BEFORE





 3が日の明けた、1月6日の昼過ぎ。



“オールブルー”の前に、1台のワンボックスカーが止まった。

運転席と助手席が同時に開き、中から、ゴツイ体の男が2人降りてくる。

2人は、手馴れた様子で後部のハッチバックドアを開け、畳まれた車椅子を下ろした。

車椅子を路上に置き、後部座席のドアを開け、中へ声をかける。



 「下ろすぞ、サンジ。」

 「サンキュ、悪ィな。パティ、カルネ。」



パティと呼ばれた男がサンジを抱え、カルネと呼ばれた男が支える車椅子に下ろした。

 カルネが店の表からサンジの車椅子を押して入ると、パティは車からたくさんの食材を下ろし始める。



 「あー、やっぱり我が家がイチバンね…っと。」

 「おいおい、あっちに帰った時もそう言わなかったか?」

 「そうだっけ?」



奥へ移動しながら、サンジは笑った。

パティとカルネは、いつもの作業と言った感じで、山のような食材を棚や冷蔵庫に収めていく。

買出しの出来ないサンジに代わり、仕入れはいつも、この2人がやってくれている。

妥協の出来ない仕入れの時は、2人に市場や農家などに連れて行ってもらうのが常だ。

あまり、人を頼りにしないサンジだが、『家族』は別物らしい。

この2人は、父親の経営するレストランにもう何年も勤めていて、サンジを幼い頃から知っている。



 「やっぱりオレも免許とろうかなァ。けど、教習所は障害者用の車持ち込みだし。この店に全部つぎ込んじまって、今は金無いし…。」



サンジがつぶやくと、パティが



 「何言ってる?それ以前に、テメェみてぇな機械オンチが車の運転なんぞ出来るかよ。」



カルネも



 「ブレーキとアクセルで迷いそうだぜ、お前は。」

 「………。」



こめかみに青いものを浮かべたサンジだが、本当のことだから仕方が無い。



30日に、2人が迎えに来て、実家に帰った。

去年、無理矢理連れ帰られて、今年もまた無理矢理拉致られて、家で過ごした。

実家の店。

結局、手伝わされる羽目になるのだが。



当然のように健常者ばかりが働く店に、サンジのいる場所など無かった。



簡単な下ごしらえだけで何も出来ないのに、この2人も、他のシェフやウェイター達もやたらと気を遣う。

店の客まで、サンジが帰っていると聞いて喜ぶのだが、その姿を見れば必ず同情の目を向けるのでイヤだった。



地獄のような数日間だった。



どうせ店を閉めるなら、ここにいて、1人でいる方がずっと気が楽なのに。



こいつ等と、父親を騙すのは至難の業だった。

ただでさえ、サンジを壊れ物のように扱うパティとカルネ。

何も言わないが、サンジのことなど何もかも見透かしてしまう父。



落ち込むことも、泣くことも出来ない。



それでも、『家族』にサンジは笑う。

笑って、やり過ごし、やっとここへ帰ってきた。



パティが、ポストに貯まった郵便物を持ってきた。

新聞は止めてあったはずだが、それでも分厚い元旦のものだけ押し込まれてあった。



 「しょうがねぇな、まったく…。」



年賀状だけをめくりながら、DMめいたものはどんどん避けて、客や知人のものだけを膝に載せる。



 「ああ、サンジ。こんなもん入ってたぜ。」

 「ん?」

 「これ。名刺、同じヤツばっかり。」

 「…!!」



カルネも、「ドレドレ」と、パティの手の中でカードのように広げられた名刺を覗き込む。



 「…フリーカメラマン…ロロノア・ゾロ…?」

 「………。」

 「ひーふーみーよー…おんなじ名刺ばっかり7枚もあるぞ?なんだこりゃ?」



サンジの心臓がドクンと鳴った。



 「おい、裏に何か書いてある…“会いたい”…はぁ?…おいサンジ!お前、ストーカーでもされてんのか!?」

 「うるせぇ!!」



思わず叫んだサンジに、2人はびくりと体を震わせた。

大男2人を、震わせるほどの迫力。



7枚



名刺が7枚



オレが、ここを出たのが30日。

その日から数えて今日で7日。



 ( …来たのか…?毎日ここへ…? )



 「…なァ。おい…コレ、全部裏に“会いたい”って書いてあるぜ?」

 「お前、厄介なヤツに付きまとわれてんじゃねぇだろうな?」

 「…違う…。」



だが、サンジの肩が震えている。

目が、今にも泣き出しそうに潤んでいる。



 「…パティ…それ…オレに寄越せ…。」

 「…ん…ああ…。」



ためらいながら、パティは白い名刺をサンジに渡した。



受け取り、いとおしむように、サンジはゾロの名前を指でなぞる。



裏返し、書かれた文字を、また指でなぞる。



 “会いたい”

