BEFORE




放送が終わり、フランキーが大笑いしながら社長室へ向かうのを追い越して、ゾロはスタジオの外へ飛び出した。

サンジの乗ったエアポートライナーは高速バスで、停車するのは駅だけだ。

大通りへ駆け、そのまま駅へ向かって走る。



と



 「!!」



歩道を走るゾロ、車道をエアポートライナーが追い越して行った。



 「サンジ!!」



止まるはずもない。

白い息を吐きながら、バスを追いかけて走るゾロの姿は滑稽ですらある。

走って走って、ようやくゾロは、駅前の停留所に停まっているバスに追いついた。

数人の客が、荷物室から降ろしたスーツケースを受け取っていた。



 「サンジ!!サンジ!!」



降りてくる客の中からサンジを探そうと目を凝らすが



 「…なんで…いねェ…!?」



運転手が、大きな欠伸をもらしながら降りて来た。

その運転手の腕を力任せに掴んで捕まえた。



 「あだだだだだ!!何すんだァ!!?」

 「…なァ、おい!!…金髪の眉毛の巻いた野郎はどうした!?」

 「あ?」



面喰らいながら、運転手はすぐ合点し



 「ああ。一番最初に降りたよ。…真っ直ぐ…タクシー乗り場に行ったんじゃないかな?」

 「タクシー!!?」



『オールブルー』か!?それとも『サニー』か!?



 「…くそっ!!」



ゾロは再び走り出す。

バスに乗るとか、自分もタクシーを使うとか、そんな考えはまったく浮かばなかった。





 「あ?サンジなら、まっすぐ家に帰るって、さっき電話が入ったぜ。」



サニーヒルズ。

何故か、頭の上に大きなコブをこさえたフランキーがけろりと言った。



 「…あの野郎――っ!!」



走り出すゾロを見送って、フランキーは笑いながらつぶやいた。



 「…電話するとか考えねェのか?」







いつもの繁華街を走り抜ける。

店々の店主達が声をかけたが、ゾロは全く気付かない。

ホールに飛び込み、エレベーターのボタンを押すが



 「…くそ!遅い!!」



ライトの点滅は5階。



待ってられねェ!!



脇の階段室に飛び込んだ。

激しい靴音が消えた時、エレベーターの箱が開いた。



サンジが



降りてきた。



マフラーを首にかけ直し、そのまま外へ出た。



 「………。」



マンションを見上げて、煙草をくわえる。

そして、ゆっくりと夜の帳の降りた街へ消えていった。



 「サンジ!!」



ドアノブをいきなり掴んだ。

抵抗なくドアは開き、ゾロは中へ飛び込んだ。



 「サンジ!!いるんだろ!?…てめェふざけた真似しやがって!!」



返事が無い。



 「サンジ!?」



静寂だけが答える。



息を整え、ゾロは部屋の中を見回した。

どこにも、サンジはいない。

しかし、バーカウンターの脇にスーツケースが置かれてある。

一度は帰って来たのだ。



帰って、またすぐに出ていった。



カウンターに、思わず手をつき椅子に座りこんだ。



と



 「……!」



カウンターの上



一個のカクテルグラス。



緑色の、綺麗な酒。



その側に、イヤホンが繋がったままのi‐Pod。



 「………。」



「聞け。」と、無言で訴えているように置かれたそれを、手に取る。



イヤホンを耳に挿し、画面を表示させた。

すると、“Happy birthday ZORO”と、記されたファイルだけが現れた。



 「………。」



再生



 『…いらっしゃいませ。ようこそ、『バー・オールブルー』へ。

 …誕生日おめでとう。どうぞ、カウンター奥へ。』



サンジの声。

これは、まるで



 『フライデー・アーリータイムバー・オールブルー』



サンジの番組のタイトルコール。

ご丁寧に音楽までしっかりと入っている。

サニーヒルズスタジオで録音したのだ。



 『…11月11日金曜日…5時……は大幅に過ぎました。バー・オールブルー、マスターのサンジです。

 今日は、特別バージョンでお送りします。……20歳の誕生日ですね…おめでとう。』



 「………。」



 『…早速ですが、曲から行きましょう。……作詞ジョニー・マーサー、作曲ヘンリー・マンシーニ、

 歌はペリー・コモ…ではなくジゼル・マッケンジー…『酒とバラの日々』1958年。』



嫌いだと言っていた歌。



『酒とバラの日々』

アル中の夫婦の話。



ゾロは、この映画を見た事は無い。

だが、サンジのラジオで、あらすじだけを知っていた。

ハッピーエンドではなく、結局、アル中の夫を理解しようとして、

自分も酒におぼれてしまった妻は立ち直ることなく、夫婦は別れてしまう。





♪ ♪ ♪



…それは子供の頃の遊びに似たような

笑いころげた日々



草原をかけ抜けると

以前はなかったのに

そこには閉じようとしているドアがあり

そのドアには「これっきり」と書いてあった



一人で過ごす夜は

それは一瞬通り過ぎていくそよ風のようなもの



輝ける微笑みの思い出が詰まったそのそよ風は

わたしを酒とバラの日々、そしてアナタへと誘ったの…





だてに、ゾロは学業成績優秀な訳ではない。

英語の歌であるが、その歌詞の意味をはっきりと聞きとっていた。



歌詞の中の「これっきり」に、激しく反応する。



おれは、『一瞬通り過ぎるそよ風』みてェなもんだと言いてェのか!?

