BEFORE
 





 「今日で18!?」

 「お前…!じゃあ!!」

 「…だけどよ、わかんねぇな。戻ったとか、何かが違うとかって感覚がねェ。

 目が覚めたら、頭が赤くなってるのかと思ったら、なってねェし。エースに聞かねェと。

 それにおれ、使い方もわからねェし。エースは戻す前に使い切るとか言ってたし。

 戻すのに何か手順とかあるなら、余計にエースとっ捕まえねェと。」

 「ルフィ。」



低い声でサンジが呼んだ。



 「……辛い思いをするかもしれないぞ……?」

 「………。」

 「…増して今、ナミさんがいるのに…お前は…。」

 「それを言ったら、お前も同じじゃねェか。ナミはそんなこと気にしねェ。

 サンジも聞いただろ?それでおれのこと、嫌いになったりしねぇって。」

 「………。」

 「もう、誰も泣かせねェって決めたんだ。だから受け入れて、立ち向かう。」



ルフィは笑った。



 「だから、サンジも、誰も泣かすなよ?」

 「………。」

 「約束しろ。」



うなずくしか、なかった。

そして



 「行こう!」



叫び、最後の力を振り絞り、サンジは走り出した。









エネル軍の4将軍率いる部隊を、燈と緋の軍勢が迎え撃つ。

エネルの本隊の正面にいるのは藍軍とボン・クレーの部隊だ。

馬上で采配を繰り返しながら、ボン・クレーが叫ぶ。



 「陛下の進む道を作るのよ〜ぅ!!一点突破で行くわよぅ!!」

 「おおう!!」



緋軍の中でも、その意を悟ったフランキーが叫んだ。



 「陣を広げろ!!4将軍の部隊を分断させるんだ!!金鼓を鳴らせ!!」



金鼓の音が戦場に鳴り響く。

その音を聞き、アイスバーグが



 「燈軍!扇の陣形をとれ!!」



ロビンもまた、陣幕の中で



 「藍後軍!!半弧の陣を組み、脇を固めよ!!」



と、カリファが叫ぶ。



 「陛下!雷雲が薄れていきますわ!!」

 「…無茶をしていなければよいけど…。」



だが、眉を寄せて、空を見たのは一瞬だった。



 「藍軍前へ!!」



女王の床机から立ち上がり、手綱を取った。



 「出るわ!!」

 「…はい!」



カリファは止めなかった。

即答し、自らもまた手綱を引いて馬上の人となった。



そんな後方での援護を受けながら、ゾロはまっしぐらにエネル本人を目指す。

走れ。前だけを見ろ。



その言葉に、ゾロはまっすぐに駆けた。

雷の一撃が落ちた後、サンジが追いついてこない。

だが、何かがあったとはハナから思っていなかった。

命が繋がっている確かな感覚がある。

だが、ゾロが前へ進めば進むほど、その感覚が遠のくような不安もあった。



 (…あいつは大丈夫だ…!今は、あの野郎を倒す事だけ考えろ!!)



