ナミはゾロに背中を向け、足早に歩き出した。

小走りに追うゾロへ、何事も無かったように



 「お正月、どうするの?実家に帰る?」



と、尋ねた。



 「…んなヒマねぇ。帰りゃどうせ、姉貴にコキ使われるだけだしよ。」

 「親不孝もん。」

 「テメェこそ。」

 「アタシはいーのよ。」

 「ナミ。」

 「ん?なぁに?」

 「さっき、何を言いかけた?」

 「さっきって?」



イラッ



ゾロの唇の端が、ピクリと震えた。



 「…オレが元気じゃねぇって?そんなワケがねぇって?…どういう意味だ?」

 「別に?」



立ち止まり、ナミは振り返って言った。



 「アタシねぇ、クリスマスの次の日、サンジくんの店に忘れ物取りに行ったのよ。」

 「!!」

 「…サンジくん…酷い顔してた…一晩中泣いて、一睡もしてないって顔だった。」

 「………。」

 「…何よ、その顔。サンジくんのコトになるとムキになるわね?一体サンジくんに何したのよアンタ。」



ゾロは答えない。



 「…信じらんない、アンタにそーゆー趣味があったなんて。」

 「惚れた相手が、たまたま同性だっただけだ。別に根っから男が良かった訳じゃねぇ。」

 「あーあー、BLの主人公ってみんなそーゆーのよ。

  だからって、アンタは今まで、女の子にホンキになったコトなんてなかったじゃない。

  いつだって、男の子としゃべっている時の方が楽しそうだった。」

 「………。」

 「ルフィの時もそう。」

 「おい。」

 「ルフィとしゃべっている時の方が、アンタ楽しそうだった。」

 「……ナミ……。」

 「何?」

 「…テメェがオレをアイツの所に行かせたんだ。」

 「…そうよ…。」

 「…それさえなきゃ、そこで終わったもんを、煽ったのはテメェだ。」

 「ええ、そう。だってアンタ、サンジくんに一目惚れだったじゃない?

  サンジくんの方も、アンタのこと一目で気に入って、お互い思い思われでよかったじゃない。」

 「別にそのことを責めちゃいねぇ。んなコトを理由に、サンジとの事を後悔してもいねぇ。

  ただ、オレにはアイツの豹変の理由がわからねぇ。

  …オレにはさっぱりわからねぇのに、お前、さっき元気な訳がねぇと言ったな?

  何故だ?そんでわざわざ次の日に、何をしにアイツの店に行ったんだ!?」

 「確かめに行ったの。」

 「何を?」

 「アタシ達が帰った後、アンタとサンジくんに何が起きたか。」

 「!!?」



ナミの目は、いつになく真剣だった。

だが、今にも泣きそうなくせに、唇には冷たい微笑をたたえたままだ。



 「アタシよ、ゾロ。」

 「…あァ?」

 「…サンジくんが絶対に、アンタを受け入れないように仕掛けたの。」

 「…何…?」

 「サンジくん、カンがいいから絶対気づくって…わかってた…。」

 「何を言った!?アイツに何をした!?」



思わず、襟首を掴みそうになった。

だがここは天下の往来だ。

男が、女の襟首など掴んだら、かなりの顰蹙ものだ。

その理性は働いている。



 「サンジくんには何もしてないわよ?な〜〜んにも。でもサンジくん、ちゃんと気がついた…。」

 「ナミ!!」

 「ねぇゾロ、人間の気持ちって、アンタが思ってるほど確かなものじゃないのよ?」

 「おい、ナミ!聞いてんのか!?」

 「…8年も…同じ男を待っていられる女がいると思うの?」

 「!!」

 「ねぇ、8年間、1回も帰ってこない男より、気が置けなくてなんでもポンポン言い合える、

  会いたいと思えばすぐ会える。そんな男の方に気持ちが動いたらおかしい?」



風が吹いている。

道行く人が、肩をすくめて通り過ぎる。

急に、周りの騒音が大きくなったような気がした。



 「8年よ?黙って待ってる女の方がバカよ。待ってるなんて、思ってる男もバカ。

  で、ずっと側で見ていて、それに気づかない男もバカ。」

 「………。」

 「やんなっちゃう。そのバカ、たった1回、その一瞬でフォーリンラブ?

