BEFORE




目の前の“もの”を、ゾロは呆然と見つめていた。



いつもの通学路、360度田んぼだけの畦道の真ん中。

部活帰りの下校途中、けたたましく蝉が鳴いていて、森の方向へ白い鷺が飛んでいく、そんな夕刻。

自転車を止め、サドルにまたがったまま片足でそれを支えながら、ゾロは、行く手を阻む相手の顔をじっと見るしかなかった。



 「…なにやってんだ…?」



ゾロのその問いに、声が答える。



 「……取れよ……責任……。」



声の主は、少し俯き加減に、だが目だけはまっすぐにゾロを見つめている。

鬱陶しい前髪がかすかに揺れた。

肩に背負ったバッグを、声の主サンジはどさりとその場に落とす。



ゾロの唇が、かすかに引きつった。

目に、戸惑い。

けれど、少し顔を上げたサンジの赤い頬と、潤んだような目に、



 「………。」



自転車を降り、スタンドを立てて、ゾロはサンジに近づいた。

そして



 「うわっ!!」



荷物と、サンジを肩に担ぎ上げた。

担ぎ上げたかと思うと、自転車をその場に残して走り出す。



 「ちょ…!おい!ゾロ!どこへ行く!?」

 「責任、取んだよ!!」



大の男ひとり担いでいるのに、なんてスピードだ。

ゾロはそのまま畦道を走り抜け、自分の家の田んぼまで来ると、

キョロと一回周りを見回して、用水路の脇にあるポンプ小屋の扉に手をかけた。

扉には南京錠がかかっていたが、勢いで取っ手ごと引きちぎる。



 「うわ!…って、おい!ココ…!!」



サンジが叫ぶより早く、ゾロはサンジをポンプの脇に降ろして扉を閉める。

窓のない狭い小屋の中は、扉を閉めると薄い闇に包まれた。



 「ゾロ!ココ…って、ここで!?」

 「大丈夫だ、ここなら誰も来ねェ!」

 「その前に、シチュエーションとかムードとか、つーか、コトに入る前のプロセスとか!!」

 「いらねェ!!」

 「おれはいる!!」

 「そんなもん、有っても無くてもすることは一緒だろ!?」

 「一緒でもいる!!」

 「いらねェよ!!」



叫ぶや、ゾロはサンジの唇を奪った。

肩を強く掴み、深く、深く、口づけを繰り返す。



 「…んん…っ…ん…。」



唇が、離れたかと思うとまた塞がれる。

その度に、舌を絡めて、歯を鳴らして、何度も何度も熱くキスを繰り返した。



肩を掴んでいたゾロの手が、背中に回る。

全身を、固く抱きしめる。



息が苦しい。

目が眩む。



ゾロの、腕の力の強さのせいばかりではない。



サンジの全身が溶けるように弛緩した。

と、ゾロは半身を起こし、制服のワイシャツを左右に裂くように脱ぎ捨てた。



 「…あ…。」



サンジの唇から、喘ぐような声が漏れる。



男だ。

もう、立派に男になった体だ。



ゾロの手が、サンジのシャツのボタンにかかった。

だが



 「待て…。」

 「何で?」

 「…自分で…脱ぐ…。引き裂かれちゃたまらん…言い訳できねぇ…。」

 「…ちゃんと外す。から…おれにさせてくれ。」

 「…はいはい…。」

 「…ちっ、まぁだ、ガキ扱いか。」

 「…しょーがねー、クセだクセ…。…ガキじゃねぇって…もう、十分思い知った…。」



小さく笑ったゾロの声は、いつになく優しく、そして大人びていた。



息が荒い。

ゾロの目も、酔いしれたように潤んでいる。

武骨な手で、サンジのシャツのボタンをひとつひとつ外す指先が、少し震えていた。



 「ゆっくり…慌てなくていいから…な…?」

 「うん。」



答え方が、小さい頃のゾロのようだった。

全部のボタンを外すと、固い手が襟を割って中へ滑り込んでくる。

その指は、まだかすかに震えている。

指先が、乳首に触れると、サンジもゾロも同時に震えた。



 「…サンジ!」



後はもう、勢いに任せるしかないだろうな。



遠のく意識の、その目眩の中で、サンジは思う。

自分をきつく抱きしめて、ゾロは何度も唇や舌をサンジの肌に這わせた。

