BEFORE




 「いらっしゃいませ。ようこそ、『バー・オールブルー』へ。

 …外…寒いですか?風が冷たくなってきましたよね。どうぞ、カウンター奥へ。」



決まりセリフから番組は始まる。



サックスの旋律が流れる。

『フライデー・アーリータイムバー・オールブルー』と、流暢な英語で番組タイトルがコールされる。

テーマミュージックの中、フランキーのキューが出る。



 「こんばんは。11月11日金曜日…あ、ゾロ目ですねェ…5時になりました。

 バー・オールブルー、マスターのサンジです。今夜も次のご予定のお時間まで、どうぞごゆっくりお過ごしください。

 ……え〜っと…新聞とかニュースで…知ってる方も多いと思います…ご心配をおかけしました。

 ボクは大丈夫。怪我もありません。元気です。

 たくさんのメールやファックス、ありがとうございます。ホントに、ありがとう。」



サンジは、ちら、と街路樹下のゾロを見た。

ゾロは、こちらをじっと見ている。

唇が少し上がっていて、かすかに笑っているのがわかる。



「ゾロ目」なんて言っちまったな。つい。



 「…そんな訳で、さて、今夜の1曲目。

 本当は秋深しってことで、オーソドックスに『枯葉』にしようかと思ったんだけど…

 実はさっきまで、フランキーと、『ビング・クロスビーだ!』『ナット・キング・コールだ!』

 果ては『越路吹雪だ!』と揉めまして(笑)。

 おれ…いや、ボクの一存で勝手選曲させてもらいました。

 『Pick yourself up』。って、全然枯れてないですね。」



ちら、と、またゾロを見る。

「う。」という顔で、ゾロが少し照れた。



 「1956年12月、バディ・ブレグマン・オーケストラ、“姐御”アニタ・オデイ…『Pick yourself up』。」







Nothings impossible I have found

For when my chin is on the ground

I pick myself up, dust myself off, start all over again



Don't lose your confidence if you slip

Be grateful for a pleasant trip

And pick yourself up, dust yourself off and start all over again



不可能なんてないさ

転んだらまた立ちあがって、埃を振り払って、またやり直そう





その日の49分は、あっという間だった。





結局、『枯葉』は大橋巨泉バージョンで流そうとして、フランキーに止められた。

ここは定番中の定番、フランク・シナトラで〆。











 「お待たせ、ロロノアくん。寒かったろ?」

 「…いや…。」



笑って、サンジはゾロの腕をポンと叩いた。



 「来てくれてありがとう。」

 「………。」

 「行こうか。」

 「…はい。」



歩き始めると、ゾロはサンジの少し後ろをついてきた。

横へ来ればいいのに、とも思ったが



シンボルロードを進んでいくと、時折すれ違う高校生達がみな



 「………。」



ゾロに頭を下げる。



普通の学生も、どこか気合の入った学生も、体育会系も、文科系も、男子も女子も。

霜月学園の制服じゃない生徒まで。



 「…お前…やっぱ有名人?」

 「…私学連合の代表だから…。」

 「…へぇえ…お前すごいね。勉強できて、スポーツできて、人望もありか…将来有望だ。」

 「………。」



あれ?

ちょっと怒った?



