2月6日になった。
凍てつく様な寒さだった。
天気予報が、「今夜は東京でも雪が降るかもしれません」と、言っていた。
その寒い日の朝早く、ロビンはナミにサニーから連れ出され、バスに乗せられた。
行き先表示には『早稲田バス車庫』。
そしてナミは、『音羽1丁目』で、バスを降りた。
すぐ目の前が『音羽御殿(鳩山会館)』だ。
「………。」
「…ルフィに、あんたを連れ出してくれって言われたけど、あんたの好きそうな場所なんてわからないし。
…さ、行こ。」
ナミがここを選んだ理由は分かる。
美しい屋敷だ。
どこか、あの朽ちかけたサニーに似ている。
入場料金を払い、ナミは順路に従いながらも、他の展示室には一切目もくれず、
真っ直ぐに玄関脇の階段を上がり、踊場のステンドグラスの前に立った。
「………。」
「…これでしょ?ロビン?」
「………。」
「綺麗よね…。」
「………。」
「サニーの、玄関に残ったステンドグラスの絵、アレに似たのが2階にあるわ。
フランキーもさすがにプロね。すぐに気づいたのよ。」
「……サニーのステンドグラスの方が…ここのものより製作年が早いの…。」
「………。」
「…この屋敷のステンドグラスを製作する為の、見本だったようね……。」
「へ〜え…そうなんだ…。」
「…それを…あんな無残にしたのは…。」
「ロビン。」
「………。」
「無残かどうかは、出来上がった『あたし達の』ステンドグラスを見てから言って。」
「ナミちゃん…。」
「ロビン。」
「………。」
「許されたいと思うなら、そう思っていいのよ。」
「………。」
「素直になって。」
答えず、ロビンは踊場を2階へ上がっていった。
ロビンを、外へ連れ出せといったのはルフィ。
笑っていた。
「すっげーぞ!絶対ロビン、ビックリする!!」
そう言って、本当に嬉しそうに。
アイスバーグの元で働く作業員が、2人手伝いにやってきた。
ロビンがサニーを出る時に、ゾロの携帯にフランキーからの電話が入り、
首都高が渋滞していて少し到着が遅れると言ってきた。
結局、今日になってもロビンはフランキーの顔を見ていない。
サンジとチョッパーは、ロビンのバースディケーキと料理の為の買出しに出かけた。
ルフィとゾロとブルックとウソップは、フランキーの仕事を手伝うので残っている。
頬が熱い。
心臓がずっと鳴っている。
体が震えるのを止められない。
嬉しいの?
いいえ
では、怖いの?
いいえ
なら
私は、なぜこんなに震えているの?
音羽御殿の庭を歩いた後、二人は新宿へ出て昼食を取った。
作業が終わったら、サンジから報せが入る事になっている。
いずれにせよ、終わるのは夕方であろうし、ナミはずっと黙っているロビンに、何を話していいのかもわからない。
と
「ナミちゃん。」
「ん?」
「…お台場に行かない…?」
「お台場?何?どこか行きたいの?」
ロビンの方から誘われて、ナミはぱっと表情を明るくする。
「…ええ。」
お台場についたのは3時に近かった。
新橋からゆりかもめに乗った時、ロビンが言った。
「…科学館って…どこにあるの?」
「科学館?…ああ、科学未来館っていったっけ?知ってるわよ。」
「そこへ行ってみたいの。」
「OK!任せて!ゆりかもめ沿線は庭みたいなもんよ!!」
確かに。
ビッグサイトは目と鼻の先だ。
平日の午後。
それでも人の出は多かった。
特に小学生の団体が多い。
また入場料を払い、エスカレーターで上に上がる。
ナミも、ここに入ったのは初めてだ。
勝手がわからないので、とりあえず到達した5階のフロアブースへ足を向けた。
すると
「うわぁ!!」
ナミが声を挙げた。
吹き抜けのフロアに、巨大な地球儀。
しかも、その球体は回転し、海流や雲がまるで生き物の様に動いている。
まるで、宇宙から地球を眺めているようなリアルな映像が展開されていた。
日本科学未来館のシンボル、巨大地球儀『ジオコスモス』だ。
宇宙飛行士であり、この科学館の館長毛利衛の、「宇宙から見た輝く地球の姿を共有したい」
という理想から作られたものだ。
球体そのものが回転している様に見えたが、実は、球体型のモニターの映像で、
その地球儀そのものが動いている訳ではない。
だが、あまりの巨大さリアルさに、これを初めて見た殆どのものは驚きと感嘆の声を上げる。
「ああ!聞いた事ある!これがそうなんだ!」
「………。」
ロビンは、きょろ、と辺りを見回した。
すると、ジオコスモスを望む、階下へと繋がるスロープに、彼女の見たいものがあった。
「へぇ、雲って面白い……こんなの見てると、ホントに世界はひとつってカンジね
キレイな青……飽きないわ……。……あら?ロビン?ロビン、どこ?」
ロビンは、スロープの壁にある、大勢の宇宙飛行士の写真を見ていた。
指で、そっと触れている先にある顔は
「ニール・アームストロング。アポロ11号船長…
“この一歩は小さいが、人類にとっては大きな一歩だ”の言葉を……。これが、見たかったの?」
「…ええ…でも正確にはこれじゃないわ…やっぱり、消されちゃってるわね…
うふふ…ここだけキレイ…。」
スロープの壁には、初めて宇宙へ行ったロシアのライカ犬『クドリャフカ』から、
つい先日スペースシャトルで宇宙へ行った宇宙飛行士まで、全員分の写真が貼ってある。
そして、ここを訪れた宇宙飛行士達は、自分の写真の側にサインを残していくのだ。
アームストロングの写真にも、サインがある。
そのすぐ側は、なぜかやたらときれいに磨かれていた。
「これって、こっちはこの人のサインよね…消されてるって?」
「ルフィがね、ここにメッセージを残して行ったんですって。」
「ええ!?ルフィが!?」
「自分も宇宙飛行士になる!…って…。」
ナミは天を仰いで
「つくづくバカねェ…。」
「でも、本気なのよ…。」
「………。」
「…あなたも…本気なのね…。」
ナミは、胸を張った。
「ええ。」
「………。」
「ロビン。」
「…なぁに…。」
「自分に素直になって。」
「ルフィの元気を、もらいに来たんでしょ?」
小さく、ロビンは笑った。
見上げると、ルフィがいつか見るはずの美しい青い星。
見上げたそこに、いつもあった幸せの青い鳥。
ロビンは静かに目を閉じた。
この心に委ねよう。
見上げたそこにあるものを見た瞬間の、自分の心に、全て……。
♪ ♪ ♪
「サンジくん!!」
ナミが、間髪入れずに携帯を開いた。
「…うん、わかった…今?お台場。」
『お台場?』と、サンジが驚いて問い返したのが聞こえた。
だが、察したのだろう。
会話はすぐに途切れた、そして
「うん、すぐに帰る。ご苦労様。」
「………。」
「……帰ろうロビン。」
ロビンはうなずいた。
ほんの少しだが、唇に笑みがある。
ナミは思わず、ロビンの手を握った。
そして、手を繋いだまま肩を並べて、スロープをゆっくりと下っていった
駅まで、チョッパーとウソップが迎えにきていた。
2人とも、天井のことは何も言わず、ただ今日はどこに行ってきたのかとか、
サンジが作ったケーキがすごいとか、そんな話しかしなかった。
門の前で、ゾロとブルックが立っていた。
丁度、群馬の職人達が帰った所らしい。
ゾロの隣に、アイスバーグが立っていた。
その姿を見て、ロビンは一瞬眉を寄せたが、立ち止まり、深く頭を下げた。
アイスバーグは笑っただけで何も言わず、自分の部下2人とロビンたちが今来た方向へ歩いて行った。
「ルフィは?」
ナミが尋ねるとゾロが
「…ホールにいる。ずっと天井見上げてにやけっぱなしだ。」
「ヨホホホ!お気持ちわかります!」
「………。」
車寄せに立つと、中から甘いよい香りがしてくる。
サンジのケーキの香りだろう。
ロビンが好きな、コーヒーの香りだ。
わずかに、新しい木の香りも漂っている。
心臓が、破裂しそうだ。
ドアノブを見つめたまま、体が動かない。
「あ。ちょっと待ってロビン!」
言って、チョッパーがポケットからアイマスクを出した。
真っ赤な生地に、ふざけた目の形が描いてある。
「これ、つけて。中に入ったら外して!」
「…え…?」
「ちょっと、チョッパー!」
「まーまー!その方が、サプライズもでっかいって!!」
「もぉ!」
ウソップが、有無を言わせずアイマスクをロビンにつける。
「見えてないよなー?ロビーン?これいくつー?」
「…見えないわ。」
「よ〜し!じゃ、ナミ、そっち側腕頼む。」
「ん、OK。」
「じゃ、開けるぞー。おーい!!ロビンが帰ってきたぞー!!」
中から、サンジとルフィの『おー!』という声が聞こえた。
玄関が開く音、腕を取られて、ロビンは震える足で一歩を踏み出す。
いつもの慣れた玄関ホール。
なのに、恐くてたまらない。
この恐れは、一体なんなのだろう?
「お帰り、ロビンちゃん。」
「お帰り!ロビン!!」
サンジとルフィ。
だが
「…フランキーは?」
ロビンの問いに、誰も答えない。
不安が、よぎる。
そして
「…外すよ、ロビンちゃん。」
甘い匂いが側で香る。
サンジだ。
細やかな指で、そっとマスクを外す。
だが、ロビンは目を開けられない。
すると
「顔を上げろ、ニコ・ロビン。」
正面から、フランキーの声。
「!!」
言われるがままに、ロビンは顔を上へ向けた。
「目を開けろ。」
「………。」
怖い。
かすかに震えながら、ロビンは大きく息を吸った。
「…目を開けろ。」
再びのフランキーの声に、ロビンは震えながらゆっくりと、ゆっくりと、目を
開いた。
飛び込んできたのは、橙色の、夕陽の光。
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(2008/12/5)
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