そのたびに震える愛しい体を、また抱きしめては



 「サンジ…サンジ…。」



思いをこめて、その名を呼んだ。

サンジもまた、ゾロの首に両腕を絡ませ、自分にむしゃぶりつく頭を抱え、引き寄せた。



 「…ゾロ…逃げねェから…そんな強く掴むな…も…っと…ゆっくり…!」

 「…んなこと言ったって…もう、止まらねェんだよ…!」

 「…あ…!!ああ…ん…っ!」



ゾロの手が、サンジのファスナーを下ろした。

中へ、躊躇うように侵入した手が、固く熱いそれを包み込む。



 「…固ェ…もう…こんなんなってる…。」

 「…お前のせいだろ…!だから…!!」



サンジの瞳に涙が溢れる。



 「クソ…とんでもねェ罰当たりだ…!もう、てめぇの親たちにも、伯父さんたちにも顔向けできねぇよ…!!

  みんなが好きだったのに…この場所が好きだったのに…もう…何もかもおじゃんだ…!お前が…悪い…全部お前のせいだ…!!」

 「ごめん。」

 「………。」

 「責任、取る。」



ゾロの手が、躊躇うことなく上下する。

動かしながら、自分のものもズボンの奥から引きずり出し、サンジのそれと共に握って擦り合わせた。



 「…うあっ…あ…あああっ!!」

 「……っ!」

 「…あ…はぁ…ああ…あ…。」



ゾロの手の動きに合わせて、サンジの腰がわずかに揺れる。



 「動けよ。好きに動け。」

 「…ヤダ…も…ハズカシ…。」



まだ日もある内に、こんな場所で、しかもゾロと。



勢いで、ここまで来てしまった。

ゾロを妄想しての自慰の後、すでに捕らわれている自分に気づいた。

これは、惑いでもなんでもない。

おれも

いや、おれは

ずっと前から、あの小さいゾロが好きだった。

あの小さな背中が、大きくなるのを待っていた。

中一のゾロに、キスされたあの瞬間に本当は気づいていたんだ。

だから逃げたのに、こいつはずっと…。



小屋の中の大部分を占有しているのは、用水路から水をくみ上げ、田へ送り込むポンプの機械だ。

だが、すでに稲は大きく成長し、前にサンジが訪れた時には、黄緑色の穂が誇らしげに天へ向かっていたが、今は薄黄色になり、首をかしげてうつむいている。

今は、水を送る仕事の無いポンプは、カバーをかけられ沈黙していた。

そのポンプにすがるようにサンジは体を屈め、ゾロに背中から愛されている。

背中から前へ伸びた手がサンジを愛撫し、ゾロ自身はサンジの足の間に自分のものを突き入れて、ゆっくりと擦り合わせていた。



けれど



 「…サンジ…なァ……聞いていいか…?」

 「…ん?…あ…ああ…っ!」

 「………どうすりゃ、いいんだ?」

 「…!!はぁあ!?」

 「……こっから…どうしたらいい?」



瞬間、萎えそうになった。



 「お前…わかっててヤってたんじゃ…!!」

 「…ここに…。」



ゾロの指が、サンジのアナルに触れた。



 「ひっ…!!」

 「突っ込むのは知ってんだ…けど、コレ、……入るのか?」



言われて、改めて、サンジはゾロのそれに目を落とす。

























 「………。」



『滝のように血が引く』とは、こういうことを言うのだろう。

ゾロは、サンジの顔を見てそう思った。



 「…ムリ…やっぱりムリ!!止めようゾロ!!ここまでにしとこう!!」

 「無茶言うな!ここで止めたらおかしくなっちまう!!」

 「第一!“ヤりてェ”って言ったのはそっちだ!!ヤり方知ってて言ったんじゃねェのか!?」

 「前もってこうなるとわかってりゃ、必死で調べといたわ!!」

 「…う!」



と、ゾロは大きく息をつき、だが抱えたサンジを抱きしめたまま



 「ヤり方は知ってる。でも、この状態で、てめェにおれのが入ると思えねェ。」

 「うううう…。」



ちら

と、ゾロのモノを改めて見る。



デカイ



正直、ここまでとは思わなかった。

ドコまで鍛えてんだ、このクソガキは!



