「好きな人が できました」



ってのは、ハヤオの何の映画のキャッチコピーだったか。



気持ちが暖かいものに包まれると、何もかもが充実してくるから不思議だった。



街の色さえ、明るく見えるのが不思議だった。

普段目に入ることもなかったものが、新鮮な色で飛び込んでくる。

ライカで、趣味で取り続けている街の風景に、別の色が写りこみ始めた。

モノクロの世界に、鮮やかで、やわらかな光が刷かれるようになった。







 「ンマー、いいね。」



あるホテルのロビーで、ゾロの写真を見ながらつぶやいたのは、先日の渋谷の店の日本支社社長、アイスバーグだ。

その一言に、ゾロの隣に座っていたウソップが



 「そうでしょうそうでしょう!?この写真はワタクシも気に入っておりまして、下手に画像をいじくらず、

  このままこんなカンジでどーんと行こうかと!!」



写真の上に、ロゴが描かれたトレーシングペーパーをウソップが戻そうとすると



 「このロゴ、かえって小さくしてしまおう。その方が、奥行きがあっていい。」

 「さよーでございましょーとも!実はワタクシもそう思っておりました!はい!」



うんざり と、ゾロが頭を抑えた。

が、ウソップもそこはプロ。



 「アイスバーグ社長、それならこの中央のステップに、こちらの……え〜っとえ〜〜〜っと……。」



A3サイズの分厚いファイルをバラバラとめくり



 「あった!こちらのこの、春の新作のコレをですね。

  え〜〜〜〜〜、こう、こんなカンジで、こうしてみたらどうでしょうか?」



ウソップは、別のスケッチブックにさらさらとレイアウトを描いた。

店舗の仕切りになっている白いステップに、ドレスを無造作に投げ出した絵。

そのドレスの上に、新作の真っ赤なバッグが置かれてある。

店舗の内装が白で統一されているので、ステップにドレープを際立たせて投げ出されたドレス。

そこにやはり、投げ出したように転がる高級バッグ。

艶やかさと不思議なワイルドさを際立たせている。

それを、シャーペンと数本のコピックマーカーを使って、一瞬のうちに描いて見せるのだ。

ウソップ得意の手法だ。



 「ンマー、これはいいな、うん。さすがだ。」

 「ありがとーございます!!んでは早速!!よろしく頼むぞゾロ君!!」

 「へーへー。」



と、これが



サンジと晴れて両思いになった直後話。





それから数日後

アイスバーグが明日は帰国という日、慌しい時間の中だったが、改めて撮影したゾロの写真を見せることになっていた。

同じホテルのロビー。

その足で成田に向かうほんのわずかな時間、アイスバーグは立ったまま、試し刷りのポスターをじっと見つめていた。

ウソップが連れてきた2人のスタッフが、左右からポスターを広げている。



ゾロとウソップは、ただひたすら、アイスバーグが口を開くのを待っていた。



 「アイスバーグさん、そろそろお時間が。」



部下のパウリーが声をかけたが、アイスバーグは「うん。」とうなずいたきり、まだ何も答えない。



やがて



 「…これは、この前と同じカメラマンが撮ったものか?」



ウソップが慌てて、揉み手ではせ参じる。



 「何か不都合がございましたか社長ォ!!?」

 「ンマー…雰囲気が違うと思ってな…。」



ゾロも眉を寄せた。



 「…ダメすか…?」



ゾロの言葉に、アイスバーグはにっこりと笑い



 「いや、満足だ。実は前の写真は、いいとは思っていたが、どこかケンカを売っているようで少々気に入らなかった。

  だが、これならいい。全体に花がある。気に入った。」

 「あ…。」

 「ああありがとうございますぅぅぅ!!」



おい、ウソップ



 「パウリー。」

 「はい。」

 「オレの名刺をこのカメラマンに。」

 「え?」



ゾロが驚いていると



 「渋谷の撮影は、全部君に任せよう。」

 「は!?」

 「では、失礼する。また連絡させてもらいますよ、ウソップ君。後の事は任せます。」

 「あああああああああああありがとうございます!社長ォ―――っ!!」



完全に、鼻が膝の間から背後に飛び出しているほどの最敬礼で、ウソップは、アイスバーグがロビーから見えなくなるまで顔を上げなかった。

そして



 「やったな!ゾロ!!」

 「ああ…よかったな、ウソップ。」

 「よかったなぁ?お前、何ボケたこと言ってんだ!?」

 「あ?」

 「お前、個人契約だぞ!?ガレーラの渋谷の撮影全部!お前が一手に握ったんだぞ!?」

 「は?」

 「だーっ!これだから世間知らずは!!まぁいい。この世間知らずを利用して、オレも濡れ手で粟の暴利を貪ってやる。

 なんかオレ、だんだんナミに似てきたな。はっはっは!では、ゾロ君!今から社に戻って、我が社と契約を結ぼうじゃあないか!!

