BEFORE
その晩遅く、ゾロとサンジは家に戻ってきた。
笑って、「ごめん」と言った息子に、ロビンは安堵の涙を流し、
緑の髪に茶色の枯れ草を見つけ、風呂に入って休めと告げた。
2人で、笑って「おやすみ」と言った。
フランキーが「明日も早いぞ」と言うと、2人とも笑って「うん」と答えた。
だから
一瞬何が起きたかわからなかった。
翌朝、テーブルの上に、その手紙を見つけたのはフランキーだった。
“ ヴェローナへ行く。必ず2人でここへ戻ってくる。待っていてくれ。”
それだけしか、書いてなかった。
勝手をしてごめん、も
収穫を放り出して悪い、も
そんな言い訳はひとつもなかった。
その文面を見た瞬間、ロビンは顔色を変えて外へ飛び出した。
「ロビン!!」
追いかけ、腕を掴み
「どこへ行く!?」
「行かせて…!!あの子…ゾロシアの所へ行ったのよ!!」
「……!!何の為に!?」
「……あの子……。」
母親だ。
昨夜、戻ってきた2人を見て、気づいた。
同じ目だった。
思いを込めて見つめ合う、あの2人と、全く同じ目で互いを見ていた。
止める事は不可能だった。
人の心に鍵などかけられない。
既に走りだしてしまった心は、もう。
「ゾロシアはゾロを受け入れはしない!!
サンジを奪うものは誰だって容赦なく殺すわ!!あの子…殺されてしまう…!!」
「……!!」
「…真っ直ぐな子だもの…真正面から向って行ったのよ…!許されるはずがないのに…!!」
「………。」
「……あの子…生きて戻ってこない…もし…そうなったら…私…。」
「ロビン…。」
「…私…生きていられない…。」
泣き伏し、崩折れるロビンを、フランキーは抱き締めるしかすべがない。
唇を噛み締め、息子のバカな行動を心の中で怒鳴った。
「ロビン。」
びくりと震えて、2人は声の主を見た。
ルフィ。
「…殺されるって…?」
「………。」
「…ゾロが…誰に…殺されてしまうって…?」
「…ルフィ…。」
「…誰が…?…誰がゾロを殺すって!!?」
昨日の、ゾロとサンジの様子。フランキーとロビンの様子。
尋常じゃなかった。
だが、その時は我慢したのだ。
昨夜、ゾロからの合図がなかった。
初めての事だった。
何の報せも無しに、ゾロが、ルフィの「おやすみ」に返事をしない事などなかった。
初めてだった。
何かがある。
何かが起きてる。
夜明けと同時に、ルフィはここへ走ってきたのだ。
そして
「そいつは誰だ!?フランキー!ロビン!?」
ルフィが赤ん坊の頃から、当たり前の様に側にいたゾロ。
一番の親友だ。
もう一人の兄だ。
大事な仲間だ。
一番大好きな仲間だ。
「ゾロはどこに行った!!?」
「…ヴェローナ…。」
ルフィの鬼気迫る剣幕に、フランキーは思わず答えてしまった。
「ヴェローナ!?…サンジの家のある街か!?」
「………。」
「…ルフィ…ダメよ…ルフィ…!!」
「何がダメだ!!?」
「………!!」
「…何がダメなのか…おれに説明しろ!!」
沈黙する2人に、ルフィがずいっと詰め寄った時だ。
「このバカ孫がァァ!!」
鈍い音がして、ルフィが床に沈んだ。
「話にも順番があるんじゃ!!脅迫まがいに聞きだすバカがおるかァ!!」
「旦那…!!」
「…ガープさん…。」
入り口のドアに、ルフィの祖父・シャトーの主ガープが立っていた。
「じいちゃん…!!」
「まったく!!わしも行くから待っておれと、あれほど言って聞かせたのに、この鉄砲玉が!!」
「…だって…!!」
「だってもクソもないワイ!!(殴)」
「痛ェェ!!」
ガープは、ずんずんと中へ入り、どっかりと側の椅子に腰を下ろすと
「フランキー。」
「…へ、へい。」
「“ベラ・ロッソ”を1本もらおうか。」
「………。」
「どうした?ないのか?」
「いえ…!」
「お持ちしますわ…。」
