6年前。(くどい) サンジは20歳の専門学校生。 ゾロは12歳の中学1年生。 20歳にもなって、親の田舎でひと夏を過ごすなんて無いだろうと思いながら、 それでも今年も来ちまった、と自分を笑いながら駅に降り立った。 いつものように、駅にはゾロが迎えに来ていた。 中学の制服だった。 去年と、自転車が違っていた。 中学生になって、通学用の新しい自転車なのだと言っていた。 学校指定だからダセェんだと、頬を膨らませていたな。 でも荷台があるから、2ケツが出来るぞと二人乗りしていったら、途中で駐在に捕まった。 サンジの方が怒られた。 そしたらゾロが、おれが誘ったんだから、おれを怒れと食って掛かった。 気がついてやりゃあ良かったか? あの年は、ゾロはやたらとおれをかばったり、先にたって何かをしてくれたりということが多かった。 大人ぶってるのが見え見えだった。 でも、それはおれが20歳になって成人し、自分も中学生になったせいなのだと思っていた。 背伸びして、追いつきたくて仕方がない。 カワイイ奴。 単純に、そう思った。 まさか、そんな感情でそれをしてるとは、思いもしなかったんだよ…。 回想、終わり。 「終わすな!!ちゃんと肝心な所まで思い出せ!!」 ゾロが怒鳴る。 ドスの聞いた声で、かなりクる。 「思い出せって…!な、何を!?」 「…十分、うろたえてんじゃねェか。やっぱりてめェ、あン時、おれが何したかわかってたんだろ?」 「って、てめェこそ!!自分が何したか、わかってやってたってのか!?」 「お、白状したな。」 「う!」 田舎の暗い田んぼ道。 苦情も起きない。 怒鳴ろうが叫ぼうが、きっと誰も咎めない。 聞いているのは空の月と、田んぼのカエルと虫ぐらい。 そういえば、あまりの騒がしさに虫の音も止んだ。 「サンジ。」 「!!」 小さい時から、ゾロはサンジを名前で呼んでいた。 周りの大人が、『お兄さん』とかつけて呼びなさいとうるさく言っても、ゾロは聞かなかった。 だが、サンジの記憶に残るゾロの自分を呼ぶ声は、もっと幼くて…。 ( ヤベェ…今の声、ヤバすぎ…。) かぁっと、頬が熱くなる。 再び、回想に入る。 「入るな!頼むから!!」 強制執行。 暑い日だった。 夕方になって、陽が傾いてから少し涼しくなって、昼間ゾロに付き合って少し遠い川の上流まで出かけた疲れもあって、 つい、縁側で横になって眠ってしまっていた。 ほんの少しの仮眠のつもりだった。 そんなに深く眠っていたわけではない。 だから、ゾロが自分を覗き込んでいたのはわかっていた。 ゾロの気配で、ゾロの匂いで、閉じた瞼を透して、髪の緑色が見えていた。 何か、イタズラ心でも起こしているのかとぼんやり思った。 けれど、目が開かない。 本当に、疲れてもいた。 サンジ 声がした。 やっぱりゾロだ。 なんだ? 答えたつもりだったが、声が出なかった。 そして 一瞬、頭の中が真っ白になった。 眠気も吹っ飛んだ。 どこかへ行った。 意識は完全に目覚めていたが、目を開けなかった。 開いたら、何かが壊れちまうようで、怖かった。 ゾロが、おれにキスをした。 キス、なんてかわいいモンじゃねぇ。 軽く触れるなんて、ウブなもんでもねぇ。 ディープキス寸前、舌が入ってくるかと思った。 思わず、唇を噛み締めていた。 唇が離れて、そして、ゾロは言った。 『 好きだ。 』 たった一言。 ゾロは立ち上がり、そのまま縁側から庭に下りてどこかへ行った。 そして そして そして そして? 回想中断。 「…覚えてねぇ…。」 「あ?」 サンジのつぶやきに、ゾロは眉をしかめた。 「覚えてねぇ…あの後のこと…全然覚えてねぇ。」 「…なんだと…?」 ゾロの眉がさらに歪む。 だが 「“あの後のことを覚えてねぇ”、なら、“あの”は覚えてんだな?」 「……覚えてる………ああ、ああ!覚えてるよ!!てめェ!なんて事してくれたんだよ!?」 「今怒るのかよ。」 「中坊のガキのクセして、なんつーマセた真似してくれやがんだ!?あァ!?」 「もう、中坊じゃねぇよ。」 「でもまだ、今現在高校生だろ!?おれより8つ年下のゾロだろう!? その開きに変わりはねぇんだ!大人をからかうつもりでやったんか!?あ!?」 「…からかったつもりはねェ。おれはマジだ。今も。」 「は!?」 沈黙が流れた。 長い静寂に、また虫が鳴き始めた。 「……8つ下のゾロか。そうだよな。