BEFORE
サニー号が、客人を迎えて2日目。 好天が続き、順調に船は進んでいた。 芝生の中央甲板で、さっきからチョッパーとペロがずっと話し込んでいる。 その様子を目にしたサンジは  「やっぱり、ケモノはケモノ同士で話が合うのかね。」 ついでに、ケモノカテゴリには、2人の側で昼寝中の剣士も含まれる。  「ケモノの会話ってどんなんだろ?」 興味がわいた。 サンジは、キッチンでココアを2つ作り、そっと側へ降りていった。 すると  「…だからね、この場合、硝酸アスパラ銀酸の化学反応は、常温とそうでない時は違う値が出るんだよ?」  「でも、この場合、非金属の融合と分裂の化学式は、それぞれこの数式で表されるから…。」  「………(-\;)」 サンジは、討論に夢中の2人の傍らにそっとココアのカップを置き、眠りこけるゾロの顔を見ながらつぶやいた。  「…人間の存在意義ってなんだろ?」  「あ、サンジいたの?」 チョッパーが言った。  「いましたよ?さっきから。」  「ごめん、ペロの話が面白くて!」  「あーそー……。」  「おお、ショコラですね!いただきます!」  「はい、どーぞ。…なァ、今の話のどの辺りが面白かったんだ?」  「うん、あのね。」 うれしそうに、チョッパーは話し出す。  「非金属っていう元素があるんだけど、その非金属同士を化合させるとね、  その元の元素とはまったく違う性質になるんだけど、それが実験時の室温の影響が何処まで及ぶかっていう…。」  「………。」 ニコニコ笑いながら、サンジはうなずく。 チョッパーはさらに語る。  「質量の定義には、慣性の質量と重力質量の2種類あって…。」  「うんうん。」  「エートヴェシュ・ロラーンドは、実験によって等価原理の…。」  「うんうん。」  「クラーク数の微量元素が…。」  「うんうんうん。」  「…サンジ、わかってる?」  「うんうん、…って、え?」  「………。」 と、猫とトナカイは、同時に肩をすくめて首を振った。 こういう時なんだな。 無性に殺意を覚える時ってのは。 この殺意は、当然足元の男に向けられた。  「痛ぇええええ!!誰だ!?コックか!?コックだな!?」  「うるせぇ!おれは今、人間として、やり場のない怒りに襲われたんだ!!」 バトル勃発。  「あーあ。始まっちゃった。」 チョッパー責任放棄。  「ジルとジョゼみたいだ。」  「え?何?」 ペロのつぶやきは、2人のケンカの声にかき消される。  「ここの剣士とコックも、仲がいいですね。」  「はぁあ!?」 ゾロとサンジが同時に叫ぶ。 互いに、互いの襟首を掴んだままだ。 チョッパーが言う。  「仲良くないよ?顔を合わしただけで、すぐケンカだもん。」  「ウチの剣士と料理長も、いつもすぐケンカをしていました。  でも、船長は“ケンカするほど仲がいい”と、仰ってましたから!同じですねっ!!」  「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 人間って 人間って何? 心の中でそう叫び、いつか猫鍋、と誓いを新たにするゾロとサンジであった。  「ペロの仲間ってどんなだ?」 チョッパーが尋ねた。  「楽しい仲間でした。」  「そっか、でも、おれの仲間も最高だぞ。」  「ええ、皆さんとてもステキです。でも、なんといってもワタクシどもの自慢は船長です!!」 ペロがそう言った時、チョッパーの帽子の後ろに、ロビンの目と耳が咲いているのをゾロとサンジは見た。 サンジがロビンの花壇を見上げると、そこにいたロビンが、「しー」と唇に指を立てた。  「船長はとても強くて、優しくて、綺麗でした。」 サンジが、反応して  「って、お前の船長は女なのか?」  「はい!」  「……綺麗って言ったか……?」  「はい!!それはもう!!」 途端に、サンジの目尻が下がり、鼻の穴が広がる。 ペロの肩(?)をがっしりと抱え、サンジは声を潜めた。  「ど、どんな美人だ?髪の色は?黒か?亜麻色か?」 ゾロとチョッパーが溜め息をついた。  「ブロンドです。あなたより少し、銀色に近い色です。ところで帽子に触らないでいただけますか?」  「(トリップ中)プラチナブロンドか…(〃∇〃)。