涙を拭って、ロビンはワインの貯蔵庫へ走る。
昨年のビンテージものを、1本、ロビンは大事に抱えて運んできた。
瓶を受け取り、ガープは言う。
「…覚えとるか…?お前達が、わしのシャトーに来た日の事を。」
「…覚えています。」
「もちろんでさ…忘れるもんですか…。」
フランキーが、深く頭を下げる。
「…あの時、旦那が助けてくださらなかったら、親子3人…飢えて凍え死んでました…。」
15年前の、ある冬の嵐の晩、シャトーの馬小屋に、浮浪者が入り込んでいると知らせて来たのはウソップの母親だった。
猟銃を手に、ガープが自ら赴くと、確かに、ボロボロの服にようやく身を包んだガリガリに痩せた男女と、
女の腕にまだ幼い男の子。
男の子の顔は蒼ざめ、まるで死んでいるかのように見えた。
ゲンゾウと、ヤソップに取り押さえられ、父親らしき男は観念したかのように大きな体を縮めてうずくまっていた。
だが、ガープが当主と知るや、額を馬糞にまみれた地面に押し付ける様にして
『…ご迷惑は百も承知ですが…お願いです…
どうか…女房と子供だけでも…雨露しのげるところで休ませてやってください…。
この嵐が止んだら出て行きます…ですからどうか…今夜だけ…!』
『………。』
しばらく、ガープは黙っていたが
『…雨露しのげるところじゃと?』
『………。』
一瞬、男はさらに頭を額づけた。
と
『バカもん!!!暖かい部屋と言わんかァ!!!』
『!!』
『ヤソップ!!医者を、ドクターくれはを呼べ!!子供を診てもらえ!!肺炎になっとるかもしれん!!すぐにだ!
文句を言われようと叩き起こせ!!ベルメール!風呂を沸かせ!パンギーナ!!タオルと毛布だ!!
すぐにストーブに火を入れて部屋を暖めておくんじゃ!』
『はい!旦那さん!!』
ガープが指示を出して振り返った時、フランキーもロビンも全身を地面に付ける様にひれ伏していた。
2人の両目から、涙がポロポロと滝の様に溢れて落ちた。
『名前は?』
『…フランキーといいます。』
『ロビンです…。』
『子供は?』
『ゾロ…と申します…。』
『いくつじゃ?』
『もうすぐ…3歳で…。』
『そうか!ウチには4歳と1歳の孫がおる。どちらも腕白での。』
『………。』
『行く所がないならここにおれ。働き手はいくらでもいる。まじめに、働く気があるのなら…じゃがな。』
『働きます!!働かせてください!!』
即答だった。
ガープは笑いながら
『…何の仕事かわかっとるか?』
フランキーは、キョトンとして、だがすぐに真っ赤になり
『…い、いえ…ですが…どんな事でも!!どんな汚い仕事でも…!!』
『がっはっは!!汚い仕事か!!なんと無礼な事を言う奴じゃ!!』
『すいません!!』
『まぁ、いい。ウチはシャトーじゃ。ワインを造っとる。』
『ワイン…。』
『飲んでみるか?』
言って、まだ汚いままのフランキーとロビンを、ガープは平気で自分の部屋へ通し、シャトーの代表的なワインを飲ませた。
『………。』
『…美味しい…。』
なんという芳醇な香。
なんという美しい赤…。
『“Rouge du roi de mer”、“海賊王の赤”というワインじゃ。』
『海賊王…?』
『そうじゃ、我が家は元々、地中海の海賊の家系でな。
陸に上がっても、血が滾るのを抑えられんで、こんなもんを造った。
今は領主なんぞと威張ってはいるが、元はヤクザと同じじゃ、がっはっはっは!!』
『………。』
『………。』
フランキーはその時、ポツンと言った。
『…おれにも…造れるだろうか…。』
ガープは笑って
『造れるとも。』
と即答した。
行く道を示してくれたのはこの人。
照らしてくれたのは、あの美しい赤。
「フランキー、ロビン。」
「…はい…。」
「話してもらおうか。初めから。」
