BEFORE




 「あ〜〜〜〜!働いた働いた!!腹減ったぞ〜〜〜〜〜!!」

 「何が“働いた”だ!!殆どおれが収穫したようなもんだろ!?」



ルフィにツッコむウソップ。



 「腹の中でワインができるくらいに食ってたな、ルフィ。

 おい、フランキー。旦那に言って、ルフィが食った分はちゃんと買い取ってもらえ。」



ゲンゾウが笑いながら言った。



 「まったくだ!ワリに合わねェぜ!」

 「みんなご苦労様。さぁ、どうぞ!」



庭に並べたテーブルの上に、これでもかと料理が並んでいる。

力仕事の後の食事だ。

まだ午後もある。たっぷり食べて、精をつけてもらわなければならない。

メインデッシュは若鶏のワイン煮。

勿論、使っているのはフランキーが造ったワイン。

ベラ・ロッソは渋味が強いので、別の品種のワインだが、ちゃんと料理用に醸造されたものである。



 「ちゃんと、料理用にワインを醸造しているってのが気に入った。

 しかも美味い…いろんなソースを作ってみたいな。」



サンジが言った。

すると、午後からの作業に加わるヤソップの妻で、ウソップの母親・パンギーナが



 「おや!兄さん、わかってるねェ!」



ベルメールも



 「そうそう!知らない奴は、不味いワインを料理に使うもんだと思ってるからね。」

 「不味いワインで作った料理なんか、100%マズイに決まってる。」



サンジの返事に、居合わせた全員が大きくうなずき



 「そうそうそうそう!!」



と、声を揃え、そして笑った。



 「いやぁ、ますます気に入ったな!!サンジくん!来年もゼヒ、来てもらいたいもんだ!!」

 「そうね!本土のドメンヌに浮気しないで!来年も来てよ!」



答えず笑うサンジにルフィが



 「いっそココに住んじゃえ!なァ、ゾロ!?」

 「…何でおれに聞く?」



無意識に、両親の顔を見てしまった。



 ( ………。 )







