味方は、ペロを加えても8人。 しかも船長ルフィーナは重病人。 なのに、ベリエは100人近い手下を引き連れてやってきた。 こちらがたったの8人。 しかも、海賊女王ルフィーナだと知り、排除ついでに首を獲ろうと襲ってきた。 逃げることも考えた。 だが、島は完全に包囲され、逃げることは適わなかった。 戦うしか、道は残されていなかった。 だが、何があろうとルフィーナの首を、獲られる訳にはいかない!! 戦った。 戦って、戦って。 だが追い詰められて。 最後の砦だった。 エメロード号を隠した、内陸にえぐられた入り江の奥に、ダイヤの鉱脈の入り口がある。 そこに、逃げ込めとジルが叫んだ。 その入り江から、エメロード号で脱出しようと。 シャルルの背中で、苦しい息の底からルフィーナが叫ぶ。 「私を置いていけ。奴らの狙いは私だ。私を放り出してその隙に、エメロードで逃げて!」 「そんなことが出来るか!!少し黙っていてくれ、ルフィ!!」 シャルルの足元を、共に必死で駆けるペロ。 「ジル!ジョゼ!テオ!バードック!オルギール!お願いだから、私を置いて逃げて!」 「ふざけんな、ここまで付き合ったんだ!!最後までいさせろよ!!てか、あきらめんな!!」 「ルフィ、お前がいなくなったら、おれ達だって存在する理由がなくなる。」 「今更、分かりきったことを言わせるなよ?おれ達はエメロード海賊団。そのエメラルド失くして、成り立つわけがねぇだろうが。」 「ジル、ジョゼ、シャルル!おれとバードックが囮になる。少しでもいい、時間を稼ぐ!」 「オルギール!!」 「そんな顔すんな。それからルフィ、シャルル、もうこの際だ。意地を張るな。」 「…!!」 走りながら、船医バードックは剣士ジルへ小声で言った。 「…ルフィとシャルルだけでも、殴ってでも船に乗せろ。」 「わかってる。」 バードックとオルギールが、コースを変えた。 「バードック!オルギール!」 ルフィーナが叫ぶ。 「止まって!シャルル!!止まって!!」 「………!!」 「止まるなシャルル!走れ!!」 ジョゼが叫んだ。 瞬間、ルフィーナが激しく咳き込み血を吐いた。 「…私を守らなくていい!!誇りだけ…それだけ…守り通せれば…それでいい!!」 「いいワケあるか!おれ達の誇りはお前だルフィ!!」 他に拭うものが何もない。 やむなく、テオは手にした海賊団の旗でルフィーナの血を拭いた。 そしてそのまま、その旗をルフィーナの手に握らせると 「ルフィ…愛してる。おれ達みんな、シャルルに負けねェくらい、お前が好きだ。」 「テオ…。」 「けど、お前はシャルルを選んだ。うん、お前が選ぶに相応しい。お前は男を見る目があるぜ。 けどな、忘れるな。おれ達みんな、みんながみんな、お前に惚れてた。」 「………。」 「だから、守りてェんだ。最後まで。守らせてくれ。お前を、おれ達の誇りを。おれ達の旗を。」 進む道の傾斜がきつくなる。 足を止め、ルフィーナはシャルルを促し背から降りると、テオを抱きしめた。 「私が…私がこんな風にならなければ…。」 「言うな、ルフィ。」 ジルが言った。 「後悔はするな。」 「………。」 「今を生きろ。」 そして、ジルは剣を抜いた。 和刀だ。 赤い柄、重厚な鍔。 波文様の白銀の太刀。 嬌声が近づいていた。 「先に行け!必ず後から追いつく!!」 ルフィーナが叫んだ。 「必ず!みんなでもう一度、海へ!!」 ジルとテオは、高々と拳を上げた。 シャルルが、足元のペロに言う。 「ペロ、はぐれるなよ!」 ペロは一声鳴き、駆け出した。 と、ジョゼも、ジルと共に走り出す。 「ジョゼ!お前もルフィを守れ!!」 「シャルルがいる、大丈夫だ。それよりこれで、最後のひと勝負といかねぇか?」 戦いの中、いつもこのふたりはライバル意識剥き出しで、倒す敵の数を競っていた。 「いいねぇ。受けて立つ。」 「よし!行くぞ!!」 走り去るジルとジョゼの背中。 それが、ふたりを見た最後になった。 森を抜け、茂みに隠れた道を進む。 視界が開けたそこに、入り江の入り口があるのだ。 