BEFORE




 「………!!」

 「………。」



サンジの目が、中空を見た。

つられてゾロも、同じ方向へ目を向ける。



すると



それは始め、小さな点だった。

先に音が、空を裂いて響きだした。



ヘリコプターだ。

こちらへ真っ直ぐに飛んでくる。



ジョニーとヨサクが、耳にヘッドフォンをつけ、誘導板を持って庭の一角へと走る。



 「………。」

 「………。」



黒いヘリコプターは、屋敷の上空で一旦ホバリングし、ゆっくりと降りてきた。

ドイツ製NH90汎用ヘリコプター。NATO軍使用のヘリコプターだ。

ゾロも、空を飛ぶ形だけは見た事がある。

世界でもまだ、500機程度しかない最新鋭機。

それを、自家用に使うとは…。



着陸し、ドアが開く。

まだ、ローターが回り砂塵が吹きすさぶ中



跪いたジョニーの膝をステップにして足を載せ、男が1人降り立った。



 「………。」

 「………。」



黒いロングコートとシルクのスカーフが風に舞う。



サングラスに隠れて表情はよく見えない。



だがわかる。



ゾロは、真っ直ぐにこちらへ歩いてくる男を、じっと見つめ…いや、睨み付けた。



きっちりとセットされてはいるが、風に吹かれる髪の色は



まさしく自分と同じ



と、いつの間にそこにいたのか、居並ぶ男達が一斉に膝を折る。

サンジの傍らにいたギンも、さっと駆け寄り、男の前に額づくばかりに膝を折った。

男は、ギンの前で立ち止まる。



 「お帰りなさいやし。」

 「………。」

 「若頭がお戻りになられました。」



ギンは、男の足元に跪き、そのコートの裾と、黒い革靴に口付けた。

顔を上げ、男の名を言う。



 「ドン・ゾロシア。」



男の顔がわずかに動き、サングラスの奥の目がサンジを見たのがわかった。



 「………。」



父親とはいえ、それがマフィアの礼儀なのだろう。

サンジも跪く。



居並ぶ男達が跪く中で、たった1人、膝をつかぬ者がいる。



 「………。」



これが



遺伝子の父親



ちら



と、ようやくゾロシアがゾロを見た。

一瞬だった。

だが、その瞬間の威圧感に、ゾロは瞬時気圧された。



 「…父さん…。」



サンジが呼んだ。



 「………。」

 「…ゾロだ…。」



瞬間、ざわめきが起きた。

年配の男のひとりはあからさまに、「何故、生きている?」とつぶやいた。



 「………。」



答えはない。



そしてゾロシアは、ゾロを見ようともしない。



 「父さん。」

 「………。」

 「話がある。」



サンジがそう言った時



 「ギン。」



ゾロシアが口を開いた。



その声まで



ゾロによく似ていることに、サンジはその時気づいた。



 「シ(はい)、ドン。」

 「サンジを部屋にぶち込んで置け。」

 「親父!!」

 「ドン、こちらは?」



ギンが、ゾロを見る。

瞬間ゾロは身構えた。



 「……こんなガキは知らん。」

 「!!」





『こんなガキは知らん』





再び、投げつけられた言葉に、心臓が切り裂かれる。





次の瞬間、ゾロは黒服の男たちに取り囲まれた。

駆け寄ろうとするサンジの腕を、ギンが掴む。



 「放せ!ギン!!」

 「ドンのご命令です。」

 「ゾロ!!」

 「サンジ!!待ってろ、今そっちへ行く!!」



銃声が響いた。



弾かれる様に飛び出そうとしたゾロの耳元を掠めていった。



 「……っ!!」



 「親父!!話があるんだ!!聞いてくれ!!」



サンジが叫ぶ。



 「………。」

 「父さん!!」



3人の男に羽交い絞めにされながら、ゾロは叫んだ。



 「てめェ!!そいつを放せ!!触るんじゃねェ!!」



ギンの目が、ちらりとゾロを見る。



 「サンジさん、部屋へ。」

 「ギン!放せ!頼む!!」

 「ご命令です。」

 「ギン!!」



抗おうとするが、腕に力が入らない。

体が痛む。

昨夜、ゾロに愛された部分が、火の様な痛みを全身に走らせる。

思う様にならない体に、涙がにじむ。



 「ゾロォォォォっ!!」

 「サンジ―――!!」