サンジの足が、どんどん繁華街から離れて行くのを見て、ゾロは少し眉を寄せる。

その様子に気づいてはいたが、サンジは黙って歩いて行った。

そして、ゾロを、自分の家に、店に連れて行った。



 「いらっしゃいませ、ようこそ『オールブルー』へ。」

 「………。」



ゾロは、呆然と見回した。



 「…ここが…?」

 「そう、ここがおれの店『オールブルー』。」

 「…あったんだ…。」

 「あるよ。」

 「ふつーのマンションだ…。」

 「…さぁ、お客様。カウンター奥へどうぞ?」



バーテンダーらしく、優美なしぐさでカウンタシートを示す。



言われるがまま、ゾロは5個ある椅子のひとつに腰をかけた。



 「…スゲェ…酒がいっぱいだ…。」

 「どれになさいますか?」

 「え?」

 「…なんてな。冗談。まさか品行方正な高校生に、飲酒なんて勧めませんよ。お兄さんは。」

 「………。」



サンジは、サロンエプロンをつけ、袖をまくった。



 「さて、ロロノアくん。」

 「あ?」

 「カレーの肉と言えば?」

 「鶏。」

 「お、意見が合ったな。スゲェ美味い本格チキンカレー、食わしてやる。」

 「…あんた料理もするのか?」

 「ああ、もちろん。…では、少々お待ちを、ロロノア様。」

 「ゾロ。」

 「ん?」

 「…名前の…方が…。」



その言葉に、サンジは微笑み



 「ゾロ。」

 「………。」



それまで緊張していたゾロの頬が、少し緩んだ。

サンジは、ステアするだけのノンアルコールカクテルをゾロの前に置く。



 「少し甘いけど、お前をイメージして作ってみた。」



ゾロは驚いた顔をして



 「おれの?」

 「ああ。“ゾロ“ってつけるか?」

 「………。」

 「お前が20歳になったら、この緑、リキュールに変えてごちそうするよ。」

 「20歳…。」

 「ああ。」

 「4年後だ。丁度。」

 「え?」

 「………。」

 「…まさか…今日誕生日?11月11日、ゾロ目…。」

 「………。」

 「…ゾロ目生まれでゾロ…?」

 「悪いか…。」



悪くねェけど。

面白ェ。



 「笑うなよ!」

 「ごめん…!!つい!!」



そっか

今日誕生日…。



 「お祝いしよう!」

 「…いいよ…別に…。」

 「せっかくだ!祝ってやるよ!!えっと…4年後ハタチだから…今日で……16歳…?…え…?」

 「………。」

 「…まさか…先週のあの時…15歳だった…?」

 「…そうだよ…。」



爆笑



しちまった。



先週15歳って…このおっさん臭さで15歳…!



15歳に助けられた自分自身も笑っちまった…。



 「…なァ…。」

 「ん?」



ゾロは、笑ったおれを怒らなかった。

だが、どこか真剣な顔つきで



 「…4年後…ここで…酒飲ませてくれるのか?」

 「……ああ、飲ませてやる。」

 「………。」

 「…約束するよ…。」



ゾロは、やっと白い歯を見せた。



笑うと、結構可愛い。



ごついけど。



チキンカレーを食わせて、小さなケーキを焼いてやって、ハッピーバースディを歌って、キャビネットの酒の話をして。

おれが行った外国の話もしたし、番組の話やフランキーの話もした。



でも、ゾロは自分の話は全然しなかった。





料理を始めた時から、ずっとエンドレスでスタンダードジャズをかけていた。

時折、会話が途切れると、心地よく耳に入ってくる。





ルート66

星影のステラ

Body & Soul

ブルー・ムーン

サマー・タイム

イパネマの娘

キラージョウ

2人の危険な関係

時を忘れて…



………。



忘れて…









 「…あ!!12時過ぎてる!!」



サンジが叫んだ。

けれどゾロは、あまり驚いた様子もなく



 「…ああ…。」

 「お前、門限大丈夫か!?」

 「…どうせ帰っても、親父はいねェし。」

 「そんなに遅いのか…?」

 「…女のトコ行ってっからよ。」

 「……!!」



なんか、マズイ事聞いた…かな…?



 「…ごっそーさん…帰る。」

 「あのさ…お前がよけりゃ泊まってっても…。」

 「…帰る…。」

 「…そう…。」

 「…それより…いいのか…?」

 「え?」

 「…ここの場所…おれ、わかっちまったけど…。」

 「…ネットの掲示板とかに書くか?」

 「しねぇ、そんな面倒臭ェこと。」

 「ありがとう…。」



ゾロは立ち上がり、入り口に向かった。



 「また来いよ。」

 「うん。また、聞きに行く。」



サンジは目を丸くして



 「ここでいいんだぞ?」



サンジの言葉に、今度はゾロが目を丸くする。



たった2回だけど、なんだかこいつ可愛くて。

弟みたいでさ…。



 「アドレス教えたし、いつでもメールくれよ。」

 「………。」



ゾロは小さくうなずいた。









 「いらっしゃいませ。ようこそ、『バー・オールブルー』へ。

 …街路樹のイルミネーション、綺麗でしょう?

