BEFORE
 「ほれほれほれほれ!!どーしたどーした!?こっちにはまだまだ、ぎょーさん得物が残っとるでえ!!」 フランキー・ウソップ組。  「ったく!あのチビ!!」  「一体どんだけ隠してんだよぉぉ!!」 バルトロマイの攻撃は、途切れることなく執拗に続く。 体力も落ちてくる、フランキーもそろそろコーラが尽きそうだ。 2人は、爆発を避けて岩陰に身を滑り込ませて  「おい、ウソップ!気づいてるか!?」  「なななな、何を!?」  「…あの野郎、コチラの体力が尽きるのを待っていやがる。」  「〜〜〜〜〜〜!!」  「逃げ回るだけ逃げ回らせて、弱ったところを一気にってヤツだな。」  「…おれ、すでに限界…。」  「このまま相手にしてても埒がねぇ。攻めるぞ!!」  「どーやって!?もう、火薬星も何もかも、殆ど使い切っちまったぞ!!」  「それでもやるしかねぇだろ!」 フランキーが飛び出す。  「くらえ!!」 右腕を構える。 だがすかさず、バルトロマイは発煙弾を破裂させる。 しかも  「ぐはっ!なんだ!?目が開かねェ!!」  「フランキー!ゲホ!ゲホゲホ!!ちくしょー!スパイス弾だ!!」 ウソップ十八番のタバスコ星。 あの威力の倍はあった。 スパイス弾は口腔だけでなく、皮膚をも焼く。 素肌の露出部分の多い2人にはたまらない。 本人はしっかりと、ガスマスクを装着していた。  「さ〜〜〜〜〜〜〜て!ほな!そろそろお仕舞にしよか!?」 両手にまた爆弾。  「…へへへへへへ!クラスター爆弾やでェ〜〜覚悟しいやああああああああ!!」  「クラスター爆弾!?」  「!!ヒキョウだぞぉぉ!!」 クラスター爆弾とは炸裂弾だ。 中に鋲や釘など鋭利な物質を入れて、爆発と同時にそれを四方へ炸裂させる、対人兵器だ。 目の前で爆発されたら、逃げ場がない。 しかも、フランキーは今、眼が効かない!  「フランキー!!」  「ひゃははははは!!いてもうたれやーっ!!」 ウソップは頭を抱えて目を閉じた。  「ウソップ!!」 体の前面が鉄製のフランキーなら、何とか助かる。 だが生身のウソップは――! 庇いたくても目が見えない ウソップが何処にいるかわからない。  「風来砲(クードヴァン)!!」 賭けだった。 勘のみで撃った。  「ぎゃあああああああああ!!」 上がった悲鳴はバルトロマイだ。  「よし!!」 立ち上がろうと、地面に手をついた。  「!!?」  「フランキー!!大丈夫か!?助かった、サンキュー!!」  「………。」  「?どうした?」  「…おい、長っ鼻…ちょっと耳かせ。」  「?」 と、  「おんどりゃああああ!!舐めた真似しくさって!!もー怒った!!生きて返さへんど!!わりゃああああ!!」 風来砲で吹き飛ばされ、どこかに叩きつけられながら、タフなヤツだ。 怒り狂いながら、こちらへ駆け戻ってくる。  「……間違いねぇ!長っ鼻!!この下だ!!」  「よ、よし!!やったらぁ!!」  「引き付けろ!!もっとだ!!」  「……!!」 ウソップは、向かってくるバルトロマイに臆しもせず仁王立ちになる。  「死ぬ覚悟が出来寄ったか!?ほな行くでぇぇぇぇ!!」  「…死ぬのはてめぇだああ!!」 ウソップが叫ぶ。 だがその勇ましい叫びとは裏腹に、ウソップはくるんときびすを返して逃げ出した。 爆弾を、投げつけようと構えていたバルトロマイは一瞬体勢を崩し、つんのめるような形になる。 投げる目測を乱したのだ。 その瞬間、フランキーが左腕を構えた。 目が開いた!  「ウェポンズ!!」  「!!?」  「左(レフト)!!」 大音響と共に、パンチが炸裂する。 だが、バルトロマイを狙っていない。  「ぎゃはははは!何処を狙って……!!」 