BEFORE
 

ゾロとウソップは、それぞれ引き離されて投獄された。

石造りの牢獄だったがあまり湿気もなく、快適とは言いがたいが寝るには充分だ。

間の豪勢なもてなしが無かったものと思えば、野宿から牢獄は逆に天国だろう。

とりあえず、ゾロにはあまり手荒な扱いは出来ない。

ウソップは、その限りではないかもしれないが。

食事は出るが、さすがに質は落ちている。



 「酒が欲しいな。」



わざと牢番に聞こえる声で言ってみたが、願いがかなえられることはなかった。

それから3日。



 “翠天源神の御子と、蒼天女神の御子を、邂逅させてはならない。”



その言葉の意味を考えてみたが、基本的な知識がないゾロには、答えを出すことなどできない。



 『…知っていて、惚れたと言ってくれたのかと思ってたよ…。まさか知らないとは思わねェ。』



もし、その意味をおれが知っていたとして…。



そうだったら?



おれが惚れることはなかったとでも言いたいのか?



毛布を1枚敷いただけの石のベッドに寝転んでいたゾロは、起き上がり、その緑色の頭をボリボリ掻いた。



 「つまり…おれ達は出逢っちゃいけない者同士だったってことか?」



その独り言に



 「へェ、そのくらいの事はわかるんだ?」



答えがあった。

驚きはしなかった。



 「…何の用だ?」

 「歴史の講義に来てやったのさ。さぁ、授業を始めるとするか?殿下?」



エースだ。



エースは、牢番に軽く合図して、去らせた。



 「てめェはサンジの家庭教師だろう?」

 「まぁね。だが今日は、物分りの悪い別の皇子に、わかるまでみっちり説教してやろうかと思ってさ。」

 「サンジの封印、お前だろう?」



いきなりの質問に、エースは、一瞬黙ったが



 「よくわかったな。」

 「…炎の封印。お前しかいねぇな。」

 「…人が苦労して施したもんを、いとも簡単に破ってくれてよ。蒼天の力は水だ。

 対極にあるのは火だろう?そういうお前さんも、大地の力を封印しているじゃねェか。」

 「はぁ?」



ゾロの反応に、エースは少し驚いた。



 「…おいおい、とぼけるのも大概にしろよ。その耳、大地の封印じゃねぇか。

 誰がやったか知らねェが、随分と強力な印だよな。おれには外せそうにねぇ。大地と火じゃあ、大地の方が勝る。」

 「………。」

 「…まさか…お前さん、そのことも知らない?」



ゾロは答えなかった。

答えようがなかった。



本当にゾロは、何も知らない。

エースは、それに気づいた。

からかうようだったその目に、少し怒りが浮かぶ。



 「…なんてこった…当の本人に…本当に、お前は何も知らないんだな…?」



さすがに、そこまで我慢していたがゾロもキレた。



 「いい加減にしろ!その思わせぶりな言い方はもう沢山だ!!」

 「……わかった。悪かった。謝る。」



意外にも、エースは素直に詫び、牢の前の石畳に胡坐をかいて座った。



 「話は長くなる。お前さんも座れ。」



ゾロも、素直に座った。

鉄格子を間に挟んで、2人は真正面に目を交わす。



 「…お前さんの母親は、翠天源神の巫女だと聞いたが。」

 「ああ。」

 「生きているのか?」

 「死んだ。」

 「いつ?」

 「おれが10歳の時だ。」

 「…10歳か…じゃあ、無理もない…。」

 「………。」

 「お前さんの家来、あれは何者だ?」

 「ウソップは家来じゃねぇよ。…友達だ。乳兄弟だ。」

 「あいつの親は?」

 「父親は千人隊長だ。母親はお針子をしてた。おれの母親の幼馴染で、それでおれを育ててくれた。」

 「…その育ての母親は、今どうしてる?」

 「…死んだ。4年前に。」

 「なるほど…じゃあ、知らないのは本当に無理ねェな…わかった。

 そして、エネルとはお前さん、あまりいい関係とは言えねェんだろ?なら、教えてもらえるはずもねェ…もう一度謝る、すまなかったな。」



言って、エースは頭を下げた。

その飾らない態度に、ゾロは少し気持ちをほぐらせる。

理由を知りたい。

さまざまな理由を。

その思いの方が強い。



