BEFORE
 

 「無駄なことを。」



碧軍。

まだ、エネルが率いるこちらの軍が正規軍だ。

これより先は、正規軍をエネル軍、ゾロに従う軍をゾロ軍と呼ぶことにする。

今朝方早く、各国に向わせた軍を集結させた。

どの国も、破るに堅い相手ではなかったが、エネルが命じたのだから従わない訳には行かない。

まして、ボン・クレーを除く4人は、エネルに心酔する者達ばかりだ。

4つの軍をさらに加えて、エネル軍の兵力は3万になり、対するゾロ軍は3000。

アイスバーグの到着で燈軍は1万になったが、藍は3000、緋は2000の数に変わりはない。

約倍の数。

しかも碧の兵は屈強で、兵器の威力も4国一だ。

連合軍の鼓の合図で、エネル軍の先鋒も前へどっと押し出される。

その先端の衝突音を耳にした時、エネルは唇の端を上げて笑った。

だが、エネルは本陣幕内の寝台に寝そべり、低い笑いをこぼして



 「…あがくがよい…せいぜいあがいて、その顔をもっと歪めて苦しめ。」



エースの言うように、エネルは今指ひとつ動かすのももどかしい状態だった。

昨日の、あの力の放出でかなり体力が落ちている。

取り戻すには時間が要る。

兵力の集結さえなければ、打って出れば簡単にエネルは討てたかもしれない。

だがこちらは3万、敵は半数。

真正面からの戦でも充分に勝てる相手だ。



 「………。」



初めて、あの弟を見たのは、瀕死の父の枕辺だった。

母親は現れず、ゾロだけが、大勢の兄弟の末席に控えていた。

おそらく、ゾロの場所からは、死に逝く皇帝の顔などよく見えなかったに違いない。

だが、兄弟たちの目は、初めて見る末弟の『翠天の御子』に釘付けになっていた。

エネルも。



耳に施された『2個』の金の耳錘が、その力を封じているものだとすぐにわかった。



 『末の弟。これに、父の側に。』



エネルの言葉に、ゾロはしぶしぶと言う風に従い、長兄の隣に立った。

エネルは、ゾロの肩を強く握り、父親の耳朶に耳を寄せ



 『残念でしたな父上。…この者の力は、吾がいただく。』



ぴくり、と皇帝の口元が動いたが、そこから、言葉がつむがれることはなかった。



同じことを、2番目の弟も考えていた。

きっと、3番目のあの弟も、4番目の、あの欲深い女の息子もそうだったに違いない。

あの弟も、この弟も、どいつもこいつも、末のあの弟を我がものとして、力を手にするつもりであったのだ。

だから殺すことにした。

全て殺すことにした。

そして、あの力を手に入れた。



翠天が受け継いだはずの力。

混沌が、息子に与えながら、その後生まれる御子達にはなかった力。



それを、あの弟は持って生まれた。

なのに、あれの母親はそれを封じ、閉じ込めてしまった。



 『要らぬのか?その力。ならば、吾に寄越せ。』



皇帝の緋の衣だけでは足らぬ。

その力。

欲しい。

要らぬのなら、寄越せ!!



 『お約束くださいますか?この子を、生涯危めぬと…普通の人の穏やかな生を、約束してくださいますか…!?』

 『約束しよう。誓紙も、入れよう。』



だから、寄越せ。

その力を!!



 「…この力はすでに吾のもの。お前がどうあがこうと、吾からこの力が離れる事はない…。ヤハハ…ハハハハ…!ヤッハッハッハ!!」



エネルは、揺らぐ足で立ち上がり



 「全てを元の『混沌』に帰す。そして再びこの陸はひとつとなり、新たな神の元にひれ伏すのだ!!」



両手を広げ、エネルは哄笑する。



 「吾を見よ!!これが真実の神の力!!」











遠くから、不気味に響く音。

急に、風が吹き始め、草をなぎ倒していった。

青かった空に、灰色の渦。



それを見上げ、ロビンが目を見開いた。



 「…また…!」



ルフィとナミも



 「エネル…!」

 「あいつ!!」



昨日の話を聞いていたアイスバーグは、娘と婿に



 「陣を縮めよ!翼をたたみ、車輪の陣形に!!」



フランキー・エースの兄弟。



 「あの野郎…やる気か?」

 「一気にカタをつけるつもりだな、野郎。」



エースの体が跳ねた。



 「フランキー!燈軍は陣を縮めた。こっちは広げろ!広げてさらに燈軍の前へ展開してくれ!!

