BEFORE
藍軍本陣。
2人で戻ってきた姿を見たロビンは、泣き崩れもせず、
だが安堵の表情を満面に浮かべて大きく手を広げ、胸に飛び込んでくる弟を抱きしめた。
抱きしめ、その顔を両手で包みながら
「…誓紙は無事?」
と、尋ねた。
「ああ、ちゃんとここに。」
サンジは懐から羊皮紙を取り出した。
それを見て、ロビンはにっこりと笑う。
その時に、サンジは初めて気づいた。
これを姉が託したのは、サンジにこれを護り抜かせて生き残らせるため…。
「…おかえりなさい…。」
「…ただいま…。」
気丈な姉が、耳元で大きく溜め息をついた。
本当は、気を失いたくなるほど張り詰めていたに違いない。
逆に、その場で気を失わんばかりに崩れたのはカリファの方だ。
「もう、いつもカリファに取られてしまうのね。」
「もっ、申し訳ございません…陛下!ご無礼を…でも…。」
心配をかけた。
サンジは、腰を抜かしたカリファの手を引き寄せ、感謝の抱擁をする。
気丈な彼女が、鼻水まで流して泣くのを始めて見た。
「…あ!」
その時、サンジは慌ててカリファの体を放す。
「ごめん!大丈夫か!?」
サンジの封緘は全て外れている。
「いえ!…あら?…いいえ、なんともありませんわ。」
「あ!そーいや、おれ達何ともねェな?」
ウソップが言った。
「相殺されたな。」
幕を払い、現れたのはアイスバーグだ。
「同等の力が並び立った。互いの存在で力が中和されたんだろう。ンマー…こういうことなのだ。新たな伝説を伝えねばならんぞ。」
「ご挨拶が遅れましたわ。アイスバーグ王。」
「あなたの即位式以来だな。美しくなられた。」
ロビンの手に口付けて、儀礼を交わしたのを見届けて、ゾロが尋ねた。
「ナミは?」
「婿殿が緋の陣に行ったのでな。」
「…ゾロ。」
サンジが言った。
「おれも…行っていいか?」
エースが気にかかるのだろう。
ゾロは笑って、黙ってうなずいた。
そして、サンジを見送ると
「さて、碧・新皇帝殿。」
「………。」
アイスバーグの呼びかけに答えがない。
出て行ったサンジの方向を見つめたまま、動かない。
肩をすくめたアイスバーグを見て、ロビンが笑い
「ゾロ陛下。」
「………。」
「皇帝陛下。」
今度はカリファが、だがなおも答えないので、今度はウソップが声音を荒くして
「ロロノア・ゾロ碧第106世皇帝陛下!!」
その時ようやくゾロは振り向き
「あ!?……おれか!?」
「あなたよ。」
「君だ。」
「あなた様です。」
「お前ェだよ!!」
一瞬、目を宙に泳がせ、何かをしばらく考えてから
「おれか?」
「だからお前ェだ!!」
「自分で宣旨したのに。」
「ンマー、面白い男だ。さて…。」
アイスバーグがまた、何かを言いかけた時
「ちょ〜〜〜っとぉ!鼻ちゃ〜〜〜〜ん!鼻ちゃんはどこなのよ〜〜〜う!?」
ボン・クレーのけたたましい声が、幕の外で響いた。
「…ほっといていいから。お言葉をどうぞ、アイスバーグ陛下。」
ウソップが溜め息をつく。
だが
「鼻ちゃん!ちょっとどこよぅ!あんたのパパを見つけたわよ〜う!!」
「え!?」
「ヤソップ!!」
ウソップとゾロの反応は早かった。
あっという間に、幕を飛び出しでいってしまった。
「…ンマー、落ち着きのない連中だ。」
「限りなく不安ですわ。セクハラです。」
「ウフフフ。…で、何を言いかけてらしたの?」
「ンマー…勝利の宣旨を、碧新皇帝にしてもらおうかと思ったのだが。まぁ、もういいか。」
「ええ。」
ウソップの父ヤソップは、将軍オームの軍の千人隊長だ。
であるから、当然捕虜として捕らえられていたが、同胞である。
ボン・クレーの軍隊は、決して無体な真似をしはしなかった。
ちゃんと食べ物も水も与え、縛める事もなく、ひとつの陣地に押し込められていた。
「親父!!」
「ヤソップ!!」
勝者である新皇帝が、いきなり姿を見せたのだ。
兵士等は一斉に膝を折り、地面に額をつける。
「よせ!」
ゾロは怒鳴った。
「命令に従っただけの者に、土下座までされる筋合いはねェ!!…ヤソップはどこにいる!?弓馬隊千人隊長、ヤソップだ!!」
すると
「…ゾロ…ウソップ…。」
呼ぶ声に、ゾロは振り返り
「…ウソップ!!」
友を呼んだ。
人の波を掻きわけ、声の元へまろび寄る。
怪我人を集め、そのまま地面に敷いた布の上に、直に横たわらせてある。
エネルの暴虐が激しすぎて、怪我人が多いのだ。
その中に
「ヤソップ!!」
「…ああ…無事か、ゾロ。」
「親父ィ!!」
「ウソップ、よくやった…ちゃんとゾロを助けたな。」
「ヤソップ…。」
ゾロは、ヤソップの手を握った。
「…皇帝陛下…。」
ゾロはうなずいた。
“父”の顔を、ウソップと覗き込む。
かなりの火傷を負っている。
エネルの雷を受けたのだ。
「…ああ、たいした事はねェ…。」
と、側にいた歩兵が苦しげな顔で
「隊長は…自分を庇って…申し訳ございません…!!」
その時だ。
「ホラ!どきなァ!ジャマだよ若造!!」
しわがれた女の声。
驚いて、ゾロもウソップも思わず後ずさる。
「ヒッヒッヒ!ハッピーかい?」
「…ドクターくれは!!この方をどなたと心得るか!!」
兵士の一人が叫んだ。
「知ったこっちゃないね。」
「ドクターくれは?」
ゾロの問いに
「はっ…この谷の向こうの森に、庵をむすんでいる変わり者の医者でございます。
軍医の手が足りず…緋のフランキー陛下がこの者を知っていて、お呼びくださったそうで…。」
「それ以上何が聞きたいんだい?若さの秘訣かい?」
「いや、聞いてねェし。」
「こっちだって、無理矢理呼び出されたと思ったら、大勢の怪我人の手当てなんかさせられて、てんてこ舞いなんだよ!