 「さて…どこから話せばいいものか…初めからの方がやっぱりいいか。

 お前さんが知ってる話も出てくるとは思うが、まァ、黙って聞いてくれ。」



エースは語り始めた。



太古の伝説から今日に至るまでの、御子達の伝え語りを。

感情に流されることのない、事実と真実のみを、エースは淡々と語る。

その間、胡座し、膝を握り、ゾロは微動だにしなかった。



そして話は、サンジの出生にまつわる出来事へ移った。



 「…そうして、生まれてきたのがサンジだ。蒼天女神の御子として生まれた時、あいつは既に蒼天の水の力を持っていた。

 だが生まれたばかりの赤ん坊、封じるしかない。当時の藍の神官10人で、なんとか封じて乗り切ったらしいが、

 成長と共に、それが難しくなってきた。おれが藍に来たのはその頃だ。

 おれが王に請われて、あいつに全ての封印を施し終えるまで、3ヶ月かかった。それだけあいつの力は強い。」

 「その封印のせいで、あのチビの姿か?」

 「そうだ。」



エースは小さく笑った。



 「成長するにつれて力はどんどん強くなる。周りのものが感じるのは恐怖だけだ。願ったはずの父親、生んだ母親ですら、わが子を疎んだ。」

 「………。」

 「成長が、力を膨張させる。それなら成長させなければいい。ただ、肉体の成長を抑えるには無理がありすぎる。

 だから、夜や、力を中和させるだけの自然のパワーが溢れている場所でだけ、封印が一時的に解けるように呪をかけた。

 …よりにもよって、そんな時に巡り会うとはね…。」

 「あの時、それが解けたのは何故だ?」

 「…だから、チビの方の心に変化が起きちまった。

 心も体も、10歳程度に抑えていたにもかかわらず、あいつはお前に惚れたんだ。

 いや、もしかしたら、中で眠っていたサンジの方が、お前を目の前にして必死で求めていたのかもしれねェ。」

 「………。」

 「…女王が言ってたよ。森でお前さんが会った男がサンジだとわかっていたが、知らないと言っても無駄だと思ったとね。

 小さいサンジを見せれば、あきらめもする、まさかあの幼いサンジに惚れるわけも無ェ。

 もっとも、基本的に男同士だからな。そんな色恋になるわけもない…そう考えたんだとよ。」



沈黙が流れる。



ゾロは何も言わず、エースを真っ直ぐに見詰めている。

絶対に目を逸らさない。



 「…サンジの想いが封印を破ったのか、お前さんの中の力が破ったのかがわからねぇ。」

 「………。」

 「もう一度言う。このまま、おとなしく碧へ帰れ。」

 「断る。」

 「………。」

 「帰ることは帰る。おれには野望があってな。あのバカ兄貴をぶん殴ってやりてぇって野望がよ。」

 「………。」

 「帰る時は、サンジも連れて行く。」

 「させねェよ。」



同時に、二人は立ち上がった。



 「これだけ言ってもまだわからねェか?」

 「何がどうあろうと、おれを止める理由にはならねェよ。初めからそれを知っていたかいねぇかなんて関係ねェ。

 今、それを知ったからといって、惚れたもんは惚れた、変わるもんでもねェ!!」

 「なァ…皇子。こういうことを、過去の連中が考えたことがなかったと思うか?」

 「?」



エースが、ゆっくりと手をかざす。

その掌から、炎が渦を巻いて生み出される。



 「!!」

 「…サンジの母親は、生れ落ちたわが子を見て叫んだそうだ…『こんな忌まわしい子供、殺してくれ。』とな。」

 「な…。」

 「自分の夫が女神に贄として差し出した子。女神の子として生まれた子供、自分はこんな子供を願っていない。

 そういうことだろう?増してほんの数ヶ月前に、碧で翠天源神の御子が生まれた、なんて聞けばなおさらだ。

 そして訳もわからず疎まれ続けたサンジが、最終的に母親から受けた仕打ちはなんだったと思う?」

 「…まさか…。」

 「その“まさか”だよ。そして逆に、母親はサンジの力の暴発で死んだんだ。」

 「!!」

 「過去、2つの星が出会って、幸福な結末を迎えたことなど一度もない。」

 「だったら、おれ達がその最初になってやるよ。」

 「…自惚れも大概にしろ、仕組まれた恋に身を滅ぼすような馬鹿か?お前は。」



仕組まれた?



