BEFORE




群青の空に、オリオンの三つ星が光っている。

あの星しか、サンジは星座を知らない。



街の中心部にある神社の境内。

小さな公園。

古びたブランコに座って、サンジは空を見上げていた。



両手に抱えた缶コーヒー。

求める暖かさは、すでに無い。



 「………。」



気づいた時には、依存症を通り越していた。

自分でも、中毒状態に陥った事を自覚したのは、この街で勤めていたバーを辞めた頃だ。

酒が招く麻痺を求めるだけでなく、その味覚も求める性質の悪い中毒状態。



いつか



酒に溺れて死ぬんだ。



バーテンダーらしい死に方でいいじゃねェか。



明るい話術は酒が生んだ奇跡のようなもの。







ゾロを知って







脱け出そうした。







簡単な挑戦ではなかった。







ゾロに、過酷な試練を与えたのだ。

自分が、同じ試練を味合わなくてどうする。









未成年に飲酒なんか勧めませんよ、お兄さんは。

20歳になったら、酒を飲ませてやるよ。ここで。





 「…偉そうに…。」





今頃、ゾロはあの『特番』を聞き終えている頃だろう。

今日の放送を収録した後、フランキーに頼んで吹き込ませてもらった。





見上げる星がぼやけて見える。

涙が、滲んでいた。





 『好きだ!!』





叫んだゾロの今日の声が、今でも耳の中でリフレインしてる。







深夜

日付が変わる頃に、サンジは自分の部屋へ戻ってきた。

エレベーターに乗り、箱を降りて



 「………。」



ドアが開いている。

そっと、開いて、サンジはゆっくりと中へ入った。



暗い。



 「………。」



帰ったのか。



帰ったよな。



時計の針はすでに翌日の午前2時。



そうだよな。



こんなことされて、あんな話を聞いて



それでもまだ、待っているなんて誰が…



 「遅ェ。」



 「!!?」



声に、心臓が跳ねた。



 「…ゾロ…。」



暗さに目が慣れてくると、カウンターチェアに腰を下ろしたゾロが、

あのカクテルグラスを手にしているのが見えた。

こちらを見ているゾロの目だけが、爛々と光っている。

グラスの中の酒はそのままの、深い緑。



 「………。」



足元に、叩きつけられたi-Pod。



と、ゾロは、そのi-Podに



 「………。」



無言のまま、グラスの酒をかける。



 「……この店は、客に作り置きのぬるいカクテルを飲ませんのか?」

 「………。」

 「ふざけんな。…これが“とびっきりの酒”か?」

 「………。」

 「作り直せ。」

 「………かしこまりました。」



サンジは上着を脱ぎ、袖をまくって手を洗い、新しいカクテルをシェイクした。

優雅なしぐさで、ゾロの前に差し出す。



 「…“酒とバラの日々”、主人公の運命を変えた酒…『アレキサンダー』でございます。」

 「………。」

 「…ブランデー…生クリーム…クレーム・ド・カカオを3分の1ずつ…ナツメグ少々…ですが、

 クレーム・ド・カカオを、メロンリキュール『ミドリ』に代えてございます。

 『ミドリ・アレキサンダー』…と、申します。」



ゾロは、グラスを取り、一気に煽った。



初めて酒を飲む飲み方ではない。

一瞬、サンジは息を飲んだ。

軽いカクテルとはいえ、初めての酒だ。



 「………美味ェ………。」



息をついて、ゾロは溜め息をつくように言った。



 「………。」



 「…美味い…。」



噛み締めるように、再びゾロは言った。

サンジの手が震える。

片手で顔を覆い、へなへなとその場に座り込む。



 「………。」



ゾロは立ち上がり、カウンターの後ろへ回った。

スーツケースにちらりと目をやり



 「…例の仕事…終わったのか?」



 「……終わった。」



 「……よかったな。お疲れさん。」



 「………。」



 「……酒なんか、どこがいいのかわからなかった。」



 「………。」



 「…けど、わかったような気がする…。」



 「…たった1杯で…知ったような口きくな…。」



 「…まぁ、そうだな…。」



 「……嫌いになったろ…。」



 「………。」



 「…お前…親父さんで苦労して…酒なんか大嫌いだろ…?」



 「…まぁな…。」



カウンター裏の酒の棚に背中を預け、サンジはあきらめたように天を仰ぎ。



囁くように歌い出す。



 「……♪The days of wine and roses  Laugh and run away like a child at play 

 Through the meadowland toward a closing door  

 A door marked “Nevermore” that wasn’t there before♪……。」



 「“Nevermore”なんて言わせねェぞ。」



ゾロの声が歌を遮る。



 「………。」



