BEFORE
 

無意識に、ゾロはサンジに指を伸ばしたが、するりとその手はすり抜けた。

届くより先に、サンジはウソップの傍らに腰を下ろしてしまった。



 「………。」



混乱の後、戻ってきたサンジの様子がおかしかった。

エースが共にいたのはもう驚かない。

だが、それからずっと、サンジはゾロの目を見ないのだ。



フランキーが、ボン・クレーに気付き



 「何だぁ?このスーパーに妙なヤツは?」

 「やーね、褒めても何も出ないわよ〜う!」

 「褒めてねーよ。」

 「碧の五将軍のひとり、ボン・クレー将軍だそうよ。」

 「こいつが?まさか。」

 「なぁによ、その言い方!文句あんのかいワレぁ?」



フランキーとボン・クレー。

体格にかなりの差があるが、背の高さはほとんど変わらない。

しかも2人ともかなりな上背の持ち主なので、天井の低い幕の中で立ったままガン付け合うと、かなりな圧迫感があった。

が



パンパンパン、と、手を打つ音がした。



 「はいはいはいはい!いろんなことは後にして、そろそろこれからの事を話し合おうとか思わない!?」



ナミだ。

もっともな意見に、全員の背筋が伸びる。



 「このままやらせとくのも面白ェのにぃ。」



ルフィがつぶやいたが、即座に却下される。



円卓の上に、地図が広げられた。

まだ、インクの香りがしている。



 「まぁ、すごい地図。」



ロビンが感嘆の声を挙げた。



 「この辺りの地図か?こんな地図見たことねぇぞ。国境からは互いに測量できねぇからな。…すげェ詳細だな。まるで鳥になった気分だ。誰が作った?」



フランキーの問いに、ルフィが胸を張って答える。



 「ナミだ。」

 「お前が?」



ゾロも驚く。

ナミは少し顔を赤くして



 「そーよ、文句ある?法は犯してるけど、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」

 「いいえ、そうじゃなくて。そんな特技があるなんて、すごいって言いたいのよ。」



ナミの頬がますます赤くなり、目が輝いた。



 「すごい?」

 「ええ、すごいわ。」

 「ああ、すごいよ、ナミさん。」



サンジも笑って言った。

他人に褒められたことの無い趣味を、『すごい』と言ってもらえたことが嬉しいのだろう。

ナミは、はにかむように俯いた。



 「おれんだぞ、やんねーぞ。」

 「わかってるよ!」



ルフィの毎度発言に、男たちが全員一斉に答えた。

ナミはさらに真っ赤になって叫んだ。



 「あー、もぉ!これ以上脱線させないで!そんなことより、こっちよこっち!!」

 「おお、照れたな。」

 「うっさい!!」



からかうフランキーにナミの鉄拳が炸裂した。

見事なカウンターに、鼻から一筋血が垂れる。

ロビンが、ハンカチを出して



 「まぁ、大丈夫?…かなりムゴイ音がしたけれど…。」

 「あー、効いた…ちょぉっと痛ェな。ああ、そんな上等なモンで拭くな。もったいねぇ。」

 「そんな場合じゃないでしょう?じっとして。」



寝台の上からウソップが小声でサンジに言った。



 「…イチャイチャって音が聞こえてくるのはおれだけか…?」

 「…いや、正解じゃないか?」



その時のサンジの顔が少し寂しげなのを、ウソップも見逃さなかった。

からかうように



 「弟としては複雑か?」

 「…まぁな…。」



ロビンには、幸せになって欲しいと思うのだ。

いい相手がいるのなら、結ばれて、女王としてではない女の幸せを掴んで欲しいと思う。

もし、自分が、翠天と蒼天の悲劇を繰り返すことになるのなら、尚のこと、『その時』誰かにロビンの側にいてやって欲しい。



ふと、視線を感じて顔を上げた。

ゾロだ。

少し、戸惑うような視線。

何かを、問いたげな琥珀の目。



どうしてこんなにも、あいつは勘がいいんだろう。



サンジは小さく笑った。







エネルの能力はともかくとして、エネルの碧軍がまだ国境にとどまっているのなら、こちらも引く訳には行かない。

撤退し始めたら、エネルがそのまま追撃してくるのはわかっている。