肌は?白いか?」  「はい!まるで真珠のような。」  「うううう!いいっ!で?目は?目は何色だ?」  「碧色です。それは美しい、エメラルドのような瞳です!ですから、ワタクシたちはエメロー…。」 そこで、ペロははっと我に返った。  「どうした?」  「い、いえ、なんでも!…とにかく!  ナミさんもロビンさんもお美しいですが、ウチの船長はもっと美しいです!!これは譲れませんよ?」  「言うねぇ。で?その船長の名前は?」  「ああ!サンジさん!!ナミさんがお呼びですよ!?」  「え?ナミさん?呼んだか?」  「呼びました!今確かに呼んでました!!ああ!随分と切羽詰った声でした!!」  「なんだって!?ナミさん!?どうしました、ナミさん!?セクハラですかーっ!?」 走り去るサンジの後姿を見送って、ゾロは聞いているであろうロビンに言った。  「聞いてたな?」  「ええ。……心当たりが、あるにはあるわ。」 チョッパーは、いつの間にか帽子に咲いていたロビンに仰天し  「わ!びっくりした!!何!?」 と、何処にいたのか、フランキーも現れて  「おれも心当たりがある。だが、ありえねぇ話なんだが。」  「あなたもそう思う?」  「で?誰なんだ?あの猫の海賊団の船長は。」 フランキーが答えた。  「船長は知らねぇ。だが、“エメロー…”という名の船は知ってる。昔、トムさんが造船に携わった船の名前で、そういうのがあった。」  「名前は?」 ロビンが、降りてきた。  「“エメロード・オブ・シンフォニア”」 フランキーの答えに、ロビンはうなずき  「やっぱり…。」 ゾロが問う。  「どんな海賊だ?」  「“エメロード海賊団”。船長の美しい瞳の色から、そうつけたと聞くわ。」  「ええ!?」 驚きの声を上げたのはチョッパーだ。  「その船の船長の特徴、さっき猫ちゃんが話していたのと同じなの。  エメロード海賊団船長・『海賊女王』……名前はルフィーナ。キャプテン・ルフィーナ。」  「ルフィ……。」 そうか、そういうことか ゾロは、心の中でつぶやいた。  「で?その海賊女王は、今、何処でどうしてるはずだ?」  「行方不明よ。」  「………。」  「30年前、忽然と偉大なる航路から姿を消して、それっきり。船も他のクルーも行方不明。  嵐に遭って、船ごと沈んだというのが定説だけど、真偽のほどはわからないわ。」  「おいおい!トムさんが建造に関わった船だ!嵐なんぞに沈むわけはねぇ!!」  「それはそれ、これはこれよ。」  「生きていたってことか?その海賊たちが。」  「だとしても、だ。おい、トナカイ。猫の寿命は普通どのくらいだ?」 チョッパーは躊躇いながら  「…どんなに生きても…20年…。」  「そうだろう?例え30年生きても、あんなに元気いっぱいに走り回れるもんか?」  「でも、でもアイツが、嘘をついてるとは思えない…!アイツ、いいヤツだ!!」 ペロを弁護し、叫んだ瞬間チョッパーは気づいた。 ゾロが  「…どうした?」  「…あいつ…さっき仲間の話しした時に…仲間のこと…全部過去形で喋ってた…。」  「………。」 “ ウチの剣士と料理長も、いつもすぐケンカをしていました。  でも、船長は“ケンカするほど仲がいい”と、仰ってましたから!同じですねっ!! “ “ 楽しい仲間でした。 ” “ 船長はとても強くて、優しくて、綺麗でした。”  「チョッパー。」  「………。」  「アイツが何者で、何の目的で動いているかはわからねぇ。だがしばらく、ルフィやナミには黙ってろ。」  「う…うん。でも、ゾロ…。アイツ、いいヤツだ。ホントだよ。」  「………。」 答えず、ゾロは刀を腰に差しなおし、そのまま展望室へ上がっていった。  「………。」  「…大丈夫よ、チョッパー。心配しなくても。」 ロビンが言った。 そして  「私、図書室でちょっと調べてくるわ。」  「ああ。」 ルフィとペロは、サニーの頭の上で並んで座り、釣り糸をたれている。 ずっとこうしているのだが、魚は1匹も釣れない。 というか、走っている船の上で、普通1本釣りで魚は釣れないのだが。 風のように走る船の、その速度についてこれる魚がいたら金メダルものだ。  