ロビンが折れたことで、作業はそこから一気に動いた。
12月に入り、ゾロやサンジやウソップはバイトにも追われる毎日になった。
ブルックはかき入れ時になり、毎晩の様にあちこちのクラブやホテルの仕事が入る。
それでも、みなフランキーの指示に従い、出来る限りの動きをした。
ロビンは、そんな彼等を黙って見守る事しか出来ない。
みんな、自分の為に必死で働いてくれている。
自分に何が出来るのか。
何かをしていいのか。
その問いがロビンの中でせめぎあっている。
一致団結している彼等でも、時折意見の相違で大喧嘩をすることもあった。
それを止める権利があるのかすら、考えてしまう。
「…ただいま…。」
12月の半ばになっていた。
ある日の午後、ロビンがぼんやりとホールの天井を見上げていると、ゾロが帰ってきた。
最近、ゾロがサンジを呼び出すことが少なくなった。
気づくと、ちゃんと自力で帰ってきている。
自分の姿を見られてしまったロビンは、少し場を取り繕うように
「…あら、サンジは?」
「…今日はバイトだろ…。」
「ひとりで帰ってこられたのね?」
「………。」
ゾロの奇妙なクセを、ロビンが不思議に思った時ルフィが言った。
「ゾロは、サンジと歩きたいんだ。」
靴を脱ぎながらゾロがロビンに問う。
「フランキーは?」
「…まだ帰ってこないわ…。」
「そっか。…おれ、今夜ゼミの忘年会でよ。」
「ええ。」
「多分明日まで会えねェから、ヤツに伝えてくれ。例の件、OKだってよ。」
「例の件って…なに?」
「…年明けに、群馬の工場の作業場が使えることになったんだとよ。
おれとルフィとウソップでヤツの仕事を手伝う。」
「………。」
ゾロは、にやりと笑い。
「…いよいよだぜ、腹、括っとけ。」
ドキンと、大きく心臓が鳴った。
形になる。
いよいよ、製作に入る。
この天井に。
もう一度、あの柔らかな光が……。
ふっと、ロビンは首を振った。
一瞬の惑いを打ち消すように。
その時、勢いよくサニーのドアが開いた。
ルフィが飛び込んでくる。
走ってきたのか、頬が赤い。
制服の襟元をかなり崩して、ネクタイがだらしなく下がっている。
「あ!お帰りゾロ!サンジは!?」
「…何でどいつもこいつも開口一番がそれだ?」
「お帰りなさい、ルフィ。」
「おう、ただいま!なァ、見てくれロビン!ゾロ!」
言って、ルフィは学校指定の鞄の中から、一枚の紙を取り出した。
受け取ったゾロが見ると、びっしりと英語がタイピングされている。
だが、末尾のサインだけは直筆だった。
「……ニー…ル…アーム…?」
「ニール・アームストロング!!」
「アームストロング?」
「…って、おい、まさか?」
「そーだ!アームストロング船長!!アポロ11号の宇宙飛行士だ!!」
「おい、『Dear,Luffy』って書いてあるぞ。てめェ宛てか?」
「そ−なんだ!!学校に届いたんだ!!」
「まぁ…すごいわ…!」
「いつ手紙なんか出したんだ?」
「出してねェ。」
「じゃ、なんで手紙が来たんだ?」
「去年、お台場の科学館に行った時、おれ、アームストロングのサインの脇に
『“静かの海”(アポロ11号の着陸地点)におれも立つ!』ってメッセージ入れてきたんだ。」
「…それってよ、一般的にラクガキっていわねェか?」
「ラクガキじゃねェ!おれは本気だ!!」
「…怒られたでしょ…?」
「あっはっはっは!も〜、怒られた怒られた!!やっぱさ!究極の旅は『宇宙旅行』だよな!?
だから、おれは本気で書いたんだ!!なのに、ケムリンの野郎、おれの事ボコボコ殴りやがって!」
ゾロもロビンも呆れ、深く溜め息をつく。
「そしたらさ、そのことが向こうに伝わったらしくて。なんか、科学館が謝ったみたい。」
「そりゃそーだろ。」
「んで、アームストロング船長が、『がんばれ』って手紙をくれたんだ!」
「…文句が書いてあるんじゃねェのか?」
「いいえ。確かにそうね。『アメリカは今後再び月への旅を計画している。
君の希望は叶えられるだろう。がんばりなさい。』って、書いてあるわ…。」
「おお!さすがロビンだ!なぁ?ちゃんと書いてるだろ!?
