BEFORE
 

 「イヤよ!イヤ!!絶対にイヤ!!」



若い娘の声が、石造りの広間の天井に響いて消えていった。



 「お姉さま、落ち着いて…。」

 「これが落ち着いていられるかっていうのよ!ビビ!黙ってないで、あんたもナントカ言いなさい!!」

 「…え?…わたし…?」

 「そーよ!!だってこんなこと、『ハイ、わかりました』って言える事じゃないわ!!だって…結婚よ!?

 しかも、あたしとビビと、好きな方を選べなんて、どーゆー神経してるのよ!!お父様!!?」

 「…ンマー…それは言葉のアヤで…。」

 「でも、そういう風に、フランキーに言ったのよね?冗談じゃないわ!!

 いきなりやってくる、見たこともない男に、『どちらか選んで』なんて!!絶対にイヤよ!!」



ここは燈国。首都朱都の王宮・国王アイスバーグの居間。

執務用の机のイスに腰掛けた父親に、さっきからえらい剣幕でまくし立てているのは長女のナミ王女だ。

その隣で、困ったように姉を見つめる、長い髪の娘は次女・ビビ王女。

双子の王女だが、顔立ちはまったく似ていない。

燈国では、双子が生まれた場合、先に生まれた方を次子とし、後から生まれた方を長子とする。

いわれはよくわからない。

そうすると災厄に遭わないとか、丈夫に育つとかいろいろあるが、そういうものらしいのでこの2人もそういうことになっている。



アイスバーグがいつも思うのは、ビビは、いろんなものを母の胎内に置いていき、

それを全部ナミが背負って生まれてきたのではないかということだ。



足して2で割れば、本当に自慢の娘たちだったのに。



とは、声に出して言わない。



妹ビビは、ナミに反しておとなしく、引っ込み思案で、いつも姉の陰に隠れているような娘だった。

だが、2人共に美しい。

まったく違うタイプの美女。

燈国の『陽姫・月姫』と、人々は呼んでいる。



 「大体、緋の王太子ってあたし達より年下じゃないの!!」

 「1歳ぐらい、差の内には入るまい。」

 「それでも年下よ!」

 「では、兄王のほうがよかったか?」

 「フランキーは34よ!!おっさんじゃない!!?冗談じゃないわ!!」



多分、何を言っても答えはNOだなと思ったアイスバーグは



 「では、碧の末皇子はどうだ?19歳だ。年齢的にはつりあう。」

 「皇子なんて、名前ばっかりの妾の子じゃない!!」



やっぱり



 「とにかく!!あたしはいやよ!もちろんビビもね!!行きましょ、ビビ!こんなばかばかしい話、聞くことないわ!!」

 「…お姉さま…。」



手を引っ張られ、ビビは困ったように姉と父の顔を見比べる。

だが、アイスバーグは笑って、小さくうなずいた。



2人の娘を見送って、アイスバーグはつぶやいた。



 「誰に似たんだろうな。」

 「んがががが!たいしたもんらね!さすがはあたしの孫だ!」



ずっと、執務室のソファに腰掛けて、様子を見守っていた王太后ココロが言った。



ああ、この人に似たんだ。



声には出さずに国王は思った。



 「しかし、あの子の言うことももっともらよ。フランキーは、盟約を交わすための使者に、弟を寄越すだけらろうに。

 なんだっていきなり、結婚なんてことになっちまったんら?」



アイスバーグは笑って



 「さあて、これがおれにも、よくわからん。

 ただ、いずれ両国で縁を結ぼうと言った覚えはあるのだが。どうやらフランキーは、そう受け取ったらしい。」

 「せっかちなことだねぇ。んががが!」



アイスバーグも、少し眉を寄せて笑った。



 「緋に貸した借財は、王子1人で購いきれるものでもないが。…碧の皇帝は野心家だ。

 それに対抗しうるのは、緋のように賢王のいる国と手を結ぶのが最善。」

 「藍では不足かい?」

 「…わが国と対等の盟を、結んでくれるとは思えない。不足ではなく、国力が有りすぎるのですよ。母上。」

 「…崩れたねぇ…均衡が。」

 「………。」



妹姫の手を引いて、ずんずんと自分たちの部屋のある後宮へ戻ったナミ。

王女の居間の、織りの美しいソファに勢い座り



 「いい、ビビ!?お父様が何を言っても、『はい、わかりました。』なんて返事しちゃダメよ!」



困ったように姉を見るビビに言った。



 「…でも、お姉さま…。これは国同士の盟約でしょう…?

 個人的な感情で、ただ拒み続けることは出来ないわ。」



ナミは、眉を寄せた。

幼い時から、妹ビビは、『私』より『公』を優先させることが出来る娘だった。

あまり、ナミのように、自分の感情を激しく表したことがない。



そんな妹が、ナミは歯がゆい。



 「わかってるわ…!でも、嫌なの!!そんなのって…。

 だって結婚よ?結婚って、どういうものか、あんただってわかるでしょ?ビビ?」

 「…わかって…るわ…。」



ビビは、頬を染めて俯いた。



 「なのに、いきなりやってくる男に、選んで頂戴なんて言えますか!!言いたくないわ!!言ってたまるかっていうのよ!!