 エネルに、狙いを定めさせないように動くんだ!!」



 「スーパーに任せろ!!」



エースが、どこかへ走ろうとした時だ。



 「エース!!」



聞き覚えのある声にエースは振り返った。



 「鼻…!ウソップ、どうした!?何でお前さんがここにいる!?」



ウソップは息を切らし、汗だくの額を拭いながら



 「確かめたいことがあって来たんだ…!お前ェしか、わかりそうな奴がいなかったから…!!大至急なんだ!!」

 「…何だ?」

 「ゾロのことだ。あと、サンジの…!」

 「………。」



エースは、振り返らないままフランキーへ



 「フランキー、少し離れる。」

 「わかった。」



何故、などと、兄は言わなかった。



一群が、2人の脇を駆け抜けて行く。

そして、わずかな静寂が戻る。



 「…ゾロの事。」



口を開いたのはエースだった。



 「ああ…思い出したんだ…あいつのお袋が死んだ時の事…。」

 「…自分の血の海に…ゾロの体を浸して死んだんだろう?」

 「!!…どうして!?」

 「おれも、それをやったからだ。お袋の血に、ルフィを浸して、ルフィから炎の力を剥ぎ取った。」

 「…やっぱり…あの光景は…それだったのか…!」

 「…見たのか?…お前、いくつだった…?」

 「…10歳の時だ…ゾロと同じ…けど、今の今まで忘れてた…何でだ?

 あんなショッッキングな光景、何で忘れたんだろう…?けど、思い出した。

 ゾロの母ちゃんがいて、おれのお袋がいて…ゾロが血の海に倒れていて…

 それがおばさんの血だった…で…そこにもう1人いたのが…。」

 「エネルだな?」



ウソップはうなずいた。

やはり、エースは知っている。



 「なんてこった…ゾロの奴…サンジ以上の怪物じゃねェか…!!」



吐き捨てたエースの言葉に、ウソップは顔を覆った。



 「エネルのあの力…ゾロのか…!!?」

 「…引き剥がしても、髪の色も目の色も変わらずか…どんだけ強ェんだ…。」

 「…エース…あんたがサンジから力を剥がさなかったのは…ロビンを犠牲にするわけにはいかなかったからか…?」



その問いに、エースは小さく笑ってうなずく。



 「あの術に必要なのは、より近い肉親の血。サンジには、国王である父親とロビン以外の血族がいなかった…

 父親はその頃はもう、その術を成せる体力がなかった…できる術じゃねぇんだよ…。」

 「ゾロは封印が解けてる…耳のピアスが全部外れたんだ。封印は解けてるよな!?

 そうだよな!?んで、封印の解けた体は、無意識に自分の力を取り戻そうとしてるんじゃねェか?

 昨日、エネルの雷があいつに落ちなかったのは、力そのものが本当の自分の器を認めたからじゃないのか!?」



エースは、ウソップを見つめて



 「お前、賢いな。」



と、感心したように言った。



 「そしたらどうなる?…なぁ、不安なのはそれなんだ…

 そのことが、あいつ等にどんな事を起こすのか…それが怖ェんだよ!!」



青ざめた顔のウソップ。

体まで、ガタガタと震えている。



 「サンジ…サンジはその事を知ってるだろ…?

 あいつ、知ってて黙って、1人で抱えて…ゾロには隠してるだろ…?なァ、エース!!

 アンタも知ってるよな!?『炎の賢者』!知ってるんだろ!?教えろ!!」

 「知ってどうする?」

 「どうするって…!それが、あいつ等の命に関わることなら止める!!」

 「無駄だ。…止めたって…もう、止まりゃしねェ…。」

 「おい!!」

 「お前だって、おれが今日までナントカしてあいつ等を引き離そうとしてたのは知ってるだろう?

