BEFORE 早朝 といっても、時刻は午前7時40分。 “オールブルー”の裏口、店用の通用口に、ワゴン車が1台横付けされた。 中から、パティとカルネが降りてくる。 今朝早く、千葉の契約農家まで出かけ、朝取りのキャベツや白菜を仕入れて戻る途中だった。 いつものように、サンジの元にも約束の量を届ける為に立ち寄った。 カルネが、キーホルダーの鍵束から、預かっている通用口の鍵を選んで、ドアを開けた。 「あれ?暗いな。」 「珍しいな、まだ寝てんのか?サンジのヤツ。」 不思議に思いながら、野菜を厨房に運ぶ。 厨房から、パティはちら、と居間の方を見た。 「………。」 どこかが、いつもと様子が違う。 それが何か、と言われると、首を傾げるのだが。 だがそれは、居間に入ってすぐにわかった。 雑然としている。 テーブルの上に、酒のビンや使ったグラスが、そのままに置かれているのはサンジらしくなかった。 グラスは2つ。 明らかに、誰かと飲んでいた跡。 「………。」 「どうしたぁ?」 カルネが、ひょいと顔を覗かせる。 パティは、呆然とした顔でぴくりともしない。 ただ黙って、床に散ったものを指差した。 指差されたものを見て、カルネも愕然と顎をたらす。 床に、乱雑に散らばった衣服。 見覚えのあるサンジのシャツ、デニムのパンツ、そして下着まで。 その上に、2人の知らない、サンジのものではない別の男物の服、一式。 「………!」 「………!」 同時に、叫びそうになって慌てて互いの口を押さえた。 そして人は時として、見たくもない場面に遭遇してしまう不運というものに、見舞われる時がある。 そして、普段1人暮らしのサンジには、居間と寝室の境の引き戸を開け放して眠ることが、全く無いという訳ではなかった。 寝室の扉が、開いていた。 恐る恐る 見てしまったベッドの上 確かにそこに、まだ眠っているサンジの丸い頭があった。 だがその金色の髪は、サンジのものではない太い腕に抱えられていた。 「!!!!!!!」 「!!!!!!!」 声も出ない。 つーか、出せない。 どうしてよいかわからず、あわあわと右往左往していると 「…ン…?」 寝惚けた様な、サンジの声。 「!!!!」 どきーん!! 自分は石だ。物言わぬ石だ。と、自らに言い聞かせ、居間のソファの影にしゃがみこみ、2人は息を殺した。 「…どうした…?」 サンジの声じゃねェ。 誰だ!?誰なんだそいつはぁ!!? 「ん…?…なんか…声がしたみたいだった…。」 「……気のせいだろ?」 知らない男の声だ。 パティとカルネは、同時にある名を思い出した。 ロロノア・ゾロ あの、名刺の男…!? 「…ゾロ…今、何時だ…?」 ビンゴォォォォ! 「ん〜…?…もうすぐ8時…。」 「…も…起きねぇと…。」 サンジが身じろいだ。 布の擦れる音がする。 あわわわわわわわわわ!! 「…今日も休みなんだろ…?」 「…ん…。」 大きく、体が動いた音。 サンジが小さく声を挙げた。 起き上がろうとしたところを、またベッドの中に引き戻されたような気配。 「なら…もうちっと寝てろ…。」 サンジが小さく、息をつく。 含むような小さな笑い。 「…うん…。」 ちゅ ちゅ と それは明らかな、キスの音 「…ん…ふふっ…くすぐってぇ…。」 ちゅ ちゅ…ちゅ… 「…ゾロ…好き…。」 相手の男が、小さく笑うのが聞こえた。 衣擦れの音が、大きくなっていく。 猫がじゃれあうような 「ゾロ、大好きだ。」 「わかってる。」 そのまま、絡み合い、睦みあうのかと思った。 だが衣擦れはそれ以上続かず、やがて、安らかな寝息が2つ漂い始めた。 