 …第一…緋の国王のフランキーは元々…きっと弟だって、こーんな厳つい、熊みたいなヤツに違いないわ!!」



憤慨する姉を、ビビは微笑みで見つめる。

姉は、本当に普通の、年頃の夢多き娘なのだ。



と、ビビが心中で思った時だった。



 「きゃーっ!!」



悲鳴が上がった。



それも、ひとつふたつではない。



 「何事!?」



ナミが叫ぶと同時に、侍女らが飛び込んできた。



 「姫様方!!お逃げくださりませ!!」

 「危のうございます!!お早く!!」

 「何?一体何なの!?何が起きたの!?」

 「この宮に…入り込んで…!ああ!説明する暇はございません!!早く!!」



ナミは、常に傍らに置いてある長矛を手に取り。



 「燈国後宮に忍び込もうなんて、いい度胸してる奴がいるもんね!!どきなさい!!あたしが相手になるわ!!」



ダン!と、床を打ち据える。



 「きゃーっ!!」



悲鳴と共に、天幕が跳ね上がった。

そして、ナミは目の前に現れた『侵入者』に一瞬目を丸くし、そして硬直した。



 「鉄熊…!?」



身の丈、3メートルはある巨大な熊。

燈国の山間部に住むこの熊は、大きな堅い爪を持ち、針の様な剛毛に体を覆われている。

それゆえ、『鉄熊』と呼ばれている。

その熊が



 「何でこんな所にいるのよ――っ!?」



さすがのじゃじゃ馬姫も、体が動かない。

膝が震え、へたり込んでしまう。

だが、侍女や駆けつけた兵士等は手を出せない。

ナミと熊の距離が近すぎて、下手に刺激すれば、熊の爪が王女を引き裂きかねないのだ。



 「お姉さま!!」



咄嗟のことにそんな状況を忘れてしまったビビが、姉を助けようと飛び出した。

それに反応した、熊が大きく動く。

太く黒い腕が振り上げられた!



 「!!!」



ビビがナミに覆いかぶさり抱き絞め、固く目をつぶる。



だが、次の瞬間、凄まじい爆裂音と共に、熊の巨体が吹っ飛んだ。



勢いで白い石壁が崩れ、天井にヒビが入る。

濛々たる白煙が収まりかけたとき、ナミは恐る恐る顔を上げた。

すると、



 「おい、お前、大丈夫か?」



頭の上から降ってきた声。



突然のことに答えることも出来ず、ただ見上げるナミの目に、黒髪の少年の顔が映った。

少年は、好奇心に満ちた目で、ナミを見下ろしている。

その少年は、倒れた熊の体の上に乗っていた。



 「…これ…あんたが…倒したの?」

 「おう!」



にんまりと、少年が笑う。

邪気のない、どこか幼い笑顔。



 「ナミ姉さま!!」



ビビが、泣きそうな声で姉を抱きしめる。

アイスバーグもココロも、騒ぎに駆けつけてきた。



 「ナミ!!ビビ!!」



父は、娘達の無事を確かめるとほっと胸を撫で下ろす。

そして



 「ンマー、鉄熊を素手で倒すとは…。」

 「バケモンだねぇ、んががが。」



熊の上の少年は、ナミとビビ双方に手を差し伸べて



 「立てるか?」

 「え、ええ。」

 「…はい…。」



助け起こされて、ナミは問う。



 「あんた、誰?」

 「おれか?おれはルフィだ!!」

 「ルフィ?」



ナミが繰り返すとココロが



 「どっかで聞いた名前らねぇ。」



と、ビビが



 「お父様、おばあ様…ルフィさんといったら…。」

 「あ!!」



ナミが叫んだ。

そして



 「あんた!フランキーの弟!!?」

 「なんだ?兄貴のこと知ってるのか?」



ルフィは答えて笑った。



熊みたいな男だと思っていた。



のに



随分華奢で…そのくせ腕の筋肉…すごい…。



ナミは、思わずぶるんと頭を振った。

アイスバーグが苦笑いしながら



 「共も連れず、ひとりでここまで来られたのか?」

 「おう。おれ、面倒くさいの嫌いだからよ!兄貴が、『ちょっと燈へ行って来い。珍しい美味いものが食えるぞ。』っていうんで来たんだ。」



珍しい?

美味いもの?



ナミのこめかみがピクリと震える。

だがアイスバーグは笑って



 「なんとも豪気なことだ。」

 「ところで、おっさん誰だ?」

 「おれはアイスバーグだ。」

 「んん?おれも、おっさんの名前どっかで聞いたなー。で、ここってどこだ?」

 「おそらく、ここが君の目的地だと思うのだが?ようこそ燈国へ、緋国王太子、モンキー・D・ルフィ。」



ルフィは、ぱっと顔を輝かせ



 「ここが朱の城だったのか!?うっわ!ラァァァッッキィィ〜〜〜〜〜!!おれも中々やるなァ!はっはっは!!」



チラ、と、ナミは父の顔を見た。

笑っている。

ご機嫌だ。

どうやら、一目でこの男を気に入ってしまったようだ。

ふと見ると、ビビも、目を細めて微笑んでいる。

ルフィはさらに言う



 「実はさー、旅の途中で金なくしちまって、ず〜〜〜っとメシ食えなくて!そしたら目の前にこの熊がいてよ!

 とっ捕まえて食ってやろうかと思ってさ!!散々追いかけ回したんだよ!!やああっと捕まえたぞコノヤロー!!

 さ〜〜て!どう食ってやっかな!?やっぱ丸焼きかな〜〜〜?ああ、そうだ。お前らにも食わせてやろうか?

 知ってるか?熊は右手が美味ェんだぞ〜?」

























この



白い空気をなんとしょう?



 「おとーさま!!あたし、絶っっ対いや―――――っ!!!」







NEXT

              (2008/3/4)

BEFORE



Piece of destiny-TOP

NOVELS-TOP

TOP