確かに、その開きはどう足掻いたって縮まらねェよ。」 ゾロは吐くように言った。 「だから、おれは早く大きくなりたかった。お前を守れる様に、強くなりたかった。 …“あの時”…早まったと思った…。今考えると、さすがに早まったと思う。嫌われても仕方ねぇよ、確かに。」 ジャンプを抱えた手をポケットに突っ込んだまま、ゾロは右手で頭を掻いた。 「…覚えてねぇって言ったよな?おれは覚えてるぞ。 お前、あの日の最終に乗って、東京に帰っちまったんだ。」 「え!?そうだったっけか!?」 「そうだよ!!」 また、虫の音が止んだ。 きっと草むらの中で、さっさとどこかへ行けと思っているに違いない。 「…そしたら次の年にはもう来なかったし…次の年も次の年も…。 そうなったらもう、振られた以外の何ものでもねェだろうが!?」 「ううううううう!」 「…お前、さっき身長の事聞いただろ?」 「うん…。」 「…お前が好きだって、自覚した頃…自分で誓っちゃいたんだ… おれの身長がお前を越すか、せめて同じになるまでは我慢しよう。 …ちくしょう…まったくガキだったよ。寝てるてめェ見てたら、ガマンできなくなっちまったんだ!!」 言って、ゾロは顔を背けた。 多分、今のおれに負けず劣らず、真っ赤になっているんだろう。 ガキだったけど。 想いは、真剣だった。 もしかしたら コイツ 「ゾロ…。お前…まさかおれのお袋が死んだあの頃から…おれのこと…?」 心当たりはその頃からだ。 本当に小さかったのに、ゾロは、おれを労わってくれていた。 おれが泣くと、本気で一緒に泣いた。 従姉が言っていた 『ゾロは本当にサンちゃんが好きね。』 「……お前が泣くのを見るのは辛かった……。」 「…でもあの頃…お前まだ幼稚園ぐらいで…。」 「だから!ガキだろうがなんだろうが、その時にそう思っちまって、その気持ちが全然抜けなくて、 どんだけ経っても変わらねェんだから仕方がねぇだろ!?おれだって困ったんだ!! 何でいつまでも未練たらたらで、忘れられねぇんだ!?増してや6年も無視されてよ!!自分と同じ男に! 何でだって自分でもそう思う!!けど、もうしょうがねぇ!!やっぱりおれは、テメェに惚れてんだ!!」 「!!」 「…高校卒業したら、絶対ェ東京に出てやる。テメェの所に押しかけて、決着つけてやる。 そう決めてた。…そしたらあっさり、たかが法事でひょっこり姿見せて、 何もありませんでしたって顔で、ヘラヘラ笑いやがって……頭に来るなって方がムリだ!!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」 言うだけ言って、ゾロはずんずん歩き出した。 呆然とするサンジを道端に残して。 サンジは、思わず顔を覆った。 熱いのだ。 心臓がバクバク鳴って、血が沸騰したように全身が熱い。 バカヤロウ 一方的に、自分の言いたいことだけ言って行っちまいやがった。 おれの方はどうとか、そんなことはお構いナシか? クソガキめ。 思い出した。 そうだ。 あの日。 あの後、荷物かき集めて、慌てて飛び出して、駅まで走って電車に飛び乗った。 「………。」 何故逃げた? あの時、何故おれはゾロを叱り飛ばさなかった? 目を開けて、跳ね起きて、蹴り飛ばしてやればよかったじゃねぇか。 そして、何、気色の悪い冗談をかましてんだと怒鳴ってやれば、良かったんじゃねぇのか? そうすれば、ゾロだって、コレが普通の恋愛感情じゃないと、気がついたかもしれねぇのに。 なぁ、おれ。 今、なんでこんなにドキドキしてるんだ? そんなこと言いながら、どこかで、今のゾロの言葉を喜んでいねぇか? おれは……。 なァ、ゾロ。 何でおれだ? ガキの頃から好きだったって? 何年越しの恋だよ。 夏にしか会えないおれに。 可愛い子や綺麗な子だっていただろう? 夏を待たなくても、毎日会える子だっていただろうに。 暗い夜のあぜ道。 サンジは頭をガリガリと掻いた。 何を考えればいいのかすらわからない。 ひとつだけ、頭に浮かんだのは 「…あいつ…やっぱおれを、女の子的ポジションで見てんのかな…?」 だった。 ふと、草が風に揺れて鳴った。 熊出没の話を思い出す。 「…守りたい…か。やっぱりおれをネコに見てるんか…。」 また、顔が熱くなる。 「も〜…わかんねェ…。」 NEXT (2007/10/6) NOVELS-TOP TOP