BEFORE

















 「はぁ〜〜〜、食った食った!ごっそーさまでしたっ!」  「悪いな、ロクなモンができなくて。今日はまだ、生鮮品を仕入れてねぇんでな。」  「ん〜〜〜ん!美味かった!こんな美味いスパゲッティ食ったの初めてだ!本場の味って、こんなかな?」  「ああ。お前さん、まだイタリアには行ってないのか?」  「うん!日本発って、中国とロシアと東南アジアとインド回って、中東抜けて、この前までイスタンブールにいた。   ルーマニアに入ったところでビザ切れ。サンジはイタリアに行ったことあるのか?」  「ああ、ローマとミラノ。シチリアにも少しな。それとフランスで2年修行した。」  「へ〜、いいトコだったか?」  「ああ、特にミラノは好きな街だ。イタリアはいいぞ、なんてったって、女の子が可愛い。」  「へぇえ!楽しみだな!!美味いものいっぱい食えるんだな。」  「…そっちかよ…。」 心配するパティとカルネを追い返し、サンジは求められるままにルフィに食事を作ってやった。 パスタやピザや、菓子類を平らげて、ようやく人心地ついたという顔だ。 ゾロに、初めてここで食事をさせた時と同じ表情。 皆、ルフィとサンジが似ているというが、ルフィとゾロもよく似ている。 初めて出会って、まだ2時間ほどしか経っていないのに、2人とももう、何年も付き合っている友人同士のような会話をやり取りしていた。  「食後はコーヒーがいいか?それとも紅茶?」  「番茶がいい。」 サンジは笑ってうなずいた。 ルフィに番茶を入れてやり、サンジはタバコに火をつけた。 (ちゃんと番茶が出てくるところがサンジ。)  「さて…ところでオレに、何の用だ?」  「メシ食いに来た。」  「………。」  「ゾロに、ここに連れてきてもらうはずだったんだけど、ゾロがなかなかうんって言わねぇから、オレが勝手に来ちまった。」  「ゾロは、ここへは来れねぇからな。」  「なんで?」  「オレが出入り禁止にしたんだ。ついでに、ナミさんも。」  「そうか?ゾロはスゲェヤキモチ焼きだから、オレをサンジに会わせたくねぇんだと思うぞ。」 小さく、サンジは笑った。 自嘲的な笑みだ。  「なァ、ルフィ。言ってもいいか?」  「何をだ?いいぞ?」 間  「…テメェ、よくもそんな暢気な顔で、オレの前にツラ見せられたな。」  「………。」  「ルーマニアでもイタリアでも、さっさと行っちまえ。日本から出て行くならどこだっていい。   とっとと出て行って、二度と帰ってくんな。   せっかくまとまろうとしてるモンを、ぶち壊すようなまねすんじゃねぇ。」 ルフィは、皿に残ったビスコッティをつまんで、一口かじると  「…まとまりかけてるって、それってゾロとナミのことか?」  「…わかってんじゃねぇか…。」  「いや、それ、ありえねぇし。」 即答に、サンジは目を見開いた。 「ありえねぇ…?」 「うん、ありえねぇ。」 サンジの目が細められる。 眉が引きつって、ピクリと動いた。  「だってよ、オレはナミが好きだし、ナミもオレが好きだし、ゾロはサンジが好きで、サンジもゾロが好きだろ?ありえねぇ。」 ぶちっ サンジの中で何かが切れた。  「いけしゃあしゃあと、よくもそんなセリフを吐けるなルフィ。   ナミさんを散々待たせて、苦しめて、泣かせて、やっと別の安らぎ見つけて、幸せになりてぇって願ってる彼女に。   テメェの勝手で戻ってきて、いきなりその能天気なツラ見せて、それで“ハイ、そうですか。”って、   何もかも元に戻れると思うのか!?いいか!?テメェがナミさんのグラスに溜まった、我慢の水をぶちまけさせたんだ!   溢れさせてこぼしたのはテメェだ!こぼれた水は、もうグラスに戻りゃしねぇんだよ!!」 車椅子から身を乗り出すように、サンジはルフィに食って掛かった。 体の自由が利いたなら、きっと襟首を締め上げて、殴り飛ばしていたかもしれない。  「なあ、サンジ。