走るゾロの視界が開けた。

騒乱の中、声が届く。



 「やぁあっと来たのねぃ!!待ってたわよ〜ぅ!!」



ボン・クレーが、ゾロに並ぶ。



 「花道作ってあげたわよ!!行っちゃって!!」

 「ありがてぇ!!感謝する!!」

 「いやん、バカん!じゃ、お礼にチューして!!」



聞こえないフリをして、ゾロは馬に鞭を打った。

ボン・クレーの部下達が突破した、エネル軍本陣の先鋒。

混乱する剣戟の中、ゾロは突進して行った。

そのすぐ後。



 「ボン・クレー!!」

 「あ〜〜ら!鼻ちゃん!!マユゲちゃん!!遅いわよぅ!!」



途中、ウソップが主をなくした馬を捕らえ、それで駆けて来た。

サンジを下ろした瞬間、馬が泡を吹いて倒れる。

だが、それにかまう暇はなかった。



 「ゾロは!?」

 「本陣に向ったわよ!!ゾロの後から、アチシ達も突っ込むトコ!!先鋒はもう、突入してるわ〜!!」

 「…わかった…!」



サンジは、重い甲冑をその場に脱ぎ捨てた。



 「おい、サンジ!?」

 「いらねぇ!ジャマだ!!」



サンジは、何かを招くように手を振った。

すると、天上でエネルの雷雲を蹴散らしていた龍が、身をくねらせて降りてくる。



 「先に行く。」



言い終えるや、サンジの体は龍の体に取り込まれた。

白い体がますます白く、青い龍の水晶のような揺らめく光に包まれ、神々しくさえある。



 「サンジ!!」



そのまま龍は舞い上がり、戦場を駆け抜けた。

サンジが、ゾロと初めて出会った森へ、王宮から移動した手段はこれだったのだ。

力を具現化した龍。

形を保っている間は、まだやれる!!



