「おおお〜!最強の助っ人登場〜〜〜!!」
両手を広げ、エースがゾロを出迎える。
エースの家の庭に、近所の大人や子供達が10人単位で集まり賑やかだ。
「50分もかかったじゃねぇか。」
「だったらテメェが同じ事やってみろ。」
「(無視)じーちゃん!ゾロが来たぜぇ!!」
エースの声に、子供たちの囲む臼の前で、力強く杵を振るっていた老人が振り向いた。
「お〜、ロロノア!よう来たの!まあ入れ!そんで働け!」
「なんだ、そりゃ(--x)」
ルフィの実家は、江戸の末期から6代続いた大工だ。
ルフィとエースの祖父、ガープで6代目。
多分エースが7代目になる。
ルフィとエースの父親は、古い大工仕事を嫌ったのか、似て非なる道を歩み、世界を飛び回る有名建築士になった。
親方であるこの家はやたら広い。
今、餅つき大会が行われている場所も作業場だ。
木材のいい香と、米を炊く匂い、餡子の甘い香とが漂っている。
「こんだけつき上げて、まぁだつくのか?」
ゾロは、普段は木材加工に使う作業台に、ドカンと載せられた餅の山を見て溜め息をついた。
「あたりまえじゃ!町内会80件分のお供え餅じゃ!!まだまだ足りんワイ!!
まったく、近頃はそんな意識ものうなって、若い連中は顔も出さん!手が足りんのじゃよ。」
ガープは、キセルの煙を吐き出しながら、苦々しく言った。
確かに、餅をこねたり伸ばしたりしているのは年寄りばかりだ。
後は暮れの忙しさに、邪魔にされた子供達が集まってきたのだろう。
普段から、この作業場には子供が入り浸っていると聞く。
だがそれも、『危ない』『ガラが悪い』などの理由で、若い夫婦らには評判が悪いらしいのだが。
「ウチの連中にもつかせてたんだけどよ、もたなくてなァ。」
「わかった、わかった。」
バッグを下ろしジャケットを脱ぎ、袖をまくる。
少し、右手の傷が気になったが、かまわない。
体を動かしていれば、余計なことを考えないで済む。
今は、忘れていよう。
ナミのことも、サンジのことも。
今だけは
3個の臼と杵を使って、全ての餅をつき上げた時は、もうあたりは暗くなっていた。
それでもまだ、子供も大人も帰らずに、一斗缶の焚き火を囲んで餅を食う。
「今年は天気も崩れずに、いい年越しが出来そうじゃ。」
作業場の、人々の楽しげな顔を見ながら、縁台に腰掛けている3人。
餡子も黄粉もついていない、白い餅をもしゃもしゃと口に運びながらガープが言った。
「おい、じいちゃん、あんまりがっついて食うなよ?喉に詰まらせたら一大事だぜ。」
「年寄り扱いするな!このクソ孫Aが!!」
言うなり、拳骨でエースの頭を殴る。
昼から飲んでいたらしく、かなり出来上がっているから手が早い。
エースがクソ孫Aなら、ルフィはクソ孫Bなのだろう。
「ガープ親方!このイチバンでっかいの、どこにお供えするの!?」
子供達が、顔を真っ赤にさせて鏡餅を抱えて走ってくる。
「おお、それは母屋の神棚じゃ。高いとこじゃぞ。
ああ、待てサカキも供えにゃならん。蝋燭も持ってきてくれ。」
「はぁ〜〜い!」
ガープが子供達と家の中へ入っていった。
エースが、ゾロのコップに一升瓶から直に酒を注ぐ。
「ひ孫が見てェって言い出しそうだな。」
「そりゃ言うだろ?嫁取れ嫁。」
「お前さんこそ、もらえよ嫁。」