…それって、お前の本心か?」  「!!」  「…本心じゃねぇだろ?」 ルフィは、片手で番茶の湯呑みを口元に運び、一口含んで、また同じ言葉を繰り返す。  「本心じゃねぇよな。」  「…よせ…。」  「…今だって、本当はゾロに会いたくて会いたくてたまらねぇハズだ。」  「よせ…ルフィ…。」  「オレと喋ってても、今サンジは、ゾロのことばっか考えてる。   ゾロとナミが、幸せになるといいなんて、これっぽっちも思ってねぇくせに。ナミのことなんか、全然心配してねぇくせに。」  「テメェのせいだ!ルフィ!!」 サンジは叫んだ。 まるで、泣き叫ぶように。  「何もかも全部!テメェがナミさん置き去りにして行ったせいだ!!」 と、ルフィは静かな声で  「ホラ、本音が出た。」  「!!」 なんて事を。 八つ当たりにも程がある。 こんな最低な―――。  「…いいよ。ゾロもナミもサンジも、悪いこと全部、オレのせいにすればいい。」  「…違う…そんなつもりは…そんなんじゃ…ねぇ…。」 ルフィは、湯呑みを両手で包んで揺らしながら、じっとサンジを見つめた。 ルフィから顔を背け、サンジは俯く。 髪が、顔を覆って隠してしまい、表情は見えないが、きっと泣きそうな顔をしている。  「…違う…お前は悪くねぇ…ちがう…。」 ルフィは、サンジの側に行き、腰を屈め両膝を着いて、サンジの顔を見上げた。 肘掛の上に乗せられたサンジの手を、ルフィはそっと握ってその膝の上に載せる。  「オレ達、似てるな。」  「………。」  「ゾロもナミも、オレも、おんなじだ。」  「…ルフィ…。」 笑ったルフィの顔。 どこか悲しい。  「…バカだったなー…8年…やっぱ、長ェよなぁ…。」  「ルフィ…?」  「でも、多分ゾロは、オレ達とは違うぞ。」  「……?」  「ゾロは、そうだと決めたら絶対引かねぇ。   例え迷っても、ゾロは必ず自分の決めた場所に帰ってくるんだ。絶対。…それに…。」  「それに…?」  「サンジは歩けねぇから、待つしかねぇよな?でもゾロは、絶対にサンジを待たせたりしねぇから。」 明るく言い放つルフィ。 なんて、きれいな笑顔。 と、  カラァアン… 店のドアが、開く音。  「………。」  「ほら な?」 シルエットが、はっきりとした姿になる。 広い肩、厚い胸、肩から下がるカメラバッグ…。 そして、まるで何事も無かったかのように  「何だ、ルフィ。テメェ、来てたのか?」 と、ゾロは言った。 ルフィは立ち上がり、テーブルの上にぴょんと飛び乗って座る。  「いつまで待ってもゾロが、ここに連れてきてくんねぇからだろぉ〜〜?   朝家出て、適当に地下鉄乗ったんだけど、千歳烏山って駅、ねぇんだもんなぁ〜〜。」  「京王線は地下鉄じゃねぇ。」  「8年前は地下鉄だった。」  「8年前も地下鉄じゃねぇよ!!」  「あの頃はさ、営団地下鉄っていったのにさ〜。いつ『東京メトロ』なんて名前になったんだよ?   で、大江戸線って何?ゆりかもめって何?ディズニーシーなんていつ出来たんだ?」  「オレが知るかよ。」  「あ。ディズニーシーって行ってみてぇな!みんなで行こうぜ!!」  「1人で行け!」  「え〜〜〜〜〜〜。あと六本木ヒルズぅ〜、表参道ヒルズぅ〜〜。ホリエモン〜〜〜。」  「ホリエモンは東京名所じゃねぇ!」  「ディープインパクト。」  「引退した。…何が言いてぇんだ、一体!」  「8年のギャップ。」 お笑いコンビかおまえら。


