BEFORE
 

 「申し上げます!燈国王アイスバーグ様、只今燈陣にご到着されました!!」



碧軍のゾロへその報せが届いた時、ゾロは丁度支度を終え陣幕から出た時だった。



 「そうか、フランキーには?」

 「既に報告を。」

 「わかった。悪いが、挨拶は省かせてもらうと伝えてくれ。後刻に、と。」

 「はっ!皇帝陛下!!」



夕べから、『陛下』と呼ばれるようになった。

さすがに、呼ばれる度に身が固くなる。

だが、選んだのは自分だ。転がりだした石は、もう止まらない。



 「陛下。」



後ろから。



 「ゾロでいい。」

 「そうはいかねぇ、ケジメだ。」



ウソップ。



 「傷は?体は大丈夫か?」

 「たいした事ねェよ。それより、サンジは?」

 「ああ、中だ…。」



少し、ウソップは黙りこんで



 「なぁ、下世話なコト聞いていいか?」

 「…何だ?」

 「夕べ…サンジと『した』か…?」

 「………。」



何を聞きやがる?

そういう顔だ。

だが、尋ねたウソップの目は真剣だ。



 「…ああ…。」

 「…そっか…やっぱりな…。」

 「やっぱり?」

 「…うん…。」



そして、ウソップはわずかに目を細め



 「お前、光ってる。」

 「はあ?…お前、昨日も同じ事を言ったよな?…目、悪くなったのか?」

 「馬鹿にすんな。目はお前よりいいんだぜ?おれは。…冗談じゃなく、お前、肌がわずかに光ってる。昨日もだ。

 …一昨日までのお前と、昨日と今日のお前の違う点は…サンジだろう?」

 「………。」

 「サンジは?中にいるって?どうしてる?」

 「………眠ってる……起こしたんだが…眠りが深くて起きねェ…。」

 「起きねェ?」



ゾロは、少し俯いてバツが悪そうに頭をかいた。



 「…夕べ…少し激しかった…そのせいだと思うんだがよ…無理…させちまった。」

 「…それだけか?…本当に?」

 「…ウソップ?」

 「サンジ…サンジ!入るぞ!!」

 「おい…!」



天幕の中へ、ウソップが飛び込もうとした時、



 「…うわ!…っと…ウソップ?何だ、驚かすなよ!」

 「…あ…サンジ…?」



銀の甲冑に身を包み、サンジはにっこり微笑んだ。



 「おはよう。体、大丈夫か?痛くねェか?」

 「…ん…?うん、平気だ…。」

 「よかった。でも、無理はするなよ?」



笑って、サンジはウソップの肩を叩いた。



 「サンジ!」



ウソップが呼び止めるのを、サンジは聞こえなかったようにゾロに向い



 「アイスバーグが来たって?」

 「…ああ。」

 「兵力が増えたな。今頃あっちにも伝わってるだろう。」

 「が、兵が増えたのはエネルの方も同じだ。アイスバーグが来たってことは、オームの軍も既に合流したってことだ。」



ウソップがはっと息を呑んだ。



 「親父…。」



その一瞬、ウソップの脳裏からサンジへの不安が消えた。



 「敵と味方か…。」



ゾロのつぶやきに、ウソップは逆に鼻で笑い。



 「どっちの腕が上か、試せるいい機会だぜ!!おれは今日こそ親父を越えてやる!!」

 「………。」



ゾロとサンジは、顔を見合わせて笑った。

笑って、やるしかない。



 「行こう、ゾロ。」



サンジが言う。

その声に、また理由の見えない不安が広がる。



 「サンジ、お前、後方に残れ。」

 「嫌だね。」



即答。