 …ウソップ、おれだってサンジを愛してる。」

 「…!!」

 「お前も、ゾロを愛してるよな…。」

 「…当たり前だ…おれの兄弟だ…親友だ…おれの…皇帝だ…!!」

 「…だったら。」



エースは、そばかすの顔を子供のような笑顔に染めて



 「もう、好きにさせてやろうぜ。」

 「………。」





 “どれだけ長く生きられるかじゃない。どれだけ熱く、激しく、生き抜けるかが大事なんだ。”





 「…おれは…いやだ…。」

 「………。」

 「絶対イヤだ!!おれは、おれ達は!!サンジを連れて碧へ還る!!絶対に!…不幸になんかさせねェ!!絶対にさせねェよ!!」



泣きじゃくるウソップを、エースはそっと抱きしめる。



 「それは、あいつ等にとって不幸か?」

 「………。」

 「サンジにとっては不幸じゃないんだ。」

 「結果を見れば、それはいつだって不幸だった。そうとしか見えない。でも、奴らには…それが幸福だった…。」

 「けど…。」

 「それをサンジが望んだ。望んで、与えた。それでいい。」

 「エースぅ…。」

 「いいんだ。…辛ェけどな…。」



かつて



生まれ、出会い、死んでいった恋人たち。



彼等は本当に不幸だったか?



出会い、愛し合い、魂を燃やし尽くす恋を、彼等は不幸と感じたか?





 「…そうだよな…。」





誰がそれを不幸と呼んだ?



彼等自身は、決して不幸ではなかった。



ウソップは、涙を払って顔を上げ



 「戻る!」

 「ああ!」



戦塵の中へ走り出すウソップを、エースは頼もしげな目で見送った。





ここ数日、谷あいの草原に雨は降っていない。

草は少し乾燥して、土は乾いていた。

兵士達が踏み荒らす度、砂塵が激しく空に舞う。

先ほどまで、青い絵の具を刷いたようだった空は、昨日のあの時と同じ様に、一転した鈍い灰色に染まっていった。



空へ



叫声が吸い込まれていく。



砂塵の煙る中を、先陣を切る一陣の風。



 「どけェ!!阻む奴は叩っ斬る!!」



黒馬の鞍上の武者の叫びは、大地の地響きのように轟く。

斬りたくはない。

だが、エネルの元へ辿り着く為には。



 「ゾロ!前だけを見ろ!!後ろはおれが引き受ける!!」

 「…頼む!!」



疾走するゾロの背中を見つめながら、サンジはチラリと後方を振り返った。



 「…ウソップ…あの馬鹿、どこに行った…?」



あの、まっすぐで心優しい男に、嘘をついている。

嘘が得意な男に。

そして、愛する男にも。

だが、後悔はしない。

例え怒鳴られても、悔やまれても。



 「エネル!!」



ゾロが叫ぶ。



 「出て来い!エネル――!!」



ウソップもまた、走る。

何度も転びそうになりながら、ゾロとサンジの元へ。



『そのこと』を、ウソップはまだ納得できない。

したくない。

エースが、ゾロからサンジを離したかった理由を、今ならウソップにもわかる。

初めからそうだと知っていたら、ウソップもきっとゾロを止めた。



愛しているなら、触れてはいけない。

愛しているなら、離れなければいけない。

あの笑顔を、いつまでも存在させていたいのなら。



大地の神と水の女神。



大地は水を育む。

水は、大地を潤す。

互いに、なくては成り立たないこの世の理。



だがもし、どちらかの力が強大すぎたなら…?



“引き剥がしても、髪の色も目の色も変わらずか。サンジ以上の化け物じゃねェか。”



外れた封緘。

解けた封印。

戻りたがっているゾロの力。



“眠ってる。…夕べ少し激し過ぎた…。”







 「サンジ…バカ野郎…!!」





涙を払い、ウソップは走る。

エネルを倒し、エネルの中にゾロの力を押し込めたまま全てが終わっても、今度はサンジの力の方が強大になる。

均衡は崩れ、いずれかが片方を食わねば成り立たない。

与え合うならいい。

だが、片方が食らうだけの関係は、やがて片方の全てを滅ぼす。



そして、滅びる片割れを、サンジは選んだ。



昨夜、サンジは与えたのだ。



自分の力を、ゾロへ。



なのに、兵士らの前であんな真似…!

立っているのもやっとのはずだ。



 「連れ戻さねェと…連れ戻さなきゃ、サンジ…死んじまう!!」



不幸じゃない?

そんな幸福あってたまるか!!



今の自分には何もできない。

だが、今、サンジを戦場から連れ戻すことくらいはできるはずだ。

それしか、思いつかない。



 「チクショウ…!!」



砂塵が涙にまみれて顔がドロドロになる。

拭いながら、ウソップは叫んだ。



 「ゾロォ!!サンジィィィ!!」









NEXT

              (2008/5/15)

BEFORE



Piece of destiny-TOP

NOVELS-TOP

TOP