BEFORE
 

それを知っていて、何故エネルが弟を藍へ送ったか。



答えはひとつだ。



それによって起こる、各国の困惑を望んでいるのだ。

目障りな弟を片付けるにも、これは一石二鳥。

エネルとて愚かではない。

ゾロが、旅の途中で簡単に命を落とすようなタイプでないことはわかっている。

逆に、刺客を送れば送るほど、ゾロは逆上し、意地でも藍に辿り着くに違いない。



 「そうか、アレは“無事”に藍に着いたか?それは重畳。」



碧皇帝エネル。



なるほど、ゾロやウソップが言うように、見事な耳たぶ。



玉座に足を投げ出して座り肘を着いて、侍従の報せを受け取ると、

傍らの篭からりんごをひとつ取りそのまま齧った。



 「ヤハハハ!藍の女王も、さぞや麗しい顔を歪めて困っていような!」



と、玉座より一段下に控えた神官のひとりが言う。



 「この目で拝めぬが、残念ですな。」



その言葉に、エネルは笑った。



 「なに、いずれ目の当たりにすることも出来よう。ん〜、そうだな…緋王、燈王、全て我が眼下にすえるも一興ではないか?」



エネルは玉座を降り、高い大理石の天井を仰ぎ見ながら



 「この世は全て『混沌』より生まれた!『混沌』より生まれた全てを統べる神は、我が祖翠天である!

 その子孫である吾が、この大陸全てを統べるのに、何の不都合があろう!?吾は碧皇帝なのだ!

 吾こそが真実翠天源神の子!!吾こそが神!吾は神なり!!ヤハハハハ!!」



哄笑が響き渡る。



彼が、10代の半ばを過ぎる頃にはすでにその野心を逞しくさせていた。

長子である彼は、父皇帝の跡を継ぎ、自らが皇帝となったときにその野望を果たそうと念じていた。

多くの兄弟をあえて殺す理由はなかったが、エネルにそれをさせ、皇位を襲うのを急がせたのは誰あろう、ゾロだった。



いきなり生まれた翠天の子。



本来宮中で大事に育てられるべき身だったが、母親がそれをさせなかった。

巫女であるゾロの母親は、エネルの野心に気づいていたのかもしれない。

エネルが初めてゾロに会ったのは、ゾロが10歳になった時だ。

こっけいな話だが、ゾロは殆ど父親に会ったことがなく、

はっきりとゾロの記憶に残る父親は、死の床に横たわる姿だけだ。

その枕辺で、エネルは初めてゾロを見た。



そして決意した。



この子供が成人するより早く、碧を完全に我が物にしなければならない。



数多い兄弟の殆どを退けた。

だがゾロには手を出せない。

いや、実際には何度も手を下したのだ。

なのに、そのたびにゾロはそれを潜り抜けた。



兄が、自分を除こうとしていることを、さすがのゾロも気づき始めた。



そして、選んだ策がこれだった。



弟を藍へ送り、『自ら破滅する』道を歩ませる。



その結果、藍の足元もすくえるのならばなおよい。



 「…どんな策を講じようと、運命には抗えん。

 果たして、あの弟の顔が苦しみにどのように黒く染まり歪んでいくか…楽しみだ!!ヤッハハハハハハ!!」















ゾロが藍に入ってからひと月が過ぎた。

この1ヶ月。

ゾロは日々を無為に過ごしていた。

丁重なもてなしは受けるのだが、それ以上のことがない。

エネルの書状の返事をロビンから受け取れない以上、ただ待つのがゾロの仕事なのだ。



そして



『また来る』と言ったサンジが一度も来ない。

小さなサンジの方も、あれから一度もゾロのいる迎賓館を訪れなかった。

代わりに毎日毎夜、食事や湯浴みの世話をする侍女がやってくる。

毎日、違う娘が来る。

何故、毎日違う娘なのか、何日目かにそう疑問に思ったが、気づいた。



ゾロが、手をつけないからだ。



髪の色や目の色、肌の色、体つき、様々な娘を送ってくる。

ゾロの好みを探っているのだ。

そしてとうとう、26日目に、その日やってきた侍女にゾロは言った。



 「もう誰も寄越さなくていい。女王に言っとけ。」



言われた侍女は真っ赤になり、次には少し怒ったような顔ですぐに退出していった。



 「あー、もったいねー。」

 「なら、お前用に頼むか?」

 「いやいや、ご遠慮申し上げます。後がコワイ。」



侍女がいなくなったので、ウソップはゾロの向かい側の席に腰を下ろした。

不必要にデカイ、豪華なテーブル。

ゾロに出された料理をつまみ食いしながら、ウソップは言った。



 「明日はカワイイ男の子が来るかもな。」



ぎろり、とゾロの目がウソップを見る。

だが、ウソップは平気な顔で



 「ケンカ売りに来てるんじゃねぇってのに、なんだってあの王子にそんなことしちまったんだよ。」

 「…わかんねェ…。」



わからない。



本当にわからなかった。



何故あの時、小さなサンジがあのサンジに思えてしまったのか…。



あの後も、ロビンは何も咎めなかったし、何も言わなかった。

ただ、返書はしばらく待って欲しい、と告げたのみで。



 「…待つってのは…性に合わねェ…。」

 「でも、コチラは待つしかない。おとなしく。」

 「…わかってる…。」

 「女王や耳たぶに、理由を与えたらお終いなんだぞ?ゾロ?」

 「………。」



ゾロは、ウソップに森で会ったサンジの事は話していなかった。

話そうと思っているうちに、サンジに会えなくなった。

約束をしながら、現れない。

まるで、夢だったかのように…。



夢だったのか?



