BEFORE
 隠し入り江のドームの中。 ナミ・ロビン・チョッパーと、ベリエの配下アンデレとの戦いが続いている。 相手は1人なのだが、この頭脳派の男は3人の戦いのクセや特徴をあっという間に知り尽くしてしまった。  「そのオモチャ、鬱陶しいな。」  「え!!」 ワイヤーソーを鞭のように操る。 ワイヤーの全てが鋭い刃なのだから、逃げるのが精一杯だ。 その切っ先が、ナミを狙う。 ナミは、天候棒(クリマタクト)を奪われたら術がない。 そして、3人の中で最も戦闘力の低いナミを、集中的に狙ってくるのだ。  ( 苦しい…息が切れる…! ) はぁはぁと、肩で激しく息をするナミへ人型で戦っているチョッパーが  「大丈夫!?ナミ!?」  「…はぁはぁ…なんとか…。」 もう、体力が限界に近いのが見て取れる。 下がらせたいが、遠巻きに取り巻いているベリエの手下達もいる。 時折襲い掛かってくるそれらを、ロビンが花を咲かせて撃退する。 その数が多すぎるのだ。 ルフィはベリエとペロを追いかけて、ドームの別の場所へ消えてしまった。  「どうする…!」 ゾロかサンジか、フランキー、ウソップ。 誰でもいい、来てくれたら…! でも 頼ってばかりじゃダメだ! ルフィだって、おれが闘えるから、任せていってくれたんだ!!  「ロビン!!」  「なぁに?」 戦いの最中であるにもかかわらず、ロビンの声はいつもの穏やかさを失っていない。  「周りの奴ら、後どのくらいで片付く?」  「そうね、後3分もらえたら。」  「ナミ!3分堪えて!!」  「ど、どうするの?チョッパー!?」  「こいつは、おれが倒す!!」 チョッパーの宣言に、アンデレは薄く笑い  「では、3分でお前たち全員、倒すとしよう。」 そして、服の袖口からワイヤーソーをさらに1本。  「そちらの剣士は三刀流、私は1本足りないが。」  「言ってなさい!!チョッパー!あたしの事は気にしないで!あたしも一緒に、こいつを倒すわ!」  「でも、ナミ…!」 ナミは、すうっとひとつ深呼吸し、天候棒を構えなおした。  「こいつらが、30年前にこの島でした事を、あたしは許せないのよ。」  「………。」 ロビンが肩越しにナミを見た。  「…海賊としては、ルフィーナは満足な一生だったと思う。後悔もしなかったと思う。  病気になっても、“海賊女王”であることを捨てなかった。海賊である自分に誇りを持ってた。  でも、彼女、最後の瞬間だけは女に戻ったのよ。最愛の人に、『愛してる』って、そう言って死んでいったのよ。  …本当はもっと穏やかに、仲間に見守られて、恋人の腕の中で死にたかったに違いないわ。…あたしだって女だもの。  最後の最後ぐらい、ただの女に戻ったっていいじゃない!そのくらいの夢、見たっていいじゃない!」  「ナミ…。」  「それを、こいつらがメチャメチャにしたのよ!壊して、奪って!!許せるもんですか!!」 ロビンも  「そうね。女として、許せないわ。」 アンデレが、侮蔑の笑みを浮かべる。  「…愛だの恋だのというものほど、人の感情で一番アテにならぬものはない。  そんなものに囚われておるから、強くもなれぬし、愚かな死に方もする。」  「知らないから、愚かな生き方しか出来なかったのね。可哀相な人たち。」  「…お前に言われたくはないな、ニコ・ロビン。…もののついでに教えてやろう。  実は私が、ベリエの一味に加わったのは、この島での出来事の後でな。」 チョッパーが叫ぶ。  「そんなはずない!だって、お前もこの島に来たことがあるんだろう!?」  「…海軍に身を置きながら、裏切っていたというわけね。」  「そう、私が最後に海軍で行った仕事は……オハラ殲滅だった。」  「!!」 ロビンの顔色が変わった。 それを見て、アンデレは狂ったような目を剥き出しにして  「……無差別に人の命を絶つというものは…なかなかに快感だったよ。」  「六輪咲き(セイスフルール)!!」  「無駄だというのに。」 ワイヤーソーが唸る。 だが、ロビンは引かなかった。 白い腕に血が滲む。 苦しげに顔を歪めながら、ロビンは力を込めた。  