2人はうなずいた。
島から一旦フランス本土に渡り、そこから長距離バスで、スイスを抜けてイタリアに向った。
直行便のない場所だ。辿り着くには時間がかかる。
3年前、ゾロは剣道の国際大会でロシアまで行った事がある。
その時にパスポートを取っていた。
が
「…一応偽造パスポートって事なんだろうな…。」
バスのシートに身を沈め、つぶやくゾロに
「まぁな…元の身分証明が何もかも贋物なら…そうなるかもな…。」
サンジが答えた。
「…おれの親父の事を…覚えてるって…言ってたな…。」
「…ああ…。」
「…お前…小さかったろ…?」
「…小さかったんだろうけどな…。」
目が合うと、あの人はいつも、両手を広げてくれた。
優しく揺れた金の前髪を、微笑む青い瞳を、はっきりと覚えている。
だから、フランキーが父親でない事を既に知っていた。
「…ショックだったか…?」
「…そうでもない…。」
「………。」
サンジは、目を伏せた。
「…ゾロ…今なら…まだ引き返せる…。」
「嫌だ。」
初めての夜
抱擁を解いて半身を起したゾロは、重い声で言った。
「おれを、ゾロシアに会わせろ。」
交わりの名残に、酔い痺れていた脳はその言葉で一気に冴えた。
サンジは、跳ね起き
「…何の為に…。」
「決まってるだろ。てめェが、この先この島でおれと暮らす。
マフィアの跡目なんざ継がねェ。その引導渡すためだ。」
「…無理だ…。」
呆然と、サンジは言った。
だがゾロは、それ以上は何も言わず立ち上がった。
「行こう。」
差し伸べられた手を、困惑しながら取った。
その手に引かれるように、ここまで来てしまった。
「…ゾロ…。」
「………。」
「親父は…そんなに物分りの悪い人じゃない…。」
「………。」
「…だが…いい人でもない…。」
「………。」
「…おれも…いろんな人から…親父と、おれの本当の親父の話は聞いていた…。
そして、フランキーとロビンから、経緯を聞いて…その上で思う…親父は…。」
「………。」
「…おれの手を離したりしない…。」
「………。」
「…許されない…。」
ゾロは、目だけを動かしてサンジを見
「お前、親子以上の感情があるのか?」
「……!!」
「…おれがゾロシアに似ているから…おれに抱かれたか…?」
「…そんなワケ…!!」
瞬間変わった表情に、ゾロは小さく息をついた。
思わず、他の乗客の様子を伺ってしまった。
平日の夜行バスに、客はまばらだった。
景色は暗い帳に包まれた山ばかりで変わらず、殆どの客は目を閉じて眠っている。
苛立たしげな表情を隠さず、サンジはゾロを睨み付ける。
その目が、わずかに潤んでいた。
「………。」
ゾロは、サンジの手を握り
「何でそんな事をおれに言う?」
「………。」
「引き返せ?本心で言ってるのか?」
サンジは首を振った。
「おれは、逃げも隠れもしねェ。」
「………。」
「あの島で、親父とお袋と、お前と、一緒に生きていく。」
「………。」
「誰にもジャマはさせねェ。」
握られた手に手を重ね、サンジは俯き
「…そんなに…簡単な事じゃない…。」
「………。」
サンジは、ゾロから目を逸らし
「…ゾロシアは…おれにはなるべく…汚いものは見せないようにして育ててきた。」
「………。」
「…でも…やっぱり…マフィアなんだ…。」
マフィアとは、本来シチリアを拠点とする生活共同体である。
正式には『コーサ・ノストラ』といい、19世紀頃から、
その組織は暴力や恐喝で勢力を拡大し始め、組織的犯罪集団へと変わっていった。
各地域にマフィアはあるが、それをまとめる巨大組織もある。
『コミッション』と呼ばれ、ほぼイタリア全土を掌握する数名の大ボスで組織されていた。
ミラノのボルサリーノはそのコミッションの1人であり、北イタリアのマフィアに絶大なる発言権を持っていた。