 「迷子マリモがエネルの所へ、真っ直ぐ行けるとは思えねェからよ。」



するとウソップが



 「おれがいる。お前、残れよ。…顔色悪いぞ!」

 「気のせいだ。甲冑がこの色だから、そう見えるだけだ。」

 「サンジ!」



ゾロとウソップが同時に言った。

叱り飛ばすような声。



 「うるせェ。」



低く、短い返事だった。

そして微笑み、ウソップへ



 「…側に居させろよ…。」

 「………。」

 「サンジ。」



ゾロが呼んだ。

サンジは振り返り



 「ん?」

 「…お前を守るゆとりはねぇぞ…。」

 「守る?おれを?そんな必要ねェと言っただろ?」



怒るか、と思ったが、サンジは笑い



 「見くびられたもんだねェ。この蒼天女神の御子が。…ウソップ。」

 「ん?」

 「お前、その矢でおれを射ろ。」

 「はぁあ!?」

 「サンジ!?」

 「いいから。おれに向かって矢を放て。」

 「って!何言ってんだ!?気でも狂ったか!?」

 「グダグダ言うな!やってみろ!!」



言い放ち、サンジは耳や腕、首に施した封緘を外した。

途端に、ゾロのまたがった馬が、気配に身を震わせて落ち着かなくなった。



 「ホラ、早くしろ。のんびりしてる暇はねぇんだ。」

 「…知らねぇぞ!この強情っぱり!!」



サンジから離れて、ウソップは矢を弓につがえた。



 「ウソップ!?本気か!?」

 「売られたケンカは買うのがオレ達の信条だろうが!!こうしろってんだからやってやる!後悔すんなよ!!」

 「御託はいらねェ。ほら、放て。」



妙な騒ぎに兵たちがざわめき、近くにいた誰もが注視する。

しかも、ウソップがサンジを矢で射ようというのだから、騒ぎは尋常でない。



 「行くぞ…ホントに射るぞ!!」

 「だからさっさとやれって。」



サンジは大きく両腕を広げた。

甲冑をまとっているからとはいえ、距離が近い。



 「ウソップ!サンジ!やめろ!!」

 「黙ってろ、ゾロ。……おれを信じろ。」

 「……っ!」



歯噛みし、ウソップは弓弦を引き狙いを定めた。

外せない。

外したらおそらくサンジは烈火のごとく怒る。

かといって



 「しっかり狙え、わざと外したら承知しねぇぞ。」

 「………!!」



この野郎!



心の中で吐き捨てて、ウソップは矢を放った。



空を切った矢が、まっすぐにサンジの心臓に突き刺さるかに見えた。



 「サンジ…!」



ゾロの声。

だが、人は、その時信じられない光景を見た。



矢が、空中で止まっている。

サンジの心臓のわずか手前。

まるで、厚い水の層に行く手を遮られたように、サンジの前で波紋が揺らめいている。

ゆっくりと、サンジの手が動いた。

白い指が、そっと矢をつまむ。

たった今、強弓から放たれた矢とは思えなかった。



 「え…!?ええ!?」

 「大丈夫だって言っただろ?」



波紋が消えた。

サンジの手にウソップの矢。



 「返すぜ。1本でも貴重な矢だ。」

 「………。」



ウソップの顔から、どっと冷や汗が吹きだした。

へなへなと、その場に座り込む。

ゾロも、額から一筋の汗。

そのゾロへ、サンジはにっこりと微笑んで見せた。



 「な?一緒に行くぜ。文句は?」



ゾロは首を振った。



 「行こう。」



手を差し伸べ、握り合う。

と、



 うわああああああっ!!