緋の野猿の報告で、それぞれの国に向った碧軍が、ある程度の数を残しながら全てこちらへ向かっているとわかった。



どういう形になるにせよ、今、この場が決戦の地になることは間違いない。



 「姉さん。」



軍議の席で、重い口を開いたのはサンジだ。

呼ばれて、ロビンは弟の顔を笑顔で見つめ



 「なぁに?」



と、いつもの声で答える。

その時の仕種が、サンジは好きだ。



 「青都へ帰ってくれ。」

 「!!」



驚いたのは、ロビンだけではない。

だが、サンジは



 「ここにはおれがいる。姉さんは城に戻ってくれ。…王族が、2人も揃って戦場にいることは不安を煽る。だから…。」

 「イヤ。」



ロビンがサンジの言葉を遮り、明るい声で言った。



 「この国は私の国よ。私が守らないで、誰が守るの?」

 「姉さん。」

 「この戦が終わったら、そのまま誰かさんと東へ行ってしまう弟なんか、当てにするもんですか。」



ルフィが、つんつんとゾロをつつく。

その手をビシッと払い除け



 「サンジ。」

 「………。」

 「ロビンはお前の姉だろう?」

 「…そうだ。」

 「なら、そう言われて素直に言うことを聞くような女か?」



彼等を遠巻きに見ていたエースが、ぷっと小さく笑った。



 「もっともだ。」



するとウソップも



 「…てか、お前ら全員、似たモン同志だよなー。」



笑ってつぶやいた。

そして、喉の奥で笑うような声を挙げ



 「あー、なんかワクワクしてきた。スゲェ楽しい。」

 「はぁ?何言ってんだ、お前。」



ゾロが呆れて言う。

だが、それにボン・クレーが



 「そうねぃ!」



と、声を挙げた。



 「アチシも楽しくなってきたわ!!」

 「おい?」

 「だって、そうじゃないの〜う?いつか夢に見てたのよぅ?アンタが、皇城の玉座に月桂樹の王冠を戴いて、緋色のマントを羽織って座る姿!」



するとナミが笑いながら



 「即位の礼装って緋色のマントなの?緑色の頭にはかなりキツイわね!」

 「ほっとけ!」

 「それを待ってるのは、アチシや鼻ちゃんだけじゃないのよ〜う?碧の国民の殆どが、新しい賢明な皇帝を待ってるのよ!!」



と、フランキーが言う。



 「まさかお前ェは、エネルのようなバカな野心は持っちゃいねェだろうしな?」

 「そうね、少なくともエネルとよりは、うまくつき合っていけそうだわ。」

 「おれはゾロの方がいい!」

 「頂点に立つ男になら、あのコを連れて行かれても、我慢できるかもしれないわね。」

 「まぁ、待て待て諸君。こいつはもう宣旨しちまったんだ。いまさらイヤだなんて、このおれ様が言わせねェよ!」



言って、ウソップは体を起こし、寝台から降りた。

すると、ボン・クレーもきっちりと襟を正し、ウソップと並んでゾロの前へ膝を折る。



 「………。」



ゾロは、黙って右手を差し出した。

位の高いボン・クレーが、先にその手の甲に口付ける。

ウソップも。

次に、2人は身を屈め、ゾロの足の甲に同様に口付けた。

そして声を揃え



 「我が皇帝。」



ゾロが大きくうなずく。



命を預け合う主従の誓い。



 「必ず、陛下の御手に皇帝の剣を!」



沈黙の中で、ゾロはうなずいた。

ロビンが拍手を送る。そして言った。



 「誓紙を入れましょう。」



フランキーが



 「いいな!」



と、同意した。ナミもうなずく。



円卓の地図の上に羊皮紙が広げられ、一番年長ということで、フランキーが誓文を書いた。

ぼそっ、とナミが言う。



 「ヘタクソな字。」

 「ほっとけよ!……“ここに…碧106世皇帝として認め…るものと…す…る…”まる。」

 「名前を書いて。」



ロビンに促され



 「“カティ・フラム”って誰だ?」



そこに書かれた名前を見て、ゾロが尋ねた。



 「おれだよ。」

 「フランキーって名前じゃないの?」

 「…ちょっと黙っててくれねェか…。」



言って、フランキーは少し視線を泳がせる。

何かを必死に搾り出そうとしている顔だ。

すると、エースが笑いながら