洞窟に入り、しばらく進むと、その隠し入り江にエメロード・オブ・シンフォニア号。 そして、鉱脈への入り口。 シャルルは船に乗り込み、碇を上げた。 マストを張り、いつでも船を出せるようにした。 テオは、船から爆薬を運び、入り江への入り口に仕掛ける。 追っ手を足止めさせるためだ。 万が一の為に、エメロード号からはしけ舟を一艘下ろした。 そして 「シャルル!外の様子を見てくる!!ルフィを頼むぞ!!」 「テオ!!」 「…いいか、もし誰も戻らなくても、いよいよの時は船を出すんだ!わかったな!!」 「……!」 「テオ…!!」 「大丈夫だ!ちゃんとみんなを連れて戻ってくる!!」 それが、テオとの別れ。 ルフィーナを守り、誇りを守り、エメロード海賊団はたった8人でベリエの兵を3分の1にまで倒した。 だが、多勢に無勢。 抗し様がなかった。 たった一人の海賊に、数十人で攻撃するという卑怯極まりないやり方。 誰も、船に戻ってこなかった。 その代わり、ベリエらの狂ったような叫び声が聞こえてきた。 「シャルル…。」 「………。」 ペロを腕に抱いたルフィーナを、シャルルは抱きしめた。 ここが死地か。 覚悟は決めていた。 だが。 入り口を見つけたベリエらの喚声が聞こえた。 「…船を出す…!」 「………。」 ルフィーナの噛み締めた唇から、赤い血が滴り落ちる。 蒼白な頬に、涙が流れ落ちていった。 「ルフィーナァ!!」 岩壁に、声がこだました。 ベリエだ。 「見つけたぜ!海賊女王!!ここまでだ!観念しな!!」 欲望に濁った目。 「貴様が悪いんだぜ!?おれの島に断りもなく入ったんだからな!!仲間は全部、始末させてもらったぜ、おとなしくその首、おれに寄越せ!!」 始末した? 全部…!? その言葉に、ルフィーナの目に怒りが走った。 「火矢をかけろ!!いぶりだせ!!」 命令に、ベリエの部下が一斉に火矢を放つ。 逃げる暇を与えなかった。 油を仕込んだ壺をまで、投石器で放ってくる。 エメロード号は、あっという間に火に包まれた。 「ルフィーナ!来い!!」 差し出された手を、ルフィーナは取った。 ペロが、咄嗟にシャルルの首にしがみつく。 2人を抱え、無茶を承知で船を出そうとした。 だが、ルフィーナは、握ったシャルルの手を、信じられない力で引き寄せ、そのまま入り江の海の中へ突き落とした。 「うわあああああああああ!!」 シャルルとペロが水の中に落ちるのを見届け、ルフィーナは剣を手に、船から身を翻した。 華麗な仕種で地に降り立つと、間髪を入れずにベリエに斬りかかった。 「おわあっ!!」 まさか、抵抗してくるとは思わなかったのか。 切っ先がベリエの左腕を切りつけた。 返す剣が、なおも襲い掛かってくる。 そして、そのまま、ルフィーナは『宮殿』と呼んでいた鉱脈の中へ駆け込んでいく。 「待ちやがれ!!この…この…よくも…!!」 ベリエがルフィーナを追う。 と、岸に這い上がったシャルルが、そのベリエに追いすがった。 「逃げろ!ルフィ!!ペロ!ルフィを守れ!!」 ペロが、全速力でルフィーナを追う。 「離せ!離しやがれ、クソが!!」 もみ合っている時だった。 ベリエの服から、何かが落ちた。 小さな、古びた永久指針(エターナルポース)。 それを、シャルルが掴んだのは本能だった。 「…これを使ってここへ来たのか!?」 「そうだとも!これは世界にひとつだけしか存在しないエターナルポース。 これを持つ者がこの島の所有者!無尽蔵なダイヤの持ち主になれるんだよ!!」 「…そんな欲の為に…!!」 その時だった。 大地が揺れた。 激しい鳴動だった。 天井が崩れ、足元が崩れた。 『金字塔』と呼んでいた山が、何の前触れもなく突然火を噴いたのだ。 まるで、ベリエらの暴虐を怒るかのように。 「ルフィ!!」 シャルルが叫ぶ。 と、鉱脈の入り口の洞穴が、音を立てて崩れた。 「ルフィーナ!!」 ベリエの体を離し、駆け寄る。 だが、崩れた岩に阻まれ、近づけない。 