当然政界にも財界にも顔がきき、指1本で、大統領さえ動かせる。
そのボスに逆らう事は、即座に自身の組織の壊滅を意味する。
ヤクザの世界は、何もかもが即暴力に繋がる。
暴力とは、力だけではない。
生活に対する暴力、精神に対する暴力など、あらゆる意味を持っていた。
もしここで、ゾロが真っ向からゾロシアに対抗したら、コルシカの彼の家族は勿論、
ガープやルフィにまで迷惑がかかるかも知れない。
だからフランキーは、国外へ逃れ、フランス領コルシカを住み家に選んだのだ。
「…ひとつだけ…約束してくれ、ゾロ…。」
「…何だ…。」
「…絶対に…自分自身の命を…その為に捨てるような真似はしないと…。」
「………。」
「…おれは…。」
握った手に力がこもる。
「…ゾロシアとは違う…おれはお前を失ったら…生きていけない…。」
「………。」
「…フランキーとロビンも…。」
「………。」
「…だから…。」
「…わかった…。」
「………。」
「…約束する…。」
ヴェローナの街についたのは、夜が明けて、またバスを乗り換え、夕暮れも迫った時刻だった。
サンジにとっては生まれ育った街。
そして、ゾロが生まれた街でもあった。
だが、記憶の薄いゾロには、初めて訪れるのと同じだ。
中世の街並みに、ローマの遺跡が残っている。
この円形劇場(アレーナ・ディ・ヴェローナ)が、街の名の由来だ。
今でもここでは、定期的にオペラが上演されている。
この街が世界的に有名なのは、イギリスの戯曲家シェイクスピアが、
この街を舞台に『ロミオとジュリエット』と『ヴェローナの二紳士』を書いたからだ。
特に『ロミオとジュリエット』。
世界中の人々で、この悲劇を知らないものを探すほうが難しいかもしれない。
『ロミオとジュリエット』は架空の物語だが、街の中には同名の映画の撮影に使われた家があり、
『ジュリエットの家』と呼ばれている。
不思議なことに、ジュリエットの墓もある。
その『ジュリエットの家』で、サンジーノは死んでいたという。
黄昏時の長距離バスの停留所、ふと目を向けると
『ジュリエットの家まで4.5キロ』
「………。」
「こっちだ、ゾロ。」
黄昏時でよかった。
ゾロは、あまりにもゾロシアに似ている。
その姿で街をウロウロしていたら、たちまち人の目に止まり、ゾロシアの耳に入ってしまっただろう。
「どこへ行くんだ?」
「…とりあえず今夜の宿だ。」
「………。」
しばらく、サンジの後ろをついて歩く。
ヴェローナは観光客も多く、人ごみに紛れ込みやすい。
この街で、自分は生まれた。
フランキーも
ロビンも
かつて、この街にいた。
やはり、胸に迫るものがある。
サンジがやってきたのは
「…教会?」
石造りの古い教会。
サンジは、聖堂のドアをそっと開け、中を伺いながらゾロを促し、中へ先にいれた。
高い天井。
ガープのシャトーの中にも教会はある。
だが、こちらの方が大きくて立派だ。
もっとも、ゾロは神様に祈った事は一度もない。
「どちら様ですか?」
声がした。
瞬間ゾロは身構えたが、サンジは冷静に
「おれだ。」
「…おお…これはサンジさん。旅からお戻りでしたか、ヨホホホ…お帰りなさい。」
背の高い男だ。
痩せて、まるでガイコツのような顔。
神父の姿をし、首に十字架を下げているが、なんともファンキーなアフロヘア。
「ブルック、こいつ…しばらくここに泊めてくれないか?」
「こいつ?……!!?」
ゾロの顔を見た、ブルックと呼ばれた神父は、驚愕に目を見開いた。
「…ドン・ゾロシア…!!?」
叫び、驚き慌てて、ホネの神父は飛び退り壁にへばりつく。
「…違う、ブルック。」
困った様に笑うサンジの言葉に、恐る恐るゾロを見る。
「び、びっくりしました…!!目玉が飛びでるかと思いました!!