呆然と、サンジは2人の様子を見つめるしかない。 が、ゾロがようやく、サンジを見た。  「…今日…来たんじゃなかったのか…?」 つぶやくように尋ねるサンジに、ゾロは仏頂面のまま  「午前中に1回な。今日は仕事が終わったら、また来るつもりでいたんだ。   そろそろイヤでも帰ってくる頃だと思ってよ。…ビンゴだったな。」 ゾロはにやりと笑って、ルフィの横にどかっとバッグを下ろす。  「…オレが通ってるのに気づいてたか。」  「…あんなモン残していきゃあ、イヤでも気づく…ストーカーかって聞かれたぜ。   …2度と来んなって、言わなかったか…?」  「ああ、ンなコト言ってたな。」  「じゃあ何で来た?」  「オレはそれを承知した覚えはねぇ。」  「………。」  「また来る。そう言ったはずだぜ、オレは。」 ゾロは、車椅子のハンドリムを掴み、サンジの体をグルンと自分の方へと向き合わせた。 そして、両腕を伸ばし、サンジの体を包み込み、抱きしめた。 サンジの耳元で、ゾロの声が囁く。  「会いたかった…だから来た。」  「………。」  「何度だって来る。会いに来る。ここにお前がいる限り、何度だって会いに来る。おれの足は、その為についてんだ。」 ゾロの言葉に、ルフィが微笑んだ。 抱きしめられながら、サンジは小さく震える。  「…ゾ…ロ…。」  「オレの足は、テメェ1人支える位じゃビクともしねぇよ。」 サンジの震える拳が、それでもゾロの胸に押し返そうとする。 その手を、ゾロの手が強く握った。  「どこかへ行きたきゃあ、今度はオレが連れてってやる。そんでオレがどこかへ行きてぇ時は、ちゃんとお前を連れて行く。   …だから、一緒に行こう。」 なおも、サンジは首を振る。 抱きしめるゾロの手に、力が篭る。  「…オレは…絶対ェお前の重荷になる…絶対にお前の妨げになる時が来る…。」  「………。」  「…オレにだって、夢はあるんだ…オレはいつか…この店をもっと大きくしてぇ。   この腕で、オレの味で、客を呼ぶ店にしてぇんだ…だけど…お前に甘やかされてしまったら…絶対にその居心地の良さに甘えてしまう…   絶対に堕落して、何もかも忘れてしまう…オレはそれが怖ぇんだ…お前の人生もオレ自身の人生も、全部壊してしまいそうで怖い。   お前がオレに優しければ優しいほど、オレにはその気持ちが重くて…重くて…。」  「サンジ。」  「バカ野郎…あんなに必死になって耐えたのに…全部無駄にしやがって…!!」  「サンジ。」  「いいのかよ…!?オレでいいのか!?本当にいいのか!?」 ようやく顔を上げ、サンジの目がまっすぐにゾロを見た。  「邪魔になる。絶対に疎むこともある。この体で!お前と同じ男で!ありえねぇシチュエーションてんこ盛りで!それでもいいってのか!?」 青い目に、涙があふれる。 キレイな涙だ。 丁度窓から差し込む西日が当たって、きらきらと光って零れ落ちていく。 七色の涙  「テメェがいいんだ。」 ゾロは答える。  「テメェでなきゃ、イヤなんだ。」


ああ 本当に 涙ってのは、枯れるってコトを知らねぇ……。  「…オレ…も…。」 衣擦れのような、サンジの声。  「……イヤだ…お前が…オレ以外の誰かを見るなんて嫌だ…。」 細い腕が、ゾロの首に絡まる。  「オレも…お前じゃなきゃ…嫌だ…。」 抱きしめ、ゾロはサンジの背中を、子供をあやすように叩いた。 そぉっと ルフィがドアを開けて出て行こうとした。 だが …カラン… 音に、ゾロが振り返り  「…ありがとな…ルフィ。」  「ん、じゃな。」  「ああ…。」  「ルフィ…。」 サンジが、ゾロの胸に顔を埋めたまま、ルフィを呼んだ。  「…ごめんな…。」  「気にすんな。オレ達もう、トモダチだろ?…オレがこっちにいる間に、一緒に遊びに行こうな!」 ゾロもサンジも、苦笑いするしかない。 と  「ルフィ。」 今度はゾロが呼んだ。  「忘れモンだ。」 ゾロが、胸のポケットから何かを出して、ルフィに投げた。 受け止め、見るとそれは、あの時ナミが引きちぎったストラップの翡翠。  「お前からナミに返してくれ。」  「……うん。サンキュ、ゾロ。」 手を振り、ルフィは出て行った。 “オールブルー”の看板の前で、ルフィは思いっきり背伸びし、パン!と自分の両頬を叩いた。  「ぃよし!!オレももう1回、ナミに殴られてくるか!!」 NEXT (2007/6/15) BEFORE にじはなないろTOP NOVELS-TOP TOP