誰かって?そんな事は聞かされなくてもわかってるさ。新しい碧の皇帝だろう?ほら、さっきから邪魔だって言ってるだろ!?どきな!!」
「あ、ああ。悪かった。」
「何てぇばあさんだ。」
ウソップがつぶやいた瞬間、ウソップの鼻先をギラリと光るメスが掠めた。
「口の利き方に気をつけなァ!!あたしゃまだ、ツヤツヤの139歳だよ!!」
「はいぃぃい!ごめんなさい!!」
「アンタの親父だって?」
「ああ、そうだ!」
答えたのはゾロだ。
そしてさらに尋ねる
「どうなんだ?治るんだろう?」
「…ひどい火傷だ。普通なら、死ぬね。このままじゃ感染症を起こすし、皮膚呼吸が出来なきゃ生きられない。
だが、あたしなら治してやれるよ。治して欲しいのかい?」
「当たり前だ!!」
「なぜ?」
「なぜ?親父だ!おれ達の親父だ!!」
「……そうかい。」
ヒッヒッヒと、くれはは笑い
「わかったよ。助けてやろう。」
同じ頃、サンジもフランキーの陣幕を訪れていた。
入り口でナミが、サンジを出迎え
「おめでとうございます。碧の……なんて呼んだらいいのかしら?…皇后陛下なんて呼べないわよねェ。」
「いや、それは…(-_\;)」
「冗談よ。…よかった、無事で…。」
「ナミさんも。」
と、ナミの後ろからルフィが顔を出した。
「よ!サンジ!!」
「…ルフィ、エースは?」
「…ん…会ってやってくれ。」
中へ入ると、フランキーが甲冑を外している最中だった。
「よぉ!兄弟!!」
「誰が兄弟だ。」
「まぁ、そう言うな!兄弟!めでてぇ日だ!!」
「エースに会いたい。」
「…ああ、会ってやってくれ。」
ふと、フランキーの目が曇ったような気がした。
ルフィも、あの時思わせぶりな口調で…。
今2人が言った、「会ってやってくれ」という言い方が気になった。
そっと、奥の幕を払って中へ入る。
寝台が、あつらえてあった。
そこに
「エース…!」
その声に、寝台の上の顔がこちらを向いた。
「!!」
「…よお…元気そうだな…。」
「エース!」
駆け寄り、その手を握ろうと指を伸ばした。
だが…。
「…ルフィに力を戻した副作用だ。まぁ、命が残っただけでも儲けモンだ。」
顔も、肩も腕も、指の先まで、体の右半分が無残に焼け爛れていた。
「片目を持って行かれちまった。左もあまりよく見えねェ。…エネルはどうした?…まぁ、おれでさえこれだ…無事じゃあねェな…。」
「エース…。」
「…気にするな…これも承知の上だ…ゾロは?」
「元気だ…力も戻った…。」
「そうか、よかった…。で…エネルの誓約は何だったんだ?あいつが、簡単に吐いたのか?」
「………。」
サンジは、エネルが言ったゾロの母との誓約を語った。
そして
「なのに、力はゾロに戻った。ゾロは、気合だとかぬかしてたが…本当のトコはどうか…わからねェ。」
「…まぁ…なんにせよ…収まるべき所へ収まった…ならそれでいいんじゃねェか?」
サンジはうなずいた。
エースが、大きく溜め息をつく。
「…ああ、悪い…疲れたろ?…もう、帰るよ。また来る。」
サンジがそう言い、寝台の傍らから立ち上がった時、一瞬天地がぐるんと渦巻いた。
眩暈だ。
(…あ…ヤベ…。)
それもかなり重い。
意識が、音をたてて地の底へ吸い込まれていくような感覚。
「…う…。」
「サンジ?」
「………!!」
「おい!!?」
どさり、と、その場に倒れた音は、布の幕1枚隔てた隣にも聞こえた。
エースの声も。
フランキーが飛び込んでくる。
「おい!どうした!?」
「サンジが…倒れた!!」
必死に体を起こしながら、倒れたサンジに身を乗り出すエースを、ナミが必死に押し留める。
「ダメよ!エース!!」
「サンジ!!おい、サンジ!!」
「サンジ!サンジ!!?」
「ダメだ…目ェ覚まさねェ!!医者だ!医者を呼べ!!
