じて父の味方をして、
あの人を庇って…そんな私を…サニーが許してくれると思う…?」
「ロビン。」
「………。」
「お前がどれだけ自分を責めても、両親は戻りゃしねェし、オンボロの家が元通りに戻る訳でもねェ。」
「………。」
「だがお前は生きてる。生きてる限り、人間ってのは、前を向いて歩かなきゃならねェんだ。」
「わかった風な事を言わないで!!」
一瞬黙り、だがフランキーは負けじと言う。
「じゃあ、おれもはっきり言うぞ!おれはな!
あんなにいい家が、オンボロボロの姿で、泣いているのがたまらなく嫌なんだ!!」
「………!!」
「おれは、あの家を直すぞ!もし今、アイスバーグに止めろと言われても、
お前が拒んでも、絶っっ対に!あの家を出来る限りの元の姿に戻して見せる!!」
フランキーの手からバサバサと本が地面に落ちた。
ロビンは思わず、それを拾おうと身を屈めた。
その瞬間、両肩を思いっきり掴まれる。
「消えてしまった人間は戻せないとおれは言った。だが時間は戻せる。
戻して、再びそこから動かすことは出来るんだよ!!」
ロビンの手が、フランキーの手を振り払った。
静かに、穏やかに、そっと…。
そして
「無理よ。」
「ロビン。」
「砕けてしまったガラスは、元には戻らないの。」
「………。」
「…好きにすればいいわ…でも、私は一切、あなたに協力しない。」
「おい!」
「やってみればわかるわ…時間を戻すなんて…魔法使いでもなければ出来ないことよ…。」
立ち上がり、ロビンは歩き出す。
その背中に、フランキーは
「ロビン。」
「………。」
「泣けよ。」
「………。」
「泣いてみろ。」
「…私は…自分の為に泣く事をしてはいけないの…。」
「ロビン!」
「…もう、放っておいて…。」
去って行くロビンの足取りは、少しも揺れずしっかりとしていた。
だが、街灯が作り出す長い影は、うつむいて泣いている様に見えた。
結局
その晩フランキーは、サンジのハヤシライス・オムレツ添えを食い損ねた。
が
深夜1時。
誰かがフランキーの部屋のドアを、ノックした。
「フラーンキ♪起きてるか?」
軽い口調に軽いノック。
サンジだ。
「ああ、開いてるぜ。」
「お邪魔しま〜す……うわ!なんだよ!?この本と紙の山!!?」
「ちょっと調べもんだ。何か用か?」
「…腹減ってんじゃねェかと思って、さ。」
言って、サンジは布巾をかぶせた皿を差し出す。
サンジがその布巾を取り去ると、握り飯が5個、載せられていた。
「おお!ありがてェ!気が利くな!!」
「ルフィの目の前に置いてっちまったのァ、おれだからさ。お詫び。」
「美味ェ。お前、きっといいコックになるな。」
「当然。……なァ……。」
「あん?」
「…ゾロと…駅で会ったのか?」
「…ああ、お前が来るの、待ってたんだろ?」
「………。」
「…お前、気づいてるのか?」
何を。とは言わなかった。
だがサンジは笑って
「…さぁ…?」
と、笑って首をかしげた。
と、サンジは足元の紙を拾いあげ
「…なんだ、これ?図面?」
「ああ。ホールの天井だ。」
「へぇ〜え…ガラス天井なんだ…?」
話を変えられた。
まぁ、無理もない。
「ああ、おい。聞きたい事があるんだが。」
「なんだ?」
「ロビンがここに来た時、お前とゾロは、もうここに住んでたんだよな?」
「ああ、あの日の事は今でもはっきり覚えてるぜ?
いきなり、あんなすげぇ美人がやってきて、今日からここに住みこみで入る管理人だってさ。
さすがにゾロも驚いてたな。」
「………。」
「美人で働き者で…けど、もったいねぇって思うよ。
彼女だったらあの美貌で、いくらだって輝く未来があるような気がするのに。
毎日毎日、こんなオンボロアパートの床やら壁やら一生懸命磨いてさ…。
まるで、自分に何かを課しているようで…時々痛々しい姿にも見えた。」
「そうか…。」
「このアパートもさ。おれ達が入った頃はこんなに、住人同士で繋がってなんかなかったぜ?
ブルックが来てナミさんが来てウソップが来てチョッパーが来て…
ルフィが来てから…かな…賑やかになったのは。」
「ああ、わかるような気がするな。」
「このアパート修理する大工が来るってロビンちゃんが言った時、なんか妙に不機嫌だった。」
「え?」
「で、こうも言ったよ。腕の悪い大工だったら追い返すって。」
マジだったのか。
「だから、アンタがそうだって知った時、
果たしてロビンちゃんがどう出るか、おれすっげェ楽しみだった。」
「〜〜〜〜〜。」
「けど、アンタの、この家初めて見た時のツラ見て、『ああ、合格』って思った。」
「ツラ?」
「ああ、すっげェワクワクドキドキしてるってツラだった。小っせぇガキみてェだったぜ?」
「………(汗)」
「…そんなアンタを見てるロビンちゃんも…すごく嬉しそうだった。」
サンジは立ち上がり、
胡坐をかいて座っているフランキーを見下ろすと
「がんばれよ。期待してるぜ、ミスター・カーペンター。」
「…おい。」
「あ?」
「そう思うんだったら、お前ら、おれに協力してくれねェか?」
「協力?」
その後、深夜にも関わらず、フランキーの部屋にロビン以外の住人が集まった事を、
サウザンド・サニーの管理人は眠れない夜を過ごしながら、全く気づくことはなかった。
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(2008/11/1)
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