BEFORE
 



  なんで?

ビビは助けてくれるくせに。



 「…手、貸してよ。」

 「???何で?お前、登れるだろ?」

 「!!!」



登れる。

確かに。



何よ。

この扱いの差!!



 「何やってんだ、早く来いよ。リスが逃げちまう。」

 「…知らない!!」



ナミは、そのままくるりときびすを返して走り出す。



 「あ!おい!ナミ!?…なんなんだよ?」

 「…ルフィさん。追いかけてあげて。」

 「なんで?」

 「姉さま、追いかけて来て欲しいと思ってるわ。」

 「んにゃ、行かねぇ。」

 「………。」



しばらく、ビビはルフィを見つめていたが、やがて静かに言った。



 「ルフィさん、姉さまが好きでしょ?」

 「うん。」



ためらいのない即答。



ビビは、にっこりと笑って



 「…うふふ…あ〜あ!私、失恋しちゃった!」

 「あ?なんで?オレはビビも好きだぞ?」

 「でも、姉さまの次でしょ?」

 「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜?……うん。」

 「だったら、追いかけてあげて。」

 「面倒くさい。」

 「まぁ、ひどい。よかった、私、失恋して。」

 「ごめん。」



ルフィは、ビビを膝の上に載せたまま、少し遠くを見て言った。



 「…おれさぁ、何だかよくわかんないうちに、フランキーが王様になっちまって、

 わけわかんないうちに王子様とか呼ばれるようになっちまって、困っちまったんだ。」

 「ええ。」

 「でっけぇお城に連れて行かれてさ、勉強だの行儀だの作法だの、そんなのちっとも面白くねぇし役にたたねぇし。

 けど、これだけはわかるぞ。フランキーはさ、みんなが仲良く元気に暮らせるように働いてるってこと。」

 「ええ、そうね。それが王だと思うわ。」

 「一生懸命働くんだ。おれも、手伝いてぇし。みんなが幸せな顔、見てぇし。」

 「姉さまも、そういう人よ。」



ルフィは、きょとんとしてビビを見る。



 「ビビもだろ?」

 「私はダメ。私はこの国が好きなの。離れるなんて出来ない。私は私の国の民の笑顔を見たいの。だから、ずっとこの国にいる。」

 「………。」

 「お姉さまを、幸せにしてください。」

 「…約束できねぇ。」

 「駄目、して。」

 「きっと、たくさん泣かせる。おれ、馬鹿だから。」

 「姉さまは利口だから、丁度いいわ。」

 「そっか。」

 「そう。」

 「…ところでナミどこに行った?」

 「知らない。」

 「教えろ。」

 「教えない。」



ビビは、にっこりと笑った。



 「教えて欲しかったら、約束して。泣かせても、必ずまた笑わせてあげるって。私から大好きな姉さまを盗っていくドロボウさん。」

 「約束する。」

 「…ありがとう。…じゃあ、教えてあげる。」



幼い頃から、ナミはひとりで泣く時、隠れる場所がある。

勝気な彼女は、決して人に涙を見せなかった。

王妃である母が死んだ時も、ナミはずっと涙を堪えた。

父が、涙を抑えていたのだ。

泣きじゃくるビビと一緒に、自分も泣くわけにはいかないと思った。

姉なのだから。

これからは、父もビビも、自分が守らなければと思ったから。



だから、強くなろうと思った。

誰にも負けちゃいけないと思った。



あんな木の枝にくらい、簡単に登れる。



でも



 「ナミ!」



心臓が、破裂するかと思った。

『隠れ家』の入り口から、ルフィが顔だけ出していた。



 「な、なんで?何でここにいるのよ!?」

 「ん、ビビが教えてくれた。」

 「ビビが!?…あの子、ここを知ってるの!?」

 「知ってたぞ。ナミが、ここでひとりで泣くのも知ってる。」

 「!!!」

 「お前が思ってるほど、ビビは弱虫じゃねぇよ。」



