BEFORE
ぞろ
ぞろ
いたい?
ごめんね?
ぞろ、よくきいて?
これはね、“ふういん”なの
ぞろ
ごめんね
ごめんね
こんなことになるなんて
なんて
つみなことをしてしまったのだろう
「…ん…ぁ…ああ…。」
暖を取るオンドルの灯火に、白い肌が朱色に映えて浮かび上がる。
重なった肌が熱い。
誰も触れた事のない処女雪に触れる時のような畏れに、ゾロの胸の鼓動は一層高まる。
頬を伝う涙は清らかで、唇からこぼれる吐息は甘い。
ゾロは、幾人かの女を知っていた。
だが、こんなに美しくて清らかな体を、他には知らない。
自分の為にだけある、愛しい器。
誰にも渡さない。
触れさせない。
一瞬、エースの顔が浮かんだが、それを払い除けて心の中で悪態をついた。
肌の産毛さえ金色で、柔らかく光っている。
髪の一筋も、指の爪先までも――。
「…おれのものだ…誰にもやらねェ…!」
「…ゾロ…ゾロ…っ!」
すがりつく体を、力の限り抱きしめる。
放さない。
絶対に放さない!
死さえも、決しておれ達を分かつことはできない、させない!!
荒い息を隠すこともせず、ゾロはサンジの胸に頬を滑らせながら言う。
「…ひとつになりてェ…お前の中に…入りてェ…!」
サンジは少し戸惑い、だが、唇を噛み、わずかにうなずいた。
「…おれも…なりたい…ゾロ…お前と…ひとつになりたい…。」
それでも震える体。
「…大丈夫だ…なにもかも…全部…何があろうと…!!」
叫ぶように言い放ち――。
同じ父の血より生まれた。
父の手より生まれた。
同じ血が交わることは、禁忌。
同じ血を持つからこそ
吾はそなたが欲しいのだ
同じ血を持つからこそ
わたくしも
あなたが愛おしい
けれど
互いが共にあることは出来ない。
許されることはない
その罪を
腹に抱えてしまった
罪を
この世に残してしまった
罰は
全て
わたくしが受けましょう
兄上
わたくしの
力も体も心も
すべて
あなたのものです
それを阻む事はできないと知っていた。
回りだした運命の輪は、誰がどうあがこうと止まらない。
オンドルの炉の火が大きく揺らいだ。
その炎を通じて、大気が大きく動くのを、遠く離れた場所にいながらエースは感じた。
藍へ向かう、緋国軍の陣営。
総大将である国王フランキーの陣幕。
その前で、夜空を見上げ、口惜しげに唇を噛む。
「…あの野郎…。」
と、幕を払い、フランキーが出て来た。
振り返って、その顔を見てエースは笑い
「…よぉお、兄上様。」
「何が“兄上様”だ。この馬鹿が。…いつ来た?」
「たった今。もっと強い護衛をつけろよ。こんな奥まで簡単に来れちまった。」
「ほっとけ。」
弟の隣に並んで立ち、フランキーは空を見上げる。
「面白いもんでも見えるか?」
「…いや、もう見えねェ。…見るのもヤボってもんだ。そんな趣味ねェよ。」
「ルフィに会ったか?」
「ああ、まぁ。声は聞けた。顔も見た。…ああ、嫁さん、可愛い子だぜ。」
「あっはっは!そうか、さすがはおれの弟だ。」
「燈の王女に風の力は無い。…よかった。風は火を煽り立てるだけだからな。」
エースの言葉に、フランキーは途端に口をへの字に曲げた。
「…エース。」
「…時間が無い。この力、もうルフィに戻さなきゃならねぇ。」
フランキーは少しうなだれ、そして
「すまねぇな。」
と、言った。
「おれの方こそ…役に立たなくてごめんな。」
「そんなことはねぇ。」
フランキーは、弟の頭に手を置いた。
「蒼天の子は、翠天の子と引き合う。こればっかりは、どうにもならねぇモンなんだろうよ。
…もっとも、ウチはお前がいたから、ルフィに辛い思いをさせずに済んだ。」
「………。」
ルフィが生まれた日。
祖父が、生まれたばかりのルフィをどこかへ連れて行こうとした。
父が怒鳴って、母が泣き叫んで、フランキーも声を荒げて。
幼いエースには、その理由がわからなかった。
誰も、ルフィにそれを望まなかった。
