BEFORE
 

それから、長い軍議を終え、ゾロはボン・クレーと共に碧軍の兵士らに姿を見せた。

3000の兵。

初めてのゾロの兵だ。

心強い。

どれもボン・クレーに心酔していて、そのボン・クレーが認めたゾロを、彼等も当然認め忠誠を誓った。



そして、すでに深更も過ぎたころ、碧軍の中に設けられた天幕にゾロが戻ると、



 「おつかれさん。」

 「………。」



声をかけてきたのはエースだった。

幕の中に設けられた座のひとつに、胡坐をかいて、笑いながら手を上げた。



 「………。」



隣にサンジ。

既に鎧は外している。

簡素な白の武闘服姿だ。



今夜は、ロビンの側にいると言っていたのに。



 「おれが連れてきた。」

 「………。」



答えず、ゾロはエースの正面に座った。

まだ、黒の鎧を身に着けたままだ。がちゃがちゃと不機嫌な音が幕内に響く。



 「用事は?」

 「…相変わらずの問切り口調だねェ。…今は、ジャマはしねェよ。」



笑いながら言うエース。

だが、どこか寂しげな口調



 「…ルフィはどうしてる?」



ゾロの問いに



 「今は落ち着いてる。顔には出さねぇが、まだ混乱してるみたいだな…。

 まぁ、ナミちゃんがいるから大丈夫だろう。…さて、用事を済ませようか。」



エースは、かぶっていた帽子を外し



 「…お前さんの前で、サンジに謝りたかったのさ。…ルフィにも全部話しちまったしな。…悪かったな、サンジ。

 おれは、お前を利用しようとしてたんだ。お前を攫って、ルフィに与えたかった。」

 「………。」

 「悪かった。」



ほんの数秒、沈黙が流れた。



 「嘘をつくな。」



ゾロが言い捨てた。



 「嘘?」



エースが笑う。



 「…ウソップの野郎は嘘つきでな。おかげでおれは、人の大概の嘘は見抜けるようになった。

 もっとも、ウソップは他人や自分を傷つけるような嘘は言わねぇけどよ。」

 「………。」



頭をひとつ掻いて、エースはサンジを見る。



 「初めは、本当にそうだった。」

 「………。」

 「けど今は……そうかもな。」

 「エース…。」

 「が、もうこれ以上は惨めにしてくれるな。終わりにしよう。…まァ、今でも、癪には触るんだぜ?ゾロ?」

 「………。」

 「癪に障るし…今でもおれは、何とかしてお前たちを引き離したいと思ってる。」

 「てめェ…!」



激昂するゾロを、サンジが抑えた。



 「ゾロ。」

 「……っ…。」

 「…エースは意味もなくそんなことを言ってるんじゃない。」

 「……伝説なんざ信じねェよ……。」

 「わかってる。」



サンジは、俯きながら微笑んで



 「エース、今まで本当にありがとう。」

 「………。」

 「…本当に…あんたの方を好きになればよかったって…思うよ。」



ゾロは、意外なサンジの言葉に目を見開く。



 「…伝説なんざ、クソ食らえだ。天も神も信じねェ。信じるのは自分自身の心と、家族と仲間と、そしてゾロだけだ。」

 「…サンジ…。」



サンジは顔を上げ、真っ直ぐにエースを見詰めた。

その目は、睨みつけるように険しく力強い。



 「どれだけ長く生きられるかじゃない。どれだけ熱く、激しく、生き抜けるかが大事なんだ。」

 「………。」

 「だから…どうか祝福してくれ…。おれは、あんたをずっと兄さんみたいに思ってた。チビナスの方も同じだった。

 あんたが大好きだったよ。ずっと…守ってくれてありがとう…でも、もう必要ない。」

 「ゾロがいるから…か?」

 「違う。」



サンジはゾロを見ずに、やはり真っ直ぐ前だけを見て言う。



 「もう、誰かに守ってもらおうなんて思わない。おれが守る。この力は、その為に持って生まれたものだと信じる。

 国も家族も仲間も、この想いも、おれは守るよ。必ず。」



白い歯を見せてエースは笑った。

そして無言のまま立ち上がる。



 「わかった。」



帽子を被ろうとして、手を止める。



 「じゃあ、ひとつだけ、貰っていいか?」

 「え?」



問い返すより早く、エースの唇がサンジのそれを覆った。



 「!!」



息を呑んだのはゾロだ。

一瞬の、重ねるだけのキス。



 「これくらいでがたがた言うな。」



笑いながら、固まったゾロの肩を叩いて、エースは幕を払った。

出て行く瞬間、また振り返り



 「…サンジ。」

 「………。」



微笑むサンジの顔を見て、エースはうなずいた。



 「じゃあな。」

 「ああ、また。」

 「また。」



エースの足音が遠ざかる。

残った2人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

が、やがて、ゾロが沈黙に耐えかねたように



 「…今夜はロビンの側に居るんだろう?あっちまで送る。」

 「…いい。ここで休む。…もう、姉さんも眠ってる…カリファもいる…。

 おれがここに来ることは言ってあるし…帰って欲しいのか?」

 「いや。」



即答に、サンジはぷっと吹き出した。



 「素直でよろしい。」

 「…じゃあ、寝るか…さすがに疲れただろ?…今日は…。」



不思議なほどに静かな夜。

昼間、あんな混乱があったとは思えないほどの、不気味な静けさ。

ふと、サンジの顔が曇ったように見えた。

だから、思わず



 「……!」