一片の言葉さえ、聞くつもりにならないとは思わなかった。



 「サンジ!!」



鍛え上げられたゾロの腕は、自分を捕らえていた3人の男を瞬時に弾き飛ばした。

走りだす。

サンジに手を差し伸べる、サンジもまた手を伸ばす。



刹那



再び銃声が響いた。



ゾロは自分の足に、鈍い痛みが走ったのを感じた。



 「…っ…!!」



足から急速に力が抜けていく。

よろめきながら、なおも手を差し伸べるゾロに、数人の男達が立ちはだかりゾロを地面に叩きつける。



 「ゾロォォ――――っ!!」



悲鳴のような叫び。



抗い、叫ぶサンジを、ギンもあらん限りの力で抑える。



 「…サンジさん…!?」



サンジの足元に、血溜りができている。

どこからの出血か、瞬時に悟ったギンは、自分の上着を脱いでサンジの体を包んだ。



 「サンジさん!!」

 「…放せ…!放してくれ!行かせてくれ!!」



地面に叩きつけられたゾロは、誰かの手で引き起こされた。

足に走る激痛に、思わず悲鳴を挙げる。



と



目の前に、ゾロシアが立っていた。



 「………。」



霞む目に、何か、光るものが映る。



剣?





いや、刀だ。





日本の、片刃の剣。





重厚な、黒い鞘の和刀。



真剣を初めて見る。



ゾロは小学校の時、テレビで見て日本の剣道を知った。

やってみたくて、剣道部のある高校を探して入った。

木刀や、模造刀は見た事があったが、本物は初めて見る。





 そうだ



 おれが剣道をやりたいと言った時



 フランキーもロビンも、驚いた



 何でこんなに驚くんだろうと、不思議に思った



 ああ、そうか



 こいつが、剣をやっていたからなんだ





ゾロシアの手に、美しく光る白銀。



 「………。」



 「父さん!!止めろ!!止めてくれ!!」





サンジ

待ってろ

今

行くから





声にならない。



倒れた時、かなり強く頭を押さえつけられ、殴られた。



 「…放せ。」



ゾロシアの声が、聞こえた。



男達が、ゾロから一斉に離れる。

体がよろめいたが、ゾロはかろうじて足を踏ん張り、倒れなかった。



 「……逃げてもいいぞ。」



ゾロシアが、言った。



 「……誰が……。」

 「………。」



ゾロは、ゾロシアを睨み付け、皮肉に唇の端を上げて言う。



 「…背中の傷は、剣士の恥だ…!」





 「…よく言った…。」











白銀が、高々と空へと掲げられた。









ロビン



フランキー



ルフィ



ナミ



ウソップ







サンジ







ごめん



















 「ゾロォォォォォォォォっっ!!!」



サンジの悲鳴。



胸に走る激痛。



遠のく意識。







片手で上段に振りかぶった刀を、ゾロシアは躊躇いも見せずに袈裟懸けに振り下ろした。

真っ赤な鮮血が吹き出し、ゆっくりと、ゾロの体が地面に膝から崩れて行く。



 「あああああああああっ!!!」



サンジの膝も、ガクガクと震え、ずるずると崩折れていく。

その体を支えて、その光景を見つめるギンの顔も蒼白だ。



どさっ



ゾロの体が、うつ伏せに草の上に倒れた。

まだ回り続けるヘリのローターの風が、ゾロの髪を煽っている。



じわり、と、血が草の上に広がった。



 「ゾロ!!ゾロォ!!」



刀の血を払い、ゾロシアは何事もなかったかのように、泣き叫ぶサンジの脇をすり抜けて屋敷の中へ入った。



 「…どうしますか?」



ギンの問いに、ゾロシアは



 「街のゴミ捨て場にでも捨てて置け。」

 「シ、ドン。」

 「………。」







ゾロ







ぴくりとも動かない。



 「…ゾロ…。」







 「ゾロ……。」







 「起きろ、ゾロ!!」





 「ゾロォォォォォォ!!」





血を吐くような叫び。



サンジは、その場で気を失った。

 









(2009/5/15)



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