BEFORE 「わぁ〜〜〜〜〜い!」 「走るなアイサ!勝手に行くと、また迷子になっぞ!」 「アイサちゃん、迷子常習者か?やっぱりテメェの姪っ子だな。」 「うっひょぉお〜〜〜〜!すっげぇぇぇぇ!!なんだ!?あの山!!?登りてぇぇぇ〜〜っ!!」 「ちょっとルフィ!そんなガキみたいに騒がないでよ、まったく!!」 2月下旬 さすがに海の側は冷える。 ここは千葉県 なのに『東京』という名を堂々と冠した、某テーマパーク。 ゾロと、サンジと、ルフィとナミ、そしてゾロの姪・アイサ。 今日は土曜日。 3連休をやり過ごしたのに、それでも相変わらずの人の出だ。 今日はサンジの店は、昨日から半期に一度の火気点検で休業日。 そちらは業者とカルネに頼んできた。 ゾロはサンジと並んで歩く。 車椅子は電動でも動くから、いちいち押してもらわなくていいと、サンジは聞かない。 なのに、なんで今、コイツはナミに押してもらってるんだろう? 「レディの親切は、ありがたく頂戴するんだ。」 サンジの談。 かわいくねぇ おそらくここは、日本で最も人気のあるテーマパーク。 二つの遊園地が隣り合わせにあり、古い方はもう開園して20年以上になるが、『進化する王国』の人気はまったく衰えない。 ルフィが旅立った8年前、新しい方のテーマパークは建設中であったのと、その前には日本国内を貧乏旅行していたせいで、 コチラのパークの存在を彼はまったく知らなかった。 「まったく!外にもなんか、おもしれェ電車が走ってるし。油断できねぇなディズニー!」 あ。言っちゃった。 「よぉし!んじゃ、何から乗ろっかな!」 「あたい、アリエルのトコ行きたい!!」 「え〜と、じゃあ、こっちね!」 車椅子で入れるアトラクションは限られているが、ルフィもアイサも遠慮がない。 同乗者がいればOKというアトラクションになると、ルフィやゾロが、本人が嫌がるのを完全に無視して、抱えて乗せてしまうのだからたまらなかった。 「だめ!だめだ!これは絶〜〜〜〜っ対に乗らない!!」 と、抵抗してもまったくの無駄。 「オレ、ジェットコースター系とオバケ系と虫系は、こうなる前っからダメなんだよ!!」 「そーか!じゃあ乗ろう!!」 「ルフィ!!テンメェェ!!障害者に対するいたわりを持てェ!!」 「持つなと言ったり持てと言ったり、どっちなんだ?」 ゾロが溜め息をつく。 異様に明るい集団。 縦横無尽に駆け回っているうちに、ルフィがあるものを見つけて叫んだ。 メディテレーニアンハーバーと呼ばれる一角。 「海賊船!!」 「あら!ホント!!こんなのあったけ?」 ナミが言うと、アイサが 「あったよ!ここがオープンした時から!」 「子供の遊び場だからな。」 ゾロが言った。 アイサと以前に来て、ゾロもここを知っていたらしい。 水上のショーを行う内海に面した場所に、大航海時代のガレオン船を模した、大きな船の遊具施設があった。 要塞をかたどった展望台もある。 かなりリアルな、ホンモノそっくりの帆船だ。 アイサが中へ走っていく、と、ルフィが 「よし!見張り台のてっぺん上るぞ!行くぞサンジ!!」 「はぁあ!?オレ!?」 またも拒絶する間もなく、車椅子から抱え上げられた。 「よっしゃあああ!!行くぞーっ!!」 「頼むから、お姫様抱っこは止めてくれーっ!」 「海賊ごっこだ!サンジお姫様な!オレは海賊船の船長だ!!」 「麗しの姫君ならナミさんだろぉぉぉ!!」 悲鳴がこだました。 「あ〜あ〜、すっかりおもちゃにされてんな。」 「ゾロ、青筋青筋。」 ゾロのコメカミに浮かんだものを、ナミは見逃さない。 3人を見送って、そこに残されたゾロとナミ。 アイサが甲板の高いところから、ゾロに向かって手を振る。 「あら、今日のアンタ、何かが足りないと思ったらカメラバッグがないのね?」 ナミが言った。 いつも、どこへ行くにも持ち歩いている、ライカを入れたバッグを今日は持っていない。 「…ああ、今日は持ってこなかった。」 