BEFORE
 

全ての話が終わり、状況をまとめた時には、もう日は西に落ちていた。

途中、彼等は一度も休息を取らず、運ばれた茶にも手をつけず、時を惜しんで全てを語った。



 「…じゃあ、ロビン女王は、こちらの味方になってくれるのね?」

 「と、いうより、ここからは3国連合という方向に向かうだろう?」

 「とにかくおれは、エネルだけをぶっ飛ばしてェ。だが、国そのものを潰すわけにはいかねぇ。」

 「だったら逆に、今、あんたが碧へ戻って、皇位を奪っちゃえばいいじゃない。」

 「できねぇこともねぇが、今、あいつは碧全軍を総動員しているんだろう?それじゃあ、無理だ。おれには一兵もねぇ。謀反の正当性もねぇ。

 エネルが圧政を強いていると言っても、生活そのものに圧力があるわけじゃない以上、煽ったところで人は動かない。」



と、サンジが



 「おれならできるぜ。エネルひとり、ぶっ飛ばすくらいの事はよ。」

 「だめだ。」

 「…なんでだ?」

 「それはおれが、やらなきゃならねぇ事だからだ。」



ナミがうなずく。



 「後、問題はあんたの国、緋ね。ルフィ。」

 「おれんち?」

 「そう、あんたの兄さん、フランキーはどう動くかしら?」

 「多分今頃、カンカンになって怒ってると思うぞ。」

 「それはわかってるの。どう政治的な判断を下すかってことよ。いくら、盟約があっても、フランキーは兵を出すかしら?」



ナミがそういった時だ。



 「ああ、それは心配ない。今、フランキー自身が兵を率いて藍へ向かってる。」



誰?



 「この声…!」



サンジが言った時、ゾロが立ち上がった。



 「エース!!てめェどこだ!?」

 「えーす?」



ルフィが言った。



声はすれども姿が見えない。

何より、燈の兵が取り囲み守っている天幕の内、隠れる場所もないのに、どこからどうやって?