「そうですか…ルフィさんはそれで海賊に。」  「ああ!だから、いつかこの麦わら帽子を、シャンクスに返すんだ。元気で、新世界で海賊してるってこの前聞いたんだ。嬉しかったな。」  「…そうですか…叶うといいですね。海賊王。」  「おう!…なぁ、猫。お前は何で海賊になった?」  「ワタクシを拾ってくださったご主人様が海賊だった。それだけです。でも、海賊でよかったと思っています。」  「船長か?」  「いいえ、ワタクシのご主人様は、航海士でした。」  「そっか、ウチでいうとナミだな?」  「はい。心の優しい方でした。でも、海賊としては、あまりお強くはありませんでしたけど。  賢くて、聡くて、心は誰よりも強いお方でした…。」 ふと、ルフィが言った。  「なァ、猫。“でした”“でした”って、そればっかりだけど、お前ェのご主人って……死んだのか?  今から行く島で、待ってるんじゃねぇのか?」  「!!!」 ペロの金色の目が大きく見開かれ、黒目が細くなった。 その時  「クェェエエエエ―――ッ!」 2人は、同時に空を見上げた。 鳥だ。 大きな鳥が、サニー号の上を旋回している。  「うはっ!デッケェ鳥だ!!」 ルフィが声を上げた。 だが、ペロは  「いけない!!見つかった!!」  「へ?」  「お願いです!あの鳥を捕まえて!撃ち落してください!!」  「どうした?なんなんだ?」  「お願いです!早く!!あの鳥を、逃がさないで下さい!!」  「よくわかんねぇけどわかった!ゴムゴムの銃(ピストル)!!」 腕を伸ばし、何度も叩き落そうとしたが、鳥はひらりひらりと、交わして一発も入らない。  「くそ!あたらねぇ!!ウソップ!!」  「あー?」 作業場(ウソップファクトリー)から、間延びした声が答えた。  「あの鳥、撃ち落せるか!?」 ルフィが指差したのは、マストの頂上。 鳥の背中に伝々虫。  「なんだ?背中に何かくっついてるぞ?」  「…ああ…もう遅い…。」  「なんだかわかんねぇけど……落とせばいいんだな?」 ウソップが、パチンコで狙いを定める。 鳥、トウゾクカモメは、まるでウソップの腕など小馬鹿にした様子で見下ろしていた。 そして、ウソップが玉を放った瞬間舞い上がったが、玉は弧を描いて空を切り、見事にカモメの翼に命中した。  「クエーッ!」  「どんなもんだい!」  「すごい腕です!ウソップさん!!」  「そーよ、なんてったってこのオレ様は、麦わら海賊団の要、影の船長と人は呼……。」  「こら!おとなしくしろ!!なんだぁ?何くっつけてんだ?」 騒ぎに、ナミもサンジも、ロビンもフランキーも姿を見せた。 ゾロも、顔を出す。  「伝々虫じゃねぇのか?」  「何?ちょっと顔がヘンよ?大きな目ね。」  「いけませんみなさん!この伝々虫に顔を見せないで!!」  「は?」  「あれは…!」  「何?ロビン?あれがどうしたの?」  「あれは偵察用の伝々虫よ。あの種は、自分の見たものを、仲間にそのまま映像として伝えるの。  そしてその映像を、写真にする技術があるのよ。」 ペロが、頭を抱えてうめくように言った。  「…ああ…見つかってしまった…!あいつが来る!!」  「見つかった!?どういうこと!?あんた、何かに追われてるの!?アイツって誰!?」 その時だ。 展望室のゾロが、拡声器で言った。  『おい、前方に島が見える。ついでに、後方から、船が一隻近づいてくる。距離はあるが、間違いなくこっちに向かってくるぜ。』  「島が!?」 ペロは、サニーの鬣にすがるように、前へ目を凝らした。 全員、やはり手すりに身を乗り出し、前を見る。 島だ。 島影が、遠くにぼんやりと浮かんでいる。  「ディアマンテ島…!!」 ペロが叫んだ。  「ついに来たのね〜〜〜!ダイヤモンドの島!!」  「後ろの船はどうするの?」  「大丈夫だ、あの距離なら、この船には追いつけやしねぇよ!!」 フランキーが言った。  「『金字塔』が見える…帰ってきた…帰ってきた…帰って…これたんだ…。  ご主人様…帰ってきましたよ…ワタクシたちは…帰ってきたんですよ!!」 ペロの瞳から、涙が溢れる。 ぽろぽろとこぼれた涙は、やがて滝のように溢れた。  「ペロ…。」 