「ほっとけよ。」
「オレもいいんだよ。そのうちゆっくりで。どうせ先にルフィの方がナミちゃんもらってくるさ。」
「!!」
忘れかけていたことを
「…ったく、あのバカ弟。さっさとしねぇと、ナミちゃん取られちまうぜ。」
「…エース…?」
「あん?」
「………。」
「おんや?その様子じゃ、ナミちゃん、ついにお前さんに告ったのかな?」
「!?…どうして!?」
「見てりゃわかるぜ?まさか、お前さん気がつかなかったとか?おやおや。」
「…う…あ…。」
「ナミちゃん賢いからな。多分、気がついてるのオレだけ。じいちゃんも気づいてねぇよ。
多分、ナミちゃんはルフィを待っててくれてると思い込んでるな、ありゃ。」
ゾロはコップの酒を、グイとあおった。
「タイミング悪すぎるぜ、エース…。」
「ん?何で?」
ゾロは、エースに昼間の出来事を話した。
その為に、サンジのことも話す羽目になった。
「あれあれ…そりゃ大変だったなァ。あっはっは。」
「笑うな…。」
「笑うしかねぇじゃん?いや、もてる男は辛い。」
「茶化すな。」
「ああ、ごめん。」
あっさりと、エースは詫びて
「すまねぇなァ。」
とまた詫びた。
「別に、アンタは何も関係ないだろ。」
「そうだがな…オレが言った所で、あのバカが素直に帰ってくるとも思えねぇしな。」
エースも、手酌で酒を注ぎ
「いいんだぜ。お前さんがその気なら、ナミちゃん掻っ攫っちまっても。」
「今、何の話を聞いてたんだ?」
「あははは。」
「んや、それ、困るな。例えゾロでもナミはやんねぇぞ?」
「大体誰がイチバン悪いって、テメェがイチバン悪いんだよ、ルフィ…………!!?」
思わず、ゾロもエースも縁台から飛び降りて振り返り、身構えてしまった。
そして 2人同時に叫ぶ。
「ルフィーっ!!?」
「おす!ただいま!!」
けろりんぱ
と、いう、擬音が聞こえてきそうな能天気笑顔。
両手に餅を抱えて、頬袋(?)をめいっぱい膨らませていた。
再び、兄と親友は同時に
「ただいまじゃねぇえ!!このクソ孫B――-っ!!」
どっかん がっしゃん がらがらがら ばたーん
見事なコンビネーションの蹴りが炸裂し、ルフィの体が材木置き場のど真ん中へ飛んでいった。
「いってぇなぁ!!ゾロ!エース!!なんだよぉ!?」
「テメェの胸に手ェ当てて考えろ!!」
「ふざけんな!この鉄砲玉野郎!!」
騒ぎに人々が集まってくる、見ていた人々は呆然としている。
老人や、中年の女達らが、
「ルフィじゃねぇか!!」
「まぁあ!なんてこと!ルフィだよ!」
「帰ってきたのか!ルフィ!!」
「よく、帰ったな!ルフィ!」
「親方ァ!ルフィが帰ってきたぞぉ!!」
どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど
奥から響く、凄まじい足音。
ルフィはびくっと身を震わせて、ゾロの陰に隠れようとしたが、一瞬遅かった。
「このクソバカ孫Bがあああああああああ!!!」
再び、ルフィは同じ場所へ吹き飛ばされた。
「お〜〜、じいちゃんの拳骨隕石健在だな。」
エースがつぶやく。
「クソにバカがついたな。えれぇ出世だ。」
ゾロまでつぶやく。
「あががが…。」
「ええい、このバカ孫が!!お前はとっくに勘当された身じゃ!!