 「……“これっきり”じゃねぇ。おれ達は“これから”だ。」



 「……ダメだよ……。」



 「何がダメだ?」



 「………。」



ゾロは、膝の間に顔を隠してしまったサンジの隣に腰を下ろす。



 「…てめェ、おれの4年を無駄にする気か?20歳まで待ったら、本気だって信じるって言っただろ?」



 「…無駄にしたくない…むしろ…これからを無駄にしたくないんだ…。」



 「…だったら…逃げんな!!」



 「………。」



サンジの肩を掴み、ゾロは真剣な目で告げる。



 「好きだ。」



 「………。」



 「好きだ、サンジ。」



 「………。」



 「もう、ガキじゃねェ。おれはちゃんと約束を守った。」



 「………。」



青い目に涙が溢れる。



掴んだ肩を引き寄せ、ゾロは、激しいキスをする。



 「……っ!!」



 「…逃げんな…。」



抗い、拒むサンジの体を抱え込み、顎を掴んでさらに激しく口付ける。

呼吸を奪い、舌を絡め、サンジが何かを言おうとすると、それをさせまいと尚深くキスを繰り返した。



 「…ダメ…だ…おれは…腐ってる…体の芯まで…酒で濁って…。」



 「腐ってなんかいねェ。」



 「…お前まで…酒臭くなる…。」



 「ならねェ。」



激しいキス。



シャツの上から、熱く固い手が肌を探る。



 「サンジ。」



 「………っ。」



 「…これからは、おれに溺れろ。」



ゾロの言葉に、サンジは目を見開いた。



 「おれも、お前に溺れる。」



 「………。」



 「酒に溺れたりはしねェ。だが、おれは、お前には溺れる。…どっぷりとな。」



 「……あ……。」



 「いや、…ちょっと違うな。」



 「………。」



ゾロは笑い



 「…サニーヒルズで、お前を初めて見て、お前の声を初めて聞いて…

 初めて“酒とバラの日々”を聞いた時から、おれは…。」



 「………。」



 「……てめェに溺れたんだ……。」



 「……ゾ…ロ……。」



 「おれは、とっくの昔に“サンジ中毒”だ。」



 「………。」



 「そうでなきゃ、4年も待つかよ…!!」



また、激しく唇を吸われる。

下手くそなキス。

でも、脳髄がしびれる。



毎晩のように繰り返したセックスより、一杯の酒の方が酔えた。



酒の勢いで抱いて、抱かれて、無理やり快楽を引き寄せた。



あらゆるテクニックを教えられた体なのに、それでも、幼いまでのゾロの愛撫の方がより熱く痺れる。



 「…体…冷てェぞ…。」



 「……ん……。」



 「……あっためてやる……。」



 「………。」



高校生の頃から、ガタイのいいヤツとは思ってた。

あれから4年…。

毎週ゾロを見てたのに、あれからもっと、こんなすげェ体になってたなんて思わなかった。





…欲しい…



…欲しい…ゾロ…





禁断症状の衝動のような。





深い息







 「…ゾロ…。」



 「…なんだ…?」



耳元で漏れる、荒い息。

サンジも、かすれた途切れそうな声で



 「…ベッド…に…。」



 「………。」



 「…行こう…。」



 「………。」



手を差し伸べると、ゾロは軽々とサンジを抱きあげた。

店の奥、パーテーションの向こう側へ飛び込み、ベッドの上に倒れ込む。



 「…ゾロ…!!」



首に絡みつく白い腕。



白い背中をかき抱く鋼の腕。



感極まったようにゾロは言う。



 「…酒の匂いなんかよりずっと…てめェの匂いの方が酔える…。」



 「……ゾ…ロ…っ…!」



半身を押し付け、熱くなった部分をぐいぐいと押しつける。

固い感触に、サンジは思わず声を漏らした。



 「…ふ…あ…っ…!」



 「………。」



少し、ゾロの手の動きが緩慢になった。

何かを、思案している様な顔に、サンジは小さく笑う。



指を伸ばし、ゾロのシャツのボタンを外す。



 「………。」



外してやりながら、ゾロの手を、自分の胸に置かせた。

誘われて、ゾロはサンジの胸を愛撫する。

小さな緋色の乳首が、ぷくんと震えて固くなる。

舌を尖らせて、その先端を舐った。



 「…ん…ぁあ…っ…。」



ゾロの肩からシャツを滑らせて、露わになった胸や肩に、サンジはキスを繰り返した。



 「…サンジ…好きだ…。」



 「………。」



 「…答えろ…お前は…?」



 「………。」



わずかに、首を振ろうとするサンジの頬を強く掴んで、目を合わせ



 「答えろ。」



 「………。」



 「…ずるいぞ…おれをこんなに中毒にさせといて、てめェは知らん顔か?」



 「………。」



 「サンジ。」



 「………だ…。」



 「………。」



 「……好き…だ……。」



 「…好きだ…サンジ…。」



 「…好きだ…ゾロ…。」





息が、止まるかと思った。

激しい抱擁。

熱いキス。



