BEFORE
3日後
「……全く、バケモンか?こんなに早い回復、見たことねェ。」
医療カバンに道具をしまいながら、チョッパーがつぶやく。
「もう、動いていいんだな?」
ゾロの問いに。
「…動くなーって言ったって、動いちゃうんだろ?
…も、いーよ…どうしてあっちもこっちもこうなんだ?」
ゾロは笑って
「…サンジも大丈夫か…?」
「まぁね…大分顔色もよくなったし、落ち着いてる。
……伝言、言うぞ。…“愛してる”だって。」
「………。」
「…あ〜〜〜〜〜…なんかこの部屋暑くねェか〜〜〜〜?」
ウソップが言った。
「…“おれも”…そう伝えてくれ。“必ず、行く”と。」
「…悪いけど…できない。」
「なんで!?」
叫んだのはルフィだった。
「……サンジの調子がよくなったから…しばらく出入りしないでくれと言われた。」
「………。」
「部屋に閉じ込められて、軟禁状態だよ。…絶対逃がさないって感じだった。」
「…クソ…。」
ウソップがつぶやく。
チョッパーが
「…言っとくけど、ゾロが生き延びてて、ここにいるって、向こうには筒抜けだよ。」
「嘘…。」
ナミが言った。
だがゾロも
「…まぁ、そうだろ…。」
「ゾロ…?」
ルフィの怪訝な顔に
「…おれも…剣をやってるからわかる…あの野郎…おれを殺す気はなかった。」
「殺す気なくて、この傷なのか?」
「…刀で殺す時は突くんだ…袈裟懸けに斬り下ろしても、簡単には死なない。
あの状態で、殺す気だったら心臓貫けばいいだけのこった。」
「怖いコト言わないでよ!!」
「…これで諦めて…コルシカへ戻れということだったのでは?」
ブルックが言った。
「……そうかもな……。」
ルフィが、拳を鳴らして
「諦めるか!ゾロも元気になったんだ!ぃよぉ〜〜〜〜し!!今からサンジ奪い返しに行くぞ!!」
「いいいいいいい!!今からァァ!!?」
ウソップが途端にビビった。
「チョッパー!案内頼む!!」
「なんでおれが!?言っとくけどな!おれはただの医者だぞ!巻き込むなァ!!」
「残念ねェ、もう、じゅ〜〜〜〜〜ぶん!巻き込まれてるわよぉ?」
「あああああああああああああああああああああ!!!」
「…うっ!…なんだか急に『マフィアの本拠地に行ってはいけない病』が…っ!」
「行くぞぉ!!」
「ヨホホホ!みなさん、ちょっと!ちょっと、お待ちください!いきなりそんな…!!」
ブルックが言った時だ。
階下から
「!!!?」
「何、今の音!?」
「なんか…爆発したみてぇな音だぞ!!」
ルフィが、隠し部屋の窓を蹴破り、屋根へ飛び出す。
下を見ると
「……!!」
黒塗りの車と、黒服の男達。
手には武器を携え、戦闘体勢だ。
「………!!」
「ひぃぃぃぃぃ!団体さんで来たァァァ!!」
「ヨホホホホホォォォ!!!聖堂の入り口がァァァ!!」
足音が登って来る。
ゾロシアの指示でここに来ているのなら、この部屋は簡単に発見される。
この部屋はどん詰まりで、入り口を抑えられたら逃げ場がない。
「屋根だ!!」
ゾロの叫びに、全員が飛び出す。
「少々お待ちを!」
「ブルック!!」
ブルックは、隠し部屋の奥に置かれた棚から、布に包まれた細長いものを取り出した。
「お持ちください!!」
ゾロに手渡す。
布の紐を解くと、中から
「刀!?」
「ハイ!ゾロシアが、ここに残していったものです。
詳しくは知りませんが、かなりの名刀だとか…。名を確か…。」
「ゾロ!!急げ!!」
「…和道一文字!」
「ありがてェ!!借りるぜ!!世話になった!!」
「…ご武運を!!」
「どこへ逃げんだ!?」
屋根の上でウソップが叫ぶ。
気づいた追っ手が、眼下の道路を追いかけてくる。
「どこって…!」
ゾロも戸惑った。
「とりあえず…こっち!!」
チョッパーが叫んだ。
先頭になって走りだす。
「ちょっとゾロ!あんたが先頭にならない!!ルフィ、あんたもよ!!」
「後ろから、右とか左とか言ってくれ!!」
「って、右っつってんのに、なんでそっちに曲がるんだァ!!?」
「角は曲がるもんだろ!」
「アホ――――――――――っっ!!!」
黒服の男たちは、やはり『戦士』として統率されている。
