「…で、そこでオレ様は言ってやったのさ。 『テメェらオレの仲間に指一本触れてみろ、このオレ様の全国8000人の部下が黙っちゃいねぇぜ。』ってな。」 さっきからずっと、ウソップの大法螺話が始まっている。 コイツは酔うと、スケールのデカイ(?)嘘八百話を始めるのがクセだった。 だがそのホラの殆どが 「オレはツチノコを見たことがある。」 「小さいころにUFOに攫われて、インプラントされた。」 「オレのじーさんのじーさんはゼペットじーさんで、鯨の腹の中で1年暮らした。」 などなど 到底真実から程遠いものなので、皆うまくノッテやりながら聞いてやるのが常だ。 だがこの日は 「へぇ〜、そりゃ本当か?」 「すごいんですね!ウソップさん!」 初めての人間だって、こいつのホラをこうまで信じやしねぇぞ? サンジと、ナミの後輩ビビ。 またそれを、止めもせずにニコニコと笑いながら見ている、ナミの上司で編集長のロビン。 今日は12月25日。 エイプリルフールにゃ4ヶ月も早い。 「おい、サンジ!酒ねぇぞ!」 「テメェで勝手に取れよ。ビビちゃん、ロビンさん、カクテルお替りは?」 「ありがとうございます、いただきます!」 「私はブランデーをいただける?」 「かしこまりました、レディ。」 何だ、この扱いの差。 助け舟出してやりゃあこの態度、かわいくねぇ。 かわいくねぇ? ( そんなわけねぇだろーが、ばかやろー。 ) よもや こういうことになろうとは ( 予約が入ってなかったんなら、オレ1人が予約入れとくんだった! ) 地団駄踏んでももう遅い。 サンジの店“オールブルー” いつになく賑やかなディナータイム。 ゾロと、サンジと。 それからナミとウソップとロビンとビビ。 テーブルの上にはクリスマスのパーティメニュー。 キャンドルに照らされたフロアにお洒落なツリー。 あふれる笑い声。 時折飛び出す、調子っぱずれの歌。 1週間前 ある仕事のついでに、ナミの職場へ呼び出されたゾロは、唐突に、こう告げられた。 「12月25日、“オールブルー”でクリスマスよ?ビビやウソップも一緒だからね?ついでにロビン、編集長もね。 25日空けときなさいよ?まぁ、予定があっても空けるでしょうけど?」 「ふざけんな!アイツがイイって言ったのか!? 25日に集まる話は聞いてたが、アイツんトコとは聞いてねぇぞ!ムチャさせやがって!」 「無茶は言ってないわよ?クリスマスは予約が集中するから、全部断ってたんですって。あっさりOKしてくれたわよ?」 「テメェ!鬼か!」 「失礼ね。あのね、ゾロ?美味しいものはみんなで食べると、も〜〜〜〜っと美味しいのよ? だ・か・ら!みんなでたのし〜〜〜く、クリスマス、しよーね?」 そして、ナミは追い討ちをかける。 「2人っきりでロマンチッククリスマス、なんて、アンタには100万年早いのよ。」 「あたるな。」 そりゃあな。 もう8年もルフィに会えなきゃ、いい加減性格もネジくれてくるかもしれねぇが。 ん? 「おい、ナミ。今のどういう意味だ?」 「何が?」 「2人きりで…なんとかって。」 「アンタ、サンジくんと付き合ってるんでしょ?」 「何で知ってる!?」 まだ、誰にも話していないはずなのに。 それに、付き合ってるといっても、互いに時間が空いた時に、サンジの店で会うくらいのものだ。 実際、まだキスから先に進んでもいない。 つーか あの晩からキスもしてない。 「アンタの写真、変ったわよ?すごく優しくなってる。大事なものができたってカンジ。こんなにわかりやすいのも珍しいわね。」 「………。」 「自分でもわかってるんでしょ?いろんなものを、見る目が変ったって。 ウソップも気づいてるし、他の業界の連中もみんな言ってるわ。アンタが“化けた”なって。」 「……ついでに…今までの鋭さが無くなったって言う奴もいるな。」 「あら、わかってるんだ、やっぱり。でも、アタシはこっちがアンタの本当の写真だと思うわよ。」 ナミが、珍しくゾロを褒めた。 「アンタがサンジくんを携帯で撮った時…予感はしたのよね…アンタがあんなことするの、珍しいから。…好きなんでしょ?」 ゾロは答えなかった。 だが、ふてくされた様に横を向いた顔が、『そうだ』と言っていた。 「…別に軽蔑したけりゃすりゃいい。」 「しないわよ。アタシだって、時々ウチの編集長にクラッとキちゃう時あるもの。そういうのもアリだと思うわ。」 「………。」 「あー、もぉ!だから、アンタ達だけ楽しいクリスマスなんて許さないんだからね!」 皆に給仕をしながら、サンジはいい顔で笑っている。 とても初対面とは思えないくらいに打ち解けて、大きな口をあけて楽しそうに笑う。 ビビは、体の不自由なサンジを随分と気遣っているが、ウソップやロビンやナミはお構いなしだ。 もっとも、気遣いを受けるのを嫌がるサンジには、丁度いいのかもしれない。 「サンジくん!何かあったかいモノ飲みたいな〜。」 「じゃあ、ホットバタードラムを。ビビちゃんは?」 「私はいいです、ありがとう。」 