 「“モンキー・D・ストロー・カティ・フラム・フランキー”」

 「ああ!そうだった!ここに“ストロー”が入るんだった。…“ストロー”…収まんねェな。」

 「長ぇ名前だな!おい!」

 「仕方ねェだろ!?元々の名前に、王の名前が入っちまったんだからよ。」

 「フランキーだけでいいじゃねェか。」

 「早く言えよそれなら!!」



ぶつぶつ言いながら、フランキーはロビンにペンを渡す。

ロビンは、ずっとクスクス笑いが止まらない。



 「あら、やだ。曲がっちゃったわ。」

 「おい(怒)」

 「あ。インクの染み、ついちゃった。」



その隣に名前を書きながら、ナミが不機嫌な声を挙げた。

サンジが、低く笑って



 「前途多難…。」

 「縁起でも無ェ事言うなァ!」



ウソップがツッコム。

ルフィが、空欄を指差して



 「ここに、なんか描いていいか?」

 「面白いけど、だ〜めよぅ!!」

 「ここに、アイスバーグに名前を連ねてもらうのよ?とりあえず、代理でナミちゃんに。」

 「何だ、じゃあ仕方ないな。」

 「これは、誰に持たせる?」



羊皮紙を丸めながら、フランキーがロビンに尋ねた。



 「サンジに。」

 「…おれ?」

 「…あなたなら、命を架けて守るでしょう?」

 「…わかった。預かる。」



これで、他の王達に「万が一」のことがあっても、諸国はゾロの味方だという証明になる。



そして



 「さて。おれの方もひとつ、片付けておきたいことがある。」



フランキーが言った。

そして、ルフィを見て



 「ルフィ。」

 「ん?何だ?」

 「お前は、紅天竜神の御子だ。」

 「!?」



突然の発言に、「え!?」と、声を挙げたのはナミだった。

当のルフィは、きょとんとした顔で兄の顔を見るだけだ。

そして



 「何だ?それ?」



と、不思議そうな顔で答えた。

フランキーの重大発言に、他の者達も驚いている。

声も出せず。

翠天と蒼天の御子が、同時代に存在するだけでも稀有なことなのだ。

そして昼間、聞いたことも無い『混沌の御子』という言葉まで聞かされた夜の内に、今度は目の前にいる少年が『紅天の御子』だと言われれば、誰でも驚く。

しかも、決して濃いとはいえない王の血。



その中で、ゾロとサンジが互いを見合わせて、どこか納得したように息をついた。

そして、同時にエースを見る。

エースも、その反応を受け止めて笑った。



 「エースの持っている炎の力は、本来お前が持って生まれた力だったんだ。」

 「おれが?炎の力?」



ナミが慌てて



 「で、でも、ルフィは黒髪じゃない?赤くないわ。」

 「赤かったんだ。生まれた時は。だが、エースがルフィから力を引き剥がした瞬間、黒くなった。」

 「剥がした?そんな事ができるのか?」



ウソップが問う。



 「…禁忌術でね…これは神の契約というより、魔とのそれに近い。贄を差し出し、器を用意し、その器に力を移す。

 但し期限を設ける。無期限の契約が果たせるほど、お人よしな術ではなかった。おれが設けた期限は、ルフィの18の誕生日だ。」



ルフィが、ぽつんと言う。



 「もうすぐじゃねぇか…。」

 「そうだな。それまでには枯らしたかったんだけどよ。」

 「ちょっと待て、今、贄と言ったな?」



ゾロが尋ねた。

エースは笑って



 「ああ。言った。」

 「何を…?」



サンジの言葉に、エースはこともなげに答えた。



 「お袋を。」



座が、水を打ったように静まり返る。



沈黙の後、ナミが震える声で



 「…お母さんを…贄にしたですって…?」

 「ああ。」



フランキーは何も言わない。

そのフランキーの横顔を、ロビンも青ざめた顔で見つめた。



 「狂っていたんだ、お袋は。炎に怯え、ルフィに怯えて。」



ルフィの顔も、どんどん青ざめていく。



病気で死んだとしか聞いていなかった。

随分前に死んだ父も、同じように言った。

フランキーもそう言った。

ずっと、その言葉を信じていた。

優しい母だったと、父も兄も祖父も言った。

その言葉を信じていたのに、その母は、本当は自分を恐れていた?