 “会いたい”



会いたい 会いたい 会いたい…。



毎日、1日も欠かさずここへ。

来たという証に、毎日同じ言葉を記して。



 “オレに会いたかったら、ここへ来るしかねぇんだぜ”



そうだ



そう言ったのはオレだ。



けれど



 「サンジ。」



カルネが声をかけたが、サンジは答えない。



 「サンジ…お前まさか…。」



パティが、息を呑む。



2人が、子供の頃から見てきたサンジだ。

この名刺の名の男が、ただの友人ではないとすぐにわかった。

この体になってから、逆に滅多な事では弱味を見せなくなっていたサンジが、肩を震わせながら小さな紙切れを握り締めている。



 「サンジ。」

 「終わったんだ。」



何も言わせず、サンジは言葉をさえぎった。



 「ヤツとはもう終わったんだ。」

 「サンジ…どんなヤツだ?どういう知り合いだ?」

 「終わったってのぁ、別れたって意味か?別れた後でも、しつこくしてるとか、そういう事か?困ってんのか?」

 「………。」



と、カルネがパティの頭を殴り



 「バカ野郎!!困ってるって顔か!アレが!!」



フロアの片隅にカルネはパティを引きずっていき、声を潜めて言う。



 「…ありゃあまだ、サンジの方も未練たらたらってツラだろうが!あの体になって、一番落ち込んでた時のツラに戻っちまってる!

  …やっと、いくらかでも元のアイツに戻ったと思ってたのによ…。」

 「サンジの気が済むなら、好きにさせろって持たせた店だったがよ…やっぱり、1人暮らしなんかさせるんじゃなかったぜ。」



と、



 「パティ、カルネ。」



妙に落ち着いたサンジの声に、2人はあわてて振り返る。



 「…でもオレは…後悔はしてねぇんだ…。」

 「…サンジ…。」

 「…ほんのわずかな間でも…オレのこんな体を憐れとも思わねェで、真っ直ぐに見つめてくれたヤツに出逢えた…。

  そんなヤツに…たとえ短い間でも、愛してもらって幸せだった。そしたら後は、そいつの邪魔にならねェように引くだけさ…。」



サンジの言葉に、パティとカルネの眉が、ほとんど同時に吊り上った。



 「サンジ!何だ、その勝手解釈はよ!!」



カルネが、床に落ちた名刺の1枚を拾い上げて叫んだ。



 「テメェの方から身ィ引いたってのか!?こんなに惚れてくれてるヤツから!!」



サンジも叫ぶ。

自分の動かない足を、力任せに殴りつけながら。



 「…他に何か方法があるか?オレはアイツと一緒には歩けねぇ…どんなに望んだって…一緒に歩くことァ出来ねぇんだ!!

  この足は!もう、歩いちゃくれねぇんだよ!!這いつくばっている間に置いていかれるのなんて、我慢できるか!!」



2人が、一瞬反論に詰まったときだった。



カラァアン



店のドアが開いた。

誰かが入ってきた。



慌てて、パティが営業用の顔に取り繕い(かなり程遠くはあるが)



 「申ぉ〜〜し訳ございません、お客様!本日はまだ休業日でございまして…。」

 「うん、わかってる。外にそう書いてあったもんな。」



男の声。

少しキーの高い。



この冬のさなかに麦わら帽子?

素っ頓狂な野郎だ。



ぼんやりとした頭で、サンジは入ってきた男の顔を見上げた。

灯りが落ちているせいで、逆光になっている入り口に立つ男の顔が、よく見えない。

だが、ゾロでないことだけはわかる。

ゾロはもっと背が高い。

ゾロはもっと、肩幅が広くて、腕も太くて、胸も厚い。

何より、いつも肩から下げたカメラのバッグ。

コイツは手ぶらだ。



ゾロでない事をわかっていても、無意識にゾロの面影を探してしまう。



男の顔が、こちらを見た。

車椅子のサンジを、真っ直ぐに見つめている。



黒い髪

黒い大きな瞳に、好奇心が満ちている。



左目の下に、横一文字に走る傷。

何の傷だろう?



背はそんなに高くはないが、日に焼けて、がっしりとした腕をしている。



初めて見る顔。



過去に訪れた客ではない。



一度でも訪れたことのある客ならば、その顔を全て記憶しているサンジだ。



こいつは誰だ……。









男は、にっこり笑って





 「サンジ?」





と、呼んだ。







こんなヤツ知らない。







なのに







サンジは、その名を無意識に呼んだ。



 「…ルフィ…?」



すると男は、にっこりと嬉しそうに笑った。

そして



 「あたり。」



と答えて、また笑った。









 「あ〜、腹減ったぁ。」



ルフィは、そう言ってテーブルにへたり込んだ。



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