BEFORE
同刻、緋国・首都紅都。
「…っと…ぅぅうおおおおらぁぁぁっ!!」
雄叫びと共に、巨大な柱が押し立てられた。
それと共に、人足たちから歓声と拍手が上がる。
「よっしゃあ!これでいいのか?」
「はい!ありがとうございます!!」
「さすがは国王様だ!!」
「おうよ!今週のおれは、スーパーにパワフルだぜ!!」
棍棒のように太い腕を突き上げて、緋国王フランキーは高笑いする。
「さぁて、他に力仕事はねェか!?」
「いえ!この柱さえ建ててしまえばもう!!」
「なんだよ、もう終いか?つまんねぇな!他探すか!」
言い残して、フランキーはずんずんと、次の仕事を探しに歩いていく。
「まったく、ウチの国王様は…。」
皆、笑って見送った。
泥まみれの人足達に混じって、やはり泥まみれになりながら働く。
王という身分に似合わぬ、がらっぱちな性格。
およそ品格のない言葉遣い。
体も大きく、日に焼けて、とても一国の国王とは思えなかった。
今、緋国は国を挙げての一大事業に取り掛かっている。
内陸部の旱魃。
海岸側の水害。
それが、ここ数年の間に顕著になってきた。
確実に海岸線は下がり、村が幾つか海に沈んだ。
内陸の穀倉地帯は日照りが続き、作物の収穫が激減した。
緋は内陸への水の供給の為、巨大な運河の建設に取り掛かっている。
ところが昨年、穀倉地帯でイナゴが大量発生した。
農作物は大打撃を受け、加えて海岸側の水害。
飢えが、始まりかけていた。
救いを、求めるしか術がなかった。
それに唯一答えたのが、燈国のアイスバーグだった。
( ルフィはもう、あっちに着いた頃か? )
仕事を探し、職人や人足たちに声をかけながら、フランキーは旅に出した弟を思う。
半ば、人質のようなもの。
だが、フランキーはルフィがそれで大人しくしているタイプでないことを知っている。
それでも、生まれたときから人懐こく、なぜか人々に愛されるルフィ。
燈国でもきっと、うまくやっているだろう。
そして、本当にどちらかの王女を気に入ったら、あいつは必ずその娘を連れて緋国へ戻ってくる。
下出にならなければいけない立場上、婿に出した、と、世間的には言ってあるが、フランキーにはその気はない。
ルフィは大事な後継者だ。
普段からフランキーは、『嫁も子供も要らない。ルフィがいるから後はそれでいい。』と公言していて、
34歳の今になっても、側室の1人も持とうとしなかった。
アイスバーグも、多分そのことは承知しているだろう。
実はこのフランキー。
王になる立場の人間ではなかった。
先代の緋国王は体が弱く、12歳という幼さでこの世を去ったのは4年前。
当然、後継を生まなかった。
他に兄弟はなく、王座が空いてしまった。
緋は議会が力のある国で、その空座を巡って混乱が起きた。
王族の中から幾人かの候補が上がったが、混迷は収まらなかった。
その混乱を収めるために、議会が最終的にとった手段は『選挙』。
法は、全国民の投票を義務付けており、その結果、圧倒的支持で国王に選出されたのがフランキーだった。
その結果を受けた時のフランキーの一言は
「スーパーだぜ。」
困ったとも、嬉しいともつかない顔だったという。
フランキーは、王族とはいえ市井の人間だった。
王になる前の職業は、なんと船大工。
王族とは名ばかり、3代前の母方が、当時の国王の第3王女だか第5王女だかの薄い関係性だった。
それでも、フランキーは国王になった。
なりたくてなったのではないが、法は投票結果の遵守をうたっている。
元々人情に厚く、面倒見がよいフランキーは、紅都中の人々に人気があった。
緋国の力が、弱まってきているのを感じていた国民の危機意識は、強く実行力のある王を求めていた。
そして、もうひとつ、国民がフランキーを王に推し、フランキーも王になることを承知した理由がある。
ルフィだ。
選挙当時、フランキーの弟ルフィは14歳だった。
選挙で推薦される人材の最低年齢は16歳と定められている。
ルフィは、国王選挙の対象になりえなかった。
だが、フランキーが王になれば、ルフィにその王座が回ってくる可能性が高いし、そう指名する権利がフランキーにはある。
ルフィは、フランキー以上の人気者だった。
ルフィの笑顔は、人々に力を与えた。
ルフィの言葉は、人々に勇気を与えた。
ルフィのぬくもりは、人々に安らぎを与えた。
ルフィの側にある木や花や草は、いつもみずみずしく輝き、荒れた天気まで治まった。
どんなに凶暴な獣でも、ルフィはまるで猫や犬のようにあしらい、手なずけてしまう。
ルフィは、紅天竜神の御子ではないのだろうか?