あの唇の感触が?



いや、そんなはずはない。



その問いを、毎夜繰り返す。



ウソップを寝室へ見送ってから、毎晩必ずあの木の下に立った。



あれから何日経ったと思ってる?

嘘つき野郎。



そして今夜も、無為な夜は続いた。



毎夜、サンジを待ち続けているのだ。

当然昼間は眠くて仕方がない。

藍の者達が、迎賓館のいたる所で、所かまわずいつも寝ているゾロを、影で『寝とぼけ皇子』と呼んでいることをゾロは知らない。

だが、『寝とぼけ皇子』は、そんな囁き声をちゃんと聞いていた。

眠っていても、わずかな気配に起き上がれるように、体が鍛え上げられていた。

それだけは、兄エネルに感謝すべきなのだろうか?



その日。



その気配は、躊躇いがちにゾロの頬の辺りに投げかけられた。

覚えのある、弱々しい気。



ゾロは、庭の芝生に寝転び目を開かないまま、口を開いた。



 「来いよ。…何もしねぇから。」

 「!」



呼びかけに驚いて、身を震わせたのだろう。

しゃらん、と金属の飾りが鳴る音がした。



目を開き、ゾロは気配の元を見た。



小さいサンジだ。



生垣の傍にある楡の木の下から、そっとこちらを覗いている。

少し青い顔で、怯えて、それでも好奇心を目にわずかに漂わせて。



 「来い。」



再び呼ばれ、指で招かれて、サンジはおずおずと歩いてくる。

ゾロまで、数歩のところまで来ると、ゾロが



 「そこでいい。」



と、言った。



 「そこなら手も届かねぇ。それならいいだろ?」

 「………。」

 「座れ、見下ろされるのは好きじゃねぇ。」



素直に、サンジは座った。



 「…誰かに言って…来るわけねぇな。今日はあの『炎の賢者』サマはどうした?」

 「…エースは…今日はいない…。」

 「でも、おれには近づくなって言ってただろ?いいのか?」

 「………。」



黙り込むサンジに、ゾロは起き上がって胡坐をかいて座り、



 「まぁ、会えてよかった。この前はゴメンな。びっくりしたよな?悪かった…もうしねェよ。」

 「………。」



サンジは困ったように目を逸らした。

が、少し頬を赤らめて、小さな声で



 「…ごめんね…。」

 「お前が何を謝る?」

 「…あ、あのね…あの時…びっくりして…怖かった…。」

 「ああ…だから、悪かった…。」

 「違うんだ…!怖かったけど…後で…思い出したら…怖くなかった…。」



頬が、ますます赤くなる。



 「ドキドキしたけど…気持ちよくて…。」

 「………。」



サンジは、自分の拳を胸に当てて



 「…ここが…すごく痛くて…。」



サンジは、顔を上げてゾロをまっすぐ見た。

そして



 「……もう一度…ぎゅっ…って…して欲しくて……。」



普段青白い顔が、桃色に染まっている。



そうだな。



抱きしめてくれたのは、ロビンだけだと言っていた。

理由は知らないが、父母に疎まれ続けて、この王子は愛情に飢(かつえ)えているのだ。



自分と同じだな。



ただ、自分は母親に愛された記憶があるし、ウソップの家族は自分を心から慈しんでくれた。



ゾロは、黙って腕を広げた。

その胸の中へ、ためらうことなく小さな体が飛び込んでくる。

力をこめて、でも壊れないように、ゾロはその体を抱きしめた。



 「ゾロ、あったかい…。」



嬉しそうに、サンジが言った。

ゾロも、ほっと息をつく。



腕の中の小さな体が愛しかった。



こんな弟がいたらな。



ふと、そんな事を思う。



 「…ゾロ…もっと…ぎゅってして…。」

 「痛くねェか?」

 「痛くない…気持ちいい…。」



サンジの小さな手が、ゾロの背中に回る。

背中を覆うほどには届かないが、一生懸命厚いゾロの体を抱きしめている。









ぴし









 「?」









何だ?この音?



確か、あの時も聞こえたあの音だ。







ぴしっ





ぴしっ





何かが、ひび割れるような、弾けるような音。



 「ゾロ…もっと強く…。」



腕の中からの声が、どこか熱を帯びていた。

いつもの小さなサンジの声に、聞こえなかった。



 「チビ…?」



その時。



 「サンジ!!」



ロビンだ。



いつからそこにいたのか、傍らにカリファを連れ、手を静かに腹の上で組んで立ち尽くしている。



2人を見つめるその目。



 「ゾロ皇子、弟をお放しください。」



声は静かだが、口調は激しい。

目に、深い怒りと戸惑い。



そして



怖れ。





姉の声に、サンジは振り返らなかった。

ゾロの胸に顔を埋めたまま、離れようとしない。



 「サンジ!!」



今度は、はっきりと怒りの声だった。

ゾロも戸惑い



 「チビ、離れろチビ!」

 「………。」

 「チビ!」

 「サンジ!!離れるのです!!」



瞬間カリファの体が跳ねた。

サンジを抱えたまま、ゾロは跳ね起き瞬殺の蹴りを避けた。



 「危ねェ!!こいつに当たったらどうすんだ!?」

 「あなた様のみを狙っております!!殿下をお放しください!」

 「…チビ!おい!」



さすがに、女王本人とトラブるわけにはいかない。

それでもサンジは、しっかりと握ったゾロの服を放そうとしない。

むしろ、しがみつく力は増している。



おかしい









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              (2008/3/4)

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