あ、ワタクシ、飛びでる目玉ないんですけど!ヨホホホ!!スカルジョーク!!
なんということでしょう…!ドン・ゾロシアに瓜二つではありませんか!!………まさか…!!?」
「………。」
「…ゾロだ…ブルック…。」
「………。」
ブルックは、冷静を取り戻し
「…フランコとロビータは…生き延びていたのですか…。」
「…ああ…。」
「そうでしたか…よかった…死んだと聞いていました…生きて…いたのですね…。」
じっと、ブルックの目がゾロを見る。
「………。」
「…ああ、失礼…思わず涙が…。」
ゾロが、サンジを見た。
「…ああ、こうしているとまるで…20年以上も昔に戻ったようです…。
あの頃の…あなた方お2人の…父上方の姿を見ているようだ…。」
そういえば
ゾロシアとサンジーノの繋ぎをしていた人物がいたと、ロビンが言っていた。
「…あんたが…。」
「ハイ。」
ブルックは笑って
「ご安心ください。……“沈黙の掟”は守ります。」
マフィアの絶対の掟
沈黙の掟
そして、服従の掟。
決して、組織内部の事を外に洩らしてはいけない。
決して、上のものに逆らってはいけない。
「……ブルックは、バラティエの人間だった。」
「…あんたも…?」
「ハイ。ワタクシは、サンジーノ様の先代、ドン・ゼフーノの“カポ・レジーム”でございました。」
「“カポ”?」
ゾロの問いにサンジが答える。
「…軍隊で言えば小隊長みたいなもんだ…。
サンジーノがまだ、アンダーボス(若頭)だった頃に、ファミリーから抜けた。」
「マフィアってのは、辞められるもんなのか?」
ブルックが笑って
「辞めようと思えば辞められます。」
「…おい、そんな簡単に言ってくれるな…。本気にすんなよ、ゾロ…こいつが、
こんな骨みたいになっちまったのは、抜ける時のリンチのせいだからな。」
「………。」
どんな拷問だ。
想像がつかない。
「ドン・ゼフーノは、素晴らしいボスでした。」
「ブルック…ジジィの思い出話は今日はやめてくれ。」
「ハイ。……では、今度ゆっくりと。」
「昔話はお断りだ。」
「アラ。」
かくっと肩を落とし、ブルックは残念そうに首をかしげる。
教会の、聖堂を見下ろす2階部分。
その一区画が神父の住まいになっていた。
ブルックの、決して広いとはいえない住まいの、屋根裏部屋のような部屋のドアを開けると、
さらにそこは細長いスペースが伸びていた。
外から見れば、そこは聖堂の3階部分の、明り取りの窓に見える。
天井は低いがそれなりに広い。
古びたベッド。
壁際には小さいが、ちゃんと水の出る洗面台もある。
「おれの隠れ家だ。」
サンジは笑って言った。
「へェ…。」
「…元々は、あなた方の父上達の隠れ家でした。」
少し驚いて、ゾロはブルックを見た。
「……その窓を開けて御覧なさい。」
言われるがままに、ゾロは側の小窓を開けた。
開けたといっても、薄く、ようやく腕が通るくらいしか開けないが。
「そこに、鷹の像があるでしょう?」
「…ああ…。」
「その鷹の脚に、赤いリボンを結びつけて……ゾロシアがサンジーノ様を呼んだのです。」
「………。」
サンジが指差す。
「あの…白い壁の建物…暗いけど見えるか?…あそこが…サンジーノの屋敷だった。」
「………。」
「…今は壊されて…スーパーマーケットになっちまってるけどな…。」
「………。」
ブルックが言う。
「バラティエ崩壊の折…焼けてしまいました…。ヴェローナで最も美しい屋敷でしたのに…。」
部屋の中に目を戻す。
マットだけの古いベッド。
「………。」
ここで
