BEFORE
 

翌日は、雲ひとつ無い晴天だった。

陣幕をはらい、隊を整え、燈国軍の旗が掲げられる。



ナミの本隊へ、ゾロが馬を寄せた。



 「先軍にいさせてくれ。斥候が戻ったらすぐに先行する。」

 「いいわ。気をつけて……ゾロ?」

 「あァ?」



ナミは、馬の上から怪訝な顔でゾロを見た。



 「ゾロよね?」

 「…何、言ってんだ?ちゃんと目ェ覚めてっか?」

 「覚めてるわよ!…何だか、昨日と雰囲気が違って見えるから…。」

 「そうか?」



と、ナミの隣にいたルフィが



 「あ。耳が無ェ。」



耳!?

ぎょっとして、ナミはゾロの耳を見た。

すると



 「!!ホントだ、ピアスが無いわ。」



確かに、左の耳についていた、金のピアスが無くなっていた。

ゾロは、重みがわずかになくなった耳に触れた。



 「…ああ。夕べ外れた。」



ルフィとナミは、あれが封印であった事を知らない。





外れたのだ。

封印が3個とも、一度に。





昨夜。





サンジと結ばれ、その中で果てた瞬間に、3個全部砕け散った。



桃色に染まったサンジの胸の上に、金の欠片が散らばった。

そして、散らばった欠片は見る見るうちに、サンジの皮膚から体内へ、吸い込まれていったのだ。



 『…どういうことだ…?』



荒い息の中で、喜びと同時に戸惑った。

だが、サンジはそれに気づいていない。

共に達して、震える体を抱きしめたい欲求の方が戸惑いに勝った。



 『…サンジ…。』



呼びかけ、固く抱きしめると、サンジは抱き締められていながらゾロを求めて、指で空を探った。



 『…ここにいる。お前を抱きしめてる。おれはここだ。』



うなずいて、サンジは小さく笑った。

荒い息。

まだ震えの止まらない体。

涙で滲んだ目に、ようやく思考が戻ってくる。



 『…冷た…。』



重なった肌の間にある、その不快感にサンジは眉を寄せた。

その様子に、ゾロは少し頬を染めて尋ねる。



 『…初めてか…?』

 『…え…?』

 『…出したの…初めてか?』



サンジは、ゾロが指で掬ったものを見て、少し不思議そうな顔をした。



 『…これ…?』

 『…ああ、お前のだ。』



言って、ゾロはそれを舌で舐め取る。



 『……!!』



初めて、サンジの顔が真っ赤になった。

これがそうなのだと、初めて知ったのだ。

驚き、顔を覆うサンジをさらに強く抱きしめる。



 『…気持ちよかったろ?』

 『言うな…!!』

 『恥ずかしがるな。当たり前のことだ。…今までずっとチビのままで、気がつかなかっただけだ。』

 『………。』

 『顔、見せろ。見たい。』



おずおずと、サンジが顔を上げる。

恥じらうような、怒ったような表情。

だが綺麗だ。

愛しさが募る。



そして



 『…お前は…?』



と、小さな声でサンジが尋ねた。



 『ああ、良かった…すげぇ嬉しい…。…痛かったか?』

 『…少し…。』

 『悪ィ…。』

 『…ゾロ…。』

 『…ん…?』



その時のサンジの笑顔。

一生忘れない。

瞬間ゾロはそう思った。

そして、サンジは穏やかな声で



 『これからの全ての出来事を…全ての感覚を…感情を…一緒に…。』



抱きしめる以外に、答える言葉はなかった。



あるのはただ、愛しさだけ。

そして



 ( 強くありたい。今よりもっと、強く。)