 「…何だと…?」

 「なぜかは知らん。何故、翠天と蒼天の子同士、引き合い愛し合うのか。

 そして周りを巻き込んで、不幸を招くのか…なぁ、碧国皇子。考えろ。

 お前の兄は、そうと知っていてお前をここへ寄越した。お前に何も伝えないまま。こうなることを承知の上でだ。

 それに踊らされていいのか?もっと利口になれよ。こんな恋が、成就するはずがねぇだろ?」

 「黙れ!!」



 “…それを知ったら、おれから聞かなくてよかったと思うさ。”



知っていたらおれはどうした?

自分を縛め、押し留まったか?



仕組まれた恋だと?

これが?



こんなに締め付けられるほどの息苦しさが、作られたもののはずはない!!



 「…そんなもの、おれの知ったことか!!

 翠天だろうが蒼天だろうが、朱天だろうが紅天だろうが!!おれとあいつがなんだろうが、関係ねェ!!」

 「…わかれよ、ゾロ。お前、今自分がどんな顔をしているかわかるか?」

 「…さしずめ、恋に狂った顔か?言われなくてもわかる。」

 「わかるなら、引け。そうでなけりゃ、おれはお前を殺さなきゃならねェ。サンジを殺す訳にはいかねぇからな。」

 「やってみろ。」



牢獄の中、ゾロに逃げ場はない。

このままエースが火を放てば、無事ではすまない。

だがゾロは、微動だにしなかった。



 「焼き尽くされても、おれは退かねェ。捨てろと言われて捨てられるような、軽いもんじゃねェんだよ!!」



エースの眉間に、深いしわが寄せられる。



 「…簡単に言いやがって…。」

 「………。」

 「…その存在理由だけで、いとも簡単に掻っ攫いやがって…!」



吐き捨てるようにエースは言った。

そして



 「悪いな。あいつを、お前に渡すわけにはいかねぇんだ。」

 「……?」

 「死んでくれ、ゾロ皇子。」



エースの炎が威力を増す。

離れていても熱い。

辺りは熱波に包まれ、鉄格子さえ溶け落ちそうだ。



この力、尋常ではない。

これだけの力は、修行だけで培われるものではない。



 「エース…お前、まさか…!?」

 「残念ながら、お前の想像はハズレだ。紅天竜神の御子は、赤い髪を持っている。おれは違う。ただ、確かにこの力は、紅天のものだ。」

 「てめェ!!」

 「それ以上、知る必要はねェよ。死んでいくヤツにはな。……火拳!!」



炎の塊が、ゾロに向かって放たれた!



