「二刀流 弐斬り!!」 「!!」 構えから、瞬速で敵に近づき 「登楼!!」 下方から天へ突き上げる太刀。 だが、隻腕の剣士は、いとも容易くそれをいなす。 ゾロもまた、返す刀で 「応登楼!!」 またもかわされた! 「なんだ…こいつ!グニャグニャ妙な動きしやがって!!」 「…剣先の殺気を捉えて、条件反射で避ける訓練を受けてきた。 貴様のギラギラとした殺気など、私が避けるのは容易いこと。」 「元海軍は、ダテじゃねぇってか。上等だ、コラ。」 「…若者の口の聞き方の無知さ加減には、いい加減に呆れ果てているが、貴様のそれも相当なものだ。 世界を知らず吼え続けるは、愚の骨頂。若造には越えられぬ壁があるということを、思い知るがいい。」 「…生憎とおれは、その壁を越えて先に行かなきゃならねぇんだ!!」 越えてみよ そう言った男を越える為に。 「テメェなんぞに、つまずいている暇はねぇ!!」 ゾロは再び三刀になった。 「頼むぜ、『秋水』!!」 新しいこの刀を、ゾロはまだ巧く使いこなせていない。 名刀こそ癖がある。 それを楽しむゆとりのある敵ではないが、やるしかないのだ。 「刀の数が、多ければよいというものでもあるまい。」 ゾロは鼻で笑い。 「せめて数では勝ってねェとなァ。それによ、いつそこらの草むらから、物騒なもので狙われるかわかったもんじゃねェ。」 「吼えておれ。それに、部下なら、さっき貴様が吹き飛ばした連中で最後だ。邪魔は入らん。」 よく見ると、シモンは腕が無いだけではない。 右目も、眼球が濁ってよく見えていないようだ。 ( こいつ、本当に相手の動く気配だけで戦っていやがる。 ) なのに強い。 ( 気配を察し、剣先を条件反射で避ける…ギラギラした殺気だぁ?それで避けてるってのかよ。) ふと、かつてのある戦いを思い起こした。 アラバスタ バロックワークス、スパスパの実の能力者・Mr,1との戦い。 あの時掴んだ、呼吸の感覚。 呼吸。 焦るな。 殺気、すなわち呼吸だ。 放つ気と呼吸は表裏一体。 無我になれ。 己を無くし、呼吸を――――。 “ 違うよ、ゾロ ” 耳の奥で、師の声がした。 “ 無我とは、己を無くすという意味ではないよ。キミの言う無我の境地とは、己を『空』の中に置くということだ。 ” 『空』 何もない虚無。 その中に、自らを置く。 “ 己をしっかりと持って、『空』の中で己を極める。そうして己の我執を断ったその時を、無我というんだ。” わかんねぇ。 そう言ったら、先生は「そうだろうね。実は、私もよくわからないんだよ。」と、笑って言った。 30年前、ジルという剣士は何故斬られた? 船長を狙われ、守ろうと必死だった。 仲間のコックを、目の前で殺され逆上した。 文字通り、我を失っていただろう。 ダメだ。 そうじゃねぇんだ。 ゾロは、和道一文字のみを残して、刀を鞘に納めた。 「…ほう、一刀で戦うつもりか?」 「…まぁな。そちらさんにゃハンデがありすぎるからよ。」 シモンが、唇だけを上げて笑う。 呼吸だ。 あいつと呼吸を合わせるんだ。 ゾロの意を、シモンは察した。 次の瞬間、シモンの体が跳躍した。 「!!」 「甘いな!海賊狩り!!」 「…っ!!」 剣戟の火花が散る。 「そう易々と、私の呼吸を量らせると思うのか!?」 「…くそっ…!」 先程までのゆったりとした動きはなんだったのか。 今度はゾロに、足を止める暇さえ与えない。 「どうした?私は腕1本でしか攻撃しておらぬぞ?貴様の力はそんなものか?これでは3歳の幼児と変わらん! 強情を張らずに、3本全て出すがよい!遠慮はいらん!!」 「じゃあ、お言葉に甘えてやる!…三刀流!“龍巻”!!!」 シモンの体が吹っ飛ぶかに見えた。 が、 「何!?」 シモンが剣を一閃させた、その力が龍巻を両断し消滅させてしまった。 「バケモノか!?」 「余所見をしている暇はないぞ!海賊狩り!!」 「…!!