「探せ!!この島のどこかに、碇を下ろしたことには違いねェんだ!鉱脈の入り口を知っているのはあの猫だけだ!! アイツだけはとっ捕まえて、おれの前へ連れて来い!!麦わらは見つけ次第殺して構わねェ!この島はおれのもんだ!!」 ディアマンテ島の南の海岸。 海賊・カモメのベリエの船が、沖合いに停泊している。 はしけで上陸した海賊たちは、銃や剣を構えて次々に島の奥へ進んでいく。 海岸に幕を張り、その下に置かれた椅子にどっかりと座ったベリエは、手にした酒を一気にあおった。 口ひげにこぼれた酒を、手で拭い息をつくと 「…へへへへ…おい、お前ら見ろ、おれの手を。震えていやがる。」 言われて、そばにいた部下たちが船長を見た。 ベリエの周りにいる4人の男たちは、ベリエを初めとして皆、かつての海軍の制服を身に着けている。 どれもみな、血に染まり引き裂かれ、裾も袖口もボロボロだ。 ベリエが海軍を脱走した時に、行動を共にした海兵たち。 とはいえ、それは30年前のことであるから、どの顔も深いしわを刻みこんだ、老いに差し掛かった男たちだ。 それでも、今日まで生き残ってきた実力は侮れるものではない。 「30年かかった…やっと…やっと夢にまで見たお宝を、この手で掴める。 30年前、あと一息というところで、ルフィーナの手下どもにジャマされて、あの山が噴火を始めなきゃ、あのダイヤの山はおれの物だったんだ!!」 叫び、ベリエは島の中央に聳える山を睨み付けた。 わずかに白い煙を吐く山。 あの山を、ルフィーナたちは『金字塔』と、呼んでいた。 「武者震いってヤツだな。…30年…なぁ、おい。30年だぞ!!今日という日を待ち続け、あのドラ猫を追いかけて30年だ!! 見ろ!あの火の山!!この島のダイヤの存在を知ったのはおれが先だ!! なのに、あの女!!ルフィーナ!!火山の噴火に紛れて、独り占めしようとしやがった!! 探せェ!ダイヤの鉱脈の入り口を!!30年前、エメロードの奴らに塞がれた鉱脈の入り口を!!」 狂ったように笑うベリエを、4人の部下達は薄い笑いを浮かべて見つめた。 30年の妄執。 だが、彼等は知っている。 この島に、確かに膨大なダイヤが眠っていることを。 「…どうや?シモン?“あいつ”に切られよった腕、疼いとんのやないか?」 隻腕の男に尋ねたのは、一番背の低い訛りのある男だ。 「痛みなど、とうの昔に忘れたわ。お前こそ、今度こそバカな失敗を繰り返すな。バルトロマイ。」 「麦わらの一味、トータル6億越えの一味か…。なかなかに美味そうではないか。なぁ、アンデレ。」 「お前の舌はあてにならん、マルコ。」 ベリエが鼻で笑って 「CP9をぶっ潰し、エニエスロビーを落とした。なんとも痛快だ!! あのバカスパンダイン!!さぞかし面子を潰されて、ひっくり返ってるだろうよ!!」 「船長、今のCP9長官はスパンダム。バカのせがれだ。」 「あぁ、そうだったな。そのパンダだ。さて、麦わらの首、誰が獲りに行く?」 4人の部下をぐるりと見渡す。 「最近、腰の調子が悪くてな。」 と、アンデレが言った。 「はっはっは!もう、現役引退か?船長、おれが行こう!!腰の調子は絶好調だ!」 赤銅色の肌、初老ながら隆々たる筋肉に覆われた体、マルコ。 そして、仲間へ言う。 「“泥棒猫”も“悪魔の子”も、どちらもおれの好みのタイプだ。」 「まぁた悪い病気が…。」 「悪いがおれは貴様と違って、まだ、『打ち止め』ではねェんだよ、バルトロマイ。」 「はっはっはぁ!いいぞ、マルコ!!行って来い!!」 「野郎共、行くぞ!!狩りの時間だ!!」 喚声を上げ、マルコは手下たちを従えて森の奥へ向かう。 その姿を見送ってから、ベリエは言った。 「お前ェらも行け。マルコに行かせたら、どうせ女しか見やしねェ。お前らも元海兵なら、CP9がどんなもんかわかってるはずだ。 それを倒してエニエスロビーを落とすってことがどれだけのことか、あいつァわかってねェ。」 ベリエは、眼光鋭く男たちを見た。 この男、決して愚かな男ではない。 一度は海軍大佐になった。その実力はあるのだ。 「“麦わら”“海賊狩り”“悪魔の子”はともかく、“黒足”“鉄人”“狙撃の王様”…ふざけた名前だ… こいつら初頭の手配でこの金額。…ハンパじゃねぇこと覚えとけ。」 