緋国の人はみなそう思った。
だがルフィは、その特徴たる赤い髪ではない。
そしてフランキー自身、自分の両親が紅天に願を懸けた話など聞いていない。
記憶もない。
ルフィが生まれた時、自分もすでに17歳だった。
そんな事実はなかったと、断言できる。
そして、そうであれば、隠すこともない。
フランキーを王にすれば、やがてルフィが緋国王になる。
その期待にフランキーも応えて、即位後すぐに、ルフィの立太子も行った。
人々は13日の間、その慶事を祝い、お祭り騒ぎだったという。
ちなみに
ルフィを次期国王に定め、王太子とする宣旨を出し、今日からお前は『王子』と呼ばれるコトになると、
フランキーが告げた時のルフィの返事は
「それって、美味いのか?」
だった。
「アニキ!」
「フランキーのアニキ!!」
「おう!お前ェら!調子はどうだ?」
かつて、船大工時代の子分たちだった連中。
今でもフランキーのことを『アニキ』と呼ぶ。(王宮の臣下達は苦い顔をするのだが。)
「この区画は8割方終わりました!あと1週間くらいで、水を流せまさぁ!」
「そうか!よくやったぜ、お前たち!」
褒められると、大の大人でも嬉しいものだ。
荒くれ者の大工たちが、顔を赤くして喜ぶ。
と
「国王様!」
振り返ると、近侍のひとりが息を切らして駆け寄ってきた。
随分とフランキーを探し回ったという様子だ。
「どうした?何かあったのか?」
「急ぎ、お知らせせねばと思い。」
「!!ルフィのヤツが何かしでかしたのか!?いくらなんでも早ェぞ!」
フランキーの問い返しに、子分たちがどっと笑った。
近侍も、苦笑いした。
「いえ、王太子様ではございません。」
近侍は、背の高いフランキーの耳へ背伸びし、口を寄せ
「…“野猿”が戻りました。」
「…わかった。戻る。」
くるりと、子分たちに振り返ったフランキーはいつもの笑みで
「じゃあ、お前ェら!後もしっかり頼むぜ!」
「おお!!」
「任せてくださいアニキ!!」
「また来てくださいよ!!」
「国王様、万歳!!」
「うるせェ、バカヤロウ!!スーパー照れるぜ!!」
王になっても、少しも気取らず変わらない。
みな、フランキーが大好きだ。
「戻るぞ。」
「はっ!」
戻る、といってもフランキーは馬が嫌いだ。
近侍は馬を引いて、ずんずん歩いていくフランキーを追いかける。
歩きながら、フランキーは尋ねた。
「どっちの“野猿”だ?」
「藍の方にございます。」
“野猿”とは、緋国のスパイの呼び名だ。
珍しいことではない。
諜報活動を行うものは、どこに国にもいる。
いつの時代も、どこの国も、情報を制するものが強いのだ。
「碧の翠天源神の皇子が、青都に入ったとの由。」
「何ィ!!?」
足を止め、フランキーは叫んだ。
近侍は一瞬怯んだが、これが当然の反応だったので、それ以上は驚かなかった。
「どっちから仕掛けた藍国入りだ!?」
「碧皇帝エネルの申し入れと。」
「…あの耳たぶ!!」
「…いかがなされますか?」
「いかがなされますも何も…。」
(…わかっていて、弟を藍へやった。何を狙ってる?)