シャルルの背後から、ベリエが剣を振りかぶって襲いかかろうとした。 その時、爆発音が響いた。 「何だ!?」 同時に、悲鳴が上がる。 そして 「シャルルー!!」 砂塵の中から現れたのは、オルギールだった。 「オルギール!」 「ルフィは!?」 「奥に…!!」 「…っ!!」 「オルギール!みんなは!?」 「………。」 答えはなかった。 「今の爆発は…?」 シャルルの問いに、オルギールはようやく答えた。 「バードックだ。」 「!!」 オルギールも、全身血まみれだった。 腹から、血がボタボタと流れている。 再びの爆発音。 今度は、それに伴い水蒸気が上がった。 「神ってヤツは、案外本当にいるのかもしれねェなァ…。」 「………。」 ベリエは、水蒸気に視界を奪われ、大地の鳴動に足を取られた。 部下の一人が叫ぶ。 「お頭ぁ!!山が火を噴いた!!溶岩がこっちへ流れてくる!!」 「このままじゃ火山弾で船をやられるぞ!!」 「早く逃げねぇと、こっちがあぶねぇ!!」 「馬鹿を言え!!宝は目の前だ!!」 と、激しく山が火を噴いた。巨大な火山弾が、この入り江にまで落ちてくる。 その中の一撃に、エメロード号のマストがへし折れた。 火に包まれていた船は、ガラガラと音を立てて崩れ始める。 「お頭ぁあっ!!」 ベリエの部下の声は、悲鳴に近かった。 留まる事は、死を意味した。 無念の思いで、ベリエは一旦島を離れた。 本当なら、火山の噴火が収まるまで、近海に留まりたかった。 だが、火の山の怒りはその後2ヶ月以上も続き、収まらず、留まることができなかったのだ。 そして、エメロード海賊団の最後の時も近づいていた。 荒れ狂う島の鳴動の中で、シャルルは崩れた洞穴の入り口を必死で掘った。 「ルフィ!ルフィーナ!無事か!?返事をしてくれ!ルフィ!!」 指が血まみれになっても、シャルルは掘った。 そしてようやく、奥への小さな窓が開き、その奥から 「…シャルル…。」 「ルフィ!!よかった!無事か!?今出してやる!待ってろ!!」 「無理よ。」 「!!」 「この岩を、除ける事は出来ないわ…。もう、いい。もう充分。…オルギール、そこにいる?」 苦しげに呻いて、オルギールは 「…ああ、いる…。」 「…みんな…逝ったの…?」 「…ああ…。」 「………。」 バードックは、先程の爆発を起こす為、自爆した。 テオは、囮になり、敵と切り結んで。 ジョゼは、あんなに仲の悪かったジルを庇って。 ジルは、ジョゼを斬った相手の腕を斬り落としたが、数十人の敵に囲まれ銃弾を浴びた。 「…くそ…っ!」 穏やかに、ただ穏やかに、ルフィーナの死を迎えたかっただけだった。 それなのに。 「オルギール、シャルル…船長として、最後の命令。逃げて。そして生きて。」 「ルフィ…!!」 「………。」 「生きて。」 ルフィーナは、抱いていたペロを岩の穴に乗せ 「シャルル、ペロをお願い。…ペロ、お行き。」 ペロは鳴いた。 悲しい声だ。 「お行き。」 従い、ペロはシャルルの腕へ。 ルフィーナの声は、海で力強く前を向いていた頃と少しも変わらなかった。 「シャルル。」 呼んで、ルフィーナは小さな穴へ、手を伸ばした。 シャルルも答えて、手を伸ばす。 届かない。 指先が、わずかに触れるだけ。 必死に伸ばす。 ありったけの力と、思いをこめて。 「ルフィーナ…!」 指が届いた。 わずかに触れる指を、互いに握り締める。 「愛してるわ、シャルル。」 「おれもだ、ルフィーナ。」 だから、生きて。 唇が、そう言っていた。 大地の鳴動の音にかき消され。声は届かなかった。 指は力なく離れ、岩穴の向こうの金の髪が、揺れるように崩れていった。 「ルフィーナ――!!」 叫ぶシャルルを、オルギールが促す。 そして、テオが下ろしてあったはしけに、シャルルとペロを乗せて、オルギールはその船を勢いよく沖へと押し出した。 「オルギール!?何をやってるんだ!?早くこっちへ!!」 「…おれは、もう保たない…足手まといにはなりたくねぇんだよ!」 「オルギール!!」 「おれには最後の仕事が残ってる。