燈国王宮の後宮は、背後に広大な森を背負っている。

山から流れる自然のせせらぎを引き込んで、大きな池を作った。

その池に面した茂み。

ちょっと見には、そこに空間がある事に気づかない。

幼い頃、ナミが作った秘密基地。

ビビにもナイショで、ここを知っているのは死んだ母だけのはずだった。

ルフィは、四つん這いになって、遠慮無しに入ってきた。

2人もいたら狭くて仕方ない。

狭い場所だがこじんまりと、テーブルや棚まで置いてあった。



 「おもしれ〜〜〜〜〜。うはっ!寝床まで作ってある!あ!宝箱だ!何入ってんだ!?」

 「ダメ!」



かまわず、ルフィは蓋を開ける。



女の子らしい、可愛い物が入っているのかと思った。

だが、



 「…これ、何だ?」

 「………。」



一番上に乗っていた、皮表紙の分厚い本。

その下に、訳のわからない道具や、紙の束。



 「…難しい本だな〜、全然わかんねぇ。これ、何に使うものだ?」

 「…六分儀…。」

 「こっちは地図か?うわ!すげぇ!この城の見取り図?」

 「…うん。」

 「こっちは…“赤の十字架”だろ?こっちは?」

 「この国の首都、朱の市外図よ。」

 「すげぇな〜〜誰が書いたんだ?」

 「…あたし。」

 「お前!?」

 「…うん…。」



ルフィは、目を丸くしてナミを見つめ、そして



 「すげぇ!!ナミ!!スゲェな、お前!!」

 「…え?」

 「すげぇ!すげぇ!すげぇ!すっげぇえぇぇ!!お前、ホンっっっトにすげぇな!!」

 「すごい…?」

 「うん!!」

 「…ヘンなヤツ。そんな事言うの、あんただけよ。」

 「なんで?」

 「王女の趣味じゃないんですって。地図や海図書きなんて。」

 「そんな事言う奴は馬鹿だな!」

 「え?」

 「馬鹿だ、そいつら!こんなにスゲェ事できる女、他にいねぇぞ?」

 「………。」

 「これ自分で覚えたのか?誰かに教えてもらったんじゃねぇのか?」

 「独学よ。その本が教科書。自分で勉強したの。」

 「うわあ!!マジでスゲェ!!」



ナミの頬が染まる。



 「あのさ、おれのアニキ、船大工なんだ。」

 「知ってるわ。」

 「おれの夢はさ、いつかアニキの造った船で海へ出る事なんだ!」

 「…え?」



って、あんた、将来緋の王になろうって人じゃない。



 「なァ、一緒に行こう!」

 「え?」

 「一緒に行こうぜ、ナミ!海にはもっと他に、いろんな国があるんだぞ!そんでよ、行った国の地図、お前が書くんだ!!」



馬鹿みたい。



そんな夢、叶うわけないのに。



でも











 「うん。」











 「行くわ。」





あ、言っちゃった。





 「よし!決まった!!」



ルフィは勢い立ち上がり、ハデに頭を天井にぶつける。



 「ねぇ、危ない時は助けてよ!?あんたが誘ったんだから、あたしの命はあんたが保障してよ!?」

 「おう!わかった!任せろ!!」









そっと、様子を見に来たビビ。そして



 「…あ〜あ…ホントに失恋しちゃった。初恋って、本当に実らないのね。」

 「んががが!何度も恋をして、いい女になっていくんら!」

 「おばあさまも?」

 「そうらよ〜?両手の指じゃあ、足りないねぇ!んがががが!!」

 「ンマー、初耳だ。」

 「あたしはねぇ、人の3倍はいい夢見てるんらよ?」

 「さて、急がしくなりそうだ。」



そして、それから1週間後。

碧の軍隊が燈国国境を越えた。











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              (2008/3/29)

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