BEFORE
それから少しの時が経ち、エネルの本軍を抱える碧国軍は、藍と燈の国境へと差し掛かった。
谷を抜ける狭い街道に至る手前に、広い草原がある。
碧の斥候が、進軍するエネルの本軍へ駆け込んできた。
「申し上げます!!」
エネルは、馬には乗らず侍従の担ぐ輿に乗って、その上から斥候の兵を尊大な目で見下ろす。
「敵影を発見いたしました!これより先の平原にて、陣容を整えてございます!」
その報告に、エネルは手で遠くを仰ぎ見ながら薄く笑い
「して?藍の軍か?それとも燈か?」
「それが…。」
斥候は言葉を濁した。
「何だ?」
と、先軍からどよめきが起きた。
明らかな、戸惑いの声によるざわめき。
「何が起きた?」
エネルの問いに、斥候はためらった。
やがて視界が開け、緑の草原が現れた。
その向こうに、扇形に造られた陣形があった。
兵の数は5000といったところだろう。
今、エネルは1万の兵を擁して進軍しているから、恐れるに足らない数だ。
陣は、思ったとおり燈の旗を立てている。
王族を司令官としている証の幟も、鮮やかに光っているのが見えた。
「じゃじゃ馬姫か。」
エネルは笑った。
不足この上ない敵だ。
だが、エネルは次の瞬間、その陣の先頭、中央に立つものを見て目を見開いた。
「!!?」
黒い鎧姿の騎馬武者。
その両隣に、白銀の甲冑を身に着けたやはり騎馬姿の武者と、真紅の鎧に身を包んだ騎馬武者の姿。
3人が3人共に従者を従え、その従者がそれぞれの旗を押し立てている。
白銀の武者は水を表す瑠璃色の。
真紅の武者は火を表す瑪瑙色の。
そして、黒い武者は大地を表す翡翠色の。
しかも、黒い武者は翡翠色の旗と共に、皇帝の象徴である大鎌を携えていた。
黒い武者が、頭を覆う兜を取り去った。
青い空の下に現れたのは、鮮やかなまでの緑色の髪。
エネルが、絞り出すような声で叫んだ。
「…ゾロ…!!」
兵士たちのざわめきは、ゾロの姿ゆえだった。
本物の、王権を示す神物は全てエネルの手にあるが、ゾロの出で立ちはまさしく“皇帝”のものだったからだ。
ゾロは、懐から小さかったサンジが編んだ草の王冠を取り出した。
少し、しおれていたが、ゾロはそれを自身の頭上に戴いた。
エネルの、碧の兵士らの目の前で。
と、萎れかかっていた草の冠が、その緑の勢いを取り戻した。
「!!」
ざわめきが大きくなる。
と、ゾロに付き従い、皇帝の旗を押し立てていたウソップが一歩前に出
「奇跡を見よ!!」
と、叫んだ。
「わが皇帝は蒼天の祝福を受けた!!」
エネルが叫ぶ。
「皇帝だと!?」
ウソップは臆すことなく、遠く輿上のエネルを睨みつけた。
そして
「碧の民よ!その愚か者はかつてその位を簒奪し、己の兄弟を誅した!それはまことの皇帝にあらず!!
真の皇帝はこれにある!!翠天源神の御子にして前皇帝の第11皇子ゾロこそ、汝らが皇帝なりィィ!!」
声を限りに叫んだウソップは、思わずふらつき旗の柄に体を預けた。
足は震えている。
いつかは、と覚悟したことだった。
と、ルフィが馬上から
「よくやった!」
と、小声で言った。
ゾロは何も言葉を発しない。
すると今度はサンジが
「藍は碧105世皇帝を認めない。速やかに位を降りよ。」
「…何を…生意気な…貴様…忌み子の分際で…!!」
「緋も、お前を認めねェ。」
ルフィが言った。
そして、後方から進み出た、オレンジ色の髪の女武者も
「燈も認めない。」
と、言った。
そして、ゾロ以外の3人が声を揃えて叫んだ。
「三国が碧皇帝と認めるのはロロノア・ゾロだ!!」
思いもかけない事になった。
当の碧以外の三つの国が、ゾロを碧皇帝に押したてたのだ。
ナミが叫ぶ。
「エネル!速やかに兵を退け!!このまま陣を進めれば、燈全軍をもって払うが如何に!?」
「笑わせるな、じゃじゃ馬姫。燈の全軍のはずはなかろう?」
「オームの軍なんかすぐに蹴散らして、お父様はこちらへとって返すわ。」
「笑止。」
エネルは輿の上に立ち上がり、両手を広げた。
「吾が碧の兵共よ、見るがいい。伝説は果たされた。」
エネルはゾロを指差し、そしてサンジを指差すと
「二人の御子の邂逅はこの世の禁忌。」
サンジの眉が歪む。
「いや、それ以前に人としての禁忌を犯したな。ふたりの忌み子。」
今度は、ゾロの目が吊り上った。
ゾロは一言も発していない。
この場で、ゾロが最初に発する言葉は皇帝宣旨でなければならないからだ。
自分が、その禁忌を煽りたてておいて何を今更。
さらにエネルは
「ロロノア・ゾロ。」
と、弟を呼んだ。
そして大仰に腕を振り上げ
「聞くがよい、兵共。この者は、巫女の位にありながら前皇帝をたぶらかした女の息子だ。」
「!!」
「見るがよい!あの緑の髪を!黄金の髪を!あれは祝福ではない。呪なのだ!!知る者もあろう!