 「…いやぁ、これは皆様お揃いで。壮観な眺めだ。ラフテル4国の未来の王達が、一堂に会するトップ会談。」

 「てめェ!姿見せろ!エース!!」



腰の剣に手をかけて、ゾロは思わず隣のサンジを引き寄せた。

と、思案顔だったルフィが



 「えーす。エース。……ええ!?エース!?」

 「よぉ、ルフィ。元気そうだな。」

 「エース!!なんだよ!どこにいるんだ!?顔見せろよ!!」

 「って、お前、あいつの知り合いか!?」

 「おう、エースはおれの兄ちゃんだ!」

 「にいちゃん!!?」



ゾロとサンジが同時に叫ぶ。



 「やっぱり、てめェ緋国のもんだったか!」

 「しかも…それじゃ…フランキーの弟…?」

 「うん。小さい兄ちゃんだ。でも、ず〜っと旅に出てて、全然帰ってこねぇんだ。おい!エース!!何やってたんだよ、お前ェ!!」

 「あっはっは!悪ィ悪ィ。…けど、おれだって、お前のために頑張ってたんだぜ。」

 「何を頑張ってた、だ!この野郎!!」



ゾロ、逆上中。



 「よくよく考えたら、サンジをガキの姿で封じたのは、テメェの思うように仕込む気満々だったからだろうが!!」

 「ピンポ〜ン。正解。」

 「ぶっ殺す!」

 「…って、そんなワケないだろ?あれが一番いい方法だったんだ。」

 「エース!顔見せろよぉ!!会いたいぞ!!」



ルフィが言う。

だが



 「…悪いな、ルフィ。けど、無理だ。おれは今、そこから随分離れた場所にいる。

 今、おれから一方的にお前達を見てるだけだ。声しか、そこへは行けない。」



瞬間、天幕の中に炊かれた炉の火が赤々と燃え上がった。



 「そこか。」



サンジがつぶやく。



 「ああ、悪いな、サンジ。お前に施した封印の名残を辿った。でも、もう薄らいできちまったな…。

 もう、こういう芸はできそうにない。それにこの力も、そろそろ契約の期限が近づいた。返さなきゃならない。」

 「返す?」

 「ああ、この力は借り物なんだ。まぁ、それは何だっていい。とにかく、ガンバレ。」

 「エース!緋に帰って来いよ!」

 「その内にな。」

 「エース!」

 「ああ、ゾロ。」

 「…何だ?」

 「休戦と行こうぜ。今は、おれも手伝ってやるよ。期限までに、何とかしなきゃならないからな。」

 「何が休戦だ。何があろうと、こいつを渡すつもりはねぇぞ。」



エースが、小さく笑うのがわかった。

炎が揺らめく。



 「…お前はまだ、サンジのことを何も分かってない。」

 「……ほざけ…!」

 「…そして…自分の事もな。」

 「何…?」

 「まぁいい。休戦だ。…じゃあな、サンジ。無理するなよ?」



サンジは答えなかった。



 「エース!!」

 「そのうち会えるさ、ルフィ。じゃあな。」



一瞬、火は激しく燃え上がり、また、ただの火に戻った。



 「なんだよー、いっつもこうだ!エースの馬鹿!薄情もん!」

 「しかし…あの炎の賢者が緋の王子かよ…。」



ウソップが言った。





エースは、彼らがいる燈と藍の国境の街道からは随分と遠い、ある場所にいた。

炎を通じて彼等と会話した後、エースは大きく深呼吸をする。



 「…参ったな…時間がない…。」





時間がないのはゾロも同じだ。

だが、闇くもに走ってもどうにもならないと、ウソップにたしなめられた。

本当は、何を置いても走りたいのはウソップだろうに。



ナミは、3人の客に天幕を与えた。

ウソップは辞退したが、ゾロもサンジも許さなかった。

一度は聞き入れ一緒に天幕に入ったが、「ションベンしてくる。」と言ったきり、1時間経っても戻らない。

心配したゾロが探しに行くと、ウソップは燈の兵士達に混じって世間話に興じていた。



 「あの馬鹿…。」



大げさな身振り手振りで、笑いながら喋り捲っている。

楽しそうに見えるが、実はそうでないことはわかっている。



幼い頃からのつき合いだ。



「眠れ」と、言ったところで眠れるはずもない。



不安なのだ。

それはおそらく、ウソップの話を笑いながら聞いている兵士達も同じだろう。

無為な戦。

兄の愚かさ無謀さが腹立たしい。

だがその原因が、自分にあるとは夢にもゾロは思わない。



 「ウソップは?」



天幕に戻ったゾロに、サンジが尋ねた。

ゾロは答えず首を振り、だが笑って見せた。



 「…心配ない。好きにさせておく。」

 「そうか…。」



広いといえる天幕(テント)ではないが、オンドルがあり、床には毛皮の敷物が敷いてある。

充分に暖かい。



 「酒をもらった。飲むか?」

 「ああ、ありがてェ。」



サンジの真向かいに座り、差し出された杯を取ると一気に飲み干す。



 「美味ェ。…お前は?」

 「おれはいい。…明日に障ると困る。それに…酒は嫌いだ。」

 「そうか。」



父親を、酒で亡くした。



時折、遠くから笑い声が聞こえてくる。

だが、天幕の中には沈黙だけが流れた。



参ったな。



心の中でゾロは思った。



ウソップがいないだけで、間がもたねェってどうだよ?



ふたりっきり。



思いがけない閉ざされた空間。





ヤベェ





目の前の体を、引き寄せて抱きしめたい。



待て、おれ。



そんな場合じゃねェだろ?