円卓の上に置かれたままのペンが、カタカタと音を立てた。

サンジだ。

その片手が、小刻みに震えて自分の二の腕を砕かんばかりの強さで握りしめる。

腰の脇に下げられたサンジの残った方の手を、ゾロは強く握りしめた。



 「けどな、ルフィ。」



エースは、いつもの笑みを瞳から消して、



 「お袋は、ある時一瞬だけ正気になったんだ。その時、お袋はおれとフランキーに言った。

 “お前を、救ってやってくれ。ただの人として生かす道を、どうか探してやってくれ”ってな。」

 「………。」

 「だからおれとフランキーは探したんだ。必死で。そしてその方法しかなかった。

 その時はもう、お袋が正気に返ることは無かったが、正気でいてもきっと、そうしてくれたと思う。」

 「嘘だ!!」



ルフィが叫んだ。



 「嘘だ!嘘だ嘘だ!!そんな話、信じねェ!!母ちゃんは病気で死んだって…みんなそう言ったじゃねェか!!狂ったなんて、おれのせいだなんて嘘だ!!」

 「本当の事だ。だが、お前のせいじゃない。」

 「本当の事なら、おれのせいじゃねェか!?何で?何でだ?何でそんなコとしたんだ!?」

 「…お前を思ってしたんだろう?」



サンジが言った。

ルフィはそのサンジを睨み付けて



 「そんな事おれは頼んでねェ!!助けてくれとか、守ってくれとか思ったこともねェ!!

 エースがそんな理由でずっと家にいなくて、フランキーが王様になって、それが全部おれのせいだって…!!」

 「ルフィ…。」



ナミが、ルフィの手を取ろうとするのを払い除け



 「ほっとけば良かったじゃねェか!!母ちゃんじゃなく、おれを殺せば良かったじゃねェか!!」

 「ルフィ!!」



ナミは叫ぶや、ルフィの頬を打った。



 「それが、家族に言う言葉なの!?」

 「…!!」

 「力を持って生まれてきた子を…愛する事のできる家族がどれほどいると思うの?」



サンジの眉が歪む。

ナミは、泣きそうな声で



 「今、この世を治めているのは神じゃない。人間よ。

 その人間が、神の力を持って生まれてくるなんて、歪以外の何物でも無いわ。

 けど、あんたは愛されたのよ?サンジくんもロビンに愛された。ゾロも、ウソップとその両親に愛された。

 あんたは、2人の兄さんに命がけで愛されたのよ?こんなに!」

 「けど…!」

 「ルフィ。」



泣き叫びそうに、なおも言葉を吐き出そうとするルフィを抱きしめたのは、ナミではなくサンジだった。



 「自分を殺すなんて言葉、二度と言うな。」

 「………。」

 「生きている喜びを、お前だって噛み締めたんだろう?」

 「………。」

 「生きているから、出逢えたんだぞ…?」

 「…う…。」

 「ナミさん、その理由で、ルフィを嫌いになれるかい?」



サンジに問われ、ナミは首を横に振った。



 「今更…嫌いになれるわけないじゃない…。」



顔を覆って涙を隠すナミの肩を、ロビンが優しく抱いた。



 「ルフィ。」



フランキーが呼んだ。



 「誰かを恨みたいなら、おれを恨め。…エースも誰も恨むな。」



その言葉に、ルフィは涙に潤んだ目できっとフランキーを見つめ



 「おれだって、今更エースもフランキーも嫌いになれるか!!」







NEXT

              (2008/5/1)

BEFORE



Piece of destiny-TOP

NOVELS-TOP

TOP