エネルを倒す力を。

運命に打ち勝つ力を。



心の底から望んでいた。







封印が砕け、砕けたそれがサンジの体に取り込まれたこと。

その不可思議に改めて戸惑ったのは、目覚めてからのことだった。

サンジですら、ゾロのピアスがなくなっている事に気づいたのはその時だ。



 『…何故…?』



理由はただひとつだ。



サンジと結ばれた。



それが封印を砕いた。



サンジの力なのか、ゾロ自身の力なのかわからない。

だが、外れたといっても、ゾロにはその変化が掴みかねた。



しかし

ひとつだけ、ゾロにはわかることがある。



力が漲っている。

封印が外れたせいではない。



素肌のままのサンジを引き寄せ、唇を吸った。

愛しさが、力を溢れさせる。



後朝のサンジは、いつにも増して美しかった。



陣幕から、銀の甲冑姿で現れた彼を見た兵氏等は、その眩さに思わず膝を折った。

自分の兵氏等にそうさせてしまう。

ナミにとっては不愉快かもしれない。



ウソップは、朝になってから天幕に戻った。



 『おーっす!起きてるかぁ?』

 『ああ、おはよう、ウソップ。』

 『…どこ行ってたんだ、てめェ。』

 『あー、燈の連中と意気投合しちまってさー。話しこんでた。』



すでに目覚め、支度を万端整えていた2人のその姿を見て、ウソップは昨夜、自分がいなくて正解だったなと心の中でつぶやいた。

そして思わず、しゃがんで脛当てを整えているゾロの頭を、くしゃくしゃと撫で繰り回していた。



 『なんだよ!?』

 『いや〜〜〜〜。』



気づかれているとゾロも悟ったのだろう、真っ赤になって手を払いながらウソップを睨み付ける。



同じように顔を赤くさせて、かすかに微笑を浮かべるサンジの、昨日までとは打って変った輝きを見れば、誰だってわかる。

そして、華麗を極めているのはサンジだけではなく、ゾロもだ。



 ( なんか、光ってないか?ゾロのヤツ。)



『朝日のせいだろ?』と、ゾロは答えた。

サンジの金髪が映えて見えるのだろうとも言った。

だが、そうではない。



 ( いや、やっぱりお前ェ自身が光ってる…。)



そしてウソップは、その時気がついた。

ゾロのピアスが失われた事を。



 『大丈夫なのか?』



尋ねると、ゾロは笑って



 『大丈夫だ。全然自覚は無ェしよ。何がどう変わったって事も無ェ。…お袋の気の回しすぎだったのかもな。』



と、気楽に答えた。



 『…そうならいいけどな…。』



ゾロは笑い、ウソップの肩をポンと叩いた。







 「出発!」



ナミの号令で、行軍が始まった。

ゾロはまだ先軍に戻ってこないが、ウソップは隣の馬上のサンジに尋ねる。



 「…大丈夫か?」

 「何が?」

 「……あ〜〜〜〜〜……体。」

 「………。」



赤くなり、少し怒ったような顔をしたが



 「…ありがとう、大丈夫だ。」

 「…そか。」

 「…ありがとう。」

 「あ?」

 「おれは幸せだな。」

 「………。」

 「…祝福なんかされないはずなのに、姉さんも、お前も許してくれる。」

 「…別に…おれはただ…。」

 「ただ…?」



ウソップは、にこりと笑い。



 「ゾロのヤツは…ほら、アレだから…小さい時から色々あったし…まぁ、アイツはああいう性格だから、

 そんなに自分が苦労したとも思ってねェんだろうけど…。」

 「………。」

 「…やっぱりよ、おれじゃどうにもならねェ部分ってあるじゃねェか。だから、アイツに心底惚れてくれて、

 アイツが惚れて、そんな相手ができてよかったって思うんだ。…だから…礼を言うのはお互い様だ。」



サンジは笑い



 「ウソップ。」

 「あ?」

 「お前、おれとも友達になってくれるか?」



サンジの言葉に、ウソップは少し怒った顔になった。



 「何言ってんだ!今更!!…ダチのダチはみなダチだ!