なのに、ルフィは―――。
ルフィは、8歳になるまで家から決して外へ出されなかった。
エースが、その術を持つまでは。
そしてルフィが8歳、エースが11歳のある日、エースはルフィに呪をかけた。
「…ルフィにその力を戻したら、どうなる?」
「どうにもならない。おれはこの力を枯渇させちまうつもりだ。だから、紅天竜神との誓紙が破れてもルフィは変わらない。
今まで通りのルフィだよ。…サンジさえ、こっちのモンにしちまえば、もっとよかったんだけどな。」
「………。」
しばらく、沈黙が続いた。
「お前ェはどうなる?」
フランキーが尋ねた。
低い、重い口調だ。
エースは小さく笑い
「……おれもどうにもならねぇよ。ただの人間に戻るだけだ。」
「本当だな!?」
「…ああ、本当だ。」
エースは大きく伸びをして
「じゃ、行ってくる。あいつらに、ちょっと手ェ、貸してくる。」
「無茶するなよ。」
「…わかってるよ。まったく、ウチの長兄は心配性でいけねェや。」
「生きて帰れよ!」
「…わかってるって。」
ほんの少しの散歩。
そんな雰囲気で、エースは軽く手を上げて去っていった。
ルフィは、感情の豊かな子だった。
だから、その起伏で様々な問題も起こした。
ルフィは悪くない。
ルフィにそんな意識は無い。
生れ落ちた末の弟は、真っ赤な髪をしていた。
腹が空いたと赤子が泣く度、家のどこかが燃えた。
神殿か王宮へ、預けるべきだと祖父は言った。
だが父は許さなかった。
家を全て石造りにし、できる限り、燃える物をルフィの側に置かなかった。
家族全員、火傷が体から消える事がなかった。
疲れた母が、ゆっくりと狂っていったのは仕方のないことだった。
エースは、神殿の神官に相談した。
口の堅いよい人だった。
エースに、ルフィから紅天竜神の力を引き剥がす方法を教えてくれた。
その為に、エースは家を離れ修行をし、11歳の幼さで1級神官の地位にまで昇り詰めた。
そして、エースは神と誓紙を交わした。
ルフィから、一定の期間を区切って紅天の力を『借りる』誓約だ。
その一定の期間。
ルフィの18の誕生日。
それまでに、全ての力を使い切るか、或いは火の力を抑える水の力を手に入れるか。
ルフィから紅天の力を引き剥がすと、真紅だった髪はエースと同じ黒い色に染まった。
そうして、エースはサンジの元にやってきた。
サンジを、ルフィに与える為に。
いつかは攫っていくつもりだった。
だが、それをしなかったのはロビンの存在だ。
ロビンは、心の底から弟を愛している。
その思いを、エースは誰よりよくわかっていた。
そしてエース自身、自分を頼りにするサンジを、ルフィに重ねて心から慈しんでいた。
なのに
「ロロノア・ゾロ…!」
その存在理由だけで、いともた易く全てを奪って行きやがった!!
どんな理由も理屈も要らない。
ただ、腹が立つ。
そしてそれを利用して、混乱を起こそうとする碧皇帝にもだ。
4国の併合など、断じてさせない。
歩みを進めながらエースは思い出す。
解かれた封印の代わりに封緘をサンジに渡した時、サンジの目には何のためらいも無かった。
全てを受け入れ、戦う覚悟ができていた。
口惜しかったが嬉しくもあった。
自分が、サンジをそういう男に育ててきたのだ。
ルフィも、ゾロも、ナミも、あのウソップという従者ですら、なんと心強い若者だろうと頼もしくさえある。
「参った…。」
小さくエースは笑った。
あの5人に、幸福になって欲しいと素直に願う。
見たいと思う。
彼等の国を。
「もうひとふん張り、してくるか。」
エースは歩みを速めた。
目指すは、藍と燈の国境。
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(2008/4/5)
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