不意に、ペロは振り返り  「ナミさん!全速力で船を島の裏側へ!今ならまだ間に合います!!あいつらが来る前に、早く!!」  「それはわかったけど、それであいつらって誰!?」  「…元海軍大佐・ベリエ…。」  「元海軍大佐?…カモメのベリエ?」 ロビンの問いに  「そうです!海軍の脱走兵、元大佐、今海賊のベリエです!!」  「アンタ、そんなのに追われてたの!?」  「もしかして船の難破ってのは嘘か!?ウソツキはドロボウの始まりだぞぉぉ!!」 お前が言うか?ウソップ。  「その通りです!ワタクシは…あの船から逃げてきたのです…!ひとりで…ワタクシひとりで…!!」  「………。」  「お願いですナミさん!あの島へ、早く…!!」  「…ダイヤの件は?」  「は?」  「ダイヤよ。ダイヤの話まで嘘だなんて言わないわよね?」  「ナミぃ!そんな場合かぁ!」  「おだまり!一番大切なのはその部分なのよ!!ダイヤは?あの島にはダイヤがあるの?ないの?さぁ、どっち!?」  「あります!!」 躊躇いのない即答だった。 ペロの必死の目は、嘘を言っているとは思えない。  「あります。だから…あの船はワタクシを追ってくるのです!!  あの島のエターナルポースを持っているのは、ワタクシだけだから!!だから…!!」 ペロの瞳から涙が消えない。  「……わかったわ。信じるわ。あんたを。」  「ナミさん!」  「サンジくん!舵切って!!面舵いっぱい!2時の方向!!」  「イエッサー!!」 その時だ。 カモメの背中に括りつけられていた伝々虫が喋りだした。  『おう!ドラ猫!!』  「うわぁ!びっくりした!!」  「ベリエ…!!」  『お前を追いかけて散々探し回ったが、どうやらお前を捕まえるより先に、目的地に辿り着けたようだぜ。  …どうだ?懐かしい島影だなぁ。30年ぶりだ。』  「30年ぶり?」  「く…。」  『それから、そこにいるのは、今売り出し中の麦わらの一味じゃねぇか。まったくオレ様は運がいい。  有り余る財力と、6億を越える賞金首を一度に討ち取れる幸運に恵まれたんだからな!  おい、麦わら!そのドラ猫と一緒に、首洗って待っていやがれ!!はーっはっはっはぁ!!』 伝々虫が目を閉じた。 口惜しげに唇を噛み締めるペロに、いつそこに降りてきたか、ゾロが言った。  「売られたケンカは買う。だが、その種はお前だ。おれ達には、事の顛末を知る権利がある。」  「………。」  「ゾロ。」 ルフィが言った。  「大丈夫だ。コイツは悪いヤツじゃねぇから。」  「………。」  「まぁ、島に行って、あいつらぶっ飛ばして、それからでもいいさ。」 サニー号は、全速力で目前の島を目指す。 その後を、黒い船が追う。 全ては、その島に。  「急げ!ナミ!!」  「わかってるわよ!今、潮を読んでるの!!」  「ルフィ!!あの船、エラク足が速ェ!!」 ウソップが、ゴーグルを覗いて叫んだ。 よく見れば  「…煙吐いてる…蒸気船だ!!」  「なんですってぇ!?」  「さっきまで、煙なんざ吐いてなかったぜ!?」  「冗談じゃないわよ!!ここまで来て!!ダイヤは全部あたしのものよーっ!!」  「ダイヤモンドに目が眩み…って、ここは熱海の海岸か?」  「熱海って何処だ?ゾロ?」  「おれが知るか!!」  「言ってる場合か!!おわああああ!!撃ってきたぁああ!!」 どどーん!! 砲弾が、サニー号をかすめて水飛沫を上げる。  「急いで!サンジくん!!」  「ナミさんのご命令とあらば!!」  「外輪を出せ!!パドルシップ・サニー号にチェンジだ!!」  「うおおおおおおお!!おれ、あれ、好きだーっ!!」  「コーラエンジン全開(フルスロットル)!!」  「いょ〜し!!ここでサニー号変形BGMいってみよー!!」  「ねーよ!!」  「えええ!?無ェのかぁ!?」  「佐橋俊彦に外注するとかさぁ!!」  「ウチは特撮じゃねぇ!!」  「いい加減にしろ作者ァァ!!」 すみません。 と、言う訳で、サウザンドサニー号は敵の攻撃をかわし、島へ辿り着いたのであった。  「早ッ!!」 以下続く。 NEXT BEFORE 長靴をはいた猫TOP NOVELS-TOP TOP