動きが違った。
「こっちへ!」
チョッパーに着いて走り、屋根を伝って道路に下りる。
そして
「タクシー!!」
チョッパーが手を上げると、すぐに1台のキャブが停止した。
でっぷりとしたオバハンドライバーだ
「どちらまで?」
「どこでもイイから走って!!」
「お。追われてんろかい?サツかぃ?」
「逃げきってくれたら、1万ユーロ払う!!」
「お!のった!!しっかり掴まんなァァ!!んががががが!!」
「あぎゃああああああああああああああああああ!!」
ウソップの悲鳴と爆音のようなエンジン音を残し、
ぎゅうぎゅう詰めのキャブはヴェローナの街の雑踏へ消えていった。
また、夜が来た。
悪夢のようなあの日から4度目の夜。
ゾロシアの屋敷内のサンジの部屋は、3階建ての最上階にある。
その窓から、サンジは街の燈を見つめていた。
昼間、チョッパーが、「これからゾロを診てくる」と話してくれた。
生きている。
それを初めて知った時、全身から力が抜けた。
安堵感で、思わず涙が溢れた。
それでも
実の父親に斬られた衝撃は、どれほどゾロを傷つけただろう。
あの後、ゾロシアは一度もサンジの前に姿を見せなかった。
ギンや、ジョニーやヨサクに、部屋から出せ、親父に会わせろと怒鳴っても、誰も従わなかった。
あまりの執拗さに、ギンが
「…サンジさん、これ以上みっともない真似はなさいませんよう。」
冷たく告げた。
その一言に
今、この屋敷の中で、自分の味方は誰もいないことを悟った。
ギンは、元々サンジーノの部下だった。
サンジーノが死に、バラティエが崩壊しロロノアに吸収された時、ゾロを連れて逃亡したフランキーに代わり、
旧・バラティエ派をまとめ上げたのはあの男だ。
ギンにしてみれば、結果的にファミリーを崩壊させたサンジーノを、どれだけ恨んだだろうか。
もしかしたら、心の奥底では、サンジを盛り立ててバラティエの復活を望んでいたかもしれない。
そのサンジが、父親と同じ轍を踏もうとしているのだ。
面白いはずがない。
「………。」
膝を抱え、サンジは深く溜め息をつく。
逢いたい
ゾロ
逢いたい…
「サンジ。」
サンジは顔を上げた。
今
声が…
まさか
「サンジ。」
サンジは目を見開いた。
目の前の、大きな楡の木の太い枝に。
「…ゾロ…?」
「………。」
「…ゾロ…。」
「………。」
「ゾロ…!!」
ゾロだ。
夢じゃない、ゾロだ!!
「ゾロ!!」
身を乗り出し、手を差し伸べる。
枝まで、距離はかなりあったが、必死に指を伸ばした。
ゾロも手を伸ばし、サンジの手を掴んだ。
胸の傷が痛むが、そんなものは吹き飛んでいた。
「サンジ!」
「…ゾロ…ああ…!!」
窓辺に取りつき、中へ転がるように入り、ゾロはサンジを抱きしめる。
「………!!」
「………。」
恋人たちは、しばらく互いの温もりに酔っていた。
3時間前、チョッパーはカミカゼタクシーをこの屋敷の裏手の、監視カメラの死角に停めた。
「毎度ありィ!また、らにかあったら呼んでおくれよ!!
これがアタシの携帯番号ら!んがががが!!」
約束どおり1万ユーロを支払い、その時になって初めて
「…なんで?なんでおれが1万ユーロ払っちゃうんだ!?」
「ありがと〜〜〜〜vvドクターチョッパー!!あんたはあたし達の大恩人よ!!」
「…って…あああああああああ!!なんでぇぇ!?……ダメだ…これでおれ、ゾロシアに睨まれる…
もぉ、ヴェローナで医者やれねェ…ああああああ〜〜ど〜しよ〜〜〜〜(号泣)!!」
泣き伏すチョッパーにルフィが
「じゃ、コルシカへ来いよ!おれ達の村で医者、やりゃあいい。」
「…お前んとこォ…?」
「おお、そうだな!村の唯一の医者、ドクターくれは、っつんだけど、
もう100を越えたばあさんでさ、先が短いと思うんだよな〜。」
「…ドクトリーヌが聞いたら怒るわよ、ウソップ。」
「ドクターくれは…?ドクターくれはって…“あの”ドクターくれはか!?」
「“あの”?」
ゾロが言った。
「ドクターくれはって言ったら、有名な医学博士だぞ!アフリカの風土病、モレイラ病研究の第一人者だ!!