  おかしくなって、狂っちゃうくらいに、いきなり好きになっちゃう?おかしいったらないわ。」

 

 「………。」

 

 「煽ったわよ?だって、口惜しかったんだもの。

  アンタが選んだのが、何年もずっと、アンタを見てた女じゃなくて、ある日突然出会った男だったなんて、その女が許せると思う?

  許せるわけないじゃない。口惜しいわよ。情けないわよ。

  仕返しのひとつもしてやらなきゃ、気がすまない!!だからあの時、サンジくんの目の前でアンタにキスしたのよ!

  サンジくんにごめんねって言いながら、目だけはずっとアンタを見てた!

  その事に、サンジくんちゃんと気づいたわ。気がついたから、アンタの事を拒んだのよ。

  これでわかった?……頭にキタでしょ?怒ったでしょ?いつもみたいに怒鳴れば?アンタなんか怖くないわよ。

  怒って…軽蔑して、嫌いになってくれていいわよ!どうせ、アンタにはアタシの気持ちなんかわからないんだから!!」

 

 「ああ!わからねぇ!!」



爆発させるように、想いの丈を吐き出したナミに、ゾロは言った。



 「テメェが…何を言ってるのか、さっぱりわからねぇ。」

 「…そうよアンタはそういうヤツよ…もぉ…だから嫌なのよ…アンタなんか…こんな恋ばっかりする自分なんか…。」

 「ナミ。」



普通の男なら、これだけの告白をされたら心が揺れ動くかもしれない。

いや、サンジと出会う前の自分なら、今のナミの言葉を聞いてきっとうろたえた。

うろたえて、悩み、困惑しただろう。



だが、今は…。



 「何がどうあろうと…もう、オレの走り出したもんの先にいるのはお前じゃねぇ。」



そう、答えられるのはわかっていた。

そういう男だから、魅かれたのだ。



 「わかってる…わかってるわ…でも…でも…。」

 「お前の気持ちを、オレは受けとめられねぇ。だが、謝らねぇぞ。」

 「いいわよ!わかってるってば!…もぉ!さっさと行ってよ!」

 「ナミ…お前、8年も待つ女はバカだと言ったな。」

 「………。」

 「オレはそうは思わねぇ。」

 「………。」

 「仮に今、ルフィが帰ってきても、お前は今のセリフをオレに言えるか?」

 「…そんな話しないで…現にアイツはいないのよ…?3年も8年も…ただフラフラフラフラして…

  時々いきなりメールしてきて、アタシがみんなに一番繋ぎが取れるから、いいように伝書鳩に使って…。

  もう嫌なの…もう、待つの…疲れた…。」



ナミは、携帯をポケットから取り出し、あの翡翠のストラップを引きちぎった。

引きちぎり、街路樹の植え込みに投げ捨てる。



 「……サンジくん…アタシに…もう来ないでって…。」

 「奇遇だな、オレもそう言われたよ。」

 「…ごめん…。」

 「謝らなくていい。」



ナミは、目と鼻を真っ赤にさせ、逃げるように走り出した。



たまたま通りかかったカップルの女の方が



 「女の子泣かせた〜、サイテ〜なんですけどぉ。」



と、聞こえる声で言い、くすくすと笑いながら通り過ぎた。



人の涙の理由なんざ、毛ほども気にかけもしねぇで。



ナミの姿は、年の瀬の雑踏の中に紛れて、すぐに見えなくなった。



 「………。」



サンジ



サンジ



サンジ



会いてぇ



お前に会いてぇ。



リクツなんかねぇ



ただ、会いてぇ



お前の顔が見てぇ

お前の声が聞きてぇ



好きだ。



お前以外、誰も見えねぇ。





次の瞬間、ゾロは車道へ飛び出した。

通りかかったタクシーが、慌てて停車する。



 「死ぬ気かバカヤロー!!?」

 「客だ!!乗せろ!!千歳烏山まで急いでくれ!」



メーターには『回送』の明かりがついていたが、ゾロの迫力に負けた運転手は、やむなくメーターを倒した。







あの晩



サンジはナミの行動を見て、彼女の気持ちを悟ったのだ。

サンジのことだ。

自分よりゾロとの付き合いの長いナミが、ずっと長い間ゾロを想っていたと知り、身を引いたのだ。

それよりも大きな理由は、そのナミが、当たり前の五体満足な体を持っていることだ。

そして、女であることだ。

どちらの未来が開けているかと秤にかければ、自分よりナミの方なのだと。



自分の気持ちは秤に載せなかったってのか?