 「ゾロ!!」



呼ぶその声に、ゾロは馬上から天を見た。

そして



 「サンジ!!」



もう、何が起ころうと驚かない。

こいつなら、不思議はないのだ。



 「サンジ!!」



広げた腕の中へ、サンジがまとった龍の体ごと飛び込んでくる。



龍は、飛沫となって飛散し、ゾロの腕の中にサンジだけが残る。

あれだけ水しぶきが舞ったのに、サンジはわずかも濡れてはいない。



 「遅ェ!!」

 「あー、はいはい。悪かった。ちょっと寄り道しちまって。」



何事もなかったという言葉と笑顔に、ゾロも笑った。

その時。



雷鳴が轟いた。

地を震わせる音と、バチバチという激しい放電音。

その音の方へ、2人は同時に目を向けた。



 「…エネル…!!」



敵本陣の中に、2人はその姿を捉えた。

陣の中に設けた床机に身を預け、目だけを光らせて2人を見る。

顔は青ざめ、見開いた目は血走っていた。



 「皇帝を騙る反逆者を討ち取れ!!」



エネルの声が響く。

兵氏らの声がひと際高まる。

抗えば、あのいかづちが、自分の上に落ちてくるのだ。



 「おれが止める。」



サンジが両手に力をこめる。

と、左右に水蒸気の壁が立ち登った。

爆発のような凄まじさに、エネルの近辺にいた兵は吹き飛ばされ、押し寄せた兵は一歩もすすめなくなる。

壁によって造られた道の向こうで、ただ一人となったエネルが床机から立ち上がり、ゾロを見て笑った。



 「遺言はあるか?エネル。」



剣を構えたゾロの言葉に、エネルはまた笑った。



 「愚か者。滅びるのはお前だ。」

 「…おれは負けねェ。」

 「…今、吾を斬って、我が座を奪おうとも、お前が滅びの道を歩むことには変わりはない。

 お前の隣に、その者がいる限り。」

 「…くだらねェ伝説なんざ、クソ喰らえだ。そんなもの、蹴り飛ばして斬って捨ててやるよ。」



ゾロの答えに、エネルは笑った。



 「…お前は本当に、死んだ母親にそっくりだな…強情で己の信じたものを決して否定する事がない。」

 「…お袋…?」



低い笑いを漏らすエネルに、ゾロは眉を寄せた。



 「ゾロ、惑わされるな…!耳を貸すな!」



サンジが叫んだ。



 「エネルを倒せ!!」



だが、エネルも言葉を収めない。



 「母親が、命懸けで守った命を捨てるか?弟よ。

 お前の母が、その者と辿る破滅の運命を避ける為に捨てたその命を、無駄にするか?」

 「何…?」

 「!!」



ウソップが思い出したゾロの母の犠牲。

ここへ辿り着くまでの間、サンジはウソップからその経緯を聞かされていた。

いつか、巡り会ってしまうかもしれない自分達の為に、ゾロの母が何をしたのか。

サンジは、薄い笑いを漏らすエネルを睨みながら



 「…ゾロ…よく聞け…あいつのあの『混沌の力』は、お前のものだ。」

 「……何……?」



唇を噛み締め、サンジは言う。



 「…お前は姿だけじゃなく、ちゃんと翠天の力を持って生まれてきた。

 お前の母親が、その力を剥ぎ取ったんだ。エースが、ルフィから力を剥ぎ取ったのと同じように、

 お前の力の凄まじさに、いつかおれとお前が出会った時…お前の強すぎる力でおれが倒れる事を避ける為に。」

 「…何…だと…?」



それじゃあ。



ある日突然、ゾロの前から母は消えた。

母が、どんな死に顔をしていたのか、ゾロは覚えていない。

大きくなってから、ウソップの両親から『流行り病だったから、小さなお前は会えないまま死んだのだ。』と聞かされた。



母親とは、なんと強い生き物か。

ルフィと同じように、ゾロの母もまた…。



だが、それでは。

剥ぎ取った力を移した器は…。



 「…エネル……貴様……!!」

 「そうだ、ゾロ。お前の命を助ける事と引き換えに、エネルはお前の力をお前から奪ったんだ!!お前の母親を自ら殺させて!!」



エネルの哄笑が響く。



 「その通りだ!この力は皇帝たる吾にこそ相応しい!だから奪った!弟よ、吾が憎いか?