 「!!」



が、次に来るべき熱の衝撃はなかった。



ゾロが思わず閉じた目を開くと、そこに。



 「……勉強させに行くとか言わなかったか?エース?」



ゾロの目に映る、金の髪の後ろ姿。

どうやってそこに入ったのか、サンジはゾロの居る牢の中に立っていた。



 「…サンジ…!」



サンジは水の力を持っていると言った。

封印の解けた今、エースの炎さえ、指一本で簡単に中和させてしまう。

ゾロを背に庇うようにサンジはエースの前に立ち、じっと見つめる。



 「どけよ、サンジ。」

 「嫌だ。」

 「…あれほど言って聞かせても、わからないか?サンジ。」

 「ああ、わからねェ。わかりたくもねェ。わからなくていいよ、そんなくだらねェこたぁ。」



背中のゾロを振り返りもせず、サンジは言葉を続ける。



 「…エース、あんたがどれだけ、おれや姉さんを思ってくれてるか、よく知ってる。だけど、こればっかりは譲れねぇ。」

 「………。」

 「何故引き合って、何故惚れちまうのか…?確かにそう思う…けどおれは、それが作られた感情だなんて思わない。

 運命なんて言葉も信じない。おれという人間がこいつに魅かれた。それだけだ。」



エースの目が細められる。

ゾロも、ただ黙ってサンジの後ろ姿を見つめていた。

エースが、口を開く



 「…不幸を避ける為に、かつて碧と藍はその恋を認めて結ばせたこともあった。

 だが結果はどうだ?逆にそのことが他国の猜疑心を呼んで、戦が起きた。

 2人は幸福にはなれず、やがて悲しみの中で若い命を終えたんだ。」

 「そんなことにはさせない。」



ゾロが答えた。



エースは笑う。



 「甘いねェ…。」

 「………。」

 「だから、そういう訳にはいかねェって、さっきから言ってる。お前にサンジは渡せない。」



サンジが、怪訝な顔になる。



妙だ。



エースの物言いがいつもの彼ではない。



エースは小さく笑い



 「サンジはおれがもらうからな。」



と、言った。



 「!!?」

 「“陽炎”!!」



不意をつかれた。

いきなりの火の猛攻に、サンジも反応できなかった。

咄嗟に、ゾロがサンジを懐に抱え込む。



炎の中から声がする。



 「ゾロ、お前さんに会えてよかったよ。どうどうと宣戦布告が出来る。」

 「何!?」

 「サンジ、迎えに来る。それまでは甘い蜜月でも楽しんで居ればいいさ。楽しめれば、の話だがよ。」

 「エース!?」

 「くっ…!野郎!どこだ!?」

 「…おれにはお前が必要なんだ。碧に渡すわけにはいかねェ。」



まさか



 「エース!てめェ…!まさか…!!」



それ以上の言葉はなかった。

炎の渦は、2人を焼くことはなくまさしく陽炎のように揺らめいて消える。

その時すでに、エースの姿はなかった。



 「………。」



ゾロは、抱えたままのサンジの体を抱きしめた。

サンジも、力尽きたようにその胸に体を預ける。



やっと触れたぬくもりを確かめるように、ゾロはサンジを放さなかった。



出逢ってはいけない。

愛し合ってはいけない。

過去の悲惨な結末を、繰り返してはならない。

ひとつ間違えば、国ひとつ滅ぼす禁断の恋。



だが、そんなことは知らない。

おれ達には関係ない。

おれ達の行く末を、そんな言い伝えに邪魔されてたまるか。



 「…ゾロ…。」

 「………。」

 「聞いたろ…?」

 「………。」

 「それでも…。」

 「言うな。」



言わせない、と言うかのように、迷いのない自分の想いを告げるように、ゾロは激しく口付ける。



 「どんな理屈だろうと、この体とこの熱はおれのものだ。」

 「………。」

 「この場でお前に誓う。この想いはおれのものだ。翠天のものじゃねぇ。おれがお前に惚れたんだ。」

 「わかってる…おれも誓う。」



正面から、目を逸らさずに、2人は声を揃えた。



 「お前を愛してる。」



冷たい牢獄の中での誓い。

先の暗雲を、暗示するかのような…。



もう一度、唇を交わして抱き合う。



互いの熱を感じながら、心の中で思う。



この想いが波乱を呼ぼうと、誰かを不幸にしようと。

そしてもし、成就がなされなくても。



絶対に捨てはしない。



運命は、必ず勝ちとってみせる。





ゾロは、サンジの腕に幾重にも封緘がかけられているのを見て、少し険しい顔になった。



 「エースがくれた。…今はこれが精一杯だとさ…。同じ封印も呪も、2度は掛けられないんだと…。」

 「………。」



サンジは、ゾロの耳のピアスに触れて



 「大地の印か…。」

 「…多分オフクロだろうな…力のある巫女だったと聞いてる。…おれを案じて施したんだろ?そーいや、外したことねぇな…どうやったら外れんだ?」

 「さぁ…。」



サンジは、するりとゾロの腕から逃れ



 「…さっき…。」

 「ん?」

 「エースのことを…何か言いかけたよな?」

 「…ああ。…あいつ、お前に初めて会った時、自分は何者だと名乗った?」

 「…さぁ、それは姉さんに聞かないと…。」

 「じゃあ、ロビンに会わせろ。もしかしたら、あの野郎、とんでもねぇ狐かもしれねぇ。」

 「え…?」

 「悪いが、ウソップも出してやってくれ。できるだろ?」





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              (2008/3/21)

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