 来週はクリスマスですね…どうぞ、カウンター奥へ。」



 「メリークリスマス!いらっしゃいませ。ようこそ、『バー・オールブルー』へ。

 ……今日は素敵な方とご一緒ですね。どうぞ、カウンター奥へ。」



 「あけましておめでとうございます。今年もよろしくご贔屓のほどを…。

 いらっしゃいませ。ようこそ、『バー・オールブルー』へ。

 ……よいお正月でしたか?どうぞ、カウンター奥へ。」







毎週



ゾロは街路樹の下で、サンジの放送を聴いている。



クリスマスも正月も過ぎ、寒さが深まってくるとギャラリーもぐっと減って、

夕方のサンジの放送を見学しているギャラリーは数えるほどしかいない。

元々、空洞化で寂しくなった繁華街なので、金曜の夕方に通りがかる歩行者もあまりいないのだ。



フランキーやスタッフが、ゾロに



 「中に入れよ。」

 「寒いでしょ?ゾロくんならいいわよ。」



と言ってもゾロは



 「ここがいいです。」



と、一度も中に入ろうとしない。



放送が終わり、来週の簡単な打ち合わせが終わると、サンジはすぐにサニーヒルズを出てくる。



 「よォ、ゾロ。」



声をかけると、ゾロはチラとサンジを見て



 「おい、また帰っちまうのか?」

 「………。」



クリスマスや、忘年会新年会。

スタッフとの年末年始のそれにゾロも誘った。

が、ゾロは全部断って来なかった。

「迷惑か?」と、聞いたら首を振った。



 「ウチ来いよ。メシ食うだろ?」



ゾロは答えなかった。



 「行こう。」



歩き出すと、ゾロは黙ってついてきた。



本当に

こいつはいつも何もしゃべらない。

49分しゃべり続けた後だから、さすがにおれだって口数は減る。

黙って、前と後ろでマンションまでの道を歩く。



それでも、黙ってトコトコついてくる。

でかい図体なのに、まるで小さな犬を連れて歩いてるみたいな感覚。



いやいや

犬はいくらなんでもな



チラ、と振り返ると、ゾロは一瞬驚いた顔をして目を反らした。



どこか思いつめたような顔が、可愛くて



愛しい







マンションに着き、エレベーターに乗って、店の前に立って鍵を取り出した時



 「!!」



腕を、引っ張られた。



ぐるんとすごい勢いで体の向きを変えられて、ドアに体を押し付けられた。



 「!!?」



一瞬、何が起きたかわからなかった。



真っ白になった頭の中で、すぐ前にあるゾロの顔が映像で再現された時



今、ゾロにキスされたんだという事に気がついた。



 「…え…?」

 「………。」



呆然とするおれの肩を掴んだまま、ゾロは、真っ赤な顔で言う。



 「好きだ。」

 「………。」

 「…悪ィ…けど…あんたが好きだ…。」

 「…えと…好き…って…。」



え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜と



 「毎週…あそこであんたの声聞いてるだけでよかった…けど…。」

 「………。」

 「…ごめん…。」



なんで謝る?



 「…ゾロ…。」

 「………。」

 「…おれも好きだよ…。」

 「………。」

 「でも…。」

 「言うな…!」



苦しそうな表情。



 「…弟みたいに…って…言われんのはわかってんだ…!」

 「………。」

 「…ガキみてェに扱われるのは嫌だ…。」

 「…そんなつもり…。」

 「なくても、あんたのおれの扱い方はそうだ。」



肩を掴むゾロの手が、少し震えている。



 「…ゾロ…好きって…。」

 「………。」

 「…お前ェ…いつから…?」

 「…高校入って…スタジオの前通るようになって…DJやってるあんたの事見て…

 綺麗な奴がいるって思った…。」

 「………。」

 「…声…聞いてるとスゲェ安心できた…下らねェ事もつまらねェ事も…

 全部…あんたの声で忘れていられた…。」

 「………。」

 「……気が付いたら…好きで好きでどうしようもなかった……自分でも……

 これが普通じゃねェってことはわかってる…だから…あそこであんたを見てるだけでよかった…なのに…。」

 「………。」

 「…あんたと親しくなりたくなかった…自分が抑えきれなくなるのをわかってた…!!」

 「…ゾロ…。」

 「………。」







 「…ごめん…。」







ゾロの好きな声が、小さく詫びた。



してはいけない恋だ。



拒まれるのはわかっていた。







 「…帰る…。」



強く、肩を掴んでいた手が離れた。



 「待て!!」



思わず手を伸ばして



ゾロの腕を掴んだ。



一瞬息を詰まらせて、ゾロは大きく震えた。



そして



 「……っ!」



真っ赤になる。





ああ、こいつ



ホントにおれが好きなのか…?













