BEFORE
「さぁ、どきな。貧血は食うもん食ってりゃ治る。もう病人じゃない。
事のついでだ、こっちを診てやろうじゃないか。」
ヒュルン!と、メスを一回転させて、くれははエースを見た。
「…お手柔らかに…。」
「ヒッヒッヒ。」
その後、フランキーの天幕からエースの悲鳴がしばらく響いていた。
そして
呆然と、抜け殻の様になった彼らが意識を回復するまで、しばらく時間がかかった。
ようやくエースの悲鳴が止んだ頃。
「ええええええええええっ!!?」
次に響き渡ったのは、サンジの悲鳴。
幕を守る守備兵らは、悲鳴が上がるたびに驚いて身構えざるを得ない。
「お・お・お・お・お・お・お・お・お!!」
言葉が出てこない。
頭を掻け巡るのは、つい先程のくれはの衝撃の言葉だけだ。
「嘘だろ!?ばあさん!!?」
「ホントに口の利き方を知らない連中だね。何がだい。」
治療を終え、手を拭きながら憮然とした顔で言う。
寝台の上で、目を白くしているエースの抜け殻。
「お・お・お・お・お・おれが…なんだって?…なんか、ありえねェ言葉を聞いたような気が…いやいやいや、レディ。
あなたが名医だということは、今のエースの治療で充分わかったが、こればっかりは…いくらなんでも、誤診……だよな?」
「誰に向って言ってるんだい?あたしかい?」
「だってそうだろう!?そんな事ある訳ねェじゃねェか!?
…お…おれが…おれが…み…身篭………って……男が妊娠なんかするかぁあ!!」
詰め寄るサンジに、くれはは、手にしたメスを側の円卓にドカンと突き立てて
「あたしだってこんな症状は初めてだって言っただろう!?アンタの体から、心音がふたつ!!
腹に赤ん坊でもいない限り、ある訳ないじゃないか!!心音が、外から聞こえる寄生虫でも飼ってるってのかい!?」
「おえぇ。」
と、妙な想像をしたらしい、フランキーとウソップとナミが同時に言った。
「それとも、心臓を2つ持っているのかい?そうじゃなきゃ、体の中であんな音はしないんだよ。」
「…そんなことは…ないわ…。」
ロビンが呆然としたまま言った。
そして、サンジはもっと呆然としたままの、緑頭の点目の男の襟首を掴み
「おい!ゾロ!!テメェも黙ってねェで何とか言え!クラァ!!」
「……はっ!」
ようやく我に返るゾロ。
だが、目の前のサンジの顔を見て、次に叫んだ言葉は
「…てめェ!おれが初めてじゃなかったんか!!?」
地雷炸裂。
「はぁあ!?何をイキナリ…!!」
「そうだろう!?おれ達が初めてシタのは、一昨日だぞ!?それでなんで、もうガキが出来たのがわかるんだよ!?」
「そっちかーい!!」
ウソップ・フランキー・ナミ・ルフィが激しくツッコム。
「一昨日…。」
ロビンがボソッとつぶやいた。
声に、怒りがある。
「ああ!?ね、姉さん!!違う…!それは!!」
「…許せませんわ…こんなセクハラ許せませんわ!!訴えますわ!訴えて勝ちますわ!!」
カリファが激しく憤る。
慌てて否定するサンジに、寝台の上からエースが言う。
「ああ、間違いねェな。一昨日の晩。」
「何で知ってる――!?」
ゾロとサンジの叫びに、エースはしれっと
「…灯りは消しておくもんだぜ。」
「〜〜〜〜〜っっ!!」
「見てやがったのか――!?このデバガメ野郎!何が“炎の賢者”だ!!」
「はっはっは!そいつぁもう、返上だァ。」
笑うエースの横で、ルフィが目をキラキラと輝かせて言う。
「サンジ!!すげぇな!!赤ちゃん産むのか!?」
「産まねェよ!!」
「なんですって?なんてひどいことを言うの?」
すかさず、ロビンが言った。