脳が痺れる。



目が眩む。



こんな陶酔



初めて知った…。





肌を探る手。

両手の親指の腹で、ゾロはサンジの乳首を激しくこすり上げる。

悲鳴のような歓喜の声に煽られ、舌を這わせ、唇で愛撫し、歯で軽く噛むと、

サンジの背中が激しく跳ねて仰け反った。



 「…ああ…っ!!…ゾロ…!!」



荒い息が交わる。



無意識に、サンジの手がゾロのベルトにかかった。

その奥にあるものが欲しい。

貫かれたい。

ゾロを、早く呑み込みたくてたまらない。



 「…おい…待ってくれ…暴発しそうだ…。」



 「…やだ…待てねェ…。」



 「…飲んべェめ…。」



小さく笑うゾロの声。



 「……あ…てめェの声…クラクラする……。」



 「…おれは…いつもクラクラしてたぜ?」



 「…アホ…。」



サンジは、自分から腰を寄せて、ゾロの耳元に囁く。



 「……全部…脱いで……。」



 「…脱がせてくれよ…。」



サンジを愛する手を止めず、ゾロも囁いた。

答えて、サンジはベルトを外し、ファスナーを下ろし



 「………。」



手を、入れた。







 「…固ェ…。」



 「……てめェもな。」







ゾロは指で、勃起ち上がったサンジを弾く。



 「…ぅあっ…!…バカ…!」



 「悪ィ。」



悪戯に笑って、ゾロはそれを口に含んだ。



 「…バカ…!汚ェ…!」



 「汚くねェ。」



サンジのものを口に含んだままの答えは、滑稽に歪んでいた。



 「…ああああああっ!!…ゾロ…!!…ああ…あああっ!!」



 「……さっきの酒も美味かったけど……。」



 「…ゾロ…ゾ…ロ…ぁあ…ふぁ…あ…ぃい…すご…。」



 「…コレのが何倍も美味ェ…。」



 「…ひ…あああっ!!」



ちゅく ちゅぷ じゅぷ



熱い音が、どんどん濡れていく。



 「…この…中毒…。」



 「…く…ふぁ…ああ…ん…っ…。」



 「…一生…抜け出せそうにねェ…。」



 「……ゾロ…出…る…出ちまう……。」



 「…いいぜ…出せ…。」



 「…ゾロ…ぉ…っ…!」





サンジのそれは、さっきのカクテルよりも熱くて――。





 「…美味い。」



 「………。」



白い胸が上下する。

蕩ける様な眼



伸ばされた指を、サンジのそれは緩やかに受け止める。



 「……ここか…?」



小刻みに震えながら、サンジはうなずいた。

荒い吐息に交わらせて、サンジはゾロの耳朶に囁く。



 「………―――。」





ゾロの頬が真っ赤に染まった。

瞬間、指がもう1本差し入れられた。



 「………すげ…締めつけてる……。」



 「…あ…ああ…っ…。」



 「……もう…挿入てもいいか…?平気か…?」



 「……バージンじゃねェんだ…遠慮…すんな……来い……。」



 「………。」



 「…てめェに…酔わせて…。」



指を引き抜いた刹那、サンジは声を挙げた。

瞬間、感じる場所を刺激した。

その声に突き飛ばされるように、ゾロは間髪を入れずサンジを貫く。



 「ん…あああ――…っ!!」



わずかに躊躇う事もせず、一気に根元まで侵入したそれが、サンジの中を激しく擦り、突き上げる。



 「…あ…ああ…ああああああああああっ!!…あ…あああ…っ…!!」



一瞬、逃げるように引いた腰を掻き抱き、引き寄せ、ぴったりと正面から密着させる。



 「逃げんな!!」



 「…に…逃げな…ちが…いきなり…っ…!」



 「遠慮すんなっつったろ!…くそ…いい…っ!すげェ…!!」



 「…ああ…っ…お前…ェ…も…すご…い…っ…。」



左手で太ももを掴み、右手でサンジの足を高く上げ、広げて、激しく楔を打ち込む。

突き上げ、肌を打つ度に



 「…ああっ…あっ…あ…ゾロ…ゾロ…っ…ゾロ…!」



 「…サンジ…どうだ…?…酔えるか…?」



 「……ん…っ…!…んん…っ!ああ…あ…あ…!」



何度もうなずき、サンジは抱擁を求めて手を伸ばす。



 「…サンジ…!」



唇を吸い、何度も頬にキスをし、溢れる涙を舌で拭う。



 「…ゾロ…ゾロ…っ…!」



 「…なんだ…?」



 「…好き…だ…。」



 「…ああ…。」







 「愛してる…。」







同時に告げ





 「…あ…あ…ゾロ…ぉ…!!」



 「………っ!!」



ベッドの軋む音と、激しい呼吸が瞬間止まる。











力尽きて、抱きしめながら必死に息を整えるゾロの頭を、サンジは優しく抱いた。



 「……サンジ……。」



 「……ん……。」



ゾロは、白い歯を見せて笑う。



 「……もう…抜け出せねェな……。」



 「…………。」



唇を重ねて、抱きしめられ、サンジも笑い、小さくうなずいた。









(2010/1/21)



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