  なぁに!ハンコは三文判でかまわんよ!」

 「…別にそれはかまわねぇけどよ。」

 「よぉ〜〜〜〜し!Hey!タクシー!!」



よくはわからないが、ウソップがこれだけ興奮しているのだから、ドエライ仕事をもらったのだろうとは思う。



だが



 正直、あんまり気がのらねぇな







 「ハンコ押す前に聞いときてぇんだが。」

 「はい?」



ウソップの会社、とりあえず通された応接室で、手際よく作られたアヤシイ契約書を前に、ゾロは難しい顔でウソップに尋ねた。



 「これは、あのカバンの会社の仕事だよな?」

 「カバンの会社って…まぁ間違ってねぇけどよ。そうだな。」

 「つまりは、ショーやらなんやらの撮影って事か?だったらオレは断るぜ。」

 「はああああ!?何言ってんだよ!?おまっ…!!ガレーラってどんなブランドか知らねぇんか!?」

 「知らねぇ。」

 「うわーっ!信じらんねぇ物知らず!!」



物知りの反対語は物知らず (by川原泉) こんな言葉はありません



 「21世紀のヴィトンって呼ばれた、トム・ワーカーの起こしたブランドだろうがぁああ!!銀座にもデッケェビルがあるだろがぁぁぁ!!」

 「女のカバンや服に興味はねぇ。」

 「持てぇぇぇ!!」

 「ビルの方は知ってるけどよ。ああ、あのビルがそうか。」

 「…まー、わかってるけどな。お前の本当に撮りたいものは。」



ウソップは、腕を組んで息をつく。

ゾロも、ひとつ息をついて頭を掻いた。



 「断ると、お前ェの立場、悪くなるか?」



小さく笑い、ウソップは



 「ん〜〜〜……あの社長なら、ならねぇ思うけど。ただ、がっかりするとは思うなァ。ありゃ、お前の写真をすっげェ気に入った様子だったぜ?」

 「………。」

 「それによ、多分ショーやらモデルやらを撮る仕事にはならねぇよ。」

 「あ?」

 「実はオレんトコがガレーラと結んでいる契約は、渋谷のあの店のPRだけだ。

  実際に売る商品に関しての契約じゃねぇ。お前にも、渋谷の撮影って言ったじゃねぇか。」

 「………。」

 「それによ。社長も言ってたけど、お前の写真、変わったよな。」

 「…あ?」



ウソップは、テーブルの上に重ねてあった、ポスターに使った写真以外のスナップを手に取り、眺めながらしみじみと言う。



 「うん、やっぱり変った。どこがって程じゃねぇんだが…違うんだ。今までもお前の写真は何枚も見てるけど、今まで以上に良いと思う。

  …そうだ!なあ!このポスター、改めてお前さんご自慢のライカで撮らねぇか!?」

 「ライカで?」

 「アナログの方が逆に新鮮かもしれねぇ!印画紙に焼付ける手順でも雰囲気が変るだろ?やってみようぜ!!」

 「………。」

 「オレも正直、デジタル画像であれこれいじるの好きじゃねぇんだ。

  いつもクライアントがあーしろこーしろ言うから、仕方なくやってる時の方が多くてよ。

  アイス社長がこっちに戻るまでに、やってみよう!な?」

 「…ああ…わかった。」

 「よっしゃあ!……じゃ、この書類にハンコを。」

 「お前な……。」





写真が変った。



それは最近よく言われていた。



優しい感じになった

光を感じる



中には、前の刺々しさがよかった、というものもいる。



かえって、そんな否定的な意見もありがたかった。



ファインダーの中にあるものが、今、ゾロにどう撮られたがっているか、その声が聞こえるようになった。

一瞬の間を、捉えることができるようになった。



自分の変化がわかる。



落ち着いて、それを判断できる自分がいる。