ぼこっ!! 地が揺れた。 地面に巨大な穴が穿たれた。 バルトロマイの小さな体が宙に浮いた。 そして、引力に逆らわず、落ちていく。  「な!な!な!!!」 フランキーが叫ぶ。  「ビンゴ!!」  「やりぃ!!」  「ぎゃああああああああ!!!」 悲鳴がが轟く。  「やっぱりな。手をついた時に、奇妙な反響音が聞こえたんで、もしかしたらこの下に穴があるかもと思った。」  「だっはっはっは!!天命われにあり!!ってか!?ざまーみろ!吠え面かきやがれ……!!……!!!???」 ウソップは穴の中を覗き、バルトロマイをバカにしてやろうとしたが、息を呑んだ。 フランキーも、その後ろから穴を覗き込んで絶句する。  「〜〜〜〜〜!!あわあわあわわわわ!!」 穴は、自然に出来た空洞ではなかった。 誰かが人工的に掘り、しかもそこに、何本もの竹が刺してあった。 鋭い切り口を、全て上に向けて。 落ちたバルトロマイの体は、その何本かに――――。 手の中に、導火線に引火しているクラスター爆弾…。  「やべぇ!!逃げろ!!」 咄嗟に飛び退ったのと、爆発は同時だった。 だが、穴の中で爆発した為、2人に釘が降り注ぐことはなかった。  「…誰かが掘ったんだな、あのパンジーステイク。」  「だだだだだだ、誰かって誰が?」  「……あいつだろ?」 フランキーが指差す。  「あいつ?」 ウソップが見たそこに。  「だ――――――――っっ!!??」 生い茂る木々の根元。 草や蔓に絡め取られている、骨。  「………。」 左手に、銃。 右手に、ナイフ。 茶色く変色した骨の側から伸びたロープの先は、落とし穴の場所の方向へ伸びている。 敵が押し寄せるのをここで待ち構え、だが果たせず、ここで殺されたのだろう。  「…ペロの仲間かな…。」 骨が握った銃を、ウソップはそっと手に取る。 銃身に名前が刻まれている。  「…薄くなっちまってんな…え〜〜と………テ…オ……。」  「………。」 風が吹いた。 骨を抱いた木々の葉が、かさかさと鳴った。  「三流挽き肉(トロワジェムアッシ)!!」 爆発のような、サンジの足技が炸裂する音が響く。 だがマルコは、サンジの蹴りをまともに体に食らいながら  「ふぅ〜、なかなかいいマッサージだぜ、兄ちゃん。」  「…バケモンか!…鉄ででもできてんのか!?てめェの腹は!!」 マルコもまた、見た目どおりの体技を使う。 棍棒のような腕や足を、縦横無尽に振り回しサンジを圧倒する。 しかも  「剃(ソル)!!」  「!!」 蹴りと同時に、真空の刃が襲ってくる。 六式の技だ。 やはり元海軍兵士。  「うわっ!!」  「まだまだァ!!」  ( この野郎、CP9と同じ技を使う…さっきのは鉄塊とかいうあの技か…! ) それなら! サンジは回転を始める。軸足一点に全てのパワーを集中させる。  「悪魔風脚(ディアブルジャンブ)!!」 脚が、燃えるように赤くなる。 そして  「画竜点睛(フランバージュ)ショットォォォ!!」 灼熱の蹴りが、マルコの腹に入った――!  「う!?」 サンジが呻く。  「…くっは〜〜、こりゃあ効く…。」 そんな!! マルコは、燃えるサンジの足を両腕で掴んでいた。  「うわっちいっちっち!!お〜、熱ィ熱ィ!!」 勢いをつけて、サンジの体を投げ飛ばした。 剥き出しの岩に、サンジの背中が叩きつけられる。  「…こいつ…あの狼野郎より…。」 勝算はあるか? 崩れ落ちながら、サンジは自分に問う。 ふとサンジの脳裏に、いつかチョッパーに聞いた言葉が浮かんだ。 エニエスロビーの戦いの後だ。  『それでも意外と、顎って弱いものだよ。まさか脳味噌まで鉄みたいには硬くはならないはずだもの。