引退してどっか田舎に引き篭もったって聞いてたけど…それって、お前らの村なのか!?」
「へー、そんな有名人だったのか、あのばあさん…。」
「よし!おれ、お前らの島に行くぞ!!弟子にしてもらうんだ!!」
「あら。」
「ゾロ!サンジを連れだせたら、コルシカへ帰るんだな!?協力するぞ!!」
思いがけない展開。
だが、心強い味方を得た。
「…とにかく…監視カメラだらけだからな…。」
「夜になるのを待って動くか。」
「夜は夜で、赤外線センサーが働くんだ。庭には…。」
「2羽ニワトリが?」
ルフィがボケる。
「犬だよバカ!10頭くらい放たれてるんだ。」
「うへェ…。」
「塀を越えるのは?」
「もっとダメ。黒焦げになりたいのなら止めない。」
「うううっ!やっぱり『忍び込んではいけない病』がっ!」
「チョッパー、治してやってェ?」
「それは治せねェ。」
その時、黒服の男達が数人、向こうからやってくるのが見えた。
「こっち!」
チョッパーが、茂みに飛び込む。
やり過ごして
「……すげェ警戒厳重だな……。」
ウソップの言葉にルフィが
「ぶっ飛ばしちまおうぜ、ゾロ。」
「……アホ。」
「…西側に、塀のない場所がある。自然の森につながってるんだ。
…でも、赤外線センサーがあるらしい。」
「赤外線か……よし、おれ様に任せろ。」
ずっと、背負っていたリュックサックから、ゴーグルのようなものを取り出した。
「なにそれ?」
「雑誌の付録、3Dメガネ。」
「おおおお!かっこいい〜。」
「どこが…。」
「何でそんなもん持ってんの…?」
「それで?」
「赤外線だとな……あ〜〜〜ら不思議。」
ルフィにかけ、赤いレンズを塞ぐ。
「お?おおおお!!なんか線が見える!!」
「それが赤外線。……お。思ったより張り巡らされてる訳じゃねぇぞ。犬さえ何とかなるなら、潜っていけそうだ!」
「犬なら、おれに任せて。」
チョッパーが、医療カバンから何種かの薬を取り出し、その場でささっと調合する。
「人間には匂わないけど、犬が嫌う匂い。これで半径500メートルは大丈夫!」
「おおお!すっげェ!!」
「ホント?」
「…の、はず。」
「はずかよ!」
「…てな具合でな。」
「…なんて奴らだ…。」
サンジは、目に涙をにじませて笑った。
「…傷は…?」
「大丈夫だ。…お前は?」
「…もう、平気だ。」
もう一度抱きしめて、ゾロは小さく「すまねぇ」と、詫びた。
サンジは首を振り、ゾロの背を抱きしめ返す。
見つめあい、キスを交わした。
と
「ゾロ!おい、ゾロ!」
「いちゃついてるヒマねェんだぞ!お前ェらァ!!」
顔を上げると、目の前の木の上にルフィとウソップ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「おう、悪ィ。」
バッチリ見られた。
だが
「ルフィ、ウソップ…!」
「おっす、サンジ!久しぶり!」
「……ごめん……。」
「あやまんな。」
ルフィは笑い、手を差し伸べる。
「行こう!」
「……おう!」
その時、風が吹いた。
木が、大きく揺れる。
「ぅおっと!」
「わたたたた!」
2人はとっさに枝にしがみついた。
と
「ワンワンワンワンワン!!」
犬の声がした。
「キャ――――っ!!いや―――――っ!!」
ナミの悲鳴。
「あああああああああああああああ!!」
チョッパー。
ウソップがはっとして
「…しまった…!風で薬の効き目が薄れたんだ!!」
「うわ、ヤベ!!」
「急げ、サンジ!!」
その瞬間、広大な庭に、一斉にサーチライトが照射される。
「!!!」
「ちっ!!」
もう、隠れても無駄だ。
ゾロとサンジとルフィは、そのまま地面に飛び降りた。
ウソップは落っこちた。
男たちの怒号と、交差する光の中、4人はナミとチョッパーの待つ場所へ走る。
「ナミ!!」
「…ルフィ!!助けて!!」
大きな黒い犬が、ナミに襲いかかろうとしている。
跳躍したルフィは、拳で犬を殴り飛ばした。
「ゾロ!二手に分かれよう!!」
サンジが叫んだ。
「チョッパー!ゾロとルフィを頼む!!」
「…サンジ!?バカ言うな!」
「おれは、ナミさんとウソップ連れて行く。…この街に詳しい奴がいなきゃ逃げ切れねェ!!」
「……っ!!」
「ブルックの教会で!!」
「……サンジ……!」
「…そんな顔すんな。大丈夫だ、信じろ!行くぞウソップ!!ナミさん、走れるかい!?」
「大丈夫よ!!」
「チョッパー!!北から逃げろ!おれは東の脇道抜ける。そっちの方が、負担が少ない。」
「わかった!」
6人で、屋敷の外へ飛び出した。
3人ずつ、右と左へ分かれて走る。
「サンジさん!!」
ギンの声が背中でした。
だが、振り返らなかった。
(2009/5/22)
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