そうだ!碧軍の兵の治療をしてる医者の中に、ドクターくれはがいるはずだ!連れて来い!!ルフィ!!」
「わかった!!」
風のような速さで、ルフィは飛び出していった。
ルフィがドクターくれはを見つけた時、当然ゾロもウソップも側にいた。
そして
「サンジが!?」
「あいつ…やっぱ、無理してたんじゃねェか!?」
「とにかく早く…!!真っ青で、目、覚まさねぇんだ!!」
「ああ、わかったよ!うるさいねェ!!ちっとは落ち着くって事をしな!!」
ルフィが、くれはとゾロとウソップを連れて戻ってきた時、すでにロビンもサンジの傍らにいた。
下手に動かさない方がいいと、長椅子の上に寝かされていた。
その姿を見て、
「サンジ!!」
ゾロが駆け寄ろうとしたが、くれはのすらりとした脚がゾロの脚を払った。
激しい音をたてて、ゾロがもんどりうって転ぶ。
「動くんじゃないよ!!医者を差し置いて!!」
「…っ!!」
目を白黒させながら、ゾロは額に出来たコブをさする。
ロビンが立ち上がり、席を譲った。
「弟は…大丈夫ですか…!?」
「これから診て決めることだよ、静かにおし。」
胸の前で手を合わせる不安げなロビンの肩に、さりげなく手を置くずうずうしい男の存在はともかくとして、
静寂の中、誰もが診断を不安な心持で見守る。
ゾロも、青ざめた顔で沈黙したが、サンジを案ずる想いはここにいる誰もみな同じだ。
くれはの目は険しく、なかなかサンジの胸に当てた聴診器を外さない。
「ばあさん、おい!」
耐え切れず呼びかけるゾロに、くれはは
「ドクトリーヌと呼びな。」
「…ドクトリーヌ…どうした?どこか悪いのか?何がどうしてどうなった!?」
「……難しいねェ……。」
その言葉に、ロビンが口を覆った。
「こんな症例、お目にかかった事がないよ。」
「…な…!?」
エースも、驚愕に目を見開いた。
ルフィが息を呑む。
ウソップも、歯噛みした。
くれはは、聴診器を耳から外し。
「…倒れたのは貧血だね。」
「は!?」
余程重い病気か、それともこの戦での疲れか、はたまた蒼天の力の何らかの作用かと思ったのに、くれはの言葉は意外なものだった。
「…貧血?」
ナミが、少し呆れたような声で言った。
「貧血を舐めちゃいけないよ、小娘。アンタだって、いずれは子供を生むんだろ?」
その言葉に、ナミはぼっと頬を染めた。
「…貧血か…よかった…何だよ驚かせやがって…。」
ゾロが、大きな溜め息をついた。
「はーびっくりした。」
ウソップも。
「…ようございました…。」
カリファも息をついた。
「肉食えば治る!!」
ルフィが言った。
「そうだな!よし、宴の準備と行くか!!」
フランキーが言うと、ロビンもようやく笑った。
「よかった…。」
すると
「何がいいモンかい。」
と、くれはが言った。
全員の目が、くれはに注がれる。
「難しい症例だと言ったはずだよ。あたしゃ、かれこれ100年以上医者をやってるが、こんな患者を診たことは一度もないね。」
再び、ロビンの顔が青ざめた。
ゾロも。
「おい、ばあさん!!…いや、ドクトリーヌ!一体何だってんだ?
只の貧血じゃないなら、コイツは何の病気だ!?こいつの体に何が起きてる!?」
ゾロが叫んだ時
「…うるせぇ…何だよ、ゾロ…。」
サンジが目覚めた。
「サンジ!」
「…あー、やっぱり倒れちまったか…はぁ…情けねェな…。」
「起きるな寝てろ!」
「大丈夫だって…あ〜あ、みんな揃って…悪ィ。」
ばつが悪そうに小さく笑うサンジに、また、ゾロは安堵の息をつく。
そのゾロとサンジへ、くれはは言った。
「お前さん、身篭ってるよ。」
「はっ!?今意識が飛んでた!!」
ナミが叫んだ。
「え?え?え?え?ええ?ええええええ!?なんですと――!?」
ウソップがわめく。
「スーパーだな、おい…。」
フランキー。
「………。」
呆然と無言のロビン。
そして、やはり無言のまま、その場にカリファが卒倒した。
呆然と、だが、口元に浮かんでしまった笑いを堪えられないエース。
「すっっっげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」
狂喜の声を上げたのはルフィ。
そして、当の2人。
「は?」
同時に、その言葉しか出てこなかった
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(2008/5/23)
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