何をしらばっくれて上がりこんどるかァ!!正月用の餅まで食ってしまいおってぇ!!」
「いや〜、美味かった!さすがウチの餅が世界一だな〜〜。」
「当たり前の嬉しいことを言うなァああ!」
ルフィが何かをいうたびに、ガープは拳骨でボコボコ殴る。
「やっぱり嬉しいんじゃねぇか、じいちゃん。」
「嬉しいに決まっとるワイ!!ワシは孫達を愛しとるんじゃ!」
殴りながら抱きしめているのだから、このじいさんの愛もフクザツなようだ。
ゾロも苦笑いしながらようやく
「お帰り、ルフィ。」
「おう!ただいま!」
8年前と、変らない笑顔がそこにあった。
8年前と比べると、少し肩幅が広くなったような気がする。
身長差は変らないが、前より少し大きく見えた。
日に焼けて、肌も艶々していて、憎らしいくらいに元気そうだ。
「なんだってお前、いきなり帰ってきたんだ?」
ガープとエースとルフィ。
久しぶりに会った家族の中に、ゾロが紛れ込んでの夕食。
エースが茶碗に飯を盛りながら尋ねた。
「うん、パスポートが切れちまった。」
「ああ…。」
なるほど。
「イスタンブールで年越ししようと思ってたらさ、ラマダン(イスラムの断食月)に入っちまって。」
「あー、お前にとっては残酷月だな。」
「そうなんだよ〜。」
ゾロが言う。
「異教徒にラマダンは関係ねぇだろ?」
「でもさ、金がなくなっちまって、働かせてもらってた市場のおっさん連中、全員ムスリムだから、オレもイヤでも付き合わされるじゃねぇか。
その前の年に、イランで断食に付き合ったけど、も〜〜〜〜〜死ぬかと思った。
んで、イスタンブールでの年越しを諦めて、黒海渡ってルーマニアに入ったら、税関で『あと20日でパスポートが切れる』って言われてよ。
もおお!びっくりしてさぁ!!」
「その税関が親切でよかったな。」
「うん。そっから慌ててブカレストまで行って、大使館で申請しなおそうとしたんだけど、
そしたらビザも切れてるぞって言われて。大慌てで船に乗ってさ。」
「……船?」
いやな方向へ話が進みそうだ。
「うん、日本のタンカーに乗せてもらった。」
「タンカー?…どこから…?」
「ドバイ。」
「何をどうしたら、トルコからブカレストに行って、いきなりドバイなんだよ!?」
「はい、よゐこのみんな、ここで世界地図を広げてみようね。」
「誰に言うとるんじゃ?エース。」
「そんでもって、日本に着いたはよかったんだけど、そのタンカー、入港先が北海道だったんだよな?」
ゾロがあきれて
「北海道のどこだったんだ?」
「苫小牧。」
エースが肩を震わせた。
必死に笑いを堪えているのが見え見えだ。
「タンカーの中で働いて金もらってたから、飛行機で戻ろうかな〜って、思ったんだけど、苫小牧から空港まで遠くてさ。
そしたらたまたま苫小牧港に、八戸行きのフェリーが入ってたんだよ。」
「…乗ったんだな?」
「おう!タンカーの航海士と、フェリーの船長が知り合いでさ!タダで乗っけてもらった!
んで、次は八戸から大洗行きのフェリーに乗って、大洗から電車に乗って、
んで、本日無事に到着しました。以上。」
「トルコから、電車で帰ってきたんじゃな?そりゃ時間もかかるワイ。」
「親方…ちょっと違うぞ…。」
ゾロは大きく溜め息をついた。
夜も更けて、ゾロはルフィ達の家を出た。
帰り際、ガープに無理矢理持たされた餅が結構重い。
「駅まで送ってくる。」
と、ルフィも一緒に家を出た。
「ん〜〜〜〜〜!!やっぱりいいなぁ、自分の町は!」
「だったら、フラフラしてねぇで、いい加減に落ち着け。」
「ヤダ。まだ目標の3分の1しか歩いてねぇ。」
「…ビザ取ったら、またいくつもりか?」
「うん、行く。…でも役所が休みだからな。ひと月はここにいる。」
「………。」
「明日、ナミとウソップんとこ行って来る。
チョッパーは、もう田舎に帰っちまっただろ?アイツは帰った頃に会いに行く。」
「……ルフィ。」
「ん?」
「…ナミのことだが…。」
「ん?なんだ?やんねーぞ?」
「あのな…。」
このところ、ゾロは溜め息ばかりついている。
「…ナミは…お前を待つことに疲れたと言った。」
「うん、そうかもな。」
「お前、どういうつもりなんだ?」