しまっ…!!」 キィィ―― ン! 金属音が重なる。 ゾロの手から、口から、3本の刀全てが吹き飛んだ。 なんて力だ!! 一瞬の丸腰を、シモンは逃さない。 刃が渦のようにゾロを襲い、全身に痛みが走った。 「ぐはぁぁっ!!」 どうっと地面に叩きつけられる。 同時に、刀が地面に落下する音も、森の木々の間にに響いた。 「クソ…!刀!!」 即座に立ち上がり、刀を求める。 和道一文字・鬼徹・秋水。 あちらこちらに、散らばっている。 しかも、和道一文字はシモンのすぐ足元にあった。 「丸腰の剣士ほど、惨めなものはないな。」 シモンの足が、和道一文字をさらに遠くへ蹴り飛ばす。 「てめェ!!」 「情けをやろう、海賊狩り。3秒待ってやる。どれなりと拾ってくるがいい。」 「…後悔すんなよ…。」 「…3…。」 ゾロは走った。 一番近くにあるのは鬼徹! 「2。」 手が届く瞬間だった。 銃声が響いた。 野郎! 心の中で叫ぶ。 シモンの部下が残っていた。 撃った男の下卑な笑い顔が見えた。 自分自身が撃たれたかと思ったが、痛みはなかった。 その代わり、そこにあったはずの鬼徹が、はじかれて遠くへ転がっていった。 「……!!」 「1……ゼロ!」 シモンが飛んだ。 振りかぶった刃の煌きが、ゾロの視界に広がった。 その時。 ドスッ! 唸りを上げて、ゾロの目の前に何かが突き刺さった。 「!!?」 思わずゾロはそれに手を伸ばし、力任せに引き抜き、振り返るやその切っ先を向かってくるシモンめがけて貫く!! 「…がはぁっ!!」 鮮血が、ゾロの顔を濡らした。 「…う…?ぐあ……なん…?」 息絶えようとするシモンの目は、自分の身に起きた事がわからないと言っていた。 「うわああああああああっ!!」 銃を構えた男が、咄嗟に逃亡を図る。 だが、追うこともない。 「………。」 はぁはぁと、肩で息をしながら、ゾロも、今起った事が信じられなかった。 自分の手に剣が握られている。 シモンの腹に深々と突き刺さったそれを、ゾロは力をこめて捻り、引き抜いた。 「ぐあああっ!!」 断末魔の叫び。 血飛沫が飛ぶ。 仰け反るように、シモンはそのまま仰向けに倒れる。 そして、苦しい息の底から言った。 「…バカな…そんな…。」 そして、それきり動かなくなった。 ゾロは立ち上がり、改めて、自分の手の中のものを見た。 和刀。 赤い柄、重厚な鍔。 波文様の白銀の太刀。 「……何で?……。」 柄はもうボロボロで、糸も解けかかっている。 だが、刃の部分は不思議なほどに元の光を保っていた。 鉄の純度が高いのだ。 名刀であることは、いやでもわかる。 確かに、この刀は上から落ちてきた。 ゾロが駆け込んだ鬼徹の場所から、ゾロは上を見上げた。 気がつかなかったが、岩がせり出している。 「………。」 自身の刀を全て集めてから、ゾロは岩場の上へ登った。 そして 「………。」 風が吹いていた。 葉を鳴らし、そして、ボロボロのサッシュを揺らしていた。 その手は、岩場の縁に伸ばされていた。 何かを、しっかりと握っていたことがわかる形だった。 戦って、戦って、戦い抜いた。 仲間を、信念を、愛する女を守る為に。 全身を撃ち抜かれて死んだと聞いた。 なるほど 茶色に変色し腐った弾が、無数に転がっていた。 剣士の、最低の殺し方だ。 どんな男だったのだろうか。 最後までその手から剣を離さずに。 自分が果てる時も、こうでありたい。 例え屈辱的な死を迎えても、最後まで誇りと剣をこの手から離しはしない。 そして 「…おれは間違っても、あのクソコックに借りを作って死ぬような、みっともねぇ死に方はしねェぞ。」 そっちの方が屈辱だ! つぶやいて、ゾロは、死体の傍らにあった鞘に刀を納めた。 30年もの時を経ながら、美しい金丁の音がした。 「…礼を言う…助かった。…返すぜ。」 NEXT BEFORE 長靴をはいた猫TOP NOVELS-TOP TOP