二人の御子の邂逅は禁忌!!その禁を、二重に破ったものを玉座につけることができるのか!?」
ナミが歯噛みする。
「なんてヤツ…!」
「………。」
ルフィもただ無言でエネルを睨み付けている。
ゾロの傍らに控えたウソップは顔面蒼白で、噛み締めた歯がガタガタと音を立てているのが聞こえた。
『禁忌』と言う言葉を聞いた瞬間、燈軍の中からもざわめきが起きた。
エネルは薄く笑い
「だが、吾は寛大だ。弟よ。今すぐに許しを請うならば、許す心は持っている。」
「………。」
皇帝の宣旨を、あくまでさせないつもりだ。
例え今ゾロが宣旨を発しても、碧の兵は動かない。
エネルは、ゆっくりと輿を進めてきた。
張り上げなくても、声の届く位置だ。
三国の王子王女が推す皇帝ならば、碧の兵も従うと思った。
なのにエネルは、王家のみの口伝をネタに、『禁忌』という言葉で信心深い碧の兵士を抑えてしまった。
「戦うか?勝てるか?吾に?」
「………。」
その時
「勝つさ。」
その言葉に、エネルは声の主を見た。
サンジだ。
「皇帝エネル。」
そう呼び、サンジは馬から降りた。
声は低かったが、朗々と草原に響き渡る。
1万5千の兵が、瞬時に水を打った様に静まり返った。
サンジは、エネルに白い指をつきつけ
「その玉座を、血によって奪ったお前におれ達を裁く権利はない。」
「…開き直るか。」
「ああ。」
サンジは艶やかに笑った。
そして
「人聞きの悪いことを言わないでもらおうか。
例え、ここにいる兵等全てに蔑まれても、おれは自分の想いを偽りはしない。おれは、あいつを…ゾロを愛してる。」
「………。」
「おれの命も、体も力も、全てあいつにくれてやる。覚悟しとけよ、この耳たぶ野郎。」
「決裂だな。」
エネルが蔑むように答えた。
その時
「おい!お前ら!!」
ゾロだ。
「あの馬鹿!!」
ナミが叫ぶ。
だがゾロはお構い無しに、碧の軍勢に向って叫んだ。
「お前達に聞く!!お前達はこれでいいのか!?平穏を破り、崩し、いわれのない戦をしかけ混乱を招こうとしているこいつを許せるか!?
声すらも潜めて暮らさなければならない生活を、この男が生きている間続けられるのか!?
諌めの言葉すら聞きいれぬこの男を、それでもお前達は皇帝と呼ぶか!?」
一瞬、軍勢がわずかに揺れた。
「四国を併合し、我が物にし、独裁の限りを尽くそうというこいつに!それでも従うか!?」
ざわめきが、波紋のように広がる。
「おれはただ!人間として当たり前の日々を、お前達に取り戻させたいだけだ!!」
と、エネルが高い哄笑をあげた。
「ヤッハッハッハ!」
「何がおかしい!?」
叫んだのはウソップだ。
だが、エネルは相も変わらず高みから物を見下ろす口調で
「何を言っている?…思い違いも甚だしい。人間が神にひれ伏し、従うのは当然の事。」
「神ですって!?」
ナミが言った。
「そうだ。」
エネルは鼻で笑うように答えた。
「碧、藍、燈、緋…何ゆえこの大陸は4つに分かたれた?」
警戒を解くことなく、だが思わずゾロ達は息を飲んだ。
「…混沌が生み出した大陸なれば、混沌が治めるが本道であろう?愚かな子等に、与えたのがそもそもの間違い。」
「…何が言いたい?」
「…そなたらの様な歪(いびつ)な者を、わざわざこの世に下し、あえて混乱を招く…そこに混沌の意思を感じぬか?」
混沌
4人の神の創生主。
太古の始まりの神。
「混沌は、この様な世界を望んでおらぬのだ。」
「…エネル…てめェ…何が言いたい…?」
低い声でゾロが言った。
「見よ。特に緋の国。様々な災厄は何ゆえ起こる?藍と碧に、同時にまた御子を遣わせたのは?
逆に、燈に200年もの間御子が現れないのは何故だ?混沌は、既にこの世を嘆いているのだ。
そして、全てを無に帰し、あらたな十字架をここに刻もうとしている。その意思が、ここにある。」
「寝ぼけたことを言ってんじゃねェ!!何を根拠に!!」
エネルは、その顔を暗く染め上げて、忌まわしい弟の顔を見た。
そして
「四天の御子の証の力。混沌も同様。」
「!!?」
「これこそを、神の力というのだ!!」
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(2008/4/18)
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