「せっかく授かった大切な命ではないの。そのことを、誰よりわかっているはずのあなたが、そんなことを言うなんて…。」
瞼を押さえ、顔を覆い、背を曲げた姉の肩を支えようとするカリファよりも早く、フランキーがその肩を抱え
「まったくだ!ここまで大事に育ててもらっておいて、自分の腹の子はいらねぇってのか?トンでもねェ!スーパーにトンでもねェ!!」
「そうよね!サンジ君、見損なったわ。」
「産まねェなんて言わないでくれよ!碧皇帝の初子だぞ!?」
「ちょっと待てェェェェ!!!」
ぜいぜいと、息を切らしてサンジが叫ぶ。
ようやく黙った全員を見て、サンジはひとつ深呼吸した。
「…全員落ち着け。頼むから落ち着いてくれ…。」
皆、ぴたりと黙った。
多分、今の言葉は、サンジは自分にも言い聞かせているのだと思う。
「いいか?確かにおれはゾロと…『した』。一昨日の晩。初めて。
言っておくが、おれは男としたのはゾロが初めてで、それ以前に誰かと何かあったなんてことは断じてない!」
「女としたこともねぇだろ?」
「黙れエース!!」
「訴えますわよ!!」
真っ赤になってサンジはまた叫ぶ。
カリファも叫ぶ。
「恥を忍んで身の潔白を立ててるんだ!!茶化すな!!」
「ンなコトはわかってる。」
ゾロが言った。
「は?」
「…悪かった。さっきは咄嗟のことで、逆上した。あまりといえばあまりの、確かにトンでもねェ話だからよ。」
「てめェはぁ!!」
「てめェこそ落ち着け、腹の子に障る。」
「だから、男が妊娠するかってんだよ!」
「しちまったもんは、しょうがねぇだろ?」
「しょうがねぇって……産むのはおれだ!そういう問題か!?」
「問題なんかねェ。てめェにはあるのか?」
「ねェよ!」
「ねェのか!?」
ウソップがツッコんだ。
頬を染めて、サンジは少し小さな声で
「…そればっかりは…ゾロにしてやれねェから…もし…望んだら…って…考えた…。やっぱり……側室……とか…って…
…いや!おれだって、ナミさんが言ったみたいに皇后になんかなれるわけもねェから……ちゃんと…それなりに……。」
はーっと、大きな溜め息をついて、ゾロは頭をボリボりかいた。
「そんなもんいらねェよ。第一、今日の今日でそこまで考えてるわけもねェ。それに跡継ぎなんざ、なりたいヤツがなりゃいいんだ。
フランキーだって選挙で選ばれた王だ。それにおれには、兄貴どもの子供も何人か残ってる。
次の事なんざ考える必要はねェ。おれは、てめェ以外いらねェんだ。余計な、ばかげた事を考えるな。」
周りの目がある。
ロビンも側に居る。
だが、ゾロはお構いなしに、サンジを引き寄せて抱きしめた。
「……いよいよ始まるって気がしてきた。すげぇ、わくわくしてるんだ。
こんなおまけが付いて、すげぇ嬉しいんだぜ、おれは。多少の不思議は目をつぶれ。」
いや、つぶれねぇし。
皆、心の中でツッコんだ。
ゾロは、抱きしめる手に力をこめて、言った。
「…碧へ、一緒に帰ろう。」
その言葉に、サンジはようやく眉間のシワを解いた。
そして、その肩に頬を載せ
「……ああ……。見たい…お前の国…。」
「今日からは、お前の国だ。」
「ゾロの母ちゃんは、そりゃあ綺麗な巫女さんだった。
神学校でも主席で、貴族の末だったから、もともと、それなりの呪力を持ってたんだろうと思う。」
怪我をした捕虜の陣幕の中で、ヤソップが息子に話したのは、ゾロとその母親を引き取ることになった経緯だ。
「とにかく、ウチの母ちゃんと仲がよくてな。神殿を出された後は住む場所もなくて、ウチの2階で暮らしてたんだ。