2人は愛しあったのだろうか
「では、食事の時間には、階下へ降りてください。」
「わかった。」
「来客の時は、ハシゴを外してしまいますから。」
「ああ、わかってる…ありがとう、ブルック。」
「ヨホホ」と奇妙な笑いを残して、骨の神父は降りていった。
「………。」
この隠し部屋は、電気が通っていなかった。
サンジは、小さなテーブルの上に置かれた燭台の蝋燭に火をつける。
燈色の光に、サンジの金の髪が揺れた。
ここで
こうして
父達は何を語り合ったのだろう。
ベッドに並んで座り、肩を抱き、窓の外の街の明かりを見る。
同じ景色を2人も見た。
「サンジ。」
「…うん…。」
「…明日、行くぞ。」
「………。」
止まる男ではない事はわかっている。
ならば、行くしかない。
サンジはうなずいた。
同時に、街の明かりから目を逸らし、動かした視線の先に互いがいた。
交わされた目を絡ませて、顔を寄せながら目を閉じ、唇を重ねる。
熱を帯びる口付け。
肌を探る手。
聖堂の十字架は彼らの足の下にある。
禁忌であり罪
だが、誰にも裁かせるものか。
同じ血が、かつてここで、交わった。
「サンジ…。」
「…ん…?」
抱きしめ、窓の外を眺める。
抱く手に力をこめたまま、呼びかけながらゾロは何も言わない。
「………。」
「………。」
この夜景を、この窓から1人、サンジはずっと見つめ続けてきた。
その昔、ゾロシアとサンジーノが見つめた景色を。
ひとりで
その間、おれは何も知らず、コルシカのあのドメンヌで、フランキーとロビンと、
ルフィとナミとウソップと、穏やかな日常を送っていた。
「………。」
その思いをサンジも察したのか、ゾロの頬を両手で包み、優しく微笑む。
「…ゾロ…。」
「………。」
「…おれも…不幸じゃなかったよ…。」
ゾロは青い瞳を見つめ、優しいキスをする。
古いベッドは、2人が横になっただけで軋んだ音を立てた。
シャツの上から、ゾロの固い手がゆっくりと肌を探る。
顔中にキスの雨を降らせ、掬いあげるように首筋に舌を這わせると、サンジは堪えきれずに声を挙げた。
すがるようにゾロの首に腕を回し、サンジは固く目を閉じる。
草原での初めての夜
心が乱れていたゾロの行為は荒々しかった。
初めて押し開かれる痛みにサンジが必死に声を殺し、耐えるのを見ながら、それでもゾロは強引に身を進めてきた。
愛はあったが、野獣のようなその荒っぽさと激しさに、わずかな理性の片隅で
『やはりゾロシアの血を引いている』と、思わずにいられなかった。
知りたいと思っていた。
あの義父が、どんな風に実の父を愛したのか。
サンジの知る父は、サンジには普通の父親の顔を見せるが、部下や敵に対しては全く違う顔を見せる。
誰にも心を許さず、誰も信じず、決してサンジ以外の人間を受け入れようとしなかった。
ロビンが言っていた。
サンジーノの死で、ゾロシアの心は砕かれ、死んでしまったのだと。
今生きているのは、サンジがいたからだと。
ゾロに、「おれがゾロシアに似ているからか」と言われた時、ドキリとした。
義父に対し、恋愛に似た感情を抱いた事はなかったが、ゾロシアの心を知りたいと思ったのは事実かもしれない。
きっと
父もこんな風に、全身全霊でサンジーノを愛したのだ。
「…やめるか…?」
不意に、ゾロが言った。
「…え…?」
「…悪かった…初めてだったのに…ムチャさせたよな…。」
「………。」
「…まだ…痛ェか…?」
サンジの頬を撫でて申し訳なさそうに言い、首筋に顔を埋める。
「…優しくしてやれなかった…悪ィ…。」