背中から、抱きしめられた。



 「…何もしねェ…少しこうしていてェだけだ…。」

 「………。」



胸の前で交差するゾロの腕に手を添えて、サンジは全身をゾロの胸に預けた。



 「…怖いか?」



同時に、尋ねた。



 「怖い。」

 「ああ、おれもだ。」



けれど、



 「おれに力をくれよ、サンジ。…そういう意味じゃなく。おれに戦う強さをくれ。」



その言葉に、サンジは微笑んだ。

まるで、彫像の蒼天女神のような慈愛に満ちた笑顔。



 「おれの体も、力も、心も、全部…お前のものだって言っただろ?」



そっと、腕を解き、サンジは正面からゾロを抱きしめた。



 「…くれてやる…全部…だから…。」

 「大丈夫だ。」



固く、その体を抱きしめる。



 「おれは負けねェ。」

 「…ああ…知ってる。」



ひとしきり、サンジは抱きしめられる恍惚に目を閉じていたが、眉を寄せて苦い笑いを漏らした。



 「…甲冑が固くて冷てェ…。」

 「ああ、悪い。脱ぐからちょっと待て。」



かなりの手早さで、ゾロは武具を外した。

身軽になって、ぶるんと腕をひとつ回すと



 「さて、改めて。」

 「何だよ、そのムードのなさ。」



言いながら、それでも小さく笑ってもう一度胸の中に抱きとめられる。



 「…暖っけぇ…。」

 「ああ、気持ちいい…。」



この感覚。

サンジを抱きしめていると、体中に力がみなぎる。



 「…ゾロ…。」



呼ぶサンジの声が



熱い



 「…抱いて…。」



心臓を、金槌で殴られたようだった。

途端に、情欲の焔が燃え立つ。



だが



 「…今日、あんな事があったんだ。明日だってどうなるかわからねぇぞ…。体を休めておいた方がいい。」



と、サンジは潤んだ目でゾロを見た。

刹那的な、どこか怒りを含んだ目。



 「だからだろう…!?」

 「…負けないと言った。おれ達には明日もあさっても、その先だってある。」



震える肩を、ゾロは抱きしめた。



 「…夕べ…初めてだったんだ…無理をするな…。」

 「してねぇよ…抱かれたいんだ…抱いて欲しいんだ…抱いてくれ…愛してくれ…朝までだって構わねェ…ゾロ…!」



震える体。

自分を見る、青く熱い瞳。

濡れた唇。

細い首筋。



愛しい。



サンジの、何もかも全てが愛しくてたまらない。



 「馬鹿野郎…!おれを情けねェ男にするんじゃねェ!!」



悔しげなゾロの声。

無意識にサンジの背中を探る手に、熱が帯びていく



 「…いいじゃねぇか…裸になっちまえば、もう王子だろうが皇帝だろうが関係ねェよ…ただの人だ…蒼天も翠天も関係ねェ。

 抱き合っている間は髪の色も目の色も、気になりゃしねェ。…だから…愛し合おう…?な…?」

 「………っ!」

 「こんな静かな晩…今夜だけかもしれねェ…だから…。」

 「…サンジ…。」

 「愛してるよ…ゾロ…。ゾロ…おれのゾロ…。」

 「…サンジ…おれの…。」



激しく交わされる、口付けの濡れる音。

互いの手が、もどかしげに動いて相手の体を探る。

乱れる呼吸で、サンジが低く細い声で言う。



 「…ゾロ…嫌いにならないでくれ…。」

 「はぁ?…何を言ってる?」

 「…娼婦みたいに…淫らになっても…軽蔑しないでくれ…。」

 「…淫らに…なりてェのか?」

 「…なりてェ…いやらしいヤツだって言われても…お前を感じて…体が欲するままに…。」



声が震えている。

恥じらいに耐えているのがわかる。

昨夜、初めて性の悦びを知ったのに、たった2度目のくせに、と思われたくない。

それでも、最愛の相手に抱かれて、思い切り感じたいと思うのは素直な欲望ではないか。



 「なれよ。」

 「………っ。」



深い溜め息が漏れた。

囁いて、ゾロも、サンジの上気しツンと上を向いた乳首に口付ける。



 「…おれも…獣じみた抱き方しても…怒るなよ?」

 「…いいぜ…お前の好きに抱いてくれ…。」

 「して欲しい事があったら何でも言え。全部してやる。」

 「…ん…。」



月の美しい晩だった。

こんなに煌々と明るくては、夜襲をかける事もできない。

ただ、人間たちの研ぎ澄まされた気配に、虫も獣も逃げ出し、息を潜めていた。

押し殺したような空気が、広い草原を覆っている。



藍軍の天幕で、まだロビンは弟を待っていた。

きっと、もう戻らないことはわかっていたけれど。

燈の天幕では、やはりナミが、先刻『少し歩いてくる』と告げて出て言ってしまったルフィを待っていた。

そして緋軍の天幕。

フランキーも、眠れずにいた。

どちらかの弟が、戻ってくるのではないかとやはり待っていた。



明るい月。

その下の草原の上で、肩を並べ、月を見上げるウソップとボン・クレー。



 「…ここまで来ちゃったわねぃ…。」

 「そうだよなぁ。もう、引けねぇなぁ…。」



遠く、稜線の下に敵軍の灯りが見える。

昨日までの、自分の仲間。

それでも



 「…ホントに…もう、引けねェ。始まったからには、終わらせなきゃな。」







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              (2008/5/8)

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