けれど











 「ゾロ。」

 「あァ!?」



いきなりブチギレの答えに、サンジは面食らって目を丸くする。



 「…あ、わ、悪ィ。」

 「…不安か?」



いたわりの眼差しで、サンジは尋ねた。

たった今、邪な考えを抱いた事が恥ずかしい。



 「…まぁな…。」



だが、不安なのは…。



 「お前は?」

 「ん?」

 「お前も不安じゃねぇか?初めての遠出で、戦場へ行こうってんだからよ。」



サンジは笑い。



 「そんなわけあるか。…お前が一緒だ。」

 「………。」



ああ、だめだ。



やっぱり、抑えられねぇ。



ゾロは、サンジの腕を引き寄せ胸の中へ抱え込んだ。

躊躇うことなく、抗わず、サンジは素直に体を預ける。



サンジの熱が伝わってくる。

暖かく、清々しい。

心の中が、澄んだ水で満たされていくようだ。



 「…ゾロ…お前は暖かいな…。」



抱きしめる手に力をこめる。



心地いい。

力が溢れてくる。



目を交わす。

交わしてしまえば、それは離れる事はなく引き寄せあう。

唇が触れ、肩を抱く手が背中を滑っていく。



 「…ふ…。」



小さく震え、甘い息が漏れた。



触れたい。

もっと抱きしめたい。

直に、肌に触れたい。

熱い涙を見たい。



情欲の熱がゾロの中で高まっていく。



触れて、探る手をサンジは拒まない。

目を閉じて、薄く唇を開いて、震えながら高まる波に身を委ねている。



抱きたい。



欲しい。



熱が



熱が止まらない。























 「……っ!!」



突然、ゾロはサンジの体を引き離した。

荒い息を抑え、サンジの肩を掴んだまま叫ぶ。



 「ダメだ…!!」

 「…ゾロ…?」



潤んだ声で、戸惑いながらサンジが尋ねる。



 「…何がダメだ…?」

 「………。」

 「…あんなくだらねェ昔話を、間に受けてんのか…?」

 「………。」

 「お前の想いはおまえ自身のものだって、言ったあの言葉はウソか?」

 「嘘じゃねェ!!」

 「じゃあ、怖いのか?」

 「!!」

 「…怖いんだろう?…これ以上の禁忌を犯して、暗雲立ちこめる未来に向かうのが。」

 「そんなワケあるか!」

 「あるだろう?」



冷たく、サンジは言い放つ。



 「…おれは怖い。」



サンジは、はっきりと言った。



 「怖いぜ、おれは。怖くないと言ったら、そっちの方が嘘だ。」

 「………。」



サンジは、ゾロの頭を優しく抱えた。

耳元で、封緘の飾りが音を立てる。



 「…この事が、今度の紛争を起こした。何の関係もない人が死ぬかもしれない。それにおれ達が、無関係だとは必ずしも言えない。

 例えエネルの独りよがりな策略でも、それが成り立つ状況が揃っていることには違いない。」

 「………。」

 「それでも…好きだ…。」



抱きしめる手にサンジは力をこめて、ゾロの肩に顔を埋める。



 「見せるって言ったよな?あんなクソ伝説蹴り飛ばして、おれ達が最初の2人になってみせるって。」



サンジの背中に回った手に、力が甦る。



 「…おれの力も体も心も、全部お前にくれてやる…。」



サンジから、唇を寄せて重ねる。

その金の髪に指を差し入れて、ゾロは強く引き寄せた。



 「…サンジ…。」

 「…ん…?」



言ってもいいか?

と、ゾロは囁くように言った。



 「…おれは今、お前さえこの手にあれば、全てが滅んでもいいと思ってる。お前を手に入れる為なら、全てを滅ぼしてもいいと思ってる。」

 「………。」

 「…駄目だと言ったのは、おれのこの思考だ…。ウソップの親父の事を案じながら…碧の民の事を考えながら、

 口ではそう言いながら…おれは露ほどもそれらを案じていねェ。お前の事ばかり考えてる…。

 おれはきっと、誰か、何かがお前と他の何かを引き換えにしろと言ったなら、平気でそれをしかねねェ。…おれはそういうヤツだ。

 本当は、そういう男なんだ。皇帝になる資格なんざ無ェ。」



サンジは、苦しい告白を受け止めながら、静かに笑い。



 「ありがとう、ゾロ。」

 「………。」

 「それで充分だ。」

 「………。」

 「…この出逢いが…仕組まれたものでも…おれは嬉しい…。」

 「…おれもだ…。」



再び、交わされる口付け。

熱く、深く。

絡まる舌の濡れる音。

熱い吐息が、乱れて漏れる。



 「…抱くぞ…。」



ゾロの言葉に、金の髪が揺れた。











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              (2008/4/5)

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