頭への攻撃は、脳を揺するからね。』  ( 顎に一発、入れさえすれば…! ) サンジは間合いを取った。 攻撃の隙を探りながら、新しいタバコに火をつける。 マルコがいきなり  「おい、兄ちゃん。てめェ何で手を使わねェ?」  「余計なお世話だ。」  「…30年前にも、似たような野郎がいたな。『手はコックの命だ。』なんぞとほざいて、やたらと腕を庇いながら戦った野郎だ。」  「!!」  「ああ、アイツも中々の色男だったが、死ぬ時はあっさりしたもんだったなぁ。  確か、マヌケな仲間を庇って、シモンのヤツにぶった斬られたんだった。」 確か、仲間の剣士を庇って死んだとペロが言っていた。 何かが、サンジの中で切れた音がした。  「…確かに、そいつの気持ち、おれには痛いほどわかる。おれも、コックだ。」  「ほー、こいつァ奇遇だ。」  「…だが、おれはそいつと違うところがひとつある。」  「何だ?」  「…ウチのクソバカ剣士は、決して敵に背中を見せたりやしねェんだよ。  そしておれも、あのバカを庇って死ぬような、大マヌケな死に方は絶対にしねェ。  死ぬ時は、愛する美しいレディの腕の中と決めてる。」  「ほっほー!奇遇だな!おれもだ!おれも死ぬ時は、女の腹の上で死ぬと決めてんだ!」 サンジはタバコをふかし、ふーっと紫煙を吐いて、言った。  「…わからねェ野郎だ…。」  「あァ?」  「あのバカ剣士は、誰かに庇ってもらうようなヘマはしねェし。その必要もねェ。  当然このおれもだ。…そして、てめェのようなブタ野郎に、レディを語る資格はねェ!!」 サンジが飛んだ。  「アンチマナーキックコォォォォス!!」 マルコの体が吹っ飛んだ。 叩きつけられ、地面に倒れる。 間髪をいれずに、再びサンジが飛ぶ。 顎へ入れる!!  「首肉(コリエ)!!」  「させるかぁ!!」 体に似合わぬ俊敏な動き。 マルコは伏したままの状態でバウンドし、背中でサンジを弾き飛ばした。  「っうわっ!!」 叩きつけられるサンジ! と、すかさず、マルコは起き上がり、サンジの両腕を掴んで引きずりあげた。  「ぐあああああああっ!!」 熊のような力が、サンジの両腕にかかる。 骨の軋む音が、内側から響いてくる。 マルコは、サンジの顔を自分に顔の高さまで引き上げた。  「取ったぜ、コックさんよぉ。」  「……っ!!」  「ん〜〜〜?こうしてみると、そこらの女より、小奇麗な顔をしてるじゃねぇか?  男にしとくのぁもったいねぇ。体の方も女なら、殺る前に可愛がってやるんだがよ。」  「……クソ豚野郎……っ!」 酒臭い息がかかる。 痛みに、サンジは唇を噛み締めた。  「…コックの大事な腕か…ああ、あん時のヤツもそんなことを言ったなァ。  …思い出すねぇ…だからな?あん時もこうしてやったんだよ…こうしてな?」  「!!あああああああああああああっ!!」 腕が、ミシミシと音を立てる。 痛みと口惜しさ、そして腕を傷つけられる恐怖が、一気にサンジを襲う。  「両腕とも、圧し折ってやったのさ!!腕を失って、戦えなくなった!  だから、仲間を庇って盾になる事しかできなかったってワケだ!!」  「!?…テンメェェ……っっ!!!」 そのときサンジは気づいた。 腕は痛む。 だが、コイツの両腕も塞がっている。 懐に自分はいる。 ノーガードだ!! かなり体勢は苦しい。 だが、足は動く!! サンジは思いっきり足を引いた。 そして  「!!」  「首肉(コリエ)――!!」 サンジの足が、顎にHITした!  「ぐおおおっ!!」 呻いて、マルコが仰け反る。 ふらつき、必死で体勢を直そうとし、サンジの腕を握った手を離した。 そこへサンジはすかさず  「肩肉(エポール)!胸肉(ポワトリーヌ)!