ぃよぉ〜し!中田を越えてやる!!アストロノーツ(宇宙飛行士)におれはなる!」
「やっぱりお前の目標は中田だったか…。」
「んにゃ!もぉ、中田なんかメじゃねェ!!宇宙だぞ宇宙!!」
「………。」
「な、ロビン!」
「え…?」
ルフィは、ベニヤに覆われた天井を指差して
「雲の上より、もっと高い空の上だ。」
「………。」
「でも、届かない距離じゃねェんだ。」
ゾロが、小さく笑う。
「…じゃ、勉強だな。後は、宇宙飛行士の品格を身につけねェと。」
「品格?」
「知らねェのか?JAXAの規定にちゃんとあるんだぜ?品格と教養を兼ね備えた人物って条件がよ。」
「えええええええええ〜〜〜〜?」
「今から自信がねェのかよ。」
ゾロはまた笑い、チラッとロビンを見て2階へ上がって行った。
ルフィもゾロを追いかけながら、『品格と教養』について文句を垂れ始める。
生きているからには、前を見て進む。
いつか、フランキーがそう言った。
みんな、前を見て進んでいる。
ウソップもサンジもチョッパーも、将来の夢がある。
ウソップは、九州の小さな町の出身だ。
これといった名所も、特筆すべき産業もない町だが、生まれたその町が大好きなのだと言った。
だから、大学を出たらその町へ帰って、町の為になる事をしたい。
幼い頃父親を失ったウソップを、母を助けて町の人達が育ててくれた。
だから、社会学科情報学部に進み、在学中に様々な資格を取り、卒業時には国家公務員2種を受験するつもりだという。
サンジには、都内の某高級ホテルで料理長をしている父がいる。
その父親を、越えたいのだと話してくれた。
そして、自分の料理で、人々の心も体も満たしたい。
食事を終えた人が、笑顔で店を出ていけるような料理と、そんな店を作りたい。
それがサンジの夢だ。
チョッパーは数年前に、父親をある国の戦闘地域の空爆で失っていた。
ボランティアとしてその国に入り、傷ついた民間人の治療に当たっていた。
その最中の悲劇だった。
チョッパーは悲しかったが、それでも最後まで頑張った父の意志を継ぎたくて、同じ道を志している。
じゃあ、私は?
私の道は
まだ、この世界のどこかにあるのかしら……。
忙しく、慌しく、12月が往き、新しい年がやってきた。
元旦を迎えながらも、サニーの住人たちは関係ないと言わんばかりに動き回り、
そして
「じゃあ、行ってくるぜ。」
フランキーと、ゾロとルフィとウソップ。
サニーの玄関ホールで、見送る仲間にフランキーが言った。
「がんばって!」
ナミが言うと、ルフィが笑って
「おう、任せろ!」
と答えた。
「お気をつけて。休みの日は、私もお手伝いに参ります。」
「おれも、実習が終わったらすぐに行くぞ。」
ブルックと、チョッパーが言った。
「ゾロ、知らねェ土地で、勝手に出歩いて迷子になったりすんなよ。」
「余計なお世話だ。」
サンジの言葉に悪態をつくゾロへウソップが言う。
「余計なお世話じゃねェよ。おれはサンジと違って、お前を見つける自信ねェからな?」
「おれを何だと思ってんだ?」
「迷子の天才。」
言い放つルフィの頭を、ゾロは拳で思いっきり殴る。
フランキーは、姿を見せないロビンがいるはずの管理人室のドアをチラリと見た。
ナミが肩をすくめて
「…大丈夫よ。心配しないで。」
「…ああ。」
いよいよ
天井の製作に入る。
群馬にある、大規模なガラス工場の作業場を、借りられることになった。
2人の職人が手伝ってくれる。
これは、アイスバーグの計らいによるものだ。
「いってくるぞ!ロビン!!」
大きな声で、フランキーは言った。
答えはなかった。
先発組が出て行って間もなく、ロビンはようやくホールに姿を見せた。
まるで、そうする事がわかっているかのように、サンジもナミも、ブルックもチョッパーもそこにいた。
「………。」
「…行ったわよ、ロビン。」
「………。」
「しばらく寂しくなっちゃうね。」
チョッパーの言葉にサンジが
「なるか。せいせいすらぁ。」
「さ〜て、これであたしのやる事はもう終わったわね。春用の原稿描こう!」
「ああ、そうだ。ロビンちゃん、話があるんだ。…ついでにナミさんと…お前らも、聞いといてくれ。」
「何?」
サンジは、にっこり笑って
「おれ、3月いっぱいでここを引き払うから。」
「え…?」
「ええ!?」
「なんですって!?」
「ヨホホホ!?」
突然の爆弾発言に、居残り組み全員が仰天する。
特に、一番驚いたのはナミだ。
「引き払うって…!どういうこと!?」
「ああ、怒らないでくれ、ナミさん。ここが嫌になって出て行く訳じゃないんだ。」
「じゃあ、どうしてだよ!?だって、サンジ、まだ1年学校があるじゃないか!!」
「…修行留学が決まったんだ。」
「…留学…。」
ロビンがつぶやいた。
「…うちの学校のシステムでね。3年間の成果と試験の結果で、4年生になる生徒の中から1人、