「………。」 3人、それぞれに散り、やがて森の中へと入っていった。 残ったベリエは、酒をあおりながら 「…ジャマな野郎は全部消してやる…。もう、誰にもジャマされねぇ!!」 黄色く濁った目が、ぎらぎらと光っている。 ベリエ達が碇を下ろした海岸から、丁度正反対の島の北側。 断崖だらけの海岸線だ。 ペロに導かれて、サウザンドサニー号は目立たない入り江に船を隠した。 船が碇を下ろすと、ペロは途端にとも綱を伝って陸へ上がり、島の奥へ向かって駆け出す。 「船長!!船長―!!」 「え!?ちょっと待ってよ!!ペロ!?ルフィ!!追いかけて!!」 「よっしゃあ!おーい、猫!待てよ!!」 ゴムゴムのロケットでルフィも上陸し、ペロを追いかけて走り出す。 ロビンが、島の様子を窺いながら、 「この島、火山島なのね。活動しているみたいだけど、それなのにダイヤが採れるのは不思議だわ。」 と、言った。 が、フランキーが答えて言う。 「古い火山じゃねぇんだろう?つーか、元々太古に活動していた火山帯だったから、ダイヤが出来た。 それが地殻変動で、また火山が活動を始めた。」 「フランキーって、意外と物知りだなー。」 チョッパーが感心した。 「おうよ、今週のおれはスーパーにインテリジェンスなんだぜ!」 「とにかく、行ってみればわかるわ!」 ナミはさらに続けて言った。 「もしウソだったら、その時こそ猫鍋よ!!」 7人がルフィを追いかけていくと、やがて、呆然と立ち尽くすペロと、それを見つめるルフィを見つけた。 「どうしたの?」 振り返ってルフィが言った。 「…わかんねぇ。この辺りまで来て、いきなりああなっちまった。」 「おい、どうしたんだ?ペロ!?」 チョッパーが駆け寄る。 すると 「…風景が違う…。変わってる…どうして…?目印の岩も、木も、丘も、何もない…!」 泣きそうな声。 ロビンとフランキーが顔を見合わせる。 そして、ロビンはペロの側に近づき、周囲の土や岩を調べ始めた。 「どうしたの?ロビン?」 「……比較的最近…この島の火山が噴火したわね…。」 「え!?」 ペロが叫んだ。 「あの時の…。」 言って、ペロは、はっと口をつぐんだ。 しかし、ロビンは 「あの時っていつ?」 「!!」 沈黙が流れる。 と、ゾロがその沈黙を裂いた。 「30年前か?」 「…っ!!」 ゾロの言葉に、ウソップが仰天する。 「30年っっ!?」 「30年前って…!?ペロ!どういうこと!?」 「お前…やっぱり化け猫か!?」 ナミもサンジも驚いて叫んだ。 「景色が変わっちまっているんだろ…?違うか?」 ゾロの言葉に、ペロは小さくうなずいた。 ウソップが悲鳴のように叫ぶ。 「やっぱり!化け猫だったのか!そりゃ最初ッからわかっちゃいたけど、30年もこの島で、お前ェの仲間が待っているなんてこと、 あるわけねぇじゃねぇか!!仲間の話もダイヤの話も、全部ウソだったんだろう!?」 「嘘じゃない!!」 ペロが叫ぶ。 「嘘じゃない!!船長はこの島にいるんだ!!エメロード号もこの島にいる!! ジルもジョゼも、バードックもテオもオルギールも!みんなこの島にいるんだ!!」 その時、麦わら海賊団全員が察した。 ペロの仲間は、確かにこの島にいるのだろう。 ただ、もう生きてはいない。 誰一人。 ペロだけを残して、エメロード海賊団は全滅した。 この島で。 目の前の、不思議な猫を除いては。 森が騒がしい。 ベリエ達が麦わらの一味を探している。 その気配に、森の気が殺気立っている。 日が西に傾き、夜を迎えようとしていた。 とりあえず、彼らはサニー号を停泊した崖近くに、野営をすることに決めた。 火の光が漏れないように、幕を張り、梢でカモフラージュする。 その中で、ペロは全てを語り始めた。 「ロビンさんとフランキーさんの仰るとおりです。 ワタクシのいた海賊団の名は“エメロード海賊団”、船長の名はルフィーナ。その通りです。」 「ルフィ…―ナ…?」 ナミが、ルフィの顔をちらりと見た。 「はい。初め、ルフィさんの名を聞いた時、少し驚きました…。仲間は皆、船長のことを“ルフィ”と呼んでいましたから。」 ペロは、金の目を少し赤くして笑った。 手にした帽子を握り締めて、ペロは話を続ける。 「お綺麗な方でした…サンジさんと同じノースブルーのお生まれで、元々は兄君様が船長だったのです。 