BEFORE




 「……まったく…無茶をさせる……そういうところは本当に、ドン・ゾロシアそっくりだ。」

 「…いちいちそいつと比べるな!!」



苛立たしげに、ゾロは吐き捨てた。

怒鳴るゾロに、怯みもせず



 「…本当のことですから。サンジーノ様の負担など何も考えず、

 ただ自分の欲する事ばかり押し通された。今のあなたと同じです。」



ブルックは冷たく言った。



 「………っ!!」



反論の余地がない。

隠し部屋からサンジを降ろし、ブルックの部屋のベッドに横たわるサンジの傍らに



 「……まったくだよ。やり方も知らないで、ただ押し切って。」



気を失ったままのサンジに、毛布を掛けてやりながら呆れた様に言った。

幼い顔立ちの、だが明らかに医者といういでたちの男。



 「いいか?これからはちゃんと、解して、馴らして、ローションか何かで潤してからヤルこと!!

 でも、しばらくはおあずけだからな!反省しろ!!」

 「………。」



自分より、ずっと体の小さい医者にすごまれ、さすがに素に戻ると恥ずかしい事を一気にまくし立てられて、

ゾロはたじろぎ、バツが悪そうに頭をかいた。



 「……チョッパー……あんま…そいつ…責めんな……。」

 「………!!」

 「あ!気がついたか、サンジ!?」



うつ伏せのまま、サンジは笑った。



 「…ゾロ…。」



のろりと手を上げて、サンジはゾロを呼ぶ。



 「……ごめんな……。」



謝るサンジに、チョッパーと呼ばれた医者は



 「何でサンジが謝るんだ!?謝るのはこいつだろ!?酷い目に遭わされたんだぞ!