 憎ければ憎むがいい、一向に構わぬ!その念が強ければ強いほど、深ければ深いほど、お前の顔は醜く歪み、

 魂は黒く染まってゆく!!そして思い知れ!お前は、生れ落ちて来るべき人間ではなかったのだ!!」

 「何を…!?」



サンジの叫びにエネルが答える。



 「そうであろう?この惨状は、お前達が招いたのだ。忌み子共。」

 「………。」



ゾロは、大きく息をついた。

次に口を開いたゾロの声は、不思議なほどに落ち着き、静かだった。



 「…そうだな。伝説を利用して、おれに混乱を起こさせ、それに乗じてお前は戦を仕掛けた。」

 「…ゾロ…。」

 「おれには何も知らせないまま育てさせ、おれを藍へ送り、こいつに出会うように仕向けた。」



エネルが小さく笑う。

と、ゾロは



 「感謝する。」



その言葉に、サンジは目を見開いた。

エネルも。



 「そうだろう?そのお陰で、おれはこいつに出会えた。お前が、伝え語りの禁を破り、おれをこいつに邂逅させてくれなかったら、

 おれはただの冷や飯食いのまま、お前の玉座を狙うだけの小者で終わっていたはずだ。」

 「………。」

 「…覚えておくぜ。あんたがおれにしてくれた、これが唯一の兄らしい思いやりだったってな。」

 「…笑止…。」



サンジが、低い声で言う。



 「…エネル…お前死にたいのか…?今、立っているのもやっとなんだろう?」

 「…そんなことはない…。」

 「そのはずだ。お前の中で、その力がゾロの中に戻りたがって荒れ狂っているはずだ。」

 「それがどうした?この力は吾のもの。決してお前には返さぬ。

 何より、誓約は生きている。その条文が果たされぬ限り、この力がお前に戻る事はない。」

 「誓約…?条文?何のことだ?」



ゾロの問いに、サンジが答える。



 「ルフィの力をエースが剥ぎ取る時、条件をつけられたといっただろう?ルフィの場合は、ルフィが18になったら力を戻す。

 それが誓約だ。お前にも、それがあるとウソップが言っていた。」

 「何でウソップが知ってる?」

 「ウソップの中に、お前のお袋が言霊を封じたんだ。この時が来たら、封じていた記憶が解けるようになっていたらしい。

 ウソップ自身も知らなかったんだ。その話は、終わってからゆっくりウソップに聞け。

 いいか、ゾロ。お前の翠天の力の封印は解けた。そしてお前の力はお前の中に戻りたがっている。

 問題は、お前のお袋がコイツと交わした誓約の中身だ。」



と、エネルが笑った。

嘲笑うような、狂気の高笑いだ。



 「ヤハハハハハ!それを知ってどうする?」

 「果たすさ!そしてお前からゾロの力を取り戻す。そうすりゃ、おれの力をコイツに与え続ける必要もない。

 おれがコイツの命を喰らって、こいつを傷つける事もない!伝説の翠天と蒼天の悲劇はここで終わる。

 おれ達が、その最初になってやる!」



ゾロが眉を寄せた。



 「おれに力を与えた…?サンジ、てめェ!!?」



夕べの。

あの不思議な感覚は。



 「なるほど…只人のままのこの弟が、お前と交わっていながら体力を吸い取られず、立っていられるのが不思議だったが…

 そういう事であったか。では、今こうしているのがやっとなのは、お前も同じはず。」

 「ほっとけ…なら、どっちが先に倒れるか、試してみるか?」

 「よせ!サンジ!!」



サンジの全身から淡く青い光が燃え立つ。



 「ゾロ、おれは、死ぬ気なんざさらさらねェぞ。」



声に、力がある。

だが、息が荒い。



 「お前と生きたい。だから、お前に翠天の力を取り戻させたい。あのくだらねェクソ伝説の言い伝えを、ここで終わりにしてぇんだ!!」



再び、エネルが笑う。

そして、言い放った。



 「残念だな。誓約が果たされることは決して無い!断じて無い!!いや、ありえないのだよ、蒼天の御子!!」

 「うるせぇ!!力ずくでも吐かせてやらぁ!!」

 「…そんな愚かな真似をせずとも…答えてやろうじゃあないか…。」



思わず、ゾロとサンジは身構えた。

エネルはゆっくりと、放電する手を上げながら、言った。



 「お前の母と結んだ、吾がお前に、この力を返す為の誓約の条文はこうだ。

 『藍の蒼天の御子が、碧の翠天の御子ロロノア・ゾロの子を孕んだ時』。」



瞬間



2人の思考は停止した。



全ての音も、全ての光景も、届かなかった。



つまり、サンジが、ゾロの子供を身篭ることが条件。



 「…てめェ…。」



ゾロが、血を絞るような声を吐いた。

ゾロよりもなお、愕然と顔を青ざめさせたのはサンジ。



どうあがこうとも、翠天と蒼天が出会い、愛し合い、悲劇の道を歩むことになる。

それを、エネルは逆手に取った。

既に存在する2人が、結ばれても決して種子を持つことのないことを承知の上で、ゾロの母にこの誓約をさせた。

設けなければならない条文なら、決して成就される事のない条件を出せばいい。

エースでさえ思いつかなかった。



 「ヤッハッハッハ!!わかっただろう?この力がお前に戻る事は決してない!!この力は吾のもの!!

 吾はこの力を以って、大陸をひとつに!混沌に戻す!!そして新たな世界を作るのだ!!

 吾は神なり!!ヤハハハハハ!!」



絶望が、全身の疲労を思い出させる。

サンジの足元が揺れ、崩れた。

駆け寄り、ゾロがその体を支え、抱きしめる。



 「サンジ!!」

 「………。」

 「…サンジ…!」

 「…ちくしょう…ちくしょう!…ゾロ…!!」

 「………。」



白い頬に涙が溢れた。

どんなに愛し合っても、どんなに深く強く結ばれても、それは決して叶えられない。



 「いらねぇ。」



ゾロが言った。



 「………。」

 「もう、あんなものはいらねぇ。あのバカにくれてやる。」

 「…ゾロ…。」

 「…抱けなくてもいい…触れられなくてもいい…。

 一緒にいられなくても、お前が生きてさえいてくれればいい!!」



その言葉に、サンジは青い目を見開き、涙が散るほどに激しくゾロを返り見て叫んだ。



 「おれは嫌だ!!」

 「!!」



ゾロの襟首を掴み、サンジは涙を滲ませた声で言う。



 「例え生きても…逢えないなんて耐えられない…触れる事もできないなんて嫌だ…抱き合う事が出来ないなら、生きてる意味なんか無ェ!!」

 「………。」

 「お前は耐えられるってのか?お前は、それで生きてるって言えるのか!?

 遠く離れたお前を恋焦がれて、毎日毎夜、狂うほどに泣けってのか!?嫌だ!!おれは嫌だ!!」

 「おれもだ!!だが…!!」



狂った笑いが響く。



 「ヤハハハ!面白い!こうでなくては…!これこそ吾が望んだ悲劇の、最高の舞台だ!!」











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              (2008/5/23)

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