その兄君様が死んで、妹のルフィーナ様が船長に…。その時に、エメロード海賊団は、150人ほどの集団だったと聞きます。」 「デケェな…。」 サンジがつぶやく。 「はい!一大勢力であったワタクシ達は、海軍からも一目置かれておりました! かの海賊王ゴールド・ロジャー、白ひげと戦ったこともございます!」 「海賊王に会った事あるのか!?」 「あ、いえ。これは、ウチの狙撃手から聞いた話でございますが。」 「嘘クセェ。」 ゾロが吐き捨てる。 ウソップが憮然とする。 「あ、でも、海軍の“拳骨のガープ”との戦いは、ワタクシ今でもはっきりと記憶しております!! あの拳骨流星群は、もんの凄っっいものでございました!!」 拳骨流星群(メテオ)、よく知ってる。 全員、一斉にルフィを見る。 珍しく、バツの悪そうな顔のルフィ。 「あと一息という所まで、ガープを追い詰めたのでございますが、いかんせん、敵の援軍が到着し、 われわれやむなく撤退をしたのでございます。 いやぁ、あの戦いは、おそらく海軍側の記録にも残っているでしょう!ホントにあと一歩!あといっっっぽ!!で、 ガープの首を挙げる所でありましたのに!!」 ルフィがつぶやく。 「挙げてくれりゃよかったのに。」 「そしたらアンタ、生まれてきてなかったかもよ?」 ナミが言った。 そして 「…ノースブルーを出た時は、死んだ兄君とルフィーナ様と、航海士のシャルル様、剣士のジリウス…ジルと狙撃手テオ、 それからコック長のジョゼフ…ジョゼと船医のバードック、船大工のオルギールの8人だったのだそうです。」 と、チョッパーが 「…おれ達みたいだな…。」 「猫、お前は?」 ルフィが尋ねた。 すると 「ワタクシは……どこで生まれたのかは覚えてはおりません。 ですが、気がついたときには、エメロード号にいて、ルフィーナ様の飼い猫をしておりました。 …ははは…ワタクシ、実はコック長のジョゼに、よく『非常食』と呼ばれておりました!…懐かしく思いました!」 サンジが笑う。 チョッパーがサンジを睨む。 ウソップが尋ねた。 「じゃあ、お前のご主人様は、キャプテン・ルフィーナか?」 「はい。…いえ、ワタクシが後年“ご主人様”とお呼びし、今もそう呼ばせていただくのは、航海士のシャルル様です。」 「航海士。」 ナミが反復する。 すると、ペロは途端に肩を落とした。 「はい…。実は…シャルル様と船長ルフィーナ様は…恋人同士でございました…。」 「え…?」 「………。」 沈黙が流れる。 「ですが…兄君様が亡くなられ、誰が船長になるかという問題が起きた時、ルフィーナ様以外に適任はおられませんでした。 その為、ルフィーナ様は女であることを捨て、シャルル様との恋を断ち切られたのです。」 「なんで?別にいいじゃない?船長に恋人がいたって…。」 ナミが言った。 だが 「100人もの荒くれ男の命を預かり、それをまとめ上げなければならないのに?」 「う…。」 「船長が、1人の男のものになる訳にはいかなかったのです。」 「でも、それじゃあお前のご主人は…。」 サンジが尋ねた。 「…ルフィーナ様のお側にいました。ずっと。心の中の愛を消すことは、誰にも出来ません。」 うなずくこともせず、サンジはふーっと、タバコの煙を吐いた。 「互いに、心の中では愛し合っておられました。触れることは出来なくても、心で。 言葉にできなくとも、目で。その想いを、お2人が捨てることはありませんでした。」 「…素敵ね…でも、可哀想だわ…。」 ロビンが言った。 「それなのに、運命というものは残酷です。ある日、ルフィーナ様は倒れました。 病にかかっておられました。 …お体が辛いのをずっと黙って、ひとりで耐えて、倒れた時にはもう、手の施しようがなかった。 バードックが、泣きながらルフィーナ様を叱っていた声が、今でも耳に残っています…。 もう、治らない病気。ルフィーナ様は宣言しました。海賊団を解散する。と。」 「………。」 「持っていた財宝を山分けし、それぞれの思うように生きろと仰られました。…それでも、30人のクルーが残りました。 最後まで、ルフィーナ様を見届けるから…と。去っていった者達もみな、ルフィーナ様を案じながら去っていきました。 