BEFORE

 その日の朝、ロビンはいつも自分が開けるアパートの門扉が、既に開かれているのを見て首をかしげた。 不思議に思いながら、ポストに入れられた新聞を抜き取り玄関へ戻る。 その時、スリッパ置きに、フランキーとルフィとサンジのそれが、既に収められているのに気がついた。  「出かけたのかしら…?こんなに早く…?」  「あ、おはよう、ロビン。」 チョッパーが、いつものリュックサックを背負って現れた。 ドアを閉めて、とことこ階段を降りてきながら  「おれ、今日遅くなるんだ。けど、午後に宅配便で本が届くから、受け取って置いてくれる?」  「ええ、いいけど…ルフィ達ももう出かけたみたいなの。」  「え?ああ、うん、そう?」 と  「あ、おはようロビン。」  「…あら、ナミちゃん早いわね…?」  「うん、ちょっと用事があってね。」  「あなたも?」  「うん。」 言って、すっかり支度を整えたナミは、隣のウソップの部屋のドアを叩いた。  「ウソップ!ちょっと!あんたまだ寝てるの!?」  「あ〜、はいはい!起きてるー!!今行くって!」 上着を引っ掛けながら、ウソップが姿を見せる。  「ブルックとゾロは?」  「まだ、寝てるんじゃない?  あいつ等はゆっくりで大丈夫だから、ゾロはブルックが起こしてくれるわよ。」 2人は、階段を降りながら  「まず、どこ行くんだ?」  「う〜んとね、長野?」  「長野?」 ロビンが問う。  「長野まで行くの?」 ナミはけろりとして  「うん、ちょっとね。用事があって。ウソップに付き合ってもらうの。」  「そうそう。」  「じゃ、チョッパー。アンタも頑張って。」  「任せて!」  「じゃ、いってきま〜す!」  「いってらっしゃい……。」 3人を見送りながら、何かが起きているとロビンは察した。 おそらく、事の首謀者はフランキーだ。 けれど  「…無理よ…失った物を取り戻すなんて…無理な事なのよ…。」 なのに、皆まで巻き込んで…。  「ヨホホホ!おはようございます管理人さん!よい天気ですねー!」 ブルックがテラスの上から歌う様に言った。 それを見上げながら  「…おはようございます…あなたも、どちらかへお出かけ?」  「ハイ。ちょっと群馬まで。」  「群馬…?…ブルック…フランキーはどこへ行ったの?」  「ハイ?フランキーさんですか?」  「ええ…。」 ブルックは、少し考え  「…京都へ行かれました。」  「京都ですって!?」  「ハイ。ルフィさんとサンジさんと一緒に。」  「ルフィもって…今日は平日よ?学校だってあるのに…。」  「ですが、どうしても行くと言って、聞きませんでしたので。」  「…何が目的?」  「………。」  「……フランキーが、あなたたちに何を頼んだのか知らない…  けれど、余計な事はしないでと伝えて。あなた達も。  こんな無駄な事に、大切な時間を奪われないで。」 ブルックは、穏やかな声で答えた。  「…無駄だと、言うものは一人もおりませんでしたよ?」  「…え…?」  「詳しくは知りません。ですが、フランキーさんはこう仰いました。」 ブルックは天井を見上げた。 ロビンも、思わずつられてそれを見上げる。  「…これを、美しい天井に甦らせてやる…そう仰っておられました。」  「………。」  「そして…。」  「……?」  「あなたを…泣かせてやると。」 ロビンの眉が寄せられた。  「ヨホホホ!泣いて感動させてやる!そういうことですね!?スバラシイ!実にスバラシイ!  芸術による感動!それこそ、私の求める事なのです!!私も、まだまだ諦めてはおりませんよ!  いつか!必ず!オーケストラの舞台に戻ってみせます!!ヨホホホ!」  「朝からうるせーな、頭に響く。」 2号室のドアを開け、頭をボリボリかきながらゾロが姿を見せた。  「あ、おはようございます!ゾロサン!!」  「…今、妙な呼び方しなかったか…?」  「あ!コレは失礼!Wordが勝手に変換を!!ヨホホホホ!!」  「捨てッちまえ!そんな腐ったパソコン!!」 嫌です。  「おや?今、どこからか声が?」  「ほっとけ、ホラ、行くぞ。」  「あああ!