そっと、兵が沸いた。

奇跡を目の当たりにした兵たちが、声を挙げたのだ。



 「万歳!!藍国万歳!!」

 「碧皇帝万歳!!」

 「万歳!!」



昨日、エネルの人でない力を見せ付けられた兵たちだ。

噂の、蒼天女神の御子の力を垣間見た。

希望と勇気がわいてくる。



 「これが狙いかよ…あの野郎…。」



ウソップは、大きな溜め息をついて苦笑いを浮かべた。

しかし、彼の中から大きな不安が消えたわけではない。



 「ゾロ…。」



ウソップは、サンジに気づかれないようにゾロの馬の影から声をかけた。

『陛下』とは呼ばなかった。



 「何だ?」

 「…お前、人のウソはすぐわかるって言ってるよな。」

 「ああ、てめェのおかげでな。」

 「けどな。」

 「……?」

 「ひとつだけ、見抜けない種類の嘘がある。」

 「…何…?」



ウソップはゾロを見上げ、真剣な目で答えた。



 「命懸けの嘘だ。」

 「………。」

 「自分の命と引き換えにつく嘘は、誰も見破れねェ。」

 「ウソップ…何が言いてェ…?」

 「…わかんねェ…おれにもわかんねぇんだ…!でも不安になるんだ…

 サンジが『大丈夫だ』って言って笑うたび、安心するどころか不安になる…あいつ、絶対何か隠してる…!」

 「………。」

 「『あいつがおれに隠し事なんかしない。』ってツラだな。でも、あいつ、何か隠してる。

 お前に知られたくない何かを隠して嘘をついてる…!」

 「……ウソップ……。」

 「………。」

 「心配するな。…もしそうなら…おれが命懸けで白状させてやる。」

 「ゾロ…!おれはお前ェも心配なんだ!!ゾロとサンジ。2人とも…!!」

 「ウソップ。」

 「!!」



ゾロは、馬上から手を伸ばし、ウソップの頬に手を当てた。

こんなことを、ゾロはしたことがない。

だが、ウソップを見るゾロの目は穏やかで強く、暖かかった。



 「もし。」

 「………。」

 「万が一…伝説が真実になったとしても。」

 「ゾロ…!!?」

 「最後まで聞けよ。…なったとしても、おれ達は不幸ではなかった。」

 「………。」

 「勝手な言い訳かもしれねェが、今、ここにいる兵どもを見ろ。…この場にいることを、悔やんでいる者がいるか?」



兵たちの顔は、どれも明るい。

あんな、化け物とこれから戦う恐怖は微塵もない。

勝ちさえすれば、自分の国は新しい皇帝を戴いて生まれ変わると信じている。



 「1番の嘘は、くだらねぇ伝え語りの方だ。」

 「………。」

 「だから、今度は、お前が新しい伝説を伝えてくれりゃあいい。嘘みてェな、ホントの話をよ。」

 「…おれが先に死んだらどうするんだよォ…?」

 「…ルフィかナミか、フランキーかロビンが伝えてくれるだろ?これだけいりゃあ、誰かは残る。」

 「…お気楽過ぎだ…お前ェ…。」

 「泣くな、兄弟。縁起でもねェ。」

 「…う…。」



頬に当てた手で、ゾロはウソップの鼻をつまみ、次にその手でポンポンと頭を叩いた。



 「ゾロ…。」



軽く手をあげ、ゾロは葦毛の馬にまたがったサンジの側へ寄った。



 「ウソップ、どうした?」

 「なんでもねェ。昔からの心配性が始まっただけだ。」



サンジは、ウソップを見てにっこりと笑った。

その笑顔を見る度、何故か胸が締め付けられる。

涙すら、溢れてくる。



 「さァ、時間だ。」



ゾロが言った。

顔には不敵な笑み。



 「行こう、ゾロ。」

 「おう。」



言って、どちらからともなく馬上の半身を寄せた。

唇を交わし、離して、目を合わせて。



 「勝つぞ。」

 「ああ。」



エネルに。

運命に。



緋軍。

フランキーが鞍上で手を高く上げた。

昨夜決めた、約束の時間だ。



 「鼓を鳴らせ!!出陣だぜ!!」



どこか楽しげなその声に、鬨の声が挙がり波のように広がる。



 「行くぞ!!」

 「おう!!」



空は、どこまでも高く青い。





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              (2008/5/8)

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