 大体、男の体はそんな風にできてないんだから!!」



サンジは困った様に笑った。



 「明日、また来るからな!!しばらくじっとしてなきゃダメだぞ!」

 「…明日用事があるんだ…痛み止めくれ…。」

 「ダメだ!!そんなもん処方したら、じっとなんかしてないだろ!!?」

 「…チョッパー…。」

 「ダメったらダメ!!」

 「……よっ!ベローナ一の名医!!」

 「ばっ!!バババババカヤロー!おだてても何も出ないぞ、コノヤロがー!!」



言いながら、声が喜んでる。

踊りながら、鞄の中から薬を取り出し、見事な手さばきであっという間に薬を処方した。



 「いいか!絶対安静だぞ!!明日、来るからな!!」

 「ありがとう、チョッパー。」



チョッパーは、ぎろっとゾロを睨むと、鞄を抱えて部屋を出て行った。



 「……すまねェ…ブルック……。」



小さく、ゾロが言った。

と、ブルックが



 「……謝る相手が違います。」

 「………。」



ゾロは、サンジの手を握り



 「すまん…。」



サンジは笑って首を振った。





医者チョッパーは、本当はトニオ・チョパリーニという名らしい。

数年前、ロロノアファミリーは酷いインフルエンザの流行で苦しんだ。

その時に、他の医者は恐れるばかりだったファミリーの中へ分け入り、診療をしてくれたのがチョッパーだった。

童顔のくせに豪胆で、度胸も根性もあるチョッパーをゾロシアは気に入り、以来、ロロノアの主治医になった。

定期的な検診も請け負っているので、サンジとも親しい。



 「…サンジ…。」

 「ゾロ。」



言葉を遮るサンジの声は、いつものサンジの声だった。



 「…明日…行くぞ…。」

 「………。」

 「………。」



ブルックが、静かに言う。



 「…どうしても…?」

 「…ああ…。」



辛い体を、サンジはようやくの思いで起こす。

とっさにゾロが止めたが、サンジはそのゾロの腕にすがり体を預けて、ゾロを見上げて微笑む。



 「…こうしていてくれりゃァ…大丈夫だ…。」



沈黙したまま、ブルックは出て行った。



しばらくすると



 「………。」



聖堂からオルガンの音



荘厳な音色はおそらく賛美歌だろう。



 「………。」

 「…ブルックだ…。」



ヴェローナでの、最初の夜が更けていった。











翌日、出かけるゾロに、ブルックが



 「ハイ、どうぞ。」



と、1個のスポーツキャップを手渡した。

黄色に青いラインの帽子。

羽のついたロバの絵が描いてある。

地元のサッカーチーム、キエーヴォ・ヴェローナの帽子だ。

セリエAのチームであるが、あまり強くはない。

そして貧乏。

だが地元のチームなので、当然この街にファンは多い。



 「あなたはゾロシアに似すぎている。少しは、顔を隠して歩く事をしてください。」

 「………。」

 「…まして、サンジさんと歩いていたら……30歳を過ぎた人が見たら、真っ青になって卒倒してしまいますよ。」

 「…わかった…。」



素直に、ゾロは帽子を目深に被る。

緑の髪に黄色い帽子。



 「逆に悪目立ちしそうだな。」



サンジが笑う。



 「では、ACミランの帽子の方がよろしかったでしょうか?」

 「…赤かよ…もっと目立っちまう。」

 「レッジーナは……。」

 「いい加減にしろ。お前、どこのサポーターだ。」

 「ヨホホホ!」



教会を出た所で、ゾロがサンジに尋ねた。



 「…レッジーナの色って何だ?」

 「えんじ色だ……。」

 「………。」



もっとごめん被る。



 「…おれがガキの頃…親父にキエーヴォ・ヴェローナのスポンサーになってくれって言ったら、困った顔してたな。」

 「………。」

 「…事情なんか…ガキにはわからねェ…。」



通りへ出てしばらく行くと、日本人の観光客の団体に出くわした。

集団で、わいわいと歩く集団をやり過ごそうと立ち止まった時、ふとゾロは気づいた。



 「…“ジュリエットの家”か…。」

 「…ああ…このすぐ先だ…。」

 「………。」

 「…行ってみるか…?」

 「…いや、いい…。」

 「………。」



サンジの、実の父親が死んだ場所。



 「やすらかで…まるで眠っているようだったってさ…。」

 「………。」

 「…誰かに刺されたにしては…抵抗の跡もなく…一撃で心臓を貫いていた

 …苦しみもせず逝ったんだろうって…話だな…。」

 「…本当に自殺か…?」



サンジは首を振った。



 「…わからない…実はおれは…サンジーノは自殺じゃないかとそう思ってはいた…

 でも…フランキーたちの話を聞いて…そうじゃないんじゃないかと思い始めてる…。」

 「………。」

 「だって、そうだろ…?…心を引き裂かれんばかりに辛い思いをしてまで…黄猿の命令を聞き入れたんだ…

 お前の記憶の中のサンジーノは、決して不幸じゃなかっただろ?…もし…死にたいほど苦しかったのなら…。」

 「…ゾロシアと引き離された時に…死を選ぶか…。」

 「そうだ…サンジーノは殺されたんだ…敵が多すぎて…誰が手を下したのかはわからないけれど…。」

 「………。」



だとしたら



確かに、苦しいだろう。





ゾロシアは





 「遠いのか?」

 「ちょっとな。」

 「タクシー拾うか?」

 「………。」



サンジは笑い



 「…そんなにヤワじゃねェよ。」





ロロノアファミリーの本拠地は、ヴェローナの郊外にあった。

周りを森に囲まれ、周辺に他の家は1件もない。

敷地はとんでもなく広く、門前に立ってはみたものの、屋敷がどこにも見えなかった。

ガープのシャトーですら、門から屋敷の玄関が見えるのに。

なんて無駄な広さだろうとゾロは思った。

そして、こんだけの広さがあったら、どれだけのアレアティコを植えられるかと、真面目に考えてしまった。



だが、そこは北イタリアでも屈指のマフィアの屋敷で、2人がそこに立っただけで、1分とたたずに黒い車がやってきた。



 「サンジさん!!」

 「若頭!!」



男が2人、慌てて車から飛び降り、門の横にある扉を開けて飛び出してきた。



 「ジョニー、ヨサク。」

 「お帰りなさいやし!!」

 「ご無事お戻りで!!」



と、2人はゾロに気づき



 「…若頭、どちらさんで?」

 「…ゾロ。」



サンジが呼ぶと、ゾロは帽子を取った。



 「………!!」

 「げっ!!」



ジョニーとヨサク、と呼ばれた2人は、ゾロの顔を見るなりさっと顔を蒼ざめさせた。



 「…ドドドドド!!!」

 「ド、ドン!!?」

 「……ジョニー、ヨサク。…親父はいるか?」



サンジの言葉に、ジョニーが



 「へ、へい…!い、いや!!今、ミラノにお出かけで……!!」

 「……夕方にはお戻りに……!!」

 「ミラノ……。」



黄猿の所か。



 「わかった。待つ。……行こう、ゾロ。」

 「………。」



無言のまま、ゾロはサンジについて中へ入った。



 「お車を!若頭!」

 「ありがとう。」



黒塗りのアルファロメオ。



当然の様に、革張りのシートに深く腰を下ろしたサンジを、隣で思わず



 …かっけぇな。



と、思ってしまう。



車は敷地の中を、実に5分も走った。

5分走って、ようやく屋敷の入り口に辿り着く。

車が止まり、ヨサクが飛び降りて、後部シートのドアを開けようとした瞬間



 「ごっ!!」



短い悲鳴がした。

ドアを開けようとして、一瞬早く開いたドアにアゴを強打してしまった。



 「お、悪ィな。」



車が止まったのだ。テメェで勝手に開けて降りる。



 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 「悪いな。大丈夫か?」



サンジは苦笑いしながら、車を降りた。

少し顔色が悪い。

やはり、痛むのだ。



サンジの客でなかったら、ゾロシアと同じ顔をしていなかったら、懐の銃を抜いてぶっ放すところだ。

ヨサクは涙目でぶんぶんと首を振り、ドアを閉めた。



 「…ゾロ、おれの部屋へ。」

 「………。」



中へ、入ろうとした時だ。

玄関のドアが大きく両方に開かれた。

そして中から、細身の、凄みを帯びた目の男が現れた。

その男はサンジを見て、すっとその場に膝を折ると



 「…お帰りなさいやし、サンジさん。」

 「ただいま、ギン。」



ギンと呼ばれた男は、じろりとゾロを見た。

だがすぐに目を逸らし、ジョニーとヨサクへ



 「連絡があった。ドンがお戻りになる。」

 「いっ!?」

 「へいっ!!」



2人は弾かれたように駆けていった。



 









(2009/5/15)



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