…でも…



 「……ごめんな……。」



 「………。」



 「…おれの方も…言いたいこと言わせてくれ…。」



 「………。」



 「お前が好きだよ。」



 「………。」



 「…弟みたいに可愛くて、好きだ…。」



 「………。」



悔しそうに、泣き出しそうに、ゾロは唇を噛み締める。



 「…そういう風にしか…思えない…。」



 「………。」



 「…今…は…。」



 「!!」









サンジの言葉に、ゾロは目を見開いた。

見開いた目に、ほんの少しの希望が宿る。



 「…今は…?」



その問い返しに、サンジは赤くなりかけた顔を隠すように目を反らして



 「ちょっと待て…!勘違いするな…!!だって…そうだろ!?

 今、いきなり好きって…10も年下の奴に言われて…それ以外に答えようがねェ!!」

 「10?」



ゾロが、きょとんとした眼でサンジを見た。

サンジは真っ赤になった顔で叫ぶ。



 「そうだよ!!お前16だろ!?…おれは26だ!!」

 「10くらい大差ねェ。」

 「デケェんだよ!!」

 「……関係ねェ。」

 「なくねェ!!」



急に、ゾロは真剣な目になった。



 「…じゃあ、おれが20になったら文句ねェか?」

 「え?」

 「…おれが20歳になったら、ここで酒を飲ませてくれるって言ったよな?」

 「…ああ…。」

 「なら、20歳になるまで待とうじゃねェか。」

 「はぁ!?」

 「…20歳になるまで、もう何も言わねェ。ここにも入らねェ。20歳になったら、改めて好きだって言う。

 ここで酒も飲ませてもらう。そうすりゃもうガキじゃねェ。ガキの口から出た世迷言じゃねェってわかるだろ!?」



ガキじゃねェか!!

その思考そのものが!!



言いかけたが、ゾロの逆切れが無性にムカつく。



 「…上等だ…言っとくが、そん時はおれァ30だぞ?それでもいいんか!?」

 「いいに決まってんだろ!?40だろうが50だろうが!!」







ガキだよ。







なんか







ムカつく通りこして、悲しくなった。







んなわけないだろ…。

50になって、みっともねェおっさんになってるかもしれねェのに…。





………。





なんにも



おれの事なんか知らない癖に







たった数年で、人は変わる。

嫌になるくらい些細なことで。

確かな心なんてどこにもない。

そんな連中を、大金を手に入れてから嫌というほど見て来た。



この街に来てからも、あまり人と深く付き合うのはやめようと決めていた。

この店に来る客も、ビジネスライクな客ばかりを選んだ。

サニーのスタッフとも、深い付き合いをした事はない。

なのに、あの非日常なシチュエーションのせいだったのか、こいつは、つい特別に感じちまって…。

高校生で、体はでかいけど思考はどこか幼くて、真っ直ぐだから…つい…。

お前がおれに懐いてくれるのは、単純にアニキめいた感覚だって思い込んでた。

それに、好い気なってたのは認めるけれど、お前だって…可愛い女の子が現れたら…そっちに魅かれるに決まってる。





それに…。





 「…わかった…。」



静かに、サンジが言った。



 「…もう、お前に優しくしない。」

 「………。」

 「思わせぶりな態度もとらねェ。」

 「……ああ。」

 「それでも…。」

 「………。」

 「…おれだけだって…言えるか?」

 「言える。」

 「嘘だ。」

 「嘘じゃねェ。嘘は嫌いだ。」

 「………。」

 「…4年、待ってろ。」



ゾロは、そのままくるりときびすを返し、エレベーターを使わずに階段を下りて行った。



その足音――――。





















(2009/12/30)



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