BEFORE
「…やっぱり、こういうことになっちまったか…?」
国境沿いの碧軍の陣容を遠めに見つめながら、エースは小さく笑う。
1人ではない、連れがいる。
緋国の“野猿”だ。
「いかがなされますか?“殿下”?」
「あー、その呼び方、やめてくれねぇか?おれは“はぐれもん”だしよ。」
「ですが…あなた様は国王陛下の弟君。」
「…そんなの知るか。おれが国を出てる間に、いつのまにやらそうなってただけだ。
それに性に合わねぇんだよ、王子だの王だの。けどな、なったらなったで、やっぱり望みってのを持っちまったからなァ。」
「………。」
「ルフィが跡を継ぐ時に、ボロボロの国じゃあしのびねぇよ。」
エースは、散歩でも楽しむように歩き始めながら。
「始めはな、サンジが気の毒だった。ルフィを思い出しちまった。だから、ちょっと手を貸してやった。
それが効を奏したと思ったんだが…あ〜あ、まさか、ああも簡単に、イキナリ登場男に攫われちまうとはなァ。
はっはっは!!伝説も馬鹿に出来なかったぜ。」
野猿は、小さく息をつき
「これからいずこへ?」
エースは少し考えて
「ルフィは燈にいるんだろ?それならおれも燈に向かうか。」
「緋はいかがなされますか?」
「エネルは本気でウチを攻めたりはしねぇ。今は燈に全力を注ぎこみたいのが本音だ。正直緋は、いつだって落とせる国だ。
燈を攻め、併合した後に緋を攻める。おれならそうする。巧くすれば、緋は戦わずして降伏だ。勝てっこねぇからな。」
野猿は、あからさまに不機嫌な顔になった。
「…いや…。」
エースは、不意に真面目な顔になり
「違うな…うん…ちがう…そうじゃねぇな…。」
「?」
「…燈じゃなく…。」
しばらく、黙ったままエースはその場に立ち尽くしていたが、やがて独り言のようにつぶやく
「…藍か…?」
そして、エースは今来た道を戻り始めた。
「殿下!エース様!いずこへ!?」
「悪ィ!フランキーには、もうしばらく藍にいるって伝えてくれ!!ルフィは大丈夫だ!
アイツはうまくやる!今は国境の守備だけ揃えておけば大丈夫だ!」
少し時間を戻す。
緋国王子・ルフィを迎えた燈の朱都。
この所毎日後宮から
「いい加減にしなさい!アンタァ!」
と、いうナミの叫びが聞こえる。
「いいじゃねぇか!!減るもんじゃなし!!」
「最低!最低!最っっっ低!!!さっさと緋に帰ってよ!バカ王子―っ!!」
今日も、これで何回目のやり取りだろう?
「ンマー、楽しそうだな。」
「賑やかでいいねぇ、んがががが。何があったんらい?」
「着替えの最中に、ルフィさんがいきなり飛び込んでいらして…。」
ビビも真っ赤になっている。
一緒に着替えていたらしい。
言い争いはまだ続いている。
「この前話してた、リスの巣見つけたんだよ!!見せてやろうと思ったんじゃねぇかぁ!」
「大体女の子の部屋に無断で入ってくること自体、デリカシーが無さ過ぎなのよーっ!!」
アイスバーグは、書類にサインする手を止めて、笑いながら
「…どうやら王子は、ナミの方が気に入ったようだな。」
「ええ、お姉さまもルフィさんが好きよ、きっと。」
ビビも笑う。
「そうらねぇ。今まで、どんな男も鼻にも掛けなかったからねぇ。あの娘には、あのくらい破天荒な男の方がいいよ。
んががが!気に病むこともなかったねぇ。あれなら無理強いすることもなさそうら。」
などと、家族が勝手に思い込んでいるとは、夢にも思わないナミだった。
「おとーさま!!」
バターン!!
みしっ
「今、ミシって、いったな…。」
独り言のようにつぶやく。
分厚いマホガニのドアを、一撃でヒビを入れる娘ってどうだろう?