ゾロが腹の中にいるのを知ったのは、その頃だ。そしたら、おれ達に黙って家を出て、ゾロをひとりで生んで…まるで隠すみたいに育ててたよ。
けど、結局見つかっちまった。だから、おれと母ちゃんでまたウチへ連れてきたんだ。
毎日の様に宮殿へ入るように、脅迫みたいに言って来る時もあった。まぁ、わかってたんだろうなァ。いろいろと。」
「………。」
「いらない、いらない…ゾロに申し訳ない事をしたって、よく言ってた。
確かに、あんな力、欲しくはねェな。親ならそう思う。」
「だからってよ…寄りにも寄って…。」
「それしかなかったんだろうよ。一人で勝手に決めて、死んじまった。母ちゃん、その事だけは怒ってたなァ…。」
「おれが、言霊を封じられたのを、親父は知ってたのか?」
「いや。知らねェ。…まぁ、それも、とんでもない場面を見ちまったお前に、それを忘れさせようとしての事かも知れねェ。
その時にな、母ちゃんに言ってった言葉で、これだけは母ちゃんが、おれに言い遺してった。」
ウソップは、身を乗り出した。
「な、なんだ?」
「ゾロの耳錘の2つは封印、ひとつは鍵。その最後のひとつ。封印の鍵は、ゾロの母ちゃんの心臓だ。ってよ。」
「心臓…?」
ヤソップも、眉を寄せて
「ああ、こればっかりは、おれもよく意味がわからねェんだ。ま、神殿の巫女みてぇな頭のいい連中の考える事や喋る事は、難しくてよくわからん。
ただ、エネルとの契約の為だけに命を捨てたんじゃなく、その鍵を作るために、自分の心臓を使ったんだ…とかなんとか…
さっぱりわからねぇが…ドエライ事をして、ドエライ事を母ちゃんは引き受けちまったんだな、ってことだけはわかった。
といっても、おれにできることは、お前達をまっすぐな男に育てるって事だけだったけどよ。」
「………。」
「自慢できる息子に育ってくれて、ありがとうよ、ウソップ。」
照れくさそうに、ウソップは鼻を擦る。
そして、ハタと気づいた。
「心臓…。」
「ああ、そうか…。そういう…ことか…。」
砕けた封印の耳錘。
そのうちのひとつはゾロの母親の心臓。
その心臓が、サンジの体内に入った。
男であるサンジは、ゾロとどんなに深く愛し合っても妊娠する事は叶わない。
それを、充分承知の上で、契約上は有効なその条文を誓約に入れさせたのだ。
後にゾロが、その力を取り戻すことを望んだ時、その条文が妨げになったら、どれ程母親を憎み、恨むことになるか。
ゾロの母親は、決して成されることのない誓約を打ち破る方法として、蒼天の御子の体が、身篭ったと同じ状態を起こさせる方法をとった。
自分の心臓をあの金のピアスに、封印を解く鍵と共に封じた。
サンジと結ばれて、より強くあることを、より強い力を心の底から望んだ時、鍵は封印を解き、
弾けて、ゾロの母の鼓動はサンジの体内へ沈み、根を下ろしたのだ。
その確かな鼓動は、まさに身篭ったとしか表現のしようがない。
「ああ…じゃあ…生まれてくるのは女の子か…。うわぁ〜、あいつ等、絶っっ対メロメロ親父になるぞぉ〜。」
「あ?なんだって?」
「ああ、いやいや!コッチの話だ!!…もう、寝ろよ親父!明日は早くに出発だからな!」
「??」
奇跡は
そこら中に転がってるのかもしれねぇなぁ
父親の手を握りながら、ウソップは溢れる涙をこぶしで拭った。
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(2008/5/28)
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