流れる景色を睨みつけ、ゾロは大きく息をついた。



それだけか?



理由はそれだけなのか?サンジ?



 「お客さん、千歳烏山のどこまでで?」



運転手が尋ねた。



 「ああ…○小学校の側でいい。」

 「…お疲れのようですねぇ…。」

 「…まぁな…。」

 「…まぁ、人間生きてりゃいろいろありまさぁね。」 

 「…ああ…そうみてぇだな…。」

 「人生いろいろ〜♪ってね。まぁ、♪そのうちなんとかな〜るだ〜ろ〜お♪で、なんとかなりまさ。」



ウザイ、とは思わなかった。



確かに

会いさえすりゃ何とかなる。



オレは、テメェが思っているほどヤワじゃねぇんだぜ。











と、かなり気合を入れて、ゾロはオールブルーの店先に立った。



だが



店の入り口は固く閉ざされていた。

看板の下に、手書きのPOP。

サンジの文字ではなかった。



 “12月30日〜1月8日まで 休ませていただきます オールブルー店主”



限定様の店でも、実際に店を訪れて予約を入れる客もいる。

その為のお知らせだろう。



ゾロは裏手へ回った。

自宅側の玄関ドアに手をかける。

だが、鍵がかかっていた。



 「サンジ!おいサンジ!いるんだろ!?サンジ!!」



チャイムもあるが、ゾロはお構い無しにドアを叩いた。

それを何度か繰り返した。

いよいよ、ドアをぶち破ろうかと思った時



 「あの〜〜〜…サンジさんならいらっしゃいませんよ?」



おずおずと、背後から声がした。

振り返ると、腕に、つぶれた顔の犬を抱いた中年の女が立っていた。

散歩の帰り、という感じだ。

どうやら、隣の家の住人らしい。



 「いない…?」

 「ええ。ご実家の方がお迎えにいらして。お正月はそちらで過ごされるんじゃないかしら?

  去年も、そうされてましたからねぇ。」

 「実家……実家!?」



そりゃ、サンジにも家族ぐらい居るだろう。

この家に、1人で暮らしているからといって、係累がまったくないわけではない。



 「実家…って…どこ?」

 「さあ…そんなに遠くじゃないとは聞いてましたけど…どこだったか…?」



勢いが、空気の抜けた風船のようにしぼんでいくのがわかる。

そして改めて思い知る。



自分は、サンジの事を何も知らない。



 「でも、お店が休みの間には帰っていらっしゃいますよ。去年も確か2,3日前に、どなたかとお店を掃除されたりしてましたもの。

  そうね、去年は5日か6日頃だったと思いますよ。お戻りになられたら、お伝えしておきましょうか?」

 「…いや…その頃にまた来ます…。」

 「そうですか?」



言い残し、女は犬を抱きなおして玄関へ入っていった。



 『テメェがオレに会いたいと思ったら、ここへ来るしか方法はないんだぜ?』



嘘吐き野郎め。





と、ジャケットの内ポケットの中で、携帯が鳴った。

取り出し、ディスプレイを見ると『エース』の表示。



ルフィの兄・エース。

久しぶりだ。



 『よぉ、ゾロ!久しぶりだな!元気か?』



元気か



その言葉にまた、どっと疲れが溜まる。



 「どうした、エース?何かあったか?」

 『いやぁ、何も。こっちは相変わらずさ。今年も、父親も次男も不在の正月になりそうだぜ。』



この家は、ルフィだけではなく父親のドラゴンも不在の家だ。

もっともドラゴンの方は、仕事の関係で不在にしているだけだが。



 『今さ、近所のガキどもと餅つきしてんだ。つき手が少なくて困ってんだよ!お前さん、今どこだ?』

 「…世田谷…。」

 『よぉし!じゃ、30分で来い。』

 「無茶言うなぁ!」



ルフィの実家は人形町だ。

30分で辿り着けるか!!



 『じゃ、待ってっからな〜。』



能天気な声を残して、一方的に電話は切れた。



 「オレが今、何をしているか確認もナシかよ!?」



マジで仕事中だったらどーすんだ!?



 「…まぁ…実際…こうしてるけどよ…。」



 「………。」



ゾロは、ポケットの中をさぐった。

前にもサンジに名刺は渡したが、名刺の裏に、ボールペンで走り書きしてポストに入れた。



ただ一言



 『会いたい。』



それだけを書いて。









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(2007/5/11)



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