「クラッチ!!」 鈍い音が響く。  「これで腰の痛みも忘れるでしょう!?」  「…だから無駄だというのだ。」 アンデレは立ち上がり、いびつな形になった足を、いとも容易く元に戻して見せた。 ゴキゴキと不気味な音がした。 その様子に、思わず吐き気が出る。  「何だコイツ!?」 チョッパーが叫んだ。  「…あちらこちらにガタが来たのでな。骨をあれこれいじくっている内に、思うように骨や関節を動かせるようになった。  …まったく…歳は取りたくないものだ。」  「いやああ!キモっっ!!」  「エスパー伊東っていう芸人を知ってるけど。」  「誰?それ?すごいなー、ロビンは何でも知ってるなー。」 そんなボケを交わしている間に、アンデレはワイヤーソーを振った。  「それゆえ、こんな芸も出来るのだよ!!」 両腕を、360度回転させて刃を放つ!  「いやああああ!!キモい!!マジでキモい!!」 全身が自由自在に動くのだから、死角がないのだ。  「なんとかしなくちゃ…!」 チョッパーはワイヤーソーをよけた瞬間、転倒して思わず元の形になってしまった。 そして  「ランブル!」 ランブルボールを噛み砕き  「毛皮強化(ガードポイント)!!」 膨らみ弾む毛の玉は、そのままアンデレに突っ込んでいった。 はじかれる瞬間跳躍し、着地する隙を狙って  「飛力強化(ジャンピングポイント)!!…刻蹄桜(ロゼオ)!!」 だが、かわされる。  「同じ技は通用せんぞ、タヌキ!」  「だから!タヌキじゃねェ!トナカイだっ!!腕力強化(アームポイント)!!」 拳が飛ぶ。 だが、チョッパーの体をワイヤーソーが捕らえた。  「うわあああっ!!」  「チョッパー!!」 腹に食い込む2本の刃。 ワイヤーを引き剥がそうとすれば、今度は手に刃が食い込む。  「ううううううっ!!」  「…今夜はトナカイ鍋にするか?」  「…バカに…すんなっ!!」  「チョッパーを離して!!」  「動くな。私がこの手に力を込めれば、どうなると思う?」  「う…!」 チョッパーの顔は毛皮で覆われている。 だが、どんどん血の気が引いていくのがわかる。  「チョッパー!!」  「チョッパー!!」 ナミとロビンの声が、段々遠くなっていく。  ( 負けるもんか…ペロだって、おれより小さいのに、ずっとずっと頑張ってきたんだ!…おれだって…負けねェ…!! )  「…う…う…おおおおおおおっ!!」  「抗えば抗うほど、刃はお前の体に食い込むぞ!観念すれば解いてやる!!」  「するもんか…!するか!ぶわぁ〜か!!」 ゾロやサンジそっくりの悪態。 焦りまくりながら、ナミは思わず吹き出してしまう。 そして 不意に、チョッパーはランブルボールの強化による変異を解いた。  「!!?」 一瞬にして、チョッパーの体が元の小さなサイズに戻る。 ワイヤーソーから逃れた。  「この…!!」 アンデレの目に怒りが走る。 再び、2本の鞭が襲い掛かる。 それに弾かれたチョッパーは、その勢いでドーム内の壁に叩きつけられた。 岩壁が、ガラガラと崩れ落ちる。  「いたたたた…。」  「チョッパー!」  「大丈夫!?」  「大丈夫……ちょっと痛ェけど……ん?」 チョッパーは、崩れた岩壁の奥に、何かがあるのを見つけた。  「何?」  「…空洞になってる…部屋みたい。」 と、  「危ない!!」 ロビンが叫んだ。 また、ワイヤーソーが襲ってくる。  「なんて厄介な武器なの…!!」  「近寄れない、サンダーボルトテンポも効かない、お手上げよ!」  「遊びはそろそろ終わりにしよう。もはや命乞いは聞かんぞ。」  「だれが!!」 ナミが叫ぶ。  「…チョッパー?どうしたの?」 チョッパーが、岩壁の向こうから戻ってこない。 ロビンがいぶかしんで、チョッパーの気配を探った。 が、すぐに、人型になったチョッパーが姿を現し  「頼みがある!」 と、アンデレに言った。  「…何だ?命乞いは聞かんと言ったはずだ。」  「おれは命乞いなんかしねェ。でも、この2人は見逃してくれ!」  「チョッパー!?」  「何言ってんのよ!あんた!!」 