「………。」 「………。」 そっと、パティとカルネは部屋の中を覗いてみた。 規則的に上下する肩。 今度は、相手の男の方が、こちら側で眠っている。 力強い腕でしっかりと、サンジを抱いて。 野暮な事とはわかっているが、サンジと相手の寝顔を遠めに覗きこんだ。ったく。 なんて幸せそうな顔で、寝てやがるんだよ…。 ふたりは、恋人たちの眠りを妨げないように、そっと、そぉっと、店を出て行った。 逃げるように車に乗り込み、慌てて走り去った2人は、表通りの国道20号線に入ってしばらくしてから急に路肩に車を停め 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」 と、獣のような雄叫びを上げた。 通勤ラッシュの始まった国道に、響き渡る野郎2人の咆哮は、道行く人々をぎょっとさせた。 「どーすよ!?どーすよ!?オーナーになんて報告したらいいんだ!!?」 「報告する必要なんかねぇだろうが!そんなコトしたら、オレ達は永久にサンジに恨まれっぞ!!」 「オーナーに黙ってて、知られた時の方がおっかねぇだろぉ!!?」 「かと言ったってな!!…あんな、幸せそうなサンジの顔…見たことあるか?」 「…そうだよなぁ…。」 しばらく、2人はそこで黙り込んでいた。 2人は、サンジを子供の頃から見てきた。 その過去の思い出の中で、今朝ほど満たされて、幸せに眠る顔を見たことが無い。 かつて、あの悪夢のような事故で、病院のベッドで眠るサンジの顔はいつも苦しげで、悲しげだった。 「…サンジに…あんな顔させてくれたのは…アイツなんだなァ…。」 「…ああ…どういう男かオレ達は知らねぇけどよ…聞いただろ?『大好きだ』ってよ…惚れてんだな…。」 同時に大きな溜め息が漏れる。 しばらく、沈黙が続いていたが 「おい、カルネ!」 「おう、パティ!」 2人はがっちりと拳を握り、同時に叫んだ。 「オーナーがどんなに反対しても、オレ達だけは、アイツラの味方になってやろうじゃねぇか!」 「そうともよ!可愛いサンジのためだ!アイツの幸せのためならオーナーの蹴りのひとつやふたつ、 あのゾロとかいう野郎に代わって喰らってもいいぜ!オレぁ!!」 夕焼けの岸壁に飛び散る波飛沫、青春ドラマの1ページが展開するかのようだった。 都会のど真ん中だけど。 朝だけど。 で、青春ドラマの登場人物にしては、かなりトウが立っているけれど。 百万の兵に匹敵する心強い味方を得たことを、ゾロもサンジもまだ知らない。 昨夜、というより今朝方まで、ふたりは何度も肌を重ね合っていた。 冬の遅い朝が白々と明ける頃になって、互いに十分満たされ、そして力尽き、疲れ果てて眠りについたのだ。 だから、パティとカルネが店を訪れたことに、まったく気がつかなかった。 昼を大幅に回った頃ようやく起きたサンジが、ブランチを作ろうと厨房の冷蔵庫を開けるまで。 「…あれ?こんなキャベツあったっけか…?………あ。」 サンジの頬が赤く染まる。 アイツラ、来たんだ。 見られたな。絶対見られた。 ジジィに言うかな? まぁ、いっか。 いずれ、話さなきゃならねぇんだ。 さて…どんな反応するかなぁ…。 奥から、携帯電話の着信音が聞こえた。 ゾロのものだ。 サンジは携帯を持っていない。 携帯…買うかな…。 音が止まない。 「…ゾロ…おい、ゾロ!携帯鳴ってんぞ?」 まだ、起きねぇのか。 仕方なく、居間へ戻り、ゾロのバッグの外ポケットから携帯を取り出す。 使ったことは無い。 だが、電話のマークのボタンがふたつ。 話すには、受話器を外すのが電話。 