 「ま、いっか。何とかなるだろ。」

 「ならねぇから!!マジこれ、凶器だから!!」

 「大丈夫だ、任せろ。」

 「嫌だ――ッ!!」



サンジが叫んだ瞬間



 「誰かいるの?」



ドキ――――――――――ン!!!!



外から、聞き覚えのある声。

ゾロが思わず小声で



 「…オフクロ…。」

 「………!!」



サンジは思わず、口を両手で押さえた。



 「変ね、何か声がしたみたいだったけど……。」



自転車のスタンドを立てる音。

草を踏み分け、近づく足音。

ヤバイ

ヤバすぎる!!

扉を開けられたら、言い訳できねぇ!!



 「ヤダ!!鍵、壊れてる!?…なにこれ…?引きちぎってるわよ………!まさか!!熊!!?」



瞬間、思わず塞いだサンジの口から



 「ぶっ!!」



と、笑いが漏れた。

瞬間、ゾロのコメカミに青筋が立つ。



 「何!?今の声!!中にいる!?…い、いや―――――ッ!!きゃぁあ――っ!!」



自転車のスタンドを落とす音がして、必死に漕ぐ音がして、悲鳴が遠くに響いて、やがて消えた。





静けさが戻る。

ゾロの母親の悲鳴に、蝉も鳴きやんでしまった。

少し日が落ちて、小屋の外は茜色に染まっている。







 「熊。」

 「うっせぇ!!」

















 「ごめんねー、サンジくん。なんだかバタバタしてて。」

 「いやぁ、おれも、いきなり来てごめん。」



ゾロの家。

2人はすぐにあの小屋を飛び出して、ゾロの自転車を回収してから家へ帰った。

結局、続きができるはずもない。

あの後すぐに、ゾロの父親やら組内の男衆やら、猟友会やら集まって来るに違いないからだ。

寸止め状態で、だが母親にあたるワケにもいかず、ゾロはまた仏頂面で、縁側でジャンプを読んでいた。



ゾロの母親は、帰ったばかりなのに、突然来たサンジをいぶかしがりもせず、座卓の上に2人分の夕食を並べている。

サンジは心の中で、彼女に『ごめんなさい』を繰り返す。

彼女の大きな勘違いと思い込みが、今、山の方で沢山揺れている火と、いくつもの犬の鳴き声の原因だ。

だが、その大元は間違いなくおれ達。



本当に、罰当たり。



 「でも、よかったー。ポンプが壊されてなくて。でも何で、ポンプ小屋なんかに入ったのかしら?」

 「さぁ…。」

 「ウチの人も、今日はもう帰ってこないわねぇ。戻っても多分、公民館でそのまま酒盛りだわ、きっと。

  ……あー、後でおにぎりでも差し入れしなくちゃ…。」

 「手伝うよ。」

 「ありがとー、助かるわ。サンジくんがいてくれてよかった〜。

  去年の秋口なんかね、農協の倉庫に入り込まれちゃったのよ。まったく怖いわよね〜。」

 「ホントにね〜。」



今日の熊が、自分の息子だと知ったら、この従姉はどんな顔をするだろう?



 「それにしても、どうしたの?サンジくん?びっくりしたわ。

  この前帰ったばかりなのに。6年ぶりにやっと来てくれたと思ったら、今度は随分早いじゃない?」

 「ははは…。」



ついに来た、確信の質問。

すると



 「おれが呼んだ。」



と、ゾロが言った。

目は、まだジャンプの紙面から離れていない。



……さっきも、そこ読んでなかったか?



その両津勘吉、随分前に見たような気がする。



 「あんたが?」

 「ああ。」



ゾロは、ジャンプを閉じて畳の上に置き、座卓の前に移動して箸を取った。



 「おれ、東京の大学受ける。」

 「そう。」



ゾロの宣言に、母親はあっさりと答えた。

ゾロも、そんな反応が意外だったのか、少し目を丸くして顔を上げる。



すると、彼女は笑って



 「そんな気がしてたわ。」



と、ゾロではなく、サンジを見て言った。



 「サンジくん。」

 「……はい。」

 「このバカ、よろしくね。」

 「…はい。」



肩の力が、一気に抜けていった。













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                    (2007/10/6)



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