BEFORE
 

19年前。



碧の首都琅都(ろうと)のある家で、ひとりの赤ん坊が生まれた。

母親は、たった1人で、誰の助けも借りずにその子を産んだ。

丸1日、産みの苦しみに耐えて、ようやく生まれた我が子を見た瞬間、母親は悲鳴を上げた。



緑色の髪。

泣き叫び、硬く閉じた目はおそらく琥珀の色。



産褥の血の中で、母親は我が子を抱いて泣いた。



 『ごめんね…ごめんね…ごめんなさい…。』



老いた王に愛された母親は、神に仕える身であった。

見初められ、求められ、奪われて、この子を孕んだ。

神殿に仕える身でありながら、巫女を守るべき神官ですら、王に逆らわなかった。



孕んだ子を愛したかった。



だから祈った。



この子は王の子ではない。



私の腹にいるのは神の子。



私が仕える混沌の長子、翠天の子。



その祈りが









まさか









届くとは夢にも思わなかった…。







それから





 『…なんてことをしたの?どうしてこんな事を…!?』

 『…ごめんなさいパンギーナ…。でも、こうするしか…この子を普通に生かせる道がなかった…。

 …こうするしかないの…あの子を死なせずに…普通に生かし続ける方法はこれしかなかった…。

 お願い…あの子を決して城へ入れないで…あなたの元で、ウソップと一緒に育てて欲しいの…

 普通の子供と同じように…ただの人として大きくなってほしい…そして…

 例え…藍の御子と出逢うことがあっても、悲劇を避ける事ができるように…。』















 「ん?」



一瞬の白昼夢。

これは記憶。

鳴り響く鼓の音。

出陣の合図。



あの時も、こんな鼓が鳴っていた。



ウソップは、駆け出すゾロとサンジの背中をみて、その記憶を呼び起こされた。



母・パンギーナと、一緒にいたあの綺麗な女性は誰だった?









 『ウソップ…お前、いつからそこにいたの…!?』



母の腕の中。

青ざめた顔で、途切れそうになる息の底から、その女性が自分を見た。



 『…ウソップ…あの子と仲良くしてやってね…。』



涙に濡れていた琥珀色の目が、にっこりと笑った。



 『…ゾ…ロ…ゾロ…。』



白い手が、何かを求めて空をさ迷った。



呼んでこなきゃ、ゾロを呼んでこなきゃ。



ゾロ!ゾロ!

おばさんが…!

お前の

お母さんが…!!



探そうと思った。

必要なかった。

ゾロは

血に濡れた床の上で、死んだように眠っていた。

真っ赤な血と、緑色の髪が、対照的に鮮やかだった。



 『安心していいよ…!ゾロは、あたしとヤソップで立派に育てるからね!!お城にも入れない!!

 この子がこの子として、自由に生きられるようにするから!!そして、決して不幸になんかしやしないよ!!』

 『…そう…そう…もう、大丈夫…ゾロの力さえ…れば…例え蒼天の王子と巡り会って…

 互いに惹かれ合ったとしても………の、様な事にはならないから…。そうすれば…決して不幸にはならないから…。』





おい、おれ!

思い出せ!!

あの時おばさんはなんて言った?

どうすれば、何の様にはならないって言った?



ああ、チクショウ!!

肝心の所は思いだせねェのか、おれ!!



あの時は怖くて。

おばさんの青ざめた顔と、かあちゃんの厳しい顔が怖くて。

血の海に横たわっていたゾロが、死んでしまったみたいで怖くて。



あの後、お袋がおばさんをどうしたのか。

ゾロに何があったのか。



思い出せねェ。



すっかり忘れていた、この記憶。



幼い恐怖。



思い出す事を自分で封じたのか?



何故、突然思い出した?











 『ゾロ…生きて…。』



そう言って、息子の髪を撫でて、死んでいったゾロの母親。



あの時の、笑顔。



 「…サンジ…同じだ…サンジ…。」



背筋が凍る。



 「ゾロォ!!サンジィィ!!」



我に返り、ウソップも走り出した。









 “…禁忌術でね…これは神の契約というより、魔とのそれに近い。贄を差し出し、器を用意し、その器に力を移す。

 但し期限を設ける。無期限の契約が果たせるほど、お人よしな術ではなかった。おれが設けた期限は、ルフィの18の誕生日だ。”



 “ちょっと待て、今、贄と言ったな?”



 “何を?”



 “お袋を”



 “お母さんを、贄にしたですって?”



 “だからおれとフランキーは探したんだ。必死で。そしてその方法しかなかった。”







封印。







 “お袋がした。力のある巫女だったと言っていた。”



 “…ああ。夕べ外れた。”



 “大丈夫だ。全然自覚は無ェしよ。何がどう変わったって事も無ェ。…お袋の気の回しすぎだったのかもな。”







 「…外れたんだ…ゾロの封印は外れたんだ!!外れて…そんで…!!」



翠天の力は既に目覚めている。

ゾロ自身が気づかないうちに!!



おばさんは封じたのか?

いや、封じただけじゃねェ!!

剥がしたんだ!

自分の命と引き換えに。自分を贄にして!!

じゃあ、剥がした力はどこに移した!?



どこに!?



ウソップの足が止まる。



大きくなる群衆の声。

喚声。

馬の蹄の音。

剣や槍の鳴る音。



 「…ま…さか…?」

















 息子を、普通に生かせたいか?



 平穏に、人生を歩ませたいか?



 何事もなく、無事に、穏やかに、笑って一生を送らせてやりたいか?







ならば





 あの者の力



 吾に寄越せ



 さすれば約束しよう



 あの者には手を出さぬ



 生かしてやろう



 只人として、何も知らぬまま生かしてやろう



 さあ



 吾にあの力を寄越せ



 混沌から受け継いだ、翠天の力を!!







あの時



もう1人誰かいた。



そうだ



あの時、おばさんの流した血の海の中に立っていた。



あいつは



あいつは



あいつ



 「あいつだ!!」



ウソップが叫ぶ。



声は、叫声にかき消されていく。



 「エネル――!!」













 『パンギーナ。これを、あの子の耳に。いましている“2つ”は封印。そしてこれは…。』



















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              (2008/5/15)

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