サンジが車椅子でカウンターに向かうと、ナミは 「ねえゾロ!写真撮って!ゾロ!」 「オレの写真は高ぇぞ。」 「なんですってぇ!」 「酔ってんな、テメェ。」 「酔ってなぁ〜〜〜い!」 そう言いながら、ナミは首に巻いたスカーフを引き抜き、すっくと立ち上がった。 「ヤベェゾロ!ありゃマジで酔ってんぞ!!」 ウソップが叫ぶ。 「あらあら、大変。」 「ナミさん!落ち着いて!」 ナミの酔態。 初めて見るサンジは、逆に何が起きるのだろうとわくわくする。 「あ〜〜〜、暑いっっ!!何で、こんなに暑いのよぉ!」 「ナミ止めろ、コラ!」 「止めろって!ナミィ!!」 「…どうなっちゃうんですか?ナミさん。」 サンジはロビンにナミと同じものを差し出しながら、尋ねた。 これを、ナミに追加で渡していいものかどうか、判断に迷う。 「フフフ。彼女ね、酔うと脱衣魔とキス魔になるの。」 脱衣魔 キス魔 だがロビンは笑って 「大丈夫よ。全部脱いじゃう訳じゃないし。それで表を徘徊する訳ではないし。」 「いや、それでも…。」 と、いう事は? 「あら〜〜〜〜〜、ゾロぉ、よく見るとアンタいい男ねぇ〜〜〜。」 「止めろってコラ!!」 呆気に取られるサンジに、ロビンが更に言う。 「大抵の場合、被害者はロロノア君よ?」 「え…?」 「ゾロぉ、だ〜〜〜いスキ!」 「…おい…!」 誰だって、自分の好きな相手が、他の人間とキスなんかするのを見ればショックだと思う。 酒の席の、酔いがさせる行動としても、驚くし、ショックだし、嫌に決まっている。 ナミは嫌いではないし、これが酒がさせた本音の行動ではないこともわかる。 それでも、心臓を鷲摑みにされる光景であることには変わりない。 そのショックが、サンジの手から熱いグラスを滑り落とさせたとしても、無理からぬことなのだ。 そしてその中身が、サンジの膝にぶちまけられたことも。 「サンジ!!」 瞬間、張り付いたナミを引き剥がし、ゾロはサンジに駆け寄った。 ナミがソファに投げ出される。 「サンジ!このドジ!何やってんだ!?」 全員の反応は早かった。 ロビンもウソップもビビも、膝を拭き、冷蔵庫から氷を取り出し、サンジの膝を冷やした。 「さ、サンジくん、大丈夫?」 ナミも、一瞬でシラフに戻ったらしい。顔が青い。 「脱いで冷やさねぇと!」 ウソップが言う。 だがサンジは 「大丈夫、元々そんなに感覚はねぇんだから。」 「言ってる場合か!そういうもんじゃねぇ!」 ゾロの手が、サンジをさっと抱き上げた。 仲間を振り返りもせず、ホールから奥の居間へサンジを抱きかかえていった。 その後を、氷を持ってウソップが続く。 「チョッパー君がいればよかったわね。大丈夫かしら?」 一緒に誘った医者のチョッパーは、今日は当直で来られない。 正月に実家の北海道へ帰るので、クリスマスは休めなかったのだ。 「……どうしよう……。」 ナミが、青い顔を覆って溜め息をつく。 「ナミさんのせいじゃないわ。」 ビビが言うと 「…ううん…アタシのせい…アタシの…。」 「ナミさん…。」 ゾロについていったウソップが戻ってきた。 「追い出されちまった。ゾロのヤツ、部屋に入るなってよ。」 「まあ。」 ロビンが小さく微笑む。 そのリビングで、ゾロはサンジをソファに降ろし、ベルトに手をかけた。 だが、サンジはその手を強く掴んで押し返し 「大丈夫だ自分でやる。お前も出て行け、ゾロ。」 「こんな時に何言ってんだ?ふざけんな!見せろ!」 「嫌だ。」 「サンジ!」 「服ぐらい、いつも自分で着替えてる。それに熱湯を浴びたわけじゃねぇ。」 「……!」 「ホラ、出て行け。すぐに着替えていく。」 それでも、眉間にシワを寄せ、腰を屈めた姿勢で自分を睨むゾロに 「……。」 サンジの方から、唇に軽くキスした。 「大丈夫。強がりじゃねぇって。すぐ行くから。な?」 「…わかった…。」 「どうだった?ゾロ?」 「オレも追い出された。あの頑固モンが!」 「…ごめん…。」 ナミが、本気でしょげている。 いつにない落ち込みようだ。 そして 「アタシ…帰る。」 「あ?もぉ?」 ウソップが驚いた。 「うん、帰る。ごめん…。」 するとロビンが 「じゃあ、私もそろそろお暇するわ。明日も仕事なの。明後日までは、がんばらないとね。」 「なら、…私も。」 ビビも となれば 「じゃあゾロ、オレ、みんな送ってくから。…サンジの側にいてやれよ?」 「ああ。悪ィな、頼むウソップ。」 「おう、じゃあな…ふたりでゆっくり、クリスマスやり直せ、な?」 小声で耳打ちし、ウソップは上着を羽織った。 ナミが、チラリと振り返った。 不安げな目に、ゾロは笑って励ましてやるしかない。 そして 「大丈夫だ、心配すんな。」 「うん…。」 ごめんね と、ナミはまた言った。 ロビンに肩を叩かれ歩き出したナミは、角を曲がるとき、ゾロに振り返った。 ゾロが手を上げると、ようやく小さく笑った。 NEXT (2007/4/14) BEFORE にじはなないろTOP NOVELS-TOP TOP