アンデレは薄く笑い  「別にかまわんぞ。」 意外な答え。  「ナミ、ロビン。行って。」  「チョッパー!!」  「………。」 ちら、とチョッパーがロビンを見た。  「………。」  「チョッパー!あたしは行かないわよ!あんた死ぬつもりなの!?」  「……行きましょう、ナミ。」  「ロビン!?」  「行って。」  「チョッパー!!」  「さぁ、ナミ。」  「ロビン!離してよ!ロビン!!」 ロビンはナミの肩を掴み、引きずるようにその場から下がる。  「チョッパー!嫌よ!!チョッパー!!」 泣き叫ぶナミの声が、ドームの天井に響く。 距離を置きながらロビンは後退し、チョッパーは少しうなだれた。  「さて、覚悟はいいかね?トナカイ君。」  「………。」  「…まぁ、今私が手を下さなくとも、この島から生きて出ることは適わぬさ。」  「………。」 チョッパーが顔を上げた。  「そんなことない。おれ達は勝ってこの島を出て行く。」  「無理だ。」  「無理かどうかわからないだろ?」  「やれやれ、口の達者なトナカイだ。…さあ、終わりしよう!!」 ワイヤーソーが唸る。  「飛力強化(ジャンピングポイント)!!」 跳躍! だが、空中でチョッパーの体は元に戻る。 ランブルボールの効力リミット、3分が過ぎた!  「くぅっ!」  「取ったぞ、トナカイ!!」  「まだだ!!」 ワイヤーソーが、チョッパーの体を掠めた。 その切っ先が、何かを砕く感触を感じた。  「う!?」 同時に、視界が真っ白に染まった。 柔らかい衝撃がアンデレの全身を襲う。 眩んだ目が痛む、息が詰まる。  「う…ごほっ!…粉…!?」 チョッパーが叫んだ。  「今だ!!」 と、ロビンの花が咲いた。 腕を押さえ、どうあがいても動かせないようにがんじがらめにする。  「何!?」 そして  「黒雲(ダーククラウド)テンポ!!」 ナミの声。 白煙の向こうに2人の姿。 見れば、いつの間にか部下達は、みな地に伏している。  「冷気泡(クールボール)!熱気泡(ヒートボール)!」  「貴様ら…何を!!」  「面白いもの、見せてあげる。」 天候棒(クリマタクト)を操りながら、ナミが言う。  「このドームの中、締め切った室内とほぼ同じ。ここの天候は全て支配したわ!!」  「天候を支配したからどうなる?雪でも降らせて見せようというのか?」  「ううん。雨よ。」 見れば、ドームの天井近くに黒い雲が出来ていた。 雷雲を呼ぶほどの大きさではない。 だが、ナミが振るう天候棒(クリマタクト)から発する、冷気と熱気の泡が、雲をどんどん大きくする。 そして、さっき崩された岩壁の向こうから、チョッパーが麻の袋を肩に現れる。  「これは今、お前が全身に浴びてるものだ。何かわかるか?」  「…小麦粉か?ケーキでも焼くつもりか?」 チョッパーはにやりと笑い  「生石灰、酸化カルシウムだ。」  「酸化カルシウム…?」 アンデレの目に困惑が浮かぶ。  「その奥が、貯蔵庫になってた。多分、エメロード海賊団が火薬か薬品を置く為に使ってたんだ。  火薬はなかったけど、これがあった。多分、畑を作るとき、土壌の改良用に使ったんだと思う。  岩壁に守られて、いい状態だった。おかげで大助かりだ。」 アンデレは鼻で笑い  「…何のことやら…わけがわからん。」  「酸化カルシウムの化学式を知ってる?」  「知らん。」 どうやらこの男、頭は切れるが勉強は得意ではないようだ。 チョッパーは、化学の講義を続ける。  「CaO、だよ。」  「…それで?」  「雨は水だよね?」  「…だから?」  「水の化学式はH2O。」  「それくらいは知っている。」  「うん。酸化カルシウムと水。CaO+H2Oは、化学反応で Ca(OH)2、水酸化カルシウム・消石灰になる。  そしてCa(OH)2になる時、“Q”を発生させる。Qっていうのは熱を表すんだよ。」  「??」  「酸化カルシウムはね。」  「……?」 チョッパーは、にっこりと笑った。  「水に触れると発火するんだ。」  「!!?」 アンデレの目が見開かれる。  「天候は雨!!レインテンポ――!!」 