また







2人とも、目が曇ってる。







 「じゃ、旦那さんに頼んでくれるか?ルフィ?」



サンジの返事に



 「ホントか!?」

 「……冗談だよ。」





と





サンジが言った時には



 「……速かったなー……。」

 「あいつ、冗談だって聞いてねェぞ?」

 「あ――――っっ!!あたしのロクサーヌ―――っっ!!」

 「あちゃぁ…。」



ヴァンダンジュ達が大爆笑する。



サンジも、形の奇妙な眉をさらに寄せて、苦笑いしながらゾロを見た。

ゾロも、思わず笑うしかない。



そして



そうなったら、嬉しいが。



一瞬、浮かんだその思いに



 「………。」



戸惑った。













明日も収穫がある。

天気もよく、このペースなら当初の予定より早く終われそうだ。

というか、フランキーが、随分と急いでいるような気がする。



 「お風呂お先に戴きました。ありがとうございます。」



丁寧に、サンジはロビンに挨拶し、頭を下げる。



 「モヒートを作ったわ、いかが?」



ロビンが言った。

テーブルに、4個のグラス。

ミントの葉の爽やかな香り。



 「いただきます。」

 「ゾロ、あなたもどう?」

 「ああ。」



つい今しがたまで、圧搾機から絞りだした果汁の試飲をしていた。

口の中が甘ったるい。



リビングのソファに腰かけたサンジの隣に、ゾロも腰を下ろした。

グラスを取って、一気に半分を飲み干す。



 「そうだ。今朝の飲み物、ありゃなんだ?」

 「シークァーサーって柑橘類のジュースだ。

 …台湾とか、ニッポンのオキナワとかで取れる。あれにちょっとクエン酸を混ぜた。」

 「拷問みてぇにすっぱかった。」

 「でも、目が覚めただろ?」

 「…まぁな…助かった。ありがとよ。」



笑う息子の顔を見て、ロビンが



 「…昨夜眠れなかったのなら、今夜は早く休みなさい。明日も早いのよ。」

 「ああ。言われなくてもそうする…眠ィ……風呂入る…。」

 「お風呂、今フランキーが入ってるわ。」

 「…あー…。」



言いながら



ぐらっと、体が揺れて



 「おい。」

 「ぐーっ。」

 「………。」



サンジの肩に、頭を載せて。



 「………。」

 「………。」

 「……あ〜〜あ……。」



笑いながら、サンジはゾロの頭を叩いた。













こんな光景を













 「何やってんだ、このバカは。」



風呂上りのフランキーが、サンジにもたれて眠ってしまった息子を見て顔をしかめる。



 「かーっ…。」



がくんとまた体が揺れて



 「……あらら……。」



膝枕。



 「…どうしましょう?」

 「ほっとけ、ここで寝かせときゃいい。…サンジ、ほっといていいぞ。

 蹴っ飛ばしても起きやしねェから。上で寝ろ。」

 「はい。」



笑って、サンジもそう答えたが













夜中、フランキーが目を覚ました時、サンジは同じ格好でソファに背を預けて眠っていた。



 「………。」



ゾロも、サンジの膝を抱き抱えるように、静かな寝息を立てている。

サンジの手は、ゾロの背中に載せられていた。



仕方がなく、それぞれに毛布を掛けてやる。



 「…フランキー…。」



ロビン。



 「……一瞬で…惹き合う遺伝子ってのがあるのかよ……。」

 「……魂が惹き合うのよ……。」

 「………。」

 「どんなに遠く離れても…どんなに難しい場所に隠れても…

 この子たちはきっと…互いを見つけ出してしまうんだわ…。」

 「………。」

 「…“あの2人”が…そうだった様に…。」

 「………。」









 「…フランキー…。」

 「………。」



呼ばれて、フランキーは顔を上げてロビンを見た。



 「…大好きよ…。」

 「………。」

 「…私達…家族よね…?」



ロビンを抱きしめ、フランキーは絞りだすような声で言う。



 「家族だ…!!」

 「………!!」

 「…お前とおれは夫婦で…お前はゾロの母親で…おれは父親だ…!お前がゾロを産んだんだ!!」

 「……う……。」



押し殺した嗚咽が、静かに響いていた。





何かが音を立てて崩れていく。

何かが不気味な足音をさせて近づいてくる。





死に物狂いで生きてきた、この17年。















フランキーが





自分の本当の父親ではないのを知っていた。





だけど





ロビンが自分を産んだのではなかったという事は





 「………。」





初めて知った。









幼い時から、異常な気に目を覚ます事はよくあった。



幼い記憶に、ゾロは今でも惑わされることがある。



確かに、幼い時、自分を可愛がってくれたのはフランキーだ。

いつも肩車をしてくれて、風呂の世話も食事の世話も、全部フランキーがしてくれたのだ。

その記憶の中にロビンがいないのは、きっとその頃、病気でもしていたか何か、理由があってのことだろうと思っていた。



だが同じ頃



フランキーと同じくらいに、いや、もっと大好きだった人がいた。



『おとうさん』と、呼んでいたのはその人だった。





その人は





薄く目を開き、そっと上を見る。



白い頬を包む金の髪。

開かれれば、海の様に青い瞳。



いつしか母の声も止み、両親の姿はそこにはなかった。

身じろいで、ゾロはじっとサンジの顔を見上げる。



こんな金の髪だった。

こんな白い指だった。



名を呼んで、優しく髪を梳いてくれたあの人に





何でこいつはこんなに似ているんだ?







と







 「…目が覚めたか?ゾロ…?」

 「………。」

 「…ん…?」



膝が痺れているだろうに、サンジはじっと動かなかった。



白い指が、そっと髪を撫でる。



心臓が、少し速い鼓動を打つのがわかる。



血が、じわりと熱を帯びる。





昨日、初めて会ったばかりの男に、なんでこんなに心がざわめくのだろう?





指を伸ばす。

顎に、ほんの少し蓄えられた髭をなでる。

これがなければ、少女と言っていいほど端正な顔。

唇に触れ、頬に触れ、掌を頬にあてる。

そのまま、手を首筋へ滑らせ



そっと



引き寄せた









 「………。」









みな、ゾロを鈍感だと言う。

何に対して言っているのかわかっている。

気がついたのは13,4のころだ。

だが、どうしても、ナミに対してそういう感情を抱くことができなかった。

ナミはいい奴だし、確かに可愛い。

近頃は本当に美人になってきた。

体つきも一人前の女になって、見る所を見れば、充分にそそられる体になった。

頭もいい。会話をしていて楽しい事も確かだ。



だが、どうしても、それの対象として見る事ができない。



それなら、気づかぬフリをするしかない。



鈍感を装い、見て見ぬフリをし、ナミを傷つけない様にしてきた。



そして、ルフィも。



ルフィは、ナミが好きなのだ。



だが、ゾロを好きなナミは、ルフィのその気持ちに気づかない。





そこまでは、わかっていた。

だが、自分がまさか、同性に対して興味を抱く人種だとは思わなかった。



いや



もしかしたら



こいつだから



かもしれない…。



 「…ゾロ…。」

 「………。」

 「…お前…おれが誰か…わかってるか…?」

 「知らねェ…。」

 「……嘘だ……。」

 「知らねェ。…おれは…今の今まで、父親はフランキーじゃないが、

 生んでくれたのはロビンだと、ずっとそう思ってた。」

 「………。」

 「まさか、ロビンまで…おれの親じゃなかったとは思わなかった…。」

 「………。」

 「…てめェ…知ってるのか…?」

 「何で…そう思う…?」

 「…てめェが…。」

 「………。」

 「…おれの記憶にある…おれの親父にそっくりだからだ…。」

 「………。」



答えはなかった。



 「………。」

 「…お前は…誰だ…。」

 「…誰でもいいだろ…。」

 「………。」

 「………。」



サンジは、頬に触れたままのゾロの手を握り



 「…誰だっていい…。」

 「………。」

 「………。」



突然、サンジは引き寄せられた。

引き寄せられ



唇を塞がれた。



固く抱きしめる腕に、サンジは一瞬の抵抗を見せたが



 「………。」



熱い腕に、答えるように手を添える。

唇が離れ、ゾロが言う。



 「誰でもいいなら。」

 「………。」

 「…好きになっていいな…?」

 「………。」

 「…いいな?」



しばらくの間、サンジは黙ってゾロを見つめていた。

青い目が潤んでいる。

やがて、小さく首を振り



 「…こんなつもりなかった…。」

 「………。」

 「…まさか…会えると思わなかった…お前に…。」

 「…サンジ…?」

 「…会えても…まさか…。」

 「………。」

 「…こんなに…心が揺さぶられるとは思わなかった…。」

 「………。」

 「…どうしよう…。」

 「…サンジ…。」

 「…どうしよう…おれ…。」



サンジを、黙ってゾロは抱きしめた。



 「好きだ。」

 「………。」

 「…好きだ…サンジ…。」

 「………。」

 「…好きだ…。」



大きく、サンジは喘いだ。

そして全てを諦めたように固く目を閉じ、だが酔うようにうっとりとした声で



 「…おれも好きだ…ゾロ…。」



 









(2009/5/1)



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