BEFORE

2月になった。 サンジが、パスポートが出来たと見せてくれた。 煙草を咥えていないいつもと違う顔。 チラリと見たゾロが、「ヘンなツラ」と毒づいた。 ナミは、春コミの原稿が間に合わないかもしれないと、学校もそっちのけで同人誌の作業にかかりっきりだ。 プロを目指すと宣言した今、しばらく同人は休むと決めた。 これが最後になるかも知れない。 超大作、オールカラーで透明カバー付、68Pの本を予定しているのだ。 ゾロとルフィとウソップ、ブルックとチョッパー、そして時々サンジも、群馬とこことを往復している。 だが、フランキーは一度も戻ってこない。 作業場に泊まり込んで、製作に没頭しているらしい。 昨日遅く、群馬から戻ってきたゾロが、夕食の最中に  「6日には戻るって言ってたぜ。」 とロビンに告げた。 今は、ルフィとウソップとブルックがフランキーを手伝っている。  「あら、誕生日プレゼント?」 ナミが尋ねた。  「6日はロビンの誕生日か!」 チョッパーが言った。 だが、サンジが  「…あいつ、そこまで考えてるかァ?」  「…あ〜、それもそうね…。」  「…ま、いずれにせよ、6日はとびっきりのバースディメニューを用意するよ、  ロビンちゃん。ケーキは、何がいいかな?」  「…ありがとう、でも、気を使わないで…忙しいのに…。」 ロビンの言葉にサンジは笑い  「…ロビンちゃんの為にしてあげられる、最後のプレゼントだよ?それじゃ、おれの気が済まない。  フランスへ行っても、その事が心残りになったら悲しい。」  「…ありがとう…じゃあ…考えておくわ…。」 ナミが、チラとゾロを見て  「…サンジくん。自分の誕生日にはまだ、ここにいるんでしょ?」  「…うん…まだ考え中。」  「………。」  「…親孝行の真似事もしなきゃね。」 その時  「只今戻りましたァ〜ヨホホホ!」  「ふえ〜〜〜、ただいまァ〜〜〜〜。あ〜〜〜疲れたァ〜〜〜〜。サンジィ〜メシあるかァ〜?」 玄関ホールが賑やかだ。  「あれ?ウソップとブルックだ。」  「あいつら、今日帰る予定だったか?…あ〜しまった、メシがねェ…。」  「おかえりなさい…。2人ともお疲れ様…。」 席を立って、ロビンは2人の荷物を受け取った。  「急にどうしたの?何かあった?」 ナミが尋ねると、ウソップは笑って  「いや、心配すんな。…終わったんだよ。」  「え…?」  「ウソップ、ブルック。冷凍うどんでいいか?」  「ハイ、大変結構です!」  「ああ、悪ィ……終わった。フランキーは今、最後の研磨にかかってる。  そっちはおれ達じゃ無理だ。後はここへ運んで、パーツを組み合わせて、嵌め込むだけ!」  「……!」  「そう!終わったの!?」  「…そうか…早ければ2,3日って言ってたが、早かったな。」 ゾロの言葉にウソップが  「そりゃも――――!フランキーのヤツ、作業の終わりが見えた途端、  すっげェ飛ばしやがってよォ!昨夜寝てねェんだよ〜〜〜〜。」  「…まぁ…。」  「ロビン、誕生日に間に合うぜ。」  「………。」  「ほら!やっぱり!」  「ヨホホホ!しかし、フランキーさんはご存じなかったようで。  2月6日が管理人さんの誕生日だと言ったら、キョトンとしてました。」 ナミが、ガクッと肩を落とす。  「そんなロマンチックをあいつに期待する方がムダだ。」 ゾロが吐き捨てる。  「おれも、てっきりそのつもりかと思ったからがんばったんだぜ?がっかりだ。」 ウソップが言った。 丁度、サンジがどんぶりをふたつ運んできて  「はい、おまっとさん。月見うどんしか出来なくてすまねェな。」  「じゅーぶんじゅーぶん!サンキュー!」  「ヨホホホ!いただきます!!」  「で?ルフィは?残ったんだな?」  「ああ、残った。ここまで来たら、最後までぶっ続けで手伝うってよ。」  「…あいつ、学校どうすんのよ?進級できるの?」  「できんじゃねェの?…もし危うかったら今頃、エースかじいさんが駆け込んで来てるさ。」 サンジが笑って言った。 住人達がそれぞれの部屋に引っ込んでから、ロビンはひとり暗いホールに立った。 見上げても、薄汚いベニヤ板だけの天井。 作業が終わった。 もうすぐ ここに  「………。」 嬉しいのか 戸惑っているのか 自分の気持ちがわからない。 このホールに光が甦るのを、喜んではいけないのかもしれない。 なのに、それを思うと心がざわめく。 鼓動が早くなる。 その鼓動を感じる度に、罪の意識と、それに反する感情がせめぎ会うような気がする。 そうなる度に、あの時のフランキーの顔が浮かんでくる。  生きているからには前を向け  「………。」 冷えた空気。 広い作業場で石油ストーブをつけても、北関東の2月の、底冷えする寒さを防ぎきれるものではない。 なのに、よく眠れるもんだ、と、ダンボールの上で、シェラフに包まって寝ているルフィを見てフランキーは感心する。 まぁ、絶対零度の宇宙空間に行こうって奴が、これくらいの寒さでネを挙げてちゃいけないのかもな。  「………。」 ルフィもよく働いてくれた。 疲れているのだ。 ありがたいと、心から思う。 楽しかった。 こんなに誰かと心を通い合わせて、何かを作り上げたのは初めてだった。 ここまで夢中に仕事をした事もあっただろうか? フランキー自身、その心の変化に驚いている。 そして、ゾロに問われた『造りたいもの』を、フランキーはずっと考えていた。 あの一瞬に空想したのは、フランキーが得られなかった、だが、人に、当たり前に許された……。  「…フランキー…。」 呼ばれる声に、フランキーは振り返った。  「…寒いか?」  「ん〜、ちょっとな。眠れねェ?」  「…ああ、まだ興奮してるみてぇだ。」  「…しししっ!おれも!」 たった今、いびきをかいていたくせに。 ルフィは、フランキーの隣に立ち、曇ったガラスの向こう側の夜空を見上げた。  「…宇宙飛行士になるって?」 フランキーが言うと  「うん。」 ルフィは即答した。  「おれさ。」  「うん。」  「デッケェ男になりてェんだ。」  「ほぉ。」  「デッケェ男じゃねェと、なんか納得してくれねェと思って。」  「…誰が?」 フランキーが聞くと、ルフィは笑いながら  「ナミ!」 と、答えた。  「…へェ、お前、あの娘が好きなのか?」  「うん、なんか気がついたら好きだった。」  「ふぅん…。」  「…だって、おれナミより3つも年下だし。なんかデッケェ事やらねェと、 付き合ってもらえそうにねェ。宇宙飛行士なら文句ねェだろ?」  「ああ!そりゃあ、スーパーに文句はねェなァ!」  「だから決めた!アストロノーツにおれはなる!」  「おう、応援してやるぜ。」  「おれもフランキー、応援するぞ。」  「は?何の応援だ?」  「ロビン。」  「は?」  「フランキー、ロビンの事好きだろ?」  「は!?」 好き? その一言に、フランキーの思考が全て停止した。 その後、『好き』と言う言葉しか、頭の中に浮かばない。 そして好きという言葉と一緒に浮かぶ顔は………。  「好きだから、こんなに頑張ったんだろ?」  「………。」  「ロビン、この天井喜ぶぞ!絶対喜ぶ!」 シートのかかったガラス天井をバンバンと叩いて、ルフィは言い放つ。 好き? 好き 好きって…。 初めて会った時、あまりに美人で驚いた。 物静かな、品のある女だと思った。 幼い顔で笑う女だと思った。 だが、どこか寂しい表情で微笑む女だと思った。 あの時、天井にガラスをはめてやると言った時の、あの笑顔を、もう一度見たいと思った。 暗く、苦しげな顔で、割れたガラスは元に戻らないと言った女の顔に、笑顔を取り戻したかった。 自分の腕で、喜ばせてやりたいと素直に思った。 このステンドグラスを、喜ぶだろうか。 本当にこれでいいのか。 もし、記憶の形とあまりに違いがあったら、きっと彼女は落胆するだろう。 そんな結果は嫌だ。 おれは、あいつの笑顔が見たい。 喜びに流す涙が見たい。 だから、がんばった。 必死に 自分の腕とか技術とか、プライドなどはどうでもよかった。 ただ ロビンが喜べばそれでよかった。 その感情が それ?  「………う………。」 真っ赤になったフランキーが、次に取った行動を、ルフィはその後何度も仲間に話しては笑った。  「それでさぁ、フランキーのヤツ!上着脱いで半袖1枚で、なんかワケのわからねェ雄叫び上げながら、  工場の周り10周くらい走ってたんだぜ!!あっはっはっは!バカだろー!?」      NEXT BEFORE  (2008/11/28) めぞん麦わらTOP NOVELS-TOP TOP