「何で?せっかくのデートなのに。カメラなし?」 「…始めは持ってこようと思ったんだけどな、考え直して止めた。」 「何で?」 「………。」 ゾロは答えなかった。 ただ、意味ありげに笑っているだけだ。 うわ 憎ったらしい まぁ、いっか。 「ガレーラの写真。ウソップ、喜んでたでしょ?」 「ああ。」 「…いい写真だわ、あれ。」 「ありがとよ。」 「あれがアンタの答えよね。」 「………。」 渋谷ガレーラのポスター写真。 ウソップは初め、新作のバッグをメインにした写真を考えていた。 だが、撮影当日になってゾロは、そのコンセプトを変更させた。 白いフロアのステップ そこまではウソップの考えどおりだ。 だがそこに、ゾロは男女の靴を置かせた。 一対の靴だけが、さりげなくステップを昇る構図。 ライカで撮影した柔らかな白い画面に、画像処理で色を塗った女の赤い靴だけが、眼に飛び込んでくる。 それは、男にエスコートされて、ステップを今昇ろうとする女の姿を、はっきりと浮かび上がらせていた。 女の足が、男の足を誘うような。 男の足が、女の足を誘うような。 この写真を見る人は、どんな光景を想像するのだろう。 ウソップは大満足で、素早くここに文字を重ねた。 細いゴシック調の字体で、絵の隅にさりげなく、「Shibuya Gallay-La」とだけ。 余計なキャッチコピーなどいらない。 それだけでいい。 見るもの全て、この店に興味を覚えずにはいられないポスターが出来上がった。 早速、この写真はガレーラの公式サイト・ワールドワイドウェブで公開された。 その日から、渋谷オープンと、ポスターに使用された靴の問い合わせがひっきりなしだという。 アイスバーグも大満足で、ゾロを抱きしめて喜んだ。 もうすぐ渋谷は、あのポスターで埋め尽くされるのだ。 ナミは肩をすくめて 「…あ〜〜〜あ。」 大きく息をついて言った。 「?」 「…やんなっちゃう。ホントにアンタの言うとおりになっちゃった。」 「………。」 ナミは、腰の後ろに手を組み、本当にマストのてっぺんにサンジを抱えて上がっていくルフィを、憎らしげに見上げた。 「…あの日、ルフィが帰ってきた日。顔見た途端、カ―――っと頭に血が昇っちゃって、手が先に出ちゃった。」 ゾロが笑う。 「そしたらさ。なんてーの?すっごくスキだった頃のピークの感覚?それがね、こう、ぐぐぐ〜〜〜〜〜っと、 アタマもたげてきて、もうワケわかんなくなっちゃって…。なのにアイツはケロッとしてるし…もぉ、情けないやら口惜しいやら……。」 ゾロは、黙ってナミの話を聞いていた。 「…父さんも…アタシがそんなになっちゃったから、ルフィのコトぶん殴るし …そしたら今度はそれが可哀相になっちゃって、でも憎ったらしいし…。」 「………。」 「…あの翡翠持って、ルフィがまた来た時…母さんも『一番いいのは、自分の気持ちに正直ななることだって』言うし… …編集長…ロビンまで…『このまま黙ってルフィのコト行かせていいの?』なんて言うし…。もう、頭の中グルグルグルグルで…。」 ゾロが、ぽつりと言った。 「本心を突かれると、人間はうろたえるもんだ。それが正直であればあるほどな。」 「……ごめん。」 軽く、ゾロは手を上げた。 それ以上は、もういい。 そういう意味だろう。 だけど 「…ホントに…アンタに気持ちが行っちゃってたら…きっと、あんなにうろたえなかった。 もっと落ち着いて、冷めた顔してアイツに会ったと思う。」 「ああ。」 ルフィの笑い声が聞こえた。 周りの子供を巻き込んで、本気モードで海賊ごっこに突入している。 見張り台に乗せられたサンジは、縁に肘をついて、笑いながらそれを眺めていた。 「……ねぇ。」 「ん?」 「もしも…もしもよ?…もしもルフィが帰ってこなくて、アンタがサンジくんと出会わなくて、アタシが………。」 「………。」 「……やめた!…“もしも”なんて無いもんね?」 