みんな…船長を愛していました…。それでも船長が行けというのです。 結果的に、ルフィーナ様は、ノースブルーからの仲間だけを、ご自分の側に残しました。いえ、ワタクシ達は何があろうと、船長と共にある。 最後には、ルフィーナ様も諦めて、ご自分の死に水を取ることを、許してくださいました。 ……そうして、ワタクシ達を乗せたエメロード号は、ある日、この島に辿り着いたのです。」 ペロは、そこまで一気に語り、息をついた。 そして、天幕を仰ぎ、目を少し泳がせた。 「…いい島でした…無人島で…何故無人島なのかわからないほど、環境のよい島でした… 水は美しく、魚も豊富に取れ、花も咲き、気候は温暖…。その頃にはもう、ルフィーナ様は枕から頭を上げることが出来なくなっていました。 …だから、この島を、最後の楽園にしようと上陸し、こんなテントを張りながら、当座の住まいを作り… …オルギールは張り切って…我らが女王の王宮だと……。」 ウソップが激しく鼻水をすすった。 ナミも、目を潤ませながら 「ねぇ、それならもう、シャルルとルフィーナは、残りの月日を幸せに過ごせたんでしょう…?」 「…みなそう言いました。ジョゼなど、ご主人様とルフィーナ様を説得して、結婚させようと…。」 「そうよね!そうよ!」 「…でも、お2人はそれを受け入れてくださいませんでした。」 「どうして!」 今、ナミが怒ってもどうにもならない。それでも、問わずにいられなかった。 「ルフィーナ様もご主人様も、きっぱり仰いました。ルフィーナ様は、最後まで海賊女王であると。」 「………。」 「病になって、命が残り少ないからといって、女に戻り、ご主人様と結ばれることは、 これまで自分が生きてきた海賊としての生き方を、全て否定することになる。それは、決してしてはならない…と…。」 「見事だ。」 フランキーが言った。 「そんな!それが見事だなんて思えない!!バカよ!!」 ナミが怒りの声を上げた。 だが、声に涙が混じっている。 ナミとて、それはわかっているのだ。 サンジがつぶやく 「…ハンパな覚悟じゃ船長は務まらない…それを、見事に示して見せてくれたわけだ。すばらしい女性だ…でも、可哀想に…。」 「…答えた男も立派だったな…。」 珍しく、ゾロが発言した。 「それで…それからどうしたんだ?」 チョッパーが尋ねた。 ペロが、目を伏せた。 「…この島に来て、ひと月が経った頃です。沖合いに、一隻の船が現れました。海軍の船でした。 ワタクシ達はエメロード号を、ある場所に隠してありましたので、奴らはこの島にわれわれが居る事に気づかず上陸しました。 …不思議でした…海軍のはずなのに、妙に統制がなく、どこか下品で…それがベリエだったのです。」 ペロは、腰のバッグからあのエターナルポースを取り出した。 「詳しいことは知りません。ですが、このエターナルポース。本当はベリエが持っていたのです。」 「え!?」 「…ベリエが海軍を脱走した理由は、このエターナルポースなのです。」 「どういうこと…?」 ロビンが尋ねた。 「ベリエがどこかでこのエターナルポースを手に入れた時、これにまつわる伝え書きに、この島のことが書かれてあったらしいのです。 無尽蔵にダイヤを産出する島ありき、と。」 「なるほど、それでその海兵は、海軍で命を削るのがバカバカしくなって脱走したってワケか、とことん腐ってやがんな!」 フランキーが吐き捨てる。 「で、お前ェらは、ダイヤのことは知ってたのか?」 ウソップ問いに、ペロはうなずいた。 「はい。ちょっと掘れば、先日お見せしたような原石が出てくるのですから。もっと莫大な鉱脈筋も発見しました。 そこに隠れ家を作って、世界で一番豪華な宮殿だなと、みんなで遊んだりしましたから。」 「ダイヤのお城ぉおおおっっ!!?」 ナミが叫んだ。 いつもの彼女に戻ったようだ。 「世界にたった一つのエターナルポース。それを手に、ベリエはこの島にやってきた。 到着した時、きっと狂喜したでしょう。なのに、その島にわれわれが居た。」 「ああ、後は聞かなくても大体わかった。」 ルフィが言った。 ペロの頬に、滝のように涙が流れていた。 小さな猫の記憶が、30年前にさかのぼる。 NEXT BEFORE 長靴をはいた猫TOP NOVELS-TOP TOP