フランキーは立ち止まり、割れた顎に手を当てて少し考える。
「わが国が、燈と盟約を結ぶ、それに対抗しての皇子藍入りかと。」
「…ん…まぁ、そうだな…。」
違う。
フランキーは心の中でつぶやいた。
実は、ラフテル4国の王家には、ある言い伝えがある。
それは、王から王へ、口頭で伝えられるものだ。
一子口伝という訳ではないので、王家に生きるものなら、それを大概知っている。
フランキーも、即位して間もない帝王学の講座(今思い出しても地獄の日々!)で、その口伝を聞いた。
それは伝説。
ラフテルがまだ、ひとつの『混沌』であった頃。
『混沌』の中から、原始の神が現れた
その神は、『混沌』からさらに、4人の吾子を作り出した。
そして、ラフテルの『混沌』を4つに分け、吾子らにそれぞれを与えた。
長子・翠天源神は、原始の神に最も近い姿で生まれた。
原始の神は、彼に大地を司る力と『碧』の国を与えた。
次子・朱天侯神には、風を司る力と『燈』を。
三子・紅天竜神には、火を司る力と『緋』を。
そして四子であり、唯一の女神、蒼天には水を司る力と『藍』を与えた。
平和は千年続いた。
だが、均衡が崩れた。
翠天源神が、妹である蒼天女神を奪い取った。
女神を奪われた『藍』はたちまち衰退し、崩れた均衡が天変地異と人心の乱れを招いた。
水の力を失った世界は、再び混乱に陥った。
争いが起きた。
戦いは500年続いた。
蒼天女神は、その500年の後に碧より逃れ、藍へ戻った。
だが、そのときすでに、蒼天は翠天の子を身籠っていた。
月満ちて子は生まれ、長じて後、蒼天はその息子に藍の国を与え、再び『混沌』へ戻った。
蒼天が『混沌』へ戻ってしまったことを知った、翠天は嘆き、悲しみ、自らもその後を追った。
やがて二神も、それぞれの後継に全てを託し、『混沌』へと還り、4国は『人』のものとなった。
だが、時に神々は、『人』の望に応え己の子を地に遣わせる。
ぞれが、今の世では碧のゾロであり、藍のサンジなのだ。
世界は『人』のものになったが、ある遺恨を残した。
時折、神々が遣わせる御子達。
中でも、『碧』の翠天の御子と『藍』の蒼天の御子。
この者達は、決して、邂逅させてはならない。
ある時、碧の王と藍の市井の娘が出会い、恋に落ちた。
碧の王は翠天の姿を持ち、藍の娘は蒼天の姿を持っていた。
ふたりは激しく愛し合ったが、それは許される恋ではなく、結果、2人は死を以って成就することを選んだ。
それだけならば、ただの悲しい恋の昔話で済んだだろう。
だが、悲劇は終わらなかった。
牧童と神官の娘。
将軍と王女。
皇子と巫女。
大臣と街娘。
王と女総督。
そのいずれもが、翠天の子と蒼天の子の悲劇だとしたら?
中には、国同士の争いの種になった恋もある。
周りの人間を、ことごとく死に追いやった恋も。
ひとつの軍隊を、全滅させた恋もある。
翠天の怨嗟か、蒼天の悲しみか、いずれにせよこれらの恋は一度として、幸福な結末を迎えたものはない。
それどころか、国を潰しかねない危険をはらんでいる。
いつしか、同時代に生まれた御子同士を、絶対に引き合わせてはならないという鉄則が、4つの国には出来ていた。
碧と藍だけの問題ではない。
その影響を受ける燈と緋も、それを見逃すわけにはいかない。
何故、その者達が惹きあうのかは知らない。
フランキーがその話を聞き終えたとき思ったのは、
( 案外蒼天の方も、翠天に惚れていたんじゃないのか?)
という、素朴な感想だった。
兄と妹だ。
本来愛し合っていいわけはない。
その怖れを越えてもなお、元々惚れあっていたのなら、自身の姿を持った子にそれを望むこともあるかもしれねェ。
そして今、碧の皇子が藍にいる。
エネルの思惑もわからないが、よくニコ・ロビンもそれを受け入れたものだ。
もっとも
「…碧も藍も、御子は男だ。そういうことにもならねェ…か。」
とりあえず
「…ん〜…“あいつ”に繋ぎを取るか…。」
フランキーの独り言を、近侍は聞き逃さなかった。
「では、“野猿”をまた藍へ?」
「おう!…たまにはそっちから、連絡を寄越せと伝えとけ。」
「御意。」
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(2008/3/4)
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