背肉(コートレット)もも肉(キュイソー)!  すね肉(ジャレ)!ほほ肉(ジュー)!腰肉(ロンジュ)!腹肉(フランシュ)!」  「っ!うおおおっ!!!」  「上部もも肉(カジ)!尾肉(クー)!後バラ肉(タンドロン)!!羊肉(ボー)ショットォォォォォォォ!!」 全て入った。 だが、まだマルコは膝を着かない。  「この…クソコック……があああっ!!」  「!!」 来る! サンジは身構え、  「切り肉(スライス)シュー……!!」  「遅い!!」 サンジと同じように滑り込むマルコ。 同様の技では、鉄塊を使える相手の方が有利。  ( クソ!! ) サンジが歯噛みしたその時だった。  「う!!?」 マルコが目を閉ざし、顔を背けた。 何か、まばゆい光がマルコの目を襲った。  「今だ!!」 サンジの足が高々と上がった。  「羊肉(ムートン)ショット――!!」 ぎゃあぎゃあと、鳥が飛び立った。 一瞬、森は静まり返り、やがて、勝者が立ち上がった。 スーツの上着からタバコを取り出し、火をつけ、『食後』の一服を味わう。 足元に、口から血と吐瀉物を吐いたマルコが、大の字になって倒れていた。  「…痛…クソ…ヒビはいったかもしれねェな…。」 それでも、ちゃんと指先が動くことを確かめて息をつく。  「…こいつ、何に目を眩ませたんだ?…えっと…の…だから…こっちか。」 サンジは、光の放たれた方向へ目をやった。 光っている。 何か、銀色に光るもの。  「!!」 サンジは走った。 「………。」 草むらに、ワインの封を切るためのソムリエナイフが落ちていた。 それを、サンジはそっと拾い上げた。  「これが日に反射したのか…。」 そして  「……ああ、あんたが、ジョゼ…か……?」 白い岩を背にして、座っている骨だけの体。 少し俯いた顔。 長い髪がまだ残っている。 銀の髪だ。 そして、ボロボロのシャツから伸びた両腕の骨が、無残に砕けていた。  「辛かったな……あの野郎はぶっ飛ばしといたぜ?…ありがとう、助かったよ。」 サンジは、ナイフを白骨のシャツの胸ポケットにしまおうとした。 そして気づいた。 ポケットの中に、手帳が入っている。 思わず抜き取って、そっと中を開いた。 雨風に晒されて、痛みがひどいが字は読める。 手帳は、余す所なく字と絵で埋め尽くされていた。  「…レシピ…!」 夢中になってサンジはページをめくった。 30年前の、海賊女王のレシピ。 肉料理・魚料理・効率的なビタミン食・デザート・保存食…。 日記も兼ねているらしい。 時折、ルフィーナへのほのかな思いや、仲間の(特に剣士の)悪口も書いてある。 ルフィーナが気に入った料理だけでなく、他の仲間の好みも書き留めてある。 意外にも、ルフィーナは女性でありながら甘いものが苦手で、むしろシャルルの方が好きだということ。 バードックはその名前の通り、ゴボウが大好物であること。 (バードックはフランス語でゴボウ。) オルギールがマヨラーなこと。 テオがフルーツ好きで、海賊にあるまじきベジタリアンなこと。 剣士ジルが辛いものが好きなこと。 ペロが、猫のクセにやたらと舌が肥えていること。 サンジは、手帳をそっと閉じ、ジョゼに向かって言った。  「これ、もらっていいか?…いいよな?」 答えはなかったが、サンジはそれを胸ポケットにしまいこんだ。  「未来の海賊王に、食わしてやる。」  ( おれも、死んだらこうなるかもしれねぇな。 ) ふと、そんなことを思ったが  「まぁ、間違っても、おれはあのバカを庇ったりしねぇよ。つーか、必要もねぇしな。」 サンジは、くるりときびすを返し、ルフィらの元へ向かった。 NEXT BEFORE 長靴をはいた猫TOP NOVELS-TOP TOP