バードックのヤツからこいつを預かっててな。」 オルギールの手に液体の入った瓶。 「安心しろ。この入り江の入り口をニトロで吹っ飛ばす。 もし万が一、ベリエか誰かが再びここを訪れても、絶対に女王の眠りを邪魔させやしない。」 「やめろ!やめろオルギール!早くこっちへ!!」 「生きろよ、シャルル。…いいか?おれ達の女王の心を、独り占めした罰だと思って、どんなに辛くても生きろ、 生き抜いて、おれ達が確かにいたことをお前が示してくれ。」 「オルギール…!!」 「さぁ早く!ここから離れろ!おれももう、目が見えない…!さっさと行け!!」 ペロが鳴いた。 悲しい切ない声が、海に響いた。 間もなく爆発が起こり、島は鳴動を続けた。 2週間後。 シャルルとペロは、島から遠く離れた海域で通りかかった客船に救われ、生き延びた。 シャルルの手に、あのエターナルポースが残った。 「…いつか必ず…帰ろう…あの島へ…。」 ペロは、一声鳴いてシャルルの胸の中へ顔を埋めた。 シャルルも、小さな猫を抱きしめ、滝のように涙をこぼした。 「それから…ご主人様とワタクシの生活は、ベリエの魔の手から逃れることに費やされました。 逃げながら、でも、いつかこの島へ…そう望みながら果たせなかった…。 そしてとうとう、ご主人様がベリエに捕まったのは、それから15年後のことです…。」 夜が、明け始めていた。 ペロの言葉に、ウソップが言う。 「捨てちまえばよかったじゃねぇか!捨てちまえば、楽になれたのに…!」 「………。」 「お前だって、捨てちまえばよかったじゃねぇか!」 ウソップの言葉に、サンジが言う。 「絆だ。」 ペロが、小さく呻く。 「恋人と自分を繋ぐ、仲間と自分を繋ぐ、たったひとつの絆…捨てられるか?」 「……でも…でも、30年だぞ…?想像もできねェ……!」 拳で、涙を拭う。 ナミも、チョッパーも、ボロボロ涙を流す。 「その通りです…捨てれば楽になれた…でも、絆を捨てることの方が、もっとずっと出来なかった…。 そして『生きろ。』、ルフィーナ様の最後のご命令。 シャルル様は、それを最後まで貫き通し、エメロード海賊団の旗を守り通したのです。」 「シャルルは……聞くまでもねぇか…?」 ゾロがつぶやく。 「…拷問の末…亡くなられました…最後まで…屈することなく…。 そして、その折に、最後に残ったワタクシに、このエターナルポースとルフィーナ様への心を託されたのです。」 ペロが、すっくと立ち上がった。 「ワタクシには、まだせねばならない事が残っています!!それを果たし、一矢なりとベリエに報わねばなりません!! 例えこの身は猫でも、海賊でございます!! エメロード海賊団の最後の1人として、このシャルル・オーギュスト・ド・ペロー!!ベリエに戦いを挑みます!!」 「よし!!よく言った!!」 ルフィが立ち上がった。 だが、天井の岩に、勢いよく頭を打ちつける。 「だ、大丈夫か?ルフィ?」 「あたたた…大丈夫だ、ゴムだから!」 「ゴム?」 ペロが問う。 「あれ?知らなかったか?おれ、ゴム人間だ! 言って、ルフィはびろ〜〜〜〜んと頬を引っ張って見せた。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 「言ってなかったか?」 「そういや、言ってなかったな。」 「化け猫に逆に驚かれてもねぇ。」 「そうだよ!それでなんでお前は、30年も生きて、立って喋れるんだ!?」 ウソップが思い出したように言った。 するとペロは胸を張り 「それはワタクシがノルウェージアン・フォレスト・ ノ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ブル・キャットだからでございます!!」 「…納得できるか?」 「んにゃ、できねぇ。」 「ま、いっか。」 「いいのか!?」 いいってことで、どっすか? 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