「ああ、無ェ。」 「…ハラ立つくらいの即答ね。アンタ。」 ナミのコメカミにも、青いものが浮かんだ。 「ねぇ、ゾロ?サンジくんの代わりに、アタシがアンタの子、産んであげよっか?」 「アホ。出来もしねぇコトを口にすんな。」 「はぁ〜〜〜〜い。」 もう なんて、嬉しそうな顔でサンジくんを見てるんだろ。 きっと、どんなにアタシががんばったって、こんな風にアタシを見てくれることなんて、なかったんだろうな。 「……………大好きよ、ゾロ。」 ゾロは、ナミを振り返らなかった。 ナミも、それでよかった。 そして 「あ―――!!スッキリした!!」 ナミが、両腕を突き上げて大きく背伸びした。 と、その時 ナミは不意に、ゾロに引き寄せられた。 「えっ!?」 と、思った瞬間に 頬に、軽くゾロの唇が触れた。 え――――――――― っ!!? 悲鳴が声にならなかった。 瞬間湯沸かし器(古っ)のように、ナミの顔が真っ赤に染まる。 耳元でゾロが、意地悪げにつぶやく。 「色々と、引っ掻き回してくれた罰だ。」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 「あ―――っ!!ゾロ!!テメェ、この野郎!!許さねぇぇえええええっっ!!」 ルフィの叫びが轟きわたった。 上から見ると、まるで唇へのキスのように見えた。 ものすごい勢いで、船の上から飛び降りてくる。 それが、アクションヒーローのようだったので、子供達が一斉に歓声を上げた。 「ルフィ!カッコイイ〜〜〜〜っ!」 アイサが目を輝かせる。 「おお、こりゃヤベェ。」 笑いながら、ゾロは逆に船の中へ逃げ込んだ。 「おいコラ!ルフィ!!このままここに置いていく気か!?ルフィーっ!」 「ナミィ!!お前も黙ってさせてんじゃねぇ!!オレだって…オレにだって、まださせてくんねぇじゃねぇかぁ!!(泣)」 「うるっさいわね!大体誰がイチバン悪いのよ!?」 「オレか!?」 「アンタよ!!」 「オレかああああああああああああ!!」 ルフィの声がこだまする。 ギシ と、木の軋む音がして、見張り台に置き去りにされたサンジは下を覗いた。 眼下のケンカの原因が、小さく笑いながら昇ってきた。 縁に肘をつき、サンジは少し皮肉をこめて言う。 「オレも結構ヤキモチ焼きだって、知ってっか?」 「だから、テメェへのお仕置きも兼ねてんだ。」 ゾロは子供のような笑顔でサンジに手を差し伸べる。 「ん。」 「来い」という仕草に、サンジは輝くような笑顔で、その手に自分の手を差し伸べようとした。 その時 カシャッ 「!!?」 一瞬、何が起きたかわからなかった。 それに気づいたのは、ゾロの次の言葉の後だった。 「イイ顔だ。」 ゾロの手に、ライカ。 バッグを持ってこなかった。 だが、持ってこなかったからといって、カメラを持ってこなかったという意味ではなかった。 カメラ=バッグではない。 ゾロは、ライカだけをジャケットに忍ばせてきたのだ。 サンジの顔がピンク色に染まり、次には真っ赤になる。 「……また、いつ言い出すかとは思ってたが…こんな不意打ちありかよ!!」 「シャッターチャンスってのは、一瞬に来るモンなんだよ。」 「うるせぇ!このタコ死ね!!」 「おお、そのツラもいいな。」 「撮るな!!」 「いや、撮る。お前のツラ、全部。ひとつ残らず撮る。」 「……!!」 「コイツだけじゃなく、オレの目で、撮る。」 ゾロは、ライカのレンズをサンジに向けたまま、真剣な顔で答えた。 そして 「だから、全部見せてくれ。ひとつ残らず、撮るから。」 その言葉に、サンジは 「………。」 静かに笑ってうなずいた。 その答えに、また、シャッターの音が響いた。(TDSのルネッサンス号は、見張台には上がれません。話中ウソです。キャストさんに怒られますから、やっちゃダメよ。) NEXT (2007/6/29) BEFORE にじはなないろTOP NOVELS-TOP TOP