一気に、土砂降りの勢いで雨が―――! ボン!という音と共に、アンデレの全身が燃え上がった。  「ぎゃあああああああああああああああっ!!!」  「ゴムは電気には強くても、火には弱いだろ!?」  「……!!」 身につけていた電気避けのゴムスーツが、燃える嫌な匂い。  「ルフィにも言っておかなきゃね。」 ロビンが冷たく言った。 もう、アンデレには聞こえていなかった。  「ラッキーだったわね、この部屋を見つけたの…。」 ナミが、生石灰のあった倉庫の中でつぶやいた。 そんなに大きな部屋ではない。 だが、机があり、薬品棚があり、明り取りの窓もあった。 実験道具が散乱し、古い書物も残っていた。  「実験や研究や、薬の調合に使ってたんだ…。これ、薬の処方箋でいっぱいだ。」 机の側に転がっていたくずかごの中。 チョッパーが紙切れを拾って、ひとつひとつ内容を確かめる。  「…ルフィーナ…脳腫瘍だったんだ…ニトロ…尿素(ウレア)…テモゾロミド…脂溶性…プラチナ製剤…うん、間違いない…。」  「そう…。」  「バードックっていう船医の、研究室だったのね…。」  「………。」  「どうしたの?チョッパー。」 チョッパーは、転がっている薬剤や瓶のラベルを見て、少し涙声になりながら  「…硝酸と硫酸の空き瓶が…たくさん転がってるんだ…オイルも…。」  「それがどうしたの?」  「…バードック…最後にニトログリセリンをここで作ったんだ…。」  「ニトログリセリン…。」  「ダイナマイト…。そういえば…鉱脈の入り口を爆破して閉ざしたって…。」 どんな最後だったか、想像ができた。 その時  「おお〜〜〜い!ナミさ〜〜〜〜ん!ロビンちゃ〜〜〜〜ん!どこですか〜〜〜〜!?  ナミさ〜ん!ロビンちゃ〜ん!ついでにルフィ!チョッパー!」  「サンジだ!」 チョッパーの表情に明るさが戻る。  「うぉ〜〜〜〜い!ルフィ〜〜〜!!」  「ウソップだわ!」 ナミが叫ぶ。  「…ったくフランキー!!てめェさっさと抜けろ!後がつかえてんだよ!!」  「あたたたたた!!背中をツツクなァ!!」 ゾロ、そしてフランキー。  「よかった!!ほら!みんな無事じゃない!!」  「うふふ、そうね。」  「あ!んヌァミすわ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!るぉおびんちゅわ〜〜〜〜〜ん!!無事だったか〜〜〜い!?」  「ええ!大丈夫!チョッパーがすごく頑張ったのよ!」  「えへへへへ!おだてても何もでねェぞ、コノヤロがー!」  「よし!よくやったチョッパー!!」 サンジがチョッパーの頭を撫でくり回す。  「とても“男”だったのよ。私達を守ろうとしてくれたわ。」  「でも、“行け”って言われた時は、びっくりしたわよ。」  「ごめん。でもロビンなら、気づいてくれるかなと思って。」  「なんだ?何のことだ?」 ウソップの問いに、ナミはチョッパーとアンデレのやり取りを説明し  「おかしいと思って、耳をチョッパーの肩に咲かせたの。そうしたらチョッパーが小さい声で、この作戦を伝えてくれたのよ。」 ロビンの説明に、フランキーが  「やるなァ!トナカイ!スーパーに男だぜ!」  「何がなにやら、意味がさっぱりわからねぇ。」 ゾロが首をかしげる。 と、サンジが  「は〜、やだやだ、脳味噌まで筋肉の野郎は。」  「どうせテメェも、わかってねぇんだろ?」  「それがどうした。」 ぶちっ (お好きな効果音をお入れください。)  「どうしてあいつら、ああでこうなのかしら。」 ナミが深い溜め息をついた。 はっと我に返り、ウソップが叫ぶ。  「おいおい!ここでまったりしてる場合じゃねぇぞ!ルフィは何処だ!?」  「そうだ!ペロ!!」  「そうよ!ダイヤ!!」  「ルフィーナちゃん!!」  「死体だぞ(汗)。」 7人は、ルフィが消えたであろう方向へ、一斉に駆け出した。  「ゾロを先行させるなァァァァァ!!」 7人は、ルフィに追いつくことが出来るか!?(こら) NEXT BEFORE 長靴をはいた猫TOP NOVELS-TOP TOP