なら、あの録音の、今日の放送はなんだったんだ!?



 『……おれは…この曲が大嫌いです。』



 「………。」



 『…おれは…両親を失くして祖父に育てられ…その祖父を亡くしたのは22歳の時でした…。

 祖父は資産家で…おれが一生暮らすのに不自由しないぐらいのものを遺していってくれました…

 そしておれは…祖父が死んだのは悲しかったけれど…祖父が遺したものを享受し、

 ただ浪費する事しか出来ないバカでした…。』



 「………。」



 『…そんなバカで愚かなウサギに、あっという間にオオカミやハイエナが群がりました…

 そいつらがどんなに貪欲で、恐ろしい相手かよくわかっていたのに…この広い世界にひとりで放り出されたおれは…

 寂しくて…群がる獣の中に自分を投げ出してしまいました…。』



ぴくり



と、ゾロの頬が震えた。



 『…毎晩違う女を抱いて…誘われるがままに男にも体を開いて…浴びるように酒を飲み…

 贅沢をし続けて…毟られても騙されても…ピエロの様に笑っていました…。

 けど…そんな毎日にも…飽きて…でも…自分で自分を止める事も出来なくて…なのに、

 何もかも終わりにしたいと思う気持ちだけが大きくい…勇気が無ェから死ぬこともできねェ…

 …それなら、誰も自分を知らない所へ行こうと思った…。ふらりと入った駅で…ホームをぶらついて…

 たまたま入った電車に乗って…たまたま着いた終着駅が…この街の駅だった…。』



 「………。」



 『駅は…汚くて…駅前の街は雑然として…メインストリートはさびれていて…

 …おれにお似合いだと思って大笑いした…。すぐに、身の回りまとめて引っ越した…。

 この街の隅っこで…いつか死のうって思った…。』



 「………。」



 『……酒が飲みたいから…バーに行った……不思議なくらいバーが多い街で…驚いた…

 後で知ったけど…ジャズ奏者の○○○○が生まれた街だって…だから…ジャズを聴かせる店が多い…

 ニューオリンズを気取ってるんだと…だれか笑って言ってたっけ…。

 おれのジジィ…ジャズメンで…ジジィがここへおれを呼んだのかと思ったよ…。

 楽しかった…以前のバカな毎日とは違う快楽が待っていた…本当に毎日…楽しかった…。』



 「………。」



 『…フランキーに…声がいいって褒められて…誘われて…あの仕事始めた…。

 今では本当に…感謝してる…あの仕事をしていたから…お前に逢えた…。』



 「………。」



 『……人に…深くかかわらずに生きて行こうって…思いながら…なのに…道楽で店を始めて…

 DJやって…プライドばっか高ェから、酒やジャズの事で知らない事があるのは許せなくて…

 手に入らない酒がある事が悔しい…意地でこんな仕事続けて必死になって…それでも…

 …いつかおれは、この街のどこかで野垂れ死ぬんだって思いは消えなかった……。

 それが変わったのは…お前に逢ったからだ…。』



 「………。」



 『けれど…。』



 「………。」



 『自分に優しくないおれが、どうしてお前に優しくなれる…。』



 「………。」



 『…お前の方がずっとずっと…苦しい思いで生きて来たのに…どうしておれが弱音を吐ける…。』



 「………。」



 『…お前に好きだって言われて…素直に“おれも”なんて言えるわけがねェ…こんなおれが…。』



 「………。」



 『純粋で…無垢で…真っ直ぐなお前に…。』



 「………。」



 『…愛してもらえる資格なんか……無い。』



 「………。」



 『……ゾロ……。』







泣いている。

声はしっかりとしているが、サンジは確かに泣いている。

初めて、ゾロがサンジを見たあの時の様に。







 『……おれは……アルコール中毒患者だ。』

































 『……幻滅しただろう……?』











 『ごめんな…ずっと…隠してた…。』









 『…知られたく…なかった…。』









 『……4年……ずっと……騙してきた……。』









 『……4年の間に…諦めて…ほしかった……。』









 『…冷たい奴と思われて…別れる方が良かった…。』









 『…おれは…お前と並んで歩いていい男じゃない…。』









 『………“これっきり”……にしよ』











激しい音がした。

ゾロが、イヤホンを力任せに引っこ抜き、そのままi-Podを床へ叩きつけた音。







(2010/1/16)



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