何、言ってる。
お前、こんなに優しいじゃねェか…。
「…来い…。」
「………。」
「…好きだよ…ゾロ…。」
サンジの方から、唇を寄せる。
「…ゾロ…。」
「………。」
決意した。
「…ゾロ。」
「………。」
「お前と生きる。」
「サンジ…。」
「あの島で、フランキーとロビンと……ワインを造って生きていきたい。」
ゾロは、満面に笑顔を浮かべ
「…サンジ…。」
「………。」
「おれ達の…新しい酒を造ろう。」
サンジは、はっきりとうなずいた。
抱き合い、深く大きく息をつく。
高まる熱情を抑えず、襟の間に手を滑らせる。
ゾロの指が小さな乳首に触れ、指先で愛撫する。
口付けると、サンジの背が魚の様に仰け反り跳ねた。
「…ゾロ…ああ…ゾロ…。」
「……サンジ……。」
逸る体を、ゾロは必死に押し留める。
大切にしたい。
大事にしたい。
愛しくて愛しくてたまらない。
ゾロシアも
ここで
同じ思いで抱いたのかもしれない
「……あ…!…ああ………っ……。」
声を殺さなければ、きっと痛みに悲鳴を挙げてしまうのだろう。
ゆっくりと、だが躊躇わず、ゾロはサンジの中に身を沈めた。
半端に止める方が、痛みが増す。
ゆるやかに、だが一気に挿入され、瞬間サンジは声も出せずに首を振った。
その頭を抱え、ゾロは金の髪に何度も口付ける。
ゾロが律動を加える度に、サンジの口から痛々しい声と、ベッドの軋む激しい音がする。
どちらの音も、情欲を掻き立てるのに充分すぎた。
腕で覆われ、半分隠れた白い頬を涙が伝う。
「痛いか?」と問えば、きっとサンジは首を振る。
「………っ!!」
瞬間、ゾロが惑った時。
「……っ…んああぁっ!!」
「……!!」
「…あ…あ…ゾロ…そこ…今の…っ…。」
「…サンジ…?」
「…このまま…このまま…動いて…。」
すがりつく顔に、明らかな陶酔。
「…サンジ…!」
「………!!」
結ばれている部分が熱い。濡れているのがわかる。
見るのは恐ろしかった。
女のそれではないのだ、溢れんばかりのこの液体が何であるかはわかる。
「………っ!!」
それでも
「…止めるな…このまま…!」
その言葉につき動かされる。
焼けるような熱。
目の前が真紅に染まる。
結ばれた部分が、熱く、包む襞が吸い付くようだ。
天を指すサンジのそれに手をかけ、腰を突き上げながら、ゾロは叫ぶ。
「サンジ…!!」
「………!!」
「…どんなに痛くても…耐えられるな…!?」
「……っ!!」
「…辛くても…痛くても…!!」
サンジは何度もうなずく。
誰かを傷つけるかもしれない。
自分もたくさん傷つくかもしれない。
何より、自分を愛してくれたあの人を、20年前の様に傷つけてしまうかもしれない。
それでも
「…決めたんだ…お前と生きるって決めたんだ…!!痛い事も辛い事も…全部耐えられる…お前となら……!!」
「……サンジ……!!」
「…だから離すな…絶対に…離すなよ…!!」
「離さねェ……おれは……あいつらみたいに諦めたりしねェ!!絶対にだ!!」
「ゾロ……!!」
固く抱きしめた瞬間、そこが自身の体液で溢れたのを感じた。
合わされた肌に、ぬるりとした感触。
「……サンジ……。」
深い溜め息と共に、名を呼んだ。
が
「……サンジ……?」
答えがない。
「……サンジ……。」
「……サンジ……!?」
蒼ざめた顔。
「………!!」
ゾロの声が、聖堂にまで響いた。
(2009/5/8)
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