「これか?」 ぴっ と、小さく音がして 『やあっと出たかゾロ!!お前何やってんだよ!今日の約束1時だったろうが!! この前の写真、持って来いって言っといたろぉ!?もう30分も過ぎてるぞ!』 ウソップの声だ。 『ああ、もう、どうせ寝ぼけてるのはわかってっからよ!とにかくすぐ来いよ!?』 言うだけ言って、ウソップの電話は切れた。 「…やれやれ…オシゴトですか?」 忘れてやがったのか? しょうのねぇヤツ。 確か、ここに初めて泊まった時も、ウソップとの約束の時間を忘れていたな。 サンジは、まだ大の字になって寝こけているゾロへ 「ゾロ!おい、ゾロ!ゾーロ!ウソップから電話だぜ!ゾロ!」 う〜ん、とひとつうめき、だがまだ目を開けず 「…ウソップ…ウソップ…ウソップ…?ウソップ……ウソップ!!?」 がばっ!!! 跳ね起きた傍らで、サンジがニヤニヤしながらこちらを見ている。 「今、何時だ!?」 「午後1時32分。」 「なんだとぉぉお!!?…ヤッベ!!」 ベッドから飛び降り、次に自分が全裸であることに気づき 「服!サンジ、オレの服!!」 「…仕事だとわかってりゃあなぁ…。」 「あァ!?」 「…全部、洗濯機に放り込んじまったい。」 「ああぁ!!?」 「お前の服、汗臭ェんだもんよ。」 「んだと、こらぁ!!」 「あと1時間くらいで乾燥まで終わるからよ、ま、のんびりしろや。」 「ざけんなぁあ!!」 「写真、持って来いって言ってたぜ?」 「ああ…。マジで行かねぇとヤベェんだ。アイツ、意外にキレると手に負えねぇ。おい、テメェの服貸せ。」 「ええええ〜〜〜〜〜?」 「なんだ!?そのあからさまな反応は!?露骨な嫌な顔は!?」 「ゾロ臭くなるから嫌だ。この前のスウェット、今でもゾロ臭ェ。」 「………あのな。」 「ん?」 ゾロは、グイと車椅子を引き寄せて。 「…お前も今、十分オレ臭ェぜ?」 と、耳元で囁く。 くっ、とサンジは喉の奥で笑った。 頬が熱くなる。 そして 「…すぐ帰ってくっから、また今夜もしような。」 「アホ。」 唇に軽くキスをし、ゾロはリビングへ行った。 バッグの中に入ったファイルの中に、先日撮影した写真が入っている。 ライカで、撮り直したガレーラの写真。 ウソップに散々貶された後、撮り直した写真だ。 正月が明けて、再び撮影を行った。 あの時の感覚が、甦ってくる。 ルフィに気づかされた。 お前の足は、何のためについている? 父に諭された。 お前が押して、歩いてあげればいい そして2人が言った。 本当に欲しいものを望むのに、わがままにならないでどうする? その言葉が、ゾロの萎えかけた勇気を奮い立たせた。 力がみなぎったその熱い手で、シャッターを切った写真。 クローゼットで、ゾロに貸す服を探すサンジを、ゾロは背中から抱きしめる。 「おい、邪魔だ…これ以上遅れたら、ウソップがキレるんだろ?」 「店、休み今日までだよな?」 「ああ…明日は開ける。予約入ってるしな。」 「じゃあ、今夜の予定変更だ。帰ってきたらその足で、ウチに行こう。」 ピクン とサンジの肩が震えた。 「…お前んち…?」 「ああ。」 それはつまり…。 「…いいのか…?」 「まぁだ言うか。」 ウソップに、写真を見せたら、奴はなんて言うだろう? ゾロはニヤリと笑った。 「オレには何の迷いも無いぜ?」 「おおお、自信満々だな。」 サンジがうなずく。 「わかった。」 抱きしめる手に、また口付けて 「ホラ!もういい加減に慌てろ!!2時になるぞ!」 NEXT (2007/6/29) BEFORE にじはなないろTOP NOVELS-TOP TOP