「どうもこうも。オレは今でもナミが好きだぞ。」
「そのナミを、8年待たせて、また更に待たせるのか?」
「………。」
ルフィは、頭をポリポリ掻いた。
そして
「ゾロはナミを好きなのか?」
「…仲間だと思ってる。それ以上の感覚は無ぇ。…いや…。」
「………。」
ゾロは少し迷ったが
「…8年も、同じ男を待つ女なんか、いるはずがないとナミは言った。」
「うん。」
「その間、側にいて、なんでも遠慮なく言い合えるヤツに、魅かれて何が悪いといった。」
「…うん。そっか、そういう事か。」
「ナミのその言葉を、もっと早くに聞いていたら、もしかしたらオレも気持ちが動いたかもしれねぇ。
アイツがどんな女か、オレもよく知ってる。うまくやっていけるとも思っただろう。
だが…それはもう、ありえねぇ話だ。」
「………。」
ゾロは、黙り込むルフィに告げた。
「今、オレは惚れてる奴が他にいる。」
ルフィの唇に、少し笑みが浮かぶ。
「へぇ。どんな子だ?」
「テメェに似てる。」
「うは!」
「…男だ。同性を好きになっちまった。」
「………。」
「軽蔑するか?」
「んにゃ、しねぇ。そういう事もあんだろな。…そっか…。」
「…だから…オレは、ナミの気持ちには応えられねぇと言った。」
「ナミ、怒っただろ?」
「ああ、怒った。自分自身に怒りまくってた…。」
ジャケットのポケットに両手を突っ込み、ルフィは歩道のタイルの色を選んで歩く。
ピョンピョンと、右に左に歩きながら
「ゾロの惚れた奴って、なんて名前だ?」
「…サンジ…。」
「何やってるんだ?」
「コックだ。」
「へえ!いいな!コックか!!」
「…車椅子のコックだ。」
その一言に、ルフィはピタ、と立ち止まった。
「……ゾロ……?」
「同情じゃねぇぞ。そんなもん抜きにして、アイツに惚れた。他に理由は何もねぇ。
いや、理由も理屈も無しに、オレはアイツが好きだ。…もう、他には考えられねぇ。」
そのとき、ゾロの顔があまりに苦しげだったのか、ルフィの目が険しくなった。
「ゾロ…?お前、好きなヤツの話するのに、どうしてそんなに泣きそうな顔してんだ?」
「!!」
ルフィが憎らしくなった。
この8年のお前の不在が、ナミをあんなに不安定にさせた。
なのに今、けろりとした顔で、今でもあいつが好きだと真顔で言う。
お前の不在が、ナミの気持ちを揺れ動かし、互いに傾いていくオレ達の思いに水を注した。
そうして、ナミを耐え難い自己嫌悪に突き落としておいて、自分は飄々とした様子で、当たり前の顔で今ここにいる。
「何も知らねぇヤツに、偉そうな事を言われたくねぇよ!」
「そうだな、オレは何もわからねぇ。」
コイツの、こういう所は未だに理解できない。
妙に優しいかと思えば突き放す。
少しも、変っていなかった。
「ゾロ!」
「…あぁ?」
「明日、ドルトンの店で年越しそば食おう!!」
「…は?」
「昼間、ナミとウソップに会ってくる。その後、会おう。ドルトンのサクラ庵、電話する!」
「…行かねぇよ、オレは。」
「ダメだ!来い!」
「………。」
いつの間にか、地下鉄の駅の明かりが見えていた。
ルフィは来た道を、少し駆け戻って
「来いよ!ゾロ!!」
「テメェ!その自分勝手、直さねぇといつか後悔すっぞ!!」
「しねぇよ!欲しいもん手に入れるのに、ワガママにならねぇでどーすんだ!!」
「ほざけ!!クソバカアホ野郎!!」
「うわ!ひっで!!じーちゃんよりなんか多いぞ!!」
それでも笑いながら、ルフィは走っていく。
変っていない
あの笑顔も
あの声も
なにもかも
やっと会えた。
やっと帰ってきやがった
そんな思いが、改めて溢れてくる。
「ルフィ!!」
ゾロの呼ぶ声に、ルフィが振り返った。
「…日本にいる間に、サンジをお前に逢わせてェ!!」
にっこりと、ルフィは笑った。
丁度街灯の真下で、白い歯が光って見えた。
「うん!オレも逢いてぇ!!逢わせてくれ!!」
「ああ!」
今、自分が会うことも叶わないかもしれないのに。
それでも
明日
ルフィを見たナミは、果たしてどんな思いに囚われるのだろう?
NEXT
(2007/5/18)
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