BEFORE


田舎の法事は、終われば後は宴会と決まっている。(決まっているのか?)

袈裟を着て、胸張ってやってきた坊主でさえ、今は真っ赤になって従姉のダンナと酒を飲んで騒いでいる。

その内に、オッサン連中はタクシーを5台も呼んで、町の飲み屋へ出かけていった。

まったく、2日も3日もぶっ続けでよく飲むな。



罰当たりが自分だけじゃないとわかり、サンジは胸をなでおろす。

誘われたが、明日、早い電車で戻る予定になっていた。

夜番勤務が待っているのだ。



残された女たちは、居間に陣取っておしゃべりに夢中になり、ゾロもサンジも小さな子供たちを預けられて閉口していたが、

さすがに深夜になると子供たちも撃沈して静かになった。



子供たちと雑魚寝状態の部屋の中に、心地よい風が吹きぬけていく。

網戸の向こうに、月が浮かんでいた。

親類の一番小さな子が、ゾロとサンジの間で眠っている。

ゾロも、大きないびきをかいていた。



 ( まったく…人に爆弾投げつけて、てめェは言うだけ言ってスッキリしたってか?)



明日、帰る。

帰って、多分もう、ここへは―――。







それで、いいんだ。







ゾロが寝返りを打った。

顔が、こちらを向く。



 「………。」



朝の言葉が、甦る。



 “ 自分でする時は、てめェの顔しか思いつかねぇからな。 ”



 ( それって…こいつ…おれでヌいてるってイミだよな…冗談だろ?…おれは自分でする時も女の子を…。)



思った瞬間。



 ( …おれ…どんなタイプの子がいいんだ…? )



好みのタイプのビジュアルが、何も思い浮かばない。



ドキ



一瞬、今朝のゾロの体が脳裏をよぎった。



 「…う…。」



すぐ側に、ゾロの顔。

顔の脇に、投げ出された手。



 ( …デケェ手…。 )



 ( あの手で…おれを想像して…? )



 ( あの手で…もし…もし…ゾロに…触れられたりしたら……。 )





ゾク





何かが、腹と背中の辺りから這い上がってくる。



ヤベェ





と





ゾロの目が開かれた。



 「!!」



驚くサンジを、ゾロは少し寝ぼけたような目で見ている。

その目に、少し光が甦ると、ゾロは潜むような声で言った。



 「…触っていいか?」

 「う……!!」



まるで、サンジの一瞬の妄想を知っているかのような。

のろりと、ゾロの手が伸びてくる。



 「触るだけだ。」



低く小さいが、はっきりした声音。

サンジは、あまりのことに答えられない。

心臓が、バクバクと音を立てている。

ゾロに聞こえはしないか、そのことだけが気がかりだった。



 「触るぞ。」



子供越しに伸びてきた手が、サンジの頬に触れた。

少し、冷たい手。



 「………。」



すうぅっと、ゾロの指はサンジの顔を滑っていく。

指先が、髪をつまむ。

そのまま瞼に触れ、眉をそっと撫でた。

輪郭を辿るように、指は下へ滑り、最後に唇をなぞった。



 「…さんきゅ…。」



指が、離れる。



 「覚えとく。忘れねェ。」



ドクン



ひときわ大きく、サンジの心臓がなる。









毎年、夏が楽しみだった。

嫌なことも辛いことも、寂しいことも、みんなここへ来ると忘れられた。

この田舎の素朴さが、青い空が、緑色の森や田畑が、自分を癒してくれているのだと思っていた。







 「…ちがう…。」

 「………。」



小さくて、生意気で、バカで、方向音痴で。



 「そうじゃねェ…。」

 「………。」



駅のホームに降り立って、探すのはお前の顔。



 「………。」

 「………。」



飛びついてくるお前を、抱きしめるのが嬉しかった。







サンジが、体を屈めて震えている。

ゾロは半身を起こし



 「外、行こう…。」







そっと、勝手口から裏の畑へ出て、そのまま田んぼの畦道へ行った。

水路の流れる音が、虫の音に混じって耳に清しい。

ゾロの後ろを歩きながら、サンジはつぶやくように言う。



 「…お前が弟だったら、ずっと一緒にいられるのにって思ったよ…。ここから帰るたびに、いつもいつも…そう思った……。」

 「…お前…泣いてんのか?」



不思議そうにゾロが言った。

確かに、サンジは泣きたい気持ちでいっぱいだった。

こぼれてはいないが、涙がずっと滲んでいる。



 「誰のせいだよ!?」



サンジは叫んだ。



 「ワケわかんねェんだよ…ただ胸が苦しくて仕方がねェ…ありえねェ感覚にずっと縛られて、パニくってんだ!おれは!!」

 「………。」

 「ちくしょう!!…このクソゾロ!!ガキのクセに…おれよりずっとガキのクセに、

  大人の事情とか世間の感覚とか、てか、人間の常識とか、少しはわかれ!!」

 「わからねェ。」

 「!!」

 「わかろうとも思わねェ。」

 「わかってんのは、おれがお前を好きなことだけだ。」

 「……っ!」

 「…そんなに怒るなら、もう来なきゃいい。…ただ、おれが一方的にいつまでも、てめぇを好きでいるだけだ。

  てめぇはてめぇで、好きに生きりゃいい。恨みも妬みもしねェよ。」

 「…バカか…お前!」

 「おれをバカといっていいのは、おれだけだ。バカなのは十分わかってる。てめぇに言われる筋合いはねェ。」

 「!!……自己完結にも程があるって知ってっか…!!?人の気持ち、引っ掻き回しておいて!!」

 「てめェの気持ち?」



サンジは、はっとして口元を押さえた。



 「…男に、それも8歳も年下のヤツに告られて、気持ち悪いんだろ?」

 「………。」

 「弟としか思ってねェ。そんなヤツにキスされて、イヤだったんだろ?」

 「………。」

 「だから6年、おれを避けてここへ来なかった。それが全てじゃねェか。

  なら、気色の悪いホモ野郎、二度とツラ見せんなって言えばいいだけのこった。」

 「………。」

 「何も悩むことはねェよ。」



ちょっと待て。

それが今の、お前の気持ちか?

好きだって言ってるくせに、なのに好きに生きろ?

恨みも妬みもしない?



どういう意味だよ?



そこまで、簡単なことなのか?



 「…ゾロ…。」

 「…ん?」

 「お前…今怒ってるよな…?」

 「………。」

 「おれに拒まれて、悲しいとか思ってるよな…?」

 「………。」

 「なら、何で、そう言わねェ!?」

 「………。」

 「泣いて、それでもおれが好きだとか言ってみろよ!自分のものにしてェって、離れたくねェって、言ってみろ!!」

 「言ってほしいのか?」

 「……!!」

 「ガキは、嫌なんだろ?」

 「………。」

 「おれも嫌だ。」

 「………。」

 「だから、言わねェ。」











虫が、鳴いている。

水の音がする。

遠くで、車の走る音がする。









でも、ゾロの声はもう聞こえない。



俯いて、サンジは抑揚のない低い声で言った。



 「…明日…帰る…。」

 「ああ、気をつけてな。」

 「………。」



歩き出し、ゾロは



 「送らねェよ。」



と、言った。

そして



 「そんな気にならねェ。」















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                    (2007/10/6)



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