化けられた。



それがはっきりと自覚できるのだ。







 「なあゾロ!例の店に連れてけよ。」

 「例の店?」

 「とぼけんなよ!“オールブルー”!」

 「…忙しいんだろ?お前。」

 「んにゃあ、クリスマスの晩くらいは空いてますよぉ?」

 「普通クリスマスの晩は、空いてねぇんじゃねぇのか?」

 「クリスマスイブの晩は塞がってんの。クリスマスの晩は空いてんの。」

 「意味がわかんねぇ。」

 「そしたらもう、年明けまで忙しいしよ。なァ、25日。」

 「アイツの方が無理だろ?クリスマスじゃ、絶対客が入ってる。

  限定様の店だから無理だと思うぜ。予約も夏まで埋まってるって話だしな。」

 「そこをなんとか。」

 「無理言うな!何で限定様なのか、テメェだってわからねぇワケじゃねぇだろう!?」



思わず、声を荒げてしまった。



 「怒鳴んなよぉ。そりゃまぁ、わかってっけどさ…。」

 「……すまねぇ、つい……。」

 「25日はナミも空いてるって言ってたしよ。久しぶりに仲間で会いてぇなァって思ったんだ。

  それだったらぜひとも、サンジシェフに会いてぇなァって…そうだよな。無理言って悪ぃ。」

 「……いや……。」



その時、ゾロは知らなかった。

丁度今、ナミが、サンジに電話をかけていたことを。



知る由もない。









 『25日…ですか…?』

 「ええ。もし、もしも、万が一、予約が〜〜〜〜〜…入ってないなんてコト、

  ないわよねぇ…。クリスマスですものね〜…。」



大人気のレストラン

しかもつい先日、自分達の雑誌で紹介したばかりの店。

おまけに12月25日クリスマス。

普通ならば、『何考えとんねん、アホちゃうか?』な時期の予約。



 『大丈夫ですよ。どうぞ。』



サンジの答えは、信じられないものだった。



 「本当に!?マジで!?あの!ホントに!?」

 『ええ。クリスマス前後の予約は受けていないんです。

  去年、予約の電話だけでパニックしてしまったんで、今年は前後3日、一切お断りしたんです。』

 「えええええ!?もったいない!!」

 『開店しても、おもてなし出来るお客様は限られてますから。』



電話の向こうでサンジは笑った。



 『で…?ご予約は何名様で?』

 「えっと、5人…ううん、6人で。大丈夫?」

 『あれ…?彼氏と2人ではないんですか?』

 「そんなのいません。」

 『…失礼しました。6名様ですね?承りました。』

 「あ、その内1人はサンジくんですからね?」

 『え?ボク?』



サンジは、女性に対しては『ボク』を使う。



 「一緒にクリスマス、楽しみましょう?いいでしょ?」

 『…ありがとうございます。喜んで。』

 「…ごめんね、本当はゾロと約束してなかった?」

 『え?ゾロ?いいえ?…何故?』

 「ん〜〜、そんな気がちょっと。」

 『…ゾロも5名様の内ですか?』

 「ええ。ゾロにはまだナイショなの。楽しみに待っててね。」

 『はい。腕によりをかけて。』

 「じゃ、25日に。」

 『はい。』



『ゾロ』と、サンジもそう呼んだ。

最近ゾロも、サンジを『アイツ』という。



 「まったく、油断ならない男ね、ゾロのヤツ!」



彼氏



 「…もぉ!今、どこにいるのよ、あの馬鹿!!」











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(2007/4/8)



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