費用学校持ちでフランスの三ツ星レストランで1年間、修行が出来る特典がある。」
「…合格なさったのですね…?…ヨホホホホ…スバラシイ…!ですが…。」
「…やだぁ…寂しいよぉ…。」
「おいおい、チョッパー泣くな。ガキか?」
「ねぇ…それ…ゾロは知ってるの?」
「………。」
「言ったのね?」
サンジは黙ってうなずいた。
「試験を受けたことを話した。そしたらあいつ言ったよ、『じゃ、お前で決まりだろ?』ってよ。」
「ゾロ、認めたの?」
サンジは笑って
「認める?ナミさん、おれの留学だよ?決めるのはおれだ。何でそこにマリモが出てくるんだい?」
「サンジくん!」
ナミが、チラリとロビンを見た。
だが、ロビンは何も言わない。
「…そういうことだから…よろしく、ロビンちゃん。」
「…寂しくなるわ…。」
「寂しくなんかないよ。」
サンジは言う。
「これから、ロビンちゃんはいっぱい笑うんだ。…フランキーにはその自信があるぜ?」
「………。」
「あと2ヶ月、よろしく。」
「なんだ?ゾロ?弁当食わねェのか?」
「………。」
「食わねェなら、もらっていいか?」
「………。」
「じゃ、いっただきま〜す!」
群馬へ向う電車の中。
ゾロが膝の上に置いた駅弁へ、ルフィの手が伸びてきた。
が、次の瞬間、ルフィはゾロの手痛いしっぺ打ちを喰らった。
「…ずっと不機嫌だよな、ゾロ。」
平日の、在来線の普通列車。
この時間に、地方へ向う列車の中は閑散としている。
対面式のシートの2つのボックスに4人で陣取り、上野駅で買った昼の弁当を食べ終わった所だ。
だが、ゾロだけは、ずっと頬杖をついて窓の外を眺めたまま、上野駅を出てから1時間も経つのに一言も口を利かない。
ウソップがぼそりと言うと、向かい側に座っていたフランキーは、少し考えるような顔をしてから
「…東京が気になるなら戻ってもいいんだぜ?」
その言葉に、ゾロはフランキーへ振り返った。
「…別に、気になる事なんざねェ。」
「やぁっと答えたな。気になってんだろうが。」
「…う…。」
ウソップが、ぽつりと言う。
「…なぁ、サンジ。例の試験に通ったのか?」
ウソップはサンジと仲がよい。
ウマが合うらしく、サンジはウソップと居るとよく笑った。
いろんな相談事も、お互いよくしあっているようだ。
その事はゾロも知っている。
だから、留学試験の事は、ゾロより早く聞いていた。
「…ごめんなゾロ。」
「…何だ?」
「…サンジに、試験受けろって言ったのおれなんだ。」
「………。」
「サンジ、悩んでた。受けたい。行きたい。って…けど悩んでた…悩んでる理由は言わなかったけど。」
「…そうか…。」
「悩むなら受けろって言ったんだ。受けて、その結果が出てから悩めって。
…サンジが合格するかどうかなんてわからねェだろ?…だから…。」
「…あいつが受からねェワケねェだろ?」
「うん。サンジだもんな。」
ルフィが言った。
ゾロは、車窓の外を眺めながら
「あいつはお前に言われなくたって、試験は受けた。この先の道が変わることは決して無ェ。」
ウソップが、大きく溜め息をついた。
車内アナウンスが入った。
群馬県内最初の駅名を車掌が言った。
「フランキー。」
ゾロが呼んだ。
「ん?」
「お前、この先どうする?」
「ああ…このふた月近く、ずっと天井だけにかまけてたからな。他の修繕に入らねぇと…。」
「そうじゃねぇ。…サニーの仕事が終わった。その後だ。」
「…え…?」
一瞬、フランキーは答えに詰まった。
ウソップが
「…また…どっか行くのか…?」
と聞くと。
「…ああ…そうだな…そう…そうなるな…。」
「え〜?ずっとサニーに居ればいいのに。」
ルフィが言った。
「ははは…ありがてェがそうもいかねェ…他の仕事が入ったら…やっぱりな。」
「…お前、作りてェもんはねェのか?」
ゾロが尋ねた。
「は?」
「お前ェ自身が造りてェもんだ。」
「おれが…。」
そういえば。
ずっと大工を、建築に関わる仕事をしてきた。
だが、そこに何かを見出していただろうか…。
おれが造りたいもの…。
「無ェのか?」
「おれが…。」
ゾロに問われて、フランキーは一瞬
つくりたい
もの
ぼっ!
と、音がしたと思った。
「あ、赤くなった。」
「お、赤くなった。」
「へェ?」
「…う…あ、いや…!」
「おいおいおいおい、フランキぃ〜〜〜〜〜?今、何想像したんだァ〜〜〜?」
「いや…してねェ!!」
「したな。」
「うん、した。」
「何想像したんだよ!?白状しろォ!!」
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(2008/11/28)
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