待ってください!…やはり、サンジさんとご一緒の方がよろしかったですか?」  「余計なお世話だ!!」 スニーカーの紐を縛るゾロに、ロビンが言う。  「…あなた達は群馬のどこへ行くの?」  「…沼田…。」  「………。」  「…デケェガラス工場があるんだと。そこに行く。ガラスの原料を買いに行くんだ。」  「………。」  「フランキーは、京都のどこだかにある、同じ作家の作品を見に行った。  チョッパーは、天井に残ってたガラスの成分分析。ナミは長野へ、やっぱり同じ作家のガラスを見に行った。  ナミが、図案を起こすんでな。」  「ワタシ達は、その帰りにフランキーさんやナミさん達と東京駅で合流して、  世田谷のなんとかという工房を訪ねることになっています。」  「…余計な事をしないで!!」  「………。」 ロビンは、手にした新聞を握りしめ  「…そんなことしたって…何も元に戻りはしないのよ…!?」 吐く様なその言葉に、ゾロは小さく息をついた。  「だろうな。おれもそう思う。」  「だったら…!どうして…?」  「…戻らなくても、始める事は出来るだろ?」  「!!」  「始めりゃいいんだ。」 ブルックも、ふっと小さく息をつく。  「ロビン。」  「………。」  「おれも、決めた。」  「……?」  「フランキーのヤツが、この天井を仕上げたら、おれも前へ進む。」  「………。」  「ブルック、行くぞ。」  「ハイ。では、行って参ります。」 ブルックは深々とロビンに頭を下げて、歩きだしたゾロの後を追いかけていった。  「待ってくださ〜い!ゾロさん!駅はこっちですってば〜!」 ひとり残されたロビンは、誰もいなくなったサニーの玄関のタタキに、沈む様に座りこむ。  「………。」 覚えている。 この天井。 白い雲の様な唐草紋様の中に、瑠璃色の鳥が一羽、羽を広げて羽ばたいていた。 そのくちばしに、小さな野薔薇。 あの天井は、このホールにたくさんの光を降り注いでくれた。 このホールには、昔、大きな時計があって、その側にライオンのような脚をした椅子があった。 その椅子に座って、本を読むのが好きだった。 夢中になって読んでいると、いつの間にかこのホールがオレンジ色に染まっていて、 台所からお母さんが、もうすぐお父さんが帰ってくるわよって…。 すると、車のエンジンの音がして、砂利を踏む音がして、 ドアが開いて、お父さんが笑いながら『ただいま』って…。 優しい父を、たおやかな母を、苦しめる原因を作ったのは私。 あんな人のことを、いい人だって、優しい人だって、信じていいって、言ってしまったのは私。 あの天井が割れてしまった事を、私は人伝に聞いた。 罰だと思った。 私の大切なものを、奪って、壊して、神様は私に罰を与えているのだと。 どうなってもいいと思った。 野垂れ死にしてもいいって思った。 なのに、死ねなかった。 父の、無残な死を見てしまった衝撃が、私に死ぬ勇気すら与えてくれない。 朽ちていきたい。 この家と一緒に。 ここに住めと言われたことは、それも罰なのだと思うことにしたのに。 どうしてみんな、そんなにお人好しなの? どうしてそんなに、優しいの…? その日、夜中の12時を過ぎても、住人は誰も帰ってこなかった。 夜の9時頃、サンジから『皆合流しました。夕食は外で取ります。ごめんねロビンちゃん。』 と一度だけ、メールがあった。 人気のないサニーの中に、ロビンを一人にする心配をしながらも、ここ都内某所のファミレスは賑やかだった。  「おねーさーん!ミックスピザおかーりっ!」  「で、原料の方は確保できそうなんだな?」  「ペスカトーレ追加ぁー!」  「工場の方もOKしてくれた。だが、群馬からあそこに運ぶのに、80万かかるって言われたぜ。」  「ミックスグリル2人前ちょーだい!」  「80万!?大丈夫なのフランキー!?」  「バナナパフェと白玉クリームあんみつ!マンゴームースにガトーショコラ3個ずつ!」  「金の方は心配すんな。スポンサーがついてる。  ところで長野の方に、おれが言ったような図案、あったか?」  「おろしハンバーグ!ライス大盛!!」  「駄目ね。似た様なのは幾つかあったけど、えっと…小川三知?その人の作品じゃなかった。」  「タコサラダー!!」  「元の絵がわからねェからな……ロビンちゃんが教えてくれるのが一番いいんだけど…。」  「イカげそ唐揚げー!キーマカレーに海老ドリア〜〜〜〜〜!!」  「うるせぇぞ!ルフィ!!!」×7 一瞬にして、ルフィがテーブルの下に沈められた。 サンジが、禁煙パイプを咥えながら、苛立たしげに言う。  「ったく!!帰りの新幹線の中でアレだけ食って、まだ足りねェのかよ!?」  「…サバの棒寿司、10本も食いやがった…見ているこっちが吐きそうだったぜ。」 サンジは、帰りの新幹線が700系だったのと、この店が全席禁煙なせいで、 かれこれ4時間近くまともにタバコを吸っておらず、ガマンも臨界点に差し掛かっている。 店の外に出ても、屋外の喫煙も禁止な某区内。 (作者注:これはあくまでもパラレルなサンジくんの話です。 某声優H田さんの実話ではありません。為念)  「あ。フランキー。これ、例のガラスの顕微鏡写真。成分の方は明日まで待ってて。」 チョッパーが、リュックの中から分厚い書類を取り出して、フランキーに手渡す。  「おお、サンキュー……やっぱり…あの白さは気泡のせいか…。」  「詳しい成分は明日だけど、今の所反応があったのがコバルトと、酸化銅…だね。」  「酸化銅?白い天井絵のはずなのに、赤の部分があるのか?」 ナミが反応する。  「あれじゃない?ノアの箱舟みたいに花を咥えてたって…。」  「ノアの箱舟は鳩ですね。青い鳥ではありませんよ?  ヨホホ…それに咥えていたのはオリーブですから…。」  「う〜ん…そのモチーフじゃないんだ…じゃ、あれかな?メーテルリンクの『青い鳥』?」  「ああ、むしろそっちかもな。」  「じゃあ、あたし、それで図案描いてみようか?イメージで。」  「フランキー。まず同じ図案が残っている可能性は少ないだろ?  それも同時に進めた方がいいんじゃねぇのか?」  「…そうだな…。だが、できるだけ…ロビンの記憶に残ってる絵に近づけてェんだ。」  「ちょっと待った!ナミ、『青い鳥』はありえねェ。」 いちごパフェを頬張りながら、ルフィが突然に言った。  「え?なんで?」  「フランキーが言った、その小川ナントカ、『青い鳥』は知らねェはずだ。」  「なぜわかる?」  「だって、今日行った博物館の説明書きに、小川ナントカの生まれた年と死んだ年が書いてあったけど、  そいつが死んだのは昭和3年。『青い鳥』が翻訳されて日本で出版されたのは昭和17年だぞ?」  「…え…?」  「メーテルリンクが『青い鳥』でノーベル賞取ったのは1911年だけど、日本の出版は遅かったんだ。」 ルフィの突然発言に、全員目を丸くしてルフィを見つめた。  「…こ、こいつ…いきなりさりげにすげぇ才能発揮してねェか…?」  「…ルフィ?お前大丈夫か?熱とかねェか?」  「無ェよ。失礼だなお前。」 ウソップの問いにルフィはぷっと頬を膨らませた。 考えてみたら、ルフィの通う高校は、都内でも超有名な私立の進学校だった。 そうは見えないけれど。  「しかしそれが本当なら…クソ、手がかりが欲しいな…。」  「やはり…ロビンさんご自身に聞くしか…。」 そこまで話しこんで、ついに全員が腕を組んで考え込んでしまった。 が、そこである人物が、はた、と思いついて叫んだ。 フランキーだ。  「…あ!!!」  「な、なに!?」  「どうした?」  「びっくりさせんなよ、なんだよもぉ!!」  「いた…。」  「何が?」  「あの天井を知っているヤツを!!」  「え?誰だよ?」  「チクショウ!すっかり忘れてたぜ!!…悪ィ!!今から行ってくる!!」  「行くってどこへ!?それにもう、12時過ぎたわよ!?深夜よ!?」  「あー!フランキー!!自分の食った分払ってけ――!!」  「ところでルフィの分は誰が払うんだ?」  「そりゃ、ルフィ自身だろ?」  「え!?今日はフランキーの奢りじゃねェのか!?」    NEXT BEFORE  (2008/11/21) めぞん麦わらTOP NOVELS-TOP TOP