何だか、ルフィが気の毒に思えて来た。
「アイツいつまでここにいるのよ!?」
「ンマー、彼次第だとは思うが。」
「早く緋へ追い返して!!」
「そうはいかない。」
「どうして!!?」
「色々と支度もあるだろう?」
「支度って何よ!?」
「一国の王女の嫁入りとなれば、ちゃんと段取りを踏んで、豪勢に行列をしたてて輿入れが普通だ。」
「何の話!?何の話!?どこに誰が輿入れ!?てか、何でそんな話になるの!?」
「フランキーも、緋の国民も、我が国民も喜ぶだろう。少し寂しくなるが。」
「あたし、いかないわよ!!なんであんなバカに!!」
と、アイスバーグは少し意地悪げに
「お前、とは言っていない。」
「え!?」
ナミが、沈黙した。
「…そんなに仲が悪くては、向こうへやるのは先が思いやられる。やはり、ビビの方がよいかもしれん。」
「ビビ…!ビビって…お父様…ビビはダメよ!あんな大人しい子なのに…!!ひとりで緋なんかへやれないわ!」
「…いずれは、お前たちはどちらかがどこかへ嫁ぎ、どちらかが女王になる。幼い頃からそう言い聞かせて来たはずだ。
お前が嫁ぐのが嫌なら、ビビをやるしかあるまい。これは国家間の盟約だ。」
「そんな!ビビは…いいって言ったの!?」
「いや、言っていない。だが、嫌いだとは言わなかったぞ。」
「でも好きでもないわ!好きでもない男と結婚なんて!!」
「だがお前は、もっと嫌なのだろう?嫌いだと言ったではないか。」
「!!」
言われて、ナミは真っ赤になった。
そして、少し戸惑い、やがて悲しい顔になった。
「…あたし…。」
父親なのに、大人気なかったかな。
と思う。
だが、このくらいの荒療治は必要だ。
間違いなく、ナミはルフィを気に入っている。
本人の、自覚がないだけだ。
「もう、いい。下がりなさい。このことはまた後にしよう。」
ナミは、黙って父の執務室を出ていった。
もし
ビビが
うん、と言ったら。
ビビが、ルフィのお嫁さんになるのよね?
そんなことを、ぼんやりと思いながら、ナミはふわふわとしたおぼつかない足取りで部屋へ戻ろうとした。
と
「ダメよ、ダメ!そんな所まで登れないわ、ルフィさん!」
「だーいじょーぶ!ちゃんと捕まえててやっから!!」
「きゃあ!ダメ!やっぱりコワイ!!」
「はっはっは!怖がりだなぁ、ビビは!」
庭の楠の木。
ルフィが、リスの巣を見つけたと言っていた。
先に高い枝に登ったルフィが、1段下まで登ったビビへ手を差し伸べている。
「ほら、そこに足かけてよ!」
「放さないでね…絶対放さないで…。」
「よーし、そうそう!引っ張るぞ!…そらっ!」
「きゃあ!」
「ホラ!登れた!」
「…はぁはぁ…ホント、登れた…!」
ルフィに抱えられるようにして。
笑うビビの頬が赤い。
ずき
「何?今の『ズキ』は?」
ナミは、思わず声に出していた。
「あ!!ナミ!!」
ドキ――ン!!
「何!?今の『ドキン』は!!?」
ビビが、嬉しそうに手を振る。
「姉さま!見て!私ここまで登ったのよ!!」
「う、うん…!あはは…!すごいじゃない、ビビ!」
「ナミも来いよ!」
「あ、あたしはいいわよ…!」
だって。
「いいから来い!」
「いいってば!」
「来いってば!!」
「いや!」
「来い!!」
「いや!」
「おれが来いって言ってんだから来いィ!!」
「!!」
一瞬、別の意味にとってしまった。
かぁぁあっ!
頬が一気に熱くなる。
「どした?ナミ?」
「…!!…なんでもない!!」
「姉さま、来て。可愛いのよ?」
ビビが招く。
ビビが呼ぶなら、仕方ない。
ナミが楠の下まで行くと、ルフィは上から見ろして笑った。
だが、手を差し伸べようとしない。
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(2008/3/29)
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