 お前ェは!もう!おれの大事なダチだ!!心の友と書いて“心友”だ!!」



滲んだ涙を隠そうと、サンジが天を仰ぐように髪を払ったとき、後続からゾロが追いついた。



 「ウソップ。お前、ここからヤソップの所へ行け。ナミには話をつけてある。」

 「何で?」

 「何で?何でってお前ェ。」

 「おれはお前の家臣だ。お前が行く場所へ行く。」

 「ウソップ!」

 「あのな、ゾロ。おれの親父が、そう簡単にくたばると思ってんのか?」



ゾロは言葉を詰まらせた。



 「勢いで飛び出しては来たけど、おれは最初からお前と行くつもりだった。お前がエネルの本陣を目指すなら、おれもそっちへ行く。」

 「だが…。」

 「お前が親父を心配してくれるのはうれしい。けどな、お前を残しておれが親父の所へ行ってみろ?その場で親父に殺されちまうぞ。

 お袋だって、生きてたら同じことを言う。だから、おれは行かない。おれが行くのはお前と同じ道だ。」

 「ウソップ。」



苦しげなゾロへ、ウソップはさらに畳み掛けて言う。



 「いいか、ゾロ。お前は翠天源神の子だ。お前に希望を抱いてるのは、お前の母親や、おれ達一家だけじゃない。

 一番お前に近い場所にいるおれの役目は、お前を援けて、お前を碧のてっぺんに連れて行くことだ。」

 「………。」

 「連れて行くのはおれ。そしてその後、支えていくのはサンジだ。」

 「ウソップ…。」



ウソップは笑い、そして胸を張り、叫んだ。



 「翠天源神よ、天より御照覧あれ!地の者たちは音に聞け!

 目にすること可能(あたわ)ば、その眼(まなこ)に篤(とく)と焼きつけよ!!

 これにあるは碧国第106世皇帝ロロノア・ゾロ陛下におわす―――!!」



一瞬、ゾロは顔を蒼ざめさせた。

これは宣誓だ。

だが、ウソップは怯みもせず



 「蒼天の祝福を受けし翠天の御子、我らが皇帝はこれに在り!!」



周りを囲むのは燈の兵ばかりだ。

なのに



 「おおおおおおおう!!!!」



歓声が上がった。



 「燈国万歳!!」

 「緋国万歳!!」

 「蒼国万歳!!」

 「碧国万歳!!」



そして



 「国王万歳!!」

 「新皇帝万歳!!」

 「万歳!!」



声は、波紋のように広がり、ナミの本陣にまで届く。



馬上から、ナミは目を丸くして



 「何!?」

 「賑やかだなー。」

 「そういう問題…。」



ルフィとナミの周囲での歓声は、『燈国王万歳』『緋国王万歳』、そして『王妃万歳』だった。

近侍が馬を寄せ



 「先軍のゾロ殿下を称えて、声が挙がったようにございます。」



と、ルフィが



 「あ〜〜〜〜、あいつら楽しそうだな〜〜〜〜。ナミ!おれも前に行くぞ!!」

 「え?!ちょっと!!」



馬に一鞭くれて、ルフィは先軍へ走っていってしまった。



 「もう!」



ナミも追う。



ルフィとナミが先軍に姿を見せると、声は一層高くなり、天を震わせるかに思えた。



 「万歳!」

 「万歳!」



大地が生まれ、4人の神が降り立ってから幾千年。

その血筋の者達が、一堂に会する事は稀だった。

明らかな神の恵を浮けた子等が、目の前にいる感動に兵氏等は奮い立つ。



 「勝てるぞ。ナミ。」



ルフィが言った。

ナミも大きくうなずいて



 「ええ。この勢い、止める理由は無いわね。ゾロ、お願い。」

 「ああ。」



ゾロは腰の剣を抜き、空へ向けて突き立て叫ぶ。



 「進め!!」



鬨の声が挙がり、勢いを増した燈軍はその進行速度を上げた。









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              (2008/4/18)

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