おとうさん!おかえりなさい!
ただいま、ロビン。
いい子にしてたかい?ほら、約束のものだよ。
誕生日、おめでとう。
うわぁ!ありがとうおとうさん!
うふふ…ロビンは本当に本が好きね。
君に似たんだよ。
ねぇ、おかあさん。ここで読んでいてもいい?
いいわよ。でも、もうすぐ夕食の時間だから、時間になったらきちんと片付けて、お手伝いをね?
はぁい!
おとうさん!おとうさん!おとうさん!
あなた!あなた!…あなた…!!…いや…嘘…いや…いやぁああっ!!
おかあさん…おかあさん…お願い…私をひとりにしないで…。
ごめんなさいねロビン…ごめんなさい…。
ロビン…あなたのせいじゃない…弱かったのはおとうさん…意気地がなかったのはおかあさん…。
自分を責めないで…ロビン…どうか…幸せになって……もう、泣いてはダメ……。
ホールに降り注ぐオレンジ色の光。
夕陽に染まる雲。
一羽の青い鳥。
空へ
天高く空へ
幸せという名の巣へ、帰っていく青い鳥
「………。」
「…ロビン…。」
「…ロビン…?」
「…気に…入らないのか…な…?」
「…しっ…。」
「………。」
夜が来て、朝になれば、このガラスが美しい白色であることがわかるだろう。
金の細いワイヤーに象られた雲。
その雲の向こうに、羽ばたいて行く青い鳥。
その鳥の嘴に
「ごめんね、ロビン。」
「………。」
「本当は、赤いバラを一輪咥えていたってのは聞いてたんだけど…そこだけは…変えたかったの。」
「………。」
「新しく始める為、だから、まるっきり同じモチーフにするのを、みんな躊躇ったんだ…。」
「………。」
「そこだけは謝るわね。」
ロビンは首を振った。
青い鳥は、一房の葡萄を咥えていた。
葡萄の房には、9つの実。
ルフィと、ナミと、ゾロと、サンジと、ウソップと、チョッパーと、ブルックと、フランキーと、ロビン。
「自己主張が大きくてごめんね。」
ナミの言葉にサンジが笑った。
正直、小川三知のような繊細な出来上がりではない。
フランキーは大工だが、ガラス技術の専門家ではないし、工芸家でもない。
他のメンバーもド素人だ。
だから、これが精一杯なのはわかる。
ロビンがずっと見ていた天井とは、似ても似つかない。
だが
「…キレイ…。」
「………。」
みな、天井を見上げた。
玄関脇のステンドグラスに比べたら、芸術的にも技術的にも月とスッポンなのはわかっている。
だけど、渾身の力で作り上げたそのステンドグラス天井は、小川三知のそれよりずっと美しく見事だった。
ホールに、ロビンの声が響いた。
声を挙げて、まるで子供の様に泣いた。
目の前にいるフランキーにフラフラと歩み寄り、その胸に顔を埋めて、声を挙げるだけ挙げて、ロビンは泣いた。
「ロビン。」
「……!!!」
「サニーはお前をとっくに許してる。」
「そうでなけりゃ。」
フランキーは、躊躇わずロビンの背中を抱いて、優しく撫でた。
「…こんなに気のいい連中を、ここに引き寄せてくれる訳がねェ…。」
「サニーが、お前の為に、あいつらをここへ呼んでくれたんだ。」
えへへ、と、チョッパーが笑った。
みな、照れくさそうに互いを見る。
「…それから…。」
腕の中で、小さな声がした。
「…あなたも…。」
頬を涙でグショグショにしながら、ロビンは微笑んで言った。
そしてまた、再び声を挙げ、フランキーにすがって泣く。
ロビンの声は、いつまでもホールの天井に響いて、消えなかった。
サウザンド・サニー
千の太陽
誰がその名をつけたのだろう?
この家が、そういう名のアパートになったと聞いた時、思わず素敵な名前だとつぶやいていた
千の太陽が、集う家
ロビンはなかなか泣きやまず、結局、そのままフランキーの腕の中で泣き疲れて眠ってしまった。
やむなく、管理人室へ連れて行き、ベッドに横にしたが
「あ。」
ロビンの指は、しっかりとフランキーのシャツの裾を掴んで放さない。
「フランキー。」
ナミが言う。
「わかってると思うけど…くれぐれも狼にならない様に。」
「ならねぇよ!!」
「ナミさん、おれが一緒に見張ってるから。」
「ダメ。サンジくんはいらっしゃい。」
「え!?なんで!?」
ナミがサンジを引きずって、食堂へ戻ってくると、ルフィがテーブルに顎を載せて尋ねた。
「ロビンは?」
「眠ってる。フランキーのシャツ、放さないのよ?うふふふvvv」
「あああ、ロビンちゃん大丈夫かなぁ?」
「なぁ、パーティは!?ケーキは!?メシは!?」
「主役がいないのに、始められないでしょ?待ってなさい。」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」
ナミは、ごつっとルフィの頭を殴ってから
「今日、お台場行ったわよ。」
「!!」
「…バカなんだから。」
ちら、とルフィが見たナミの横顔。
やっぱ、こいつの笑ってる顔好きだな。
辺りが暗くなってきた。
カーテンを引かないと少し寒い。
立ち上がりたいが、立てない。
初めて入った管理人室。
ロビンの部屋。
綺麗に掃除されて、整頓された部屋。
小さな台所。
小さなコタツ。
1つだけの座椅子。
一竿だけのタンス。
茶器以外、ひとり分の食器だけが並んだ小さな食器棚。
本がびっしり詰まった本棚。
そして、小さな仏壇に2つの位牌。
年頃の女の部屋にしては、殺風景過ぎる部屋。
「………。」
純粋すぎて、幼すぎて、だが辛い事を知りすぎて。
望んでいたのはきっと、ささやかな幸せだけだっただろうに。
疲れたのだろう
どれだけの歳月、悩み、苦しんできたのか知らない。
やっと、ロビンは解放されたのだ。
眠れるだけ眠らせてやりたい。
「………。」
指を、そっと放した。
するりと、力は抜けて解けた。
ほっと息をつき、フランキーは立ち上がり、カーテンを引こうとした。
「お…雪だ…。」
暗い夜空から、舞い降りてくる白い綿毛。
ふっと笑みを浮かべ、そぉっと出て行こうと…
「フランキー…。」
「!!!?」
振り返ると、はっきりと目を開いて、ロビンがこちらを見ている。
枕に頬を押し当てているが、目は冴えていた。
「…び、びっくりさせんな…!起きてたのか!?」
「……ありがとう……。」
「………。」
「ありがとう、フランキー…。」
ロビンは起き上がり、ベッドの上に座った。
「礼を言われるような事はしてねェ…。」
「………。」
「…明日から、他の修繕箇所にかかる。
悪かったな…ずっと留守にしちまって、他の場所をほったらかしにしてよ。」
「………。」
「………。」
沈黙が流れる。
「…外、雪が降ってきた。何か羽織った方がいいぞ。…みんな、お前を待ってる。
きっと小僧が今頃腹空かして、痺れ切らしてる頃だ。」
フランキーが立ち上がろうとした時、ロビンは口を開いた。
「…ここの仕事が終わったら…どうするの…?」
降り積む雪。
「……出ていく。…当たり前だろ?」
「………。」
「…ちゃんと、他の場所もきれいにしていく。心配すんな。」
「………それなら…直さなくていいわ……。」
「おい?」
「…直さなくていい…いいえ、例えあなたが直しても、また誰かが壊すわ…
ルフィやゾロ…乱暴なんですもの…すぐあちこち壊して…。」
「………。」
フランキーは、改めてロビンの傍らに腰を下ろした。
そして
「…それ以上言うな…。」
「………。」
「自惚れちまうからよ。」
ロビンが首を振る。
「…おれぁよ…ガキの頃親に捨てられたんだ。」
いきなりの告白に、ロビンははっと息を飲んだ。
「7歳の時だ。施設の前に捨てられてた。」
「………。」
「親に連れられてそこに来たはずなのに、親の顔は思い出せねェ。
まぁ、思い出しても仕方がねェしな…15の時に、近所の空き地に家が建った。
その家を建てたのがおれの師匠だった。そん時はもう、アイスバーグもトムさんの弟子だったよ。
…ああ、師匠の名前だ、トムさんってのは。」
「………。」
「面白かったんだ。一軒の家が建っていくってのが…。だから、卒業したら弟子にしてくれって頼んだ。
トムさんはいい人でな、快く迎えてくれたよ。」
「…その方は…?」
「…死んだ…もう12,3年になるか…ガンでよ…死ぬ前に、おれの独り立ちを認めてくれた
…随分心配してくれたけどな…。」
「………。」
「トムさんが…おれの親父みてェなもんだ…けど、おれはホントの親を知らねェ…。
だからお前が、自分の両親の不幸に苦しんでいる気持ちがわからなかった。
けどよ…それはそれだけお前が、自分の両親を愛してたって事だ…羨ましいと思うぜ…。」
「………。」
「…ゾロによ…おれは何が造りたいんだって聞かれた時…焦った。
答えが出なかった…おれは大工になって何がしたかったんだって思った…。
何で大工になりたかったのかって思った。…けど、わかった…。」
「………。」
「おれは、“家”を造りたかったんだ…。」
「………。」
ロビンの手が、そっとフランキーの固い手に触れた。
「おれは…“家”を作りてェ…器だけじゃねェ…中身もだ…。」
「………。」
「ここに来て、初めてそう思った。みんなの家を造りたい。
あいつ等の家はここで、あいつらの帰る場所がここだったらいい…そう思った…。
お前の家を、キレイにしてやりたい…そんでここが……。」
「………。」
「…おれの家になったらいいって…思った…。」
フランキーは、空いた手で顔を覆った。
指の隙間から、涙が溢れているのが見える。
「……フランキー……。」
「………。」
「器は…造る必要はないわ…。」
「………。」
「…ここに……もう、あるもの…。」
ロビンの手が、フランキーの頭を胸に引き寄せる。
「…ずっとここにいて…ここで…。」
「………。」
「あなたの家作りの仲間に…私を入れて…。」
大きな手が、ロビンの背中に回る。
男の人が、こんなに泣くの?
でも、綺麗な涙…。
薄暗がりの中で、二人の目が交わされる。
互いに涙に濡れて、揺れる様に光っていた。
無意識に、互いの顔が寄り添い合う。
そして
唇が
重な
「ロビ――――――ン!!!」
ばたん!ガタガタ!!ドッタン!!バキバキバキッ!!
「ロビン!ロビン!ロビン!!いい加減に起きろォ!!飯がまずくなっちまうぞー!!
パーテェ〜やろぉ〜ぜぇ〜〜〜〜〜!!!!ロ〜ビ〜ン〜〜〜〜〜!!
あれ?フランキー?なんでこんな所で潰れてんだ?」
不思議そうに言うルフィに、一斉に6個の鉄拳が飛んできた。
明るいロビンの笑い声と仲間の